第95話「お城の中は優雅とは程遠いんですけどー!?」【挿絵】
さて、王城で潜入捜査の為に、
行儀見習いという事で侍女をする事になったロザリアとクレアは、
今度は2日目にお仕着せの服を着てメイドをする事になった。
「おおー、コスプレのと違って、ガチなメイド服って結構重い、アガるな~」
お仕着せの服に身を包み、”ローズ”の姿となっているロザリアは、
普段身に付ける事の無い服のスカートを翻し、
ターンして着心地を確認したりしていた。
ちなみに、史実ではいわゆる”メイド服”というものは、
産業革命の頃の19世紀にならないと登場しない。
それまではメイド達が自分で仕事着を用意していた為、
服装の統一と言うものがまず無かった。
黒いワンピースといった形式も、ミシンによる大量生産の服が一般化した頃に、
主従を区別する為に形式が決まっていったからとされる。
ゆえに16~18世紀頃をモデルとした異世界にメイド服が登場するのはおかしいのだが、
この世界は魔石や魔法の影響で若干ではあるが部分的に文明が進んでいる。
なので、とにかく何が何でも今日よく見るようなメイド服が登場する世界だと思っていただきたい。
尚、ロザリアとクレアが着用してるのは、黒のワンピースに白いエプロン。
白い襟とカフスが取り外して別に洗える、というごくごく一般的な見た目のものだ。
ちなみに、一般的に知られている黒いメイド服は午後用で、
午前中は掃除・洗濯などが仕事で淡い色、プリント地や柄のあるワンピース、というのが史実の形式だが、
これまたイメージに合わないので一日中黒いワンピースを着用するものとする。
『説明が長い、普通にメイド服を着ていた、だけで良くない?』
「お姉さま、ごめんなさい、私の為に……」
「んー? 良いのよあんな人達、
前も言ったっしょ? 貴族に友人なんていない、って」
「でも、ずっとそうもいかないんでしょう? いずれ王太子妃に、なるんですよね?」
「まぁウチは悪役令嬢だしー? 嫌われるのには慣れてっから」
ロザリアは割り切ったような声ではあったが、
クレアはその声に何となく寂し気なものを感じていた。
それはまるで、自分に言い聞かせているかのようでもあったからだ。
なぜ2人が侍女ではなくメイド服を着ているかというと、話は前日に遡る。
当初は普通にドレスを着て、王族女性の侍女をさせようとしたのである。
とりあえず城での生活に慣れてもらおうとリュドヴィック主催でお茶会を開催し
同様に侍女を務めている令嬢たちとの親交を深めさせようとしたのだが、
これがまずかった。
ロザリアはおろかリュドヴィックや国王ですら、
宮廷女性たちの凄まじいヒエラルキー争いを甘く見ていた。
いざお茶会が始まると、誰もが次期王太子妃であるロザリアに群がり、
クレアは完全に無視されてしまっていた。
それどころか、あわよくばクレアを排除し、
自分がロザリアの友人に成り代わろうとしていた。
更にはロザリアすら排除し、自分が王太子の婚約者に成り代わろうともしており、
そういった令嬢達はリュドヴィックに群がった。
「あ、あの、そちらの方はクレアさんといいまして、私の友人なのですが」
「ロザリア様、私は グランヴィル家のマリアンヌと申します、
これからどうか友人としてお付き合いさせていただきたいですわ」
「私も」「私が」「私を」「私へ」「私が」「私が」「私が」「私が」
リュドヴィック主催のお茶会なぞ初めてな事の上に、
今まであまり目にする事も無かったロザリアが初めて半ば公式に姿を現したので、
令嬢たちの熱意や意気込みはすさまじく、リュドヴィックすら圧倒されていた。
「あ、あの、初めまして。私は、クレア・スプリングウインドと申します」
クレアもロザリアに任せきりではいけないだろうと、
勇気を出して令嬢たちに声をかけたのだが、全く無視されてしまった。
まるでクレアが最初からそこに存在していないかのように。
クレアはそれでもめげずに何度も話しかけようとしたが、
誰一人反応せず、やがて疲れ果てて黙ってしまった。
そして、その様子を側で見ていたロザリアは、段々と怒りを覚えていった。
『は!? ちょっと、え、マジで? 何これ。マジありえないんですけどー?』
まぁ当のクレアの方は傷つくどころか、
『こ、怖っわ~、人ってこんな完璧に人を無視できるんスね――。
笑ってはいけないお茶会って事で一発芸とかやってみようかな』
と、特にめげもしていなかったのだが、ロザリアはそうはいかなかった。
「あの、どうしてクレアさんを無視するのですか? 私の大切な友人なのですが」
抗議するロザリアや困惑しているクレアは、今まであまり意識はしていなかったが、
本来貴族と平民の身分差は物凄く厳格なもので、
平民のクレアは彼女達にとっては『そこに存在してはいけないもの』だったのだ。
「ロザリア様、何をおっしゃっているのか良くわかりませんが、
貴女のような貴族令嬢が”無いモノ”なぞ気にしてはなりません」
「何を……言って?」
クレアを見下す以前に、明らかに”存在しないもの”として扱う、
眼の前のマリアンヌという令嬢の言葉に、
ロザリアは呆然とするしか無かった。
「マリアンヌ嬢、その者は私が家名を与えた者なのだ、
相応に扱ってはいただけないだろうか?」
「あらリュドヴィック様、何も無い所に家名を与えても、
無から人になるわけではありませんわ。
少々お戯れが過ぎるのではありませんこと?」
「なっ……」
さすがにたしなめたリュドヴィックだったが、
マリアンヌの人を人とも思わぬ物言いに絶句させられてしまい、
周囲の貴族令嬢達も、くすくすと笑うばかりだった。
「おい」
ロザリアが声を発した瞬間、その場を殺気が支配した。
男女を問わず全員の背筋が凍る。
「その方は、私の、大切な、友人と、申し上げたのです」
ブレスレットでの魔力抑制を解除したロザリアは、魔力も殺気も隠しもせず、
無言でマリアンヌに近づいて胸ぐらを掴み、自分の方に引き寄せた。
「ドウシテ、ムシ、スルノデスカ?」
ロザリアの規格外の魔力威圧を至近距離からまともに受けてしまい、
マリアンヌはガチガチと歯の根も合わない程に震える。
強烈過ぎる魔力の中、ロザリアは実態の無い殺気の塊にしか見えず、
もはや顔や声すらまともに認識できていなかった。
貴族令嬢達はロザリア達を完全に見誤っていた。
先ほどの婚約破棄騒動では確かにロザリアには様々な嫌疑がかけられ、
貴族令嬢たちの中でも噂話となっていた。
面白半分に魔法学園を爆破しようとした、
クレアを下僕の用に扱った、神王樹を切り倒した等々……
しかし、疑いが晴れたという事で、それら全てが、
政争の為にロザリアを悪役令嬢と仕立て上げる捏造とされ、
今日のロザリアがアデルの化粧の手腕で儚げな印象なのもあり、
ロザリアは王太子の婚約者として、
大切に育てられた深窓の令嬢なのだと思われてしまった。
彼女達にとっての不幸は、魔法学園の事件は外部から隔絶された施設という事もあって正しい情報が得られず、
闇の魔力関連の事件は機密が多く、情報が伏せられていた事も災いした。
そして彼女らの噂話には致命的な情報漏れがあった。
ロザリアが魔界の真魔獣に斬りかかり、ウッドゴーレムを叩き斬り、
ドラゴンに特攻して剣を突き立てるような貴族令嬢だという事を。
いやどんな貴族令嬢だ。
また、この国の貴族では魔力の大きさでランク付けがされる傾向があり、
集まった貴族令嬢達は高位貴族で全員それなりの魔力を保有しており、
マリアンヌに至っては、一昨年に主席で魔法学園を卒業した優秀な生徒だった。
ロザリアとクレアは2人とも各々の魔力抑制アイテムで魔力を抑制していたので、
自分達より弱い魔力しか感じず、
「魔力では格下」だという第一印象だけで接してしまったのだ。
ロザリアがマリアンヌを威圧する中、他の貴族女性達も完全に腰を抜かし、
全員その場にへたり込んでいた。立っているのはクレアだけだ。
部屋の隅に控える護衛の兵も、ロザリアの覇気に圧倒されて手を出せない。
ついでに、同様に部屋の隅で控えていたアデルは心の中で頭を抱えていた、
姿勢よく直立不動だが、目だけが光を失い、死んでいる。
リュドヴィックは己の失敗を悟り、現実逃避でお茶を飲んでいる。
「私が恐ろしいですか? そこのクレアさんは、私より強いですよ?」
令嬢達は、クレアも化け物を見るような目で見上げ、後ずさるのだった。
「どうやら、私達2人は、ここにいてはいけないようですね。
リュドヴィック様、折角のお茶会ですが、私は途中退席させていただきます。
行きましょう、クレアさん」
そう言うとロザリアはマリアンヌを半ば放るように手を離し、
マリアンヌは気絶していたようで、その場にくずおれた。
ロザリアがクレアと共にその場を去って行く中、
アデルも自らの気配を消し、2人の後を追うのだった。
「というわけで、何の準備も無いままでは、
令嬢達にまぎれこんでの潜入捜査は無理でした」
「……すまん、俺も色々段取りを誤った」
ロザリアはその足で国王に謁見を申し込み、お茶会の顛末を報告した。
国王は頭痛を揉み解すように、こめかみを押さえている。
「ひとまず、あの令嬢達自体には問題は無さそうですが、
今度は誰を調査すれば良いですか?」
「いや待て、行く先々で貴族令嬢達を阿鼻叫喚の恐慌状態にされてはたまらん」
「いえいえ、国王陛下のご命令ですので、このロザリア・ローゼンフェルド、
粉骨砕身の思いで任務に当たらせていただきます」
ロザリアは白々しく優雅に淑女の礼をするが、その目は全く笑っていない。
「さすが宰相の娘だな……、いざとなると似てるよ」
「冗談はさておき、王宮女性達の調査は急務なのに変わりはないのですよね?」
「ああ、野郎じゃどうしても限界があるからな、
同性の誰かを潜り込ませてでもってのは変わりが無い」
「それでは、こういうのはどうですか?」
「ハーイ! 外国からやって参りました、新人メイドのローズです。ヨロ~❤」
「は、初めまして、同じく新人のクレアと申します」
「同じく、アデルと申します」
メイド達の詰め所で挨拶をする3人、
今度は誰も無視したりはせず、普通に挨拶を返してくれる。
『うんうん、やっぱり人間カンケーってのは、こうあるべきよねー』
ロザリアは国王の前でローズに変身してみせ、
「平民が貴族から無視されるなら、最初から平民のメイドとして
令嬢達の所に潜り込めば良いじゃない!」
と提案したのだった。
これに割と悪ノリする国王が面白がったのがまずかった。
侯爵やアデルが引き留める間も無く、
ロザリア達3人はメイドとして、城で働く事になってしまった。
ついでにロザリアがお泊りするのは王太子妃の部屋、
というのも立ち消えてしまった。
「変装したメイドの姿で、リュドヴィック様の部屋に
出入りするわけにもいかないでしょう、変な噂が立ちますよ?」
という、ごくごく真っ当な意見で拒否されてしまい、
王の前から去っていくロザリアをリュドヴィックは呆然と見送るしかなかった。
なお、後日お茶会でロザリアに威圧された貴族令嬢達が気を取り直して、
お茶会の件つながりでリュドヴィックに取り入ろうと話しかけた時、
絶対零度のまなざしで令嬢達をへたり込ませてしまい、
氷雪の王太子にあの苛烈な婚約者、王宮はどうなってしまうんだ、
と、事情をよく知らない関係者達は物凄く将来に不安を感じたのだった。
「まったく、何をやっておられるのですか、お嬢さまは」
「え~、だって、クレアさんを侮辱されて黙ってられるわけ無いっしょ~?」
仕事の説明を受け、持ち場となる場所に移動する途中、
アデルは小言を言っているが、ローズ姿のロザリアはどこ吹く風だ。
「お嬢さまは数年後、あの中に否が応でも入らざるを得ないのですよ?」
「ん~、まぁ、それはその時までに、何とかするから」
「今何とかしなくてどうするというのです……」
「まぁまぁ、ウチはアデルさんが同じ目に逢っても、
同じようにブチ切れるよ~? だからすねないの」
「まったく……」
アデルに背中から抱きついてじゃれ合うロザリアの姿を見て、
クレアは『やっぱりお姉さまは、こっちの方がらしいっスねー』
と、微笑みながら仕事場へと向かうのだった。
第96話「お茶会、それは女子にとっての闘技場……やだ怖い」