第88話「ローゼンフェルド侯爵家の攻防」
ロザリア達が国王に謁見している頃、
ローゼンフェルド家を取り囲む近衛第三部隊にも動きがあった。
隊長のクライヴは副官を呼び、兵を動かす指示を出している。
兵士達の方も戸惑いつつも命令を実行しようとしていた。
「そろそろ時間だ、城から取り寄せた物は届いているな?」
「はっ、既に配置済みです。
ですが隊長、本当にやるんですか?危険なのでは?」
「危険は百も承知だ、とにかく時間通りに動け」
隊長のクライヴは正門ではなく、
屋敷の側面側のやや小さな門の前に兵を集めさせた。
「屋敷に突入さえしてしまえば弓矢も使いにくいだろう。
とにかく侯爵夫人だけでも人質にしろとの伯爵様の御命令だ」
「見取り図で侯爵夫人がいると思われる部屋が確認できました!」
「別方向で陽動させますので、一気に突破できます」
「よし! 破城槌用意! 盾を構えろ!」
部下からの連絡でクライヴは作戦を実行に移した。
兵士たちは本来攻城戦等で城の門を破る為に使う、
長く先端が尖った丸太状の破城槌を数人がかりで持ち上げた。
その破城槌を抱えている兵士の外側を、盾を構えた何人もの兵士達が守り、
あたかも細長い亀のような状態になった。
彼らは攻城戦が本来の任務ではないが、
民間の建物を強襲する為に、こういった事の訓練も受けていた。
掛け声と共に何度も破城槌を門に叩きつけていると、
さすがに城攻め用の道具には勝てず、
あっという間にローゼンフェルド家の門は破壊されてしまう。
邸内に近衛兵達が侵入するのを見逃さず、
邸宅の屋根から弓矢が何本も放たれるが、それは盾によって防がれた。
一気に邸宅に近づき、射手の死角に入って弓矢が狙えなくなるのを確認すると、
近衛兵達はとある窓を一気に破城槌で破壊した。
「侯爵夫人の部屋の窓の破壊を確認!」
「よし! 中に入って扉を封鎖! 中に誰も入れさせるな!」
兵士達が部屋の中に入ると、そこにいたのはソファに座るフロレンシア侯爵夫人と、
側に控えるアレクサンドラ侍女長だけだった。
てっきり護衛の兵でも控えているのかと思っていた兵士たちは拍子抜けしたが、
これ幸いと遠慮なく扉に近づき、ドアノブを縄で縛り上げ、開かなくさせた。
「よし! 外の者は夫人を連れ出すまでとにかく屋敷の者を近づけさせるな!」
部下への命令を終えた隊長のクライヴは、
ニヤニヤと笑いを浮かべながら、部屋の中にいた2人に近づいていった。
「何ですかあなた達は ! ここをどこだと思っているのです!」
「あらあら、大勢のお客様ねぇ、扉はあちらでしたのよ?」
警戒も露わなアレクサンドラ侍女長の声と、
いささか状況を飲み込めていないのではないか、
と思ってしまいそうなフロレンシア侯爵夫人の呑気な声が上がるが、
貴族ゆえの世間知らずだろう、と、目的があっさりと達成されそうで
機嫌の良いクライヴは慇懃に2人に頭を下げる余裕を見せた。
「フロレンシア・ローゼンフェルド侯爵夫人ですな。
私は近衛第三部隊、隊長のクライヴと申します。
恐れ入りますが、我々とご同行願えますか?」
「押し入っておいて、恐れ入るもお願いも何も無いと思いますけどねぇ」
「奥様、しばらくそのまま座ってお待ち下さいね」
相変わらず呑気な口調のままの夫人に微笑みかけ、
アレクサンドラが夫人をかばうように前に出た。
「おい、お前侍女か何か知らんが、邪魔をするな。
見たところ武器も持っていないし、今は消魔結界で魔法も使えんぞ?」
「あなた方は何もわかっておりません。
どうして私がたった1人だけで奥様の側に控えていたと思うのですか?」
アレクサンドラは10数名の近衛兵達を前に表情も変えず、
お仕着せの服のまま腰を落とし、構えを取った。
えー、謁見室のクレアです。
現在侯爵様とお姉さまを断罪する告発の真っ最中……、
だったはずなんですが、なんだか行方がよくわからなくなってきました。
どういうわけか、告発をしたはずのボルツマン伯爵を、
王様が問い詰めている真っ最中です。
「もう一度聞く、ボルツマン伯爵、何故お前は”そいつ”の言う事を信じた?」
「な……、何故、ですと?」
「そうだ、考えても見ろ、何故、
『告発さえすれば無条件で皆がそれを信じる』
などという戯言を信じた?」
「な、なぜ、と申されても、あの偉大なお方が嘘など……」
「お前なぁ……、一応主である国王の俺の前でそういう事を言うか?
元々武門の家系の割に、策謀ばかり巡らすやつだから、
それくらいの頭は回るはずだぞ?」
「私は、何故あのお方を主だと……」
ボルツマン伯爵が王様の言葉に、自分が信じられないといった感じで呆然としてますね?
この誰だかわからない相手は”ゲームの強制力”か何かを知っていたんでしょうか?
「もう一度聞く、”そいつ”は誰だ」
「わ、私は……、エリックの事でどうにも行き詰まっていた時に、
突然あのお方が来られて……」
「ほう? そいつになんとかしてやるとでも言われたか?」
「さ、策を授けてやるから仲間を増やせと……。
そうすれば邪魔な侯爵達ですら蹴落として、より強力な権力が手に入ると」
ボルツマン伯爵はもう王様の言う事に逆らえず、ポンポンと質問に答えています。
周囲の貴族達も何が何だかわからずに成り行きを見守っていました。
「それで、そいつの名前は? 何者だ?」
「そ、それは存じ上げません陛下。
あの方はいつもフードを深く被っていて顔を隠しておりまして
ですがその威厳のある声を聞くうちに、
私はいつの間にかそのお方に心酔していたのです」
「お前なぁ。俺と”あのお方”のどっちに仕えてるんだよ……」
自分にへりくだりながら”あのお方”への敬愛を語る、
という器用な事をするボルツマン伯爵に、
王様は半ばあきれ気味にため息をついてました。
王様って大変ですねー。
「で、えーっと何だっけ?
そんでお前はそいつの言いなりになって、結局どうなりたかったんだ?」
なんか王様も質問が投げやりになってきましたね。
いや本当王様って大変ですねー。
「は、はい! 私の望みはただ一つ! 王国の全ての実権を握る事でございます!」
「お前国王の前で何言ってんの!?」あ、王様が頭抱えた。
「そ、そうですよね? しかし”あの方”が言っていました。
私には王国を変える力が有る。賛同する者を集めよと。
皆で手を取り合い、共に平和で豊かな国を作ろうと。
ですから私は、こうして同志を集めたのです」
「待て待て待て待て、ちょっと待て。
”共に”? 何でそんな話になった? お前権力が欲しかったんじゃないのか?」
なんだかもう支離滅裂です、話が全然つながっていませんね。
尋問している王様も混乱しているようです。
”共に”って事は、これどこかの国からの侵略行為なんですかね?
「いいえ、私は純粋にこの国を滅ぼし、
平和な国へと統一させたいだけなのです。何も問題はないでしょう?」
「あるわ! 大ありだ! この国滅ぼしたら平和もお前の権力も何もないだろ!」
ついに王様がキレました。いくら何でもこれは流石に酷すぎます。
しかしなぜ彼はこんな話を鵜呑みに?
そもそも本当に信用できる相手なのかも怪しいですねー。
「ちょっと待ってくれボルツマン殿! 話が違うではないか!」
「そうだ! 私はあなたがこの国の貴族の頂点に立つとか言うからこの茶番に乗ったのですぞ!」
「あんな自信満々で我々を焚き付けておいてなんだそれは!」
おや、王様から矛盾を突かれた途端に、
周囲の貴族達から不平不満の声が上がりましたけど、
集団催眠のようなものにでもかかってたんでしょうか?
もろに自分たちが造反しかけていたと白状してませんか?
なんだか言ってはいけない事まで言ってるような……。
「何だかわかりませんが術のようなものが解けたようですね。
こういう魔法を使わない精神系の術は矛盾を突かれると弱いんです」
「でもアデルさん、こんなちょっとした事で解けてしまうなら、
もっと早く解ける事もあるんじゃないですか?」
「その為に、後ろめたさや、他人を蹴落としたいという嫉妬といった、
負の感情が強い人を狙うと聞いた事があります」
アデルさんが私に呆れながら解説してくれましたが、
たしかに今騒いでる人って、欲の皮が突っ張ってたり、
後ろめたい事を抱えてた人っぽいですね。偏見かもですが。
……ちょっと多くないですか? この謁見室の半分以上は該当しそうですけど。
「この様子を見ると、単に術をかけられただけでは無さそうですね、
何か薬物のようなものを投与されて、効果をより強くしていたようです」
「アデルさん、詳しいですね?」
「周囲で騒いでいる貴族達を観察すればわかる事です。
まずいですね、数が多すぎます」
「えー、でも貴族でしょう? 多少暴れる程度では?」
「いえ、保有している魔力量が異常です。
本人の資質以上の魔力を保持している者が多数います」
「え? それってまさか」
すると突然、ボルツマン伯爵の顔から表情が消え失せました。
「……? おい? ボルツマン伯爵?」
「限界ですな、それにもう遅い」
「遅い? それはどういう」
王様に応えるボルツマン伯爵の声は自分の意思というより、
最初から決められていた台詞のような?
感情のこもらない感じですね。なんだか不穏な空気になってきました。
そろそろ杖とか用意した方が良いかなぁ、
しまった、ドレスアーマー纏っておくんだった……。
「そろそろ時間切れなのです。
今頃は我々の手勢が侯爵家で夫人を確保するように動いているはずなので」
「おいおい、侯爵夫人を確保、って、侯爵家に手を出すつもりか?」
「先程現場の者には警告したんだがね、敷地内に入らなければ安全だと」
王様は伯爵の言葉に呆れ、
さすがに黙っていられなくなった侯爵様も口をはさんできました。
「何と言われても仕方ありませんな、
もしもうまく行かなかった場合は、これを飲めといわれておりますのでな」
ボルツマン伯爵が懐から取り出したのは、見覚えのある瓶でした。
それと……光る石?
「例の違法薬物か!? おい! 取り押さえろ!」
王様が慌てて指示を出しますが、周囲はそれどころじゃありませんでした。
何しろ貴族達の半分以上が突然ボルツマン伯爵と同じ様に、
薬と何か光る石を飲み始めたのです。
兵士のみなさんもその異様な光景をあっけに取られて見てしまい、
反応が遅れました。はい、私もです。
突然、謁見室のあちこちで異常な魔力が放出され始めました。
それも、黒い魔力です。
「これは? 魔技祭で発生したという、過剰摂取状態か!?」
侯爵様が言われたように、それは紛れもなく魔技祭のエリックと同じ状態でした。
皆、異様な肌と目の色になり、もはや意識があるのかすら怪しくなってきました。
「おいボルツマン伯爵!?
ああもう面倒な事になったな、汚染者がこんなにいたとは」
「遊び過ぎなのですよ陛下。
良い機会だから魔力汚染された者を分別しようとしたのでしょうが、
それが過半数だった時の事を考えていなかったですか?」
「魔力汚染……? お父様、それはいったい?」
「ロザリア嬢、その事は後だ!
とにかくフェリクスに治療させるから、全員拘束させろ!」
「人数が多すぎますなぁ」
慌ててる王様に対し、割と呑気ですね侯爵様……。
案外似た者夫婦なのかも。
そうこうしてるうちに、過剰摂取状態になった貴族の人達は、
誰彼かまわず暴れだしました。
元々魔力が高めなのもあり、身体強化も強力なようですね。
屈強な兵士さん達も苦戦しています。
「人数もだがかなり強力なようだぞ! 儂でもてこずる!」
おや、フルーヴブランシェ侯爵が既に1人の貴族を関節技で取り押さえてますね。
恰幅の良い商人みたいな感じなのに、なかなか見事です。
これは私ももう、傍観者ではいられない! とりあえず王様に進言しましょう。
「あのー、だったら私が治癒しましょうか?
最近、神王の森の長老様に色々教えて頂いて、治療できるようになったんですけど」
「いえクレア様、それはお止めください。
先ほどあのボルツマン伯爵が飲み込んだもの、あれは恐らく光の魔石です。
今のクレア様が治癒魔法を使うと全員が吹っ飛びかねないですよ?」
「うえマジっスかアデルさん!?
という事は、私何もできないじゃないっスか!」
確かマクシミリアン所長の話だと、
黒の魔石は”吸収”で、白の魔石は”放出”という、
相反する特性を持っている事がわかったんでしたっけ?
それぞれの魔石は対応する魔力属性に対して強く反応し、
要は私が白の魔石に魔力を込めると、爆発的に魔力が増大するとかなんとか……。
「そういう事ですね、しばらく私の後ろに控えていて下さい」
「いえ戦えないアデルさんを盾にするわけには」
そんな事を言っていると、何人もの貴族さん達が襲って来た――!!
「アデルさん! いくら何でも人数が多すぎます!」
すると、アデルさんは突然腰を落とした構えを取りました。何を……?
「何の問題もありません。魔力拘束解除、術式、起動」
次回、第89話「ロザリアお嬢様のこと:sideアデル」