第96話「お茶会、それは女子にとっての闘技場……やだ怖い」
さて、メイドと言ってもいろんなメイドがいる。
いや何を想像しておられるのか、
忍者メイドとか武装メイドとか侍メイドとかそういうものではない。
職業としてのメイドである。
一般的なイメージに合致するのは様々な家事を任されるハウスメイドだが、
実際には業務が細分化されており、洗濯専門のランドリーメイド、
来客の受付専門のパーラーメイド、厨房でコックの補助のキッチンメイド、
寝室・客室業務専門のチェインバーメイド、
半ばパティシエのようなお菓子専門のスティルルームメイド、
等々、細かく仕事が分かれていた。
中には上に上げた仕事を全て任される雑役メイド、
更には更には、メイドを雇う余裕は無いが”雇っているふり”はしたいので、
玄関や入り口をちょっと掃除してもらって”メイドのふり”をしてもらう、
ステップガールという職業まであった。
要は城や屋敷という『会社』に勤める、接客係や清掃員やOLの総称なのである。
そんなわけで、さすがにメイドの恰好をしているからといって、
中身が侯爵令嬢のロザリアを洗濯係などに回すのははばかられたので、
アデルの指導の下でベッドメイク等の仕事をしてもらう事になったのだが。
意外な事にロザリアは割と何でもできていた。
それこそクレア以上に、というかクレアが一番できなかった。
「おね、ローズさん、割と何でもできるんスね……」
「私も意外です。そういう経験は無いはずなのですが」
「あー、ウチ、(前世の)施設で集団生活してたからねー、
小さい子のお布団のお世話とかもしてたよ~?」
そういうロザリアはてきぱきとシーツを交換し、ぴんとシワを伸ばしていた。
「はい先輩終わりました。あ、ウチそれ全部持てマスヨー? ほら」
「驚いたわ、見た目細いのに意外と力あるのね」
段取りも良く、重量物は筋力強化で持てるので、有能と言って良かった。
しばらく監督としてついていた先輩メイドは、
これなら心配ないとその場を任せて自分の仕事に戻って行った。
城は万年人員不足なのである。
また、”ローズ”は顔も広く、次の場所へ移動する途中でも、
「あれ? ローズさん? 古着屋の『神の家の衣装箱』のローズさんですよね?
第二広場の」
「おー、こないだはワンピースを3着もお買い上げドモ~!」
「一体どうしたんですか? お店は?」
「あーね、ウチちょっと短期のお仕事をもらったんよ、
実家へ多めに仕送りしてあげたくて」
「働きものですねぇ」
「あらローズさん、週末はまたお店に出るんですよね?」
「もち! どうかお越しクダサーイ」
城で働く女性達にも、最初から顔が広かった。
古着店は王宮務めでそこそこ高給で、昼間は仕事だから服を縫う時間が無い、
という人達に好評だったようだ。
「ローズさーん……、お仕事つらい……。猫カフェ行きたい……、
あの子達に癒されたい……」
「わかる、わかるよー、でもウチもつらみが過ぎるんよ。
務めてるお店の横が猫カフェで、そこ行けないんよー!?
隣からにゃーにゃー可愛い声が聞こえてくるんよ!?」
「あー、それはそれでつらいよねー…」
「がんばろ、お互い、週末の自分へのご褒美の為にがんばろー!」
「おー!」
「なにそれー、大変ねーそれ」
「そうなのよ! ローズさんみたいにすぱっと割り切って欲しいわ」
「いやウチも結構凹む時あるよー? こないだ来たお客サンで~…」
いつの間にやらローズ相手に人生相談が始まる始末だった。
「えー? だって先週の事よ? どうして知らないの?」
「ウチ今日から働き始めたばっかりだって!」
「え!? あ! そうだった! 馴染み過ぎてて忘れてた!」
馴染みすぎるにも程があった。
「お姉さますっご……、さすが元ギャル」
「どうして侯爵令嬢なんてやってるんでしょうねあの人……」
初日の騒ぎもあり、最初はロザリアが城勤めに馴染めるのだろうか、
と心配していたクレアやアデルだったが、
ローズの姿でギャル仕込みのコミュ力でどんどん親しくなり、
人脈を広げていく様を見ていると、安心を通り越して呆れていた。
「うーん、お城で働く女のコ達の2割くらいからは話を聞けたけど、
あんまり怪しい話を聞かないなぁ」
「いやお姉さま、半日でそれって、おかしいですからね!?
どんだけコミュ力あるんですか」
「いやだって、3歳くらいの子供相手するよりよっぽど簡単っしょー?
まず会話ができるしさー」
「最初からこうすれば良かったですね、あ、お茶が入りました」
「ありがと。んー、労働のあとの一杯は生き返るわねー」
「おっさんですか…」
情報収集や仕事を終え、心地よい疲労感と満足感と共に、
おまけにローズの姿なので思う存分だらけてお茶を飲むロザリアは、
これ以上なくリラックスしていた。
「とはいえ、もう少し話を聞いては回るけどー、魔力絡みの事だし、
やっぱり潜り込むなら貴族令嬢とかかなぁ」
「もう一度ごめんなさいのお茶会を開いてもらいます?
私が出席しないならちょっとはマシじゃないでしょうか?」
「いえクレア様、仮にまともなお茶会になったとしても、
お嬢様に自分を売り込むばかりで、まともに話なんてできないと思いますよ?」
「それなー、結局、誰かのお茶会に侍女かメイドとして潜り込む系で行く?」
さっそく、後日貴族令嬢主催のお茶会に控えのメイドとして潜り込んだのだが、
途中からロザリア達は逃げ出したくなった。何しろ会話が怖い。
「~様の今日の装い、とても素晴らしいですわ。
今年作らせた私のとお揃いみたいですわね、私のほうが少々豪華ですけど」
「お褒めいただき光栄ですわ、あなたのドレスを仕立てた所が、
今年最初に作ったものですの」
最初に話しかけていた令嬢は、それを聞いて顔を少々こわばらせていた。
つまり、元々自分のドレスがオリジナルで、
貴女のドレスはしょせん私のドレスのコピーなのよ?
少々豪華にしてもらったくらいで、
それを着てマウントしたつもりになってはしゃぐなんて滑稽ね。
という意味の返しである。
「~様はまるでこの花のようですわ、とても美しくていらっしゃる」
令嬢が指さす先には黄色い華があった。
その花はメインの花より小さく、1段低い所に飾られていた。
その花言葉は「虚飾」「不誠実」という意味もあり、
”あなたはいくら着飾ろうと、この中では2番手以下で、虚飾にまみれて、
自分にかける言葉は信頼には値しない”という意味である。
ロザリアはこういった事を山ほど、地の声から延々解説されるので、
すぐにうんざりとした気分になった。
その事は他の2人にも、魔石具を通じて伝えている。
「(このご令嬢方は、わかる人のみに理解できる言い回しで、
延々己の優位性を競い合い、いかにお茶会の間に
自分のランクをあげるかに血道をあげておられますね)」
「(何スかこれ……。ドレスを着てるだけの闘技場?)」
「(昔のウチがお茶会開くの嫌がったの、わかるっしょ?)」
尚、3人は思念のみで会話できる魔石具で会話していた。
壁1枚隔てると会話が出来なくなるが、こういう時は便利である。
「(聞いてるだけで病気になりそうっス……)」
「(我慢よ我慢、あの会話に混ざるよりマシっしょ?
アデルはもう心を無にしているわよ)」
「(メイドや侍女の必須スキルです)」
なおも令嬢達の会話に耳を傾けるが、この日は特に収穫も無く終わってしまった。
心を無にしていたアデルはともかく、
ロザリアとクレアはげっそりと疲れて果てていた。
「うーん……、良い案だと思ったんだけど……、
会話を誘導できないのが困りものね。とりあえずあの子達は問題無し、と」
「でも侍女やメイドの格好であの会話に混るのは無理があるっスよね?」
「陛下からも良い案だと言われているので、特に怪しげか、
影響力の大きな貴族女性を対象に、どんどん潜り込ませていただきましょう」
アデルはロザリアにお茶会の経験が少ないのを気にしていたのもあり、
こういう形でも積極的に参加して欲しいようではあったが、
ロザリアの方は遠慮したかった。
「あんまり何度も繰り返したくないなぁ、
むしろこのキャッスルカースト最上位のラスボスの所が良くない?」
「何スか……、キャッスルカーストって……」
「え、スクールカーストとかママ友カーストとかあったじゃん。あれのお城版」
「物凄く不敬な言い回しというのは判りますよ?
要は最上位の貴族女性ですか、となると王妃様ですね。
お嬢様の未来のお姑様ですから、仲良くしておいた方が良いですよ?」
「うっ……、まぁ、顔を見てみるだけでも?」
次回、97話「母子のお茶会」