第87話「裁判(物理)はマジやめて欲しいんスけど―!?」
は、はい……、現場のクレアです、えーと、現場の雰囲気はかなり険悪です。
そりゃそうでしょうねー、突然お城に攻め込んできた人が、謁見室にまでやって来てるんですから。
謁見室はかなり広いですが、何故か貴族の方々もいっぱいいらっしゃいますね?
よく知りませんが、こういう場合って一対一なのでは?
ですが侯爵様は全く気にせず、すたすたと王様の前にまで進み、一礼して挨拶されました。
「よう、来たぞ」
「おう、来たな」
いやそんな挨拶あり!? 気安いにも程が無いですか!?
王様も普通に返事してるし……。
私が呆然としてると、今度はお姉さまがちょっと前に出て挨拶されました。
これは続いて私も挨拶しないとダメっすか!?
「娘のロザリアでございます。お久しぶりです、国王陛下」
「おー、ロザリア嬢ちゃんか、大きくなったな。
最近はうちのバカ息子が随分入れ込んでいるが、まぁよろしく頼むよ」
「痛み入ります」
「あ、あああああの、はじめますて! クレア・スプリングウインドでしゅ!」
ワタシ噛みまくりましたヨー、こんな事始めてネー。
アデルさんは私の横で無言で淑女の礼をしていました。
名乗るほどの者でもない、って事でしょうか。私もそうすれば良かった?
「おう、お前が噂の嬢ちゃんか、俺が国王だ、よろしく。ついでにそこの侍女ちゃんもよろしく」
「過分なお言葉恐れ多く存じます。また、名乗りが遅れた事をお詫びいたします。
ロザリア様付き侍女のアデルと申します」
改めてアデルさんは挨拶してましたけど、私と違って肝が据わってますね……。
「おやフルーヴブランシェ卿、どうしてそのような所に?」
侯爵様が、王様の横に控えていた人に声をかけられました。
侯爵様よりやや年上で恰幅がよく、あんまり貴族っぽい感じはしませんね。
「白々しい……、宰相のお前が告発などされるからだろうが。
3大貴族の1人として儂が代理として控える羽目になっておるんだろうが」
おお、この人が『白の貴族』のフルーヴブランシェ卿ですか。
グランロッシュ王国には赤・青・白を冠する三大貴族と呼ばれる大貴族がいるのですが、
彼がその1人みたいですね。あれ?『青の貴族』の人は?
「おおなるほど、それはそうと、モンテアズーロ卿はどうされたのですかな?」
「知らんわ、あんな自分の研究に没頭するあまりいまだに独り身で、
母方の姓を名乗り続けるような不心得者など」
あー、そういえばゲームでは結局名前が出てこなかったんですよねー。
続編で親戚が出たくらいで。
そうこうしてると、横の方から叫び声のようなものが聞こえてきました。それも何人も。
「へ、陛下ー! 侵入者がここに……叔父上!?」
「ぐっ……侵入者というのはあのお方か!?
ローゼンフェルド卿が何故このような事を!」
鎧を着た人と、ローブを纏った人と、その配下でしょうかね?
割と多くの人が横の扉から入ってきました。
叔父上、って、鎧着た人って、侯爵様の親戚か何かでしょうか?
「おー、近衛騎士団長と魔法師団長のおでましだな、いや大した人口密度だ」
「陛下!何を呑気な事を言っておられますか!?
第一部隊が全員戦闘不能にさせられたのですぞ!?」
あー、この鎧着た人って、さっきお姉さまが全員ぼこぼこにした人達の上司っスか。
って事はガチで偉い人みたいっスね……。
そういえばローゼンフェルド家って武門の家柄だから、騎士団にも何人も在籍してましたっけ。
「まー、そう怒るな、これは訓練だ、訓練。」
「はぁ!? 訓練、ですと!?」
「おう、急な敵襲に対する訓練だ、良い経験になったろ?」
「ふざけないで下さい! どれだけの人員が被害に遭ったと!」
「だが、一方的に攻め込まれ、防ぎきれなかったのも事実だな?
たった一人の令嬢相手に」
ぐっ……、という感じで、騎士団長? さんが黙ってしまいました。
相手がお姉さまですからねー。
「それと、魔法師団長、侯爵の一撃を耐えきった防壁は良かったが、
城内に入り込まれては意味が無かったな?」
「……今後の参考とさせていただきます」
こちらは理性的というか、余計な事は言わない感じっスね……。
それはそれでちょっと怖いです。
王様の訓練終了の評価? を聞いて周囲の人がまたザワザワし始めましたね。
そういえばこの人達何の目的で集まってるんだろう?
「さてー、これで人は揃ったぞー。どうするんだ?
お前の告発だろう? ボルツマン伯爵。
謁見の話を聞きつけて、これだけの人数を集めたのもお前だろう?」
王様が役者は揃った、とばかりに、芝居がかった感じで手を拡げ、
向かって左の方にいた人を指したのですが、
どうやらこの貴族らしき人が、侯爵様とかお姉さまを陥れようと告発したみたいっスね……え?
え、この人が黒幕っスか? しかも伯爵? 侯爵家より家格が下っスよね?
なんか王様の指した先にはあんまり威厳の無い貴族らしき人がいるんスけど。
しかも妙に落ち着きが無く挙動不審ですし……。
この部屋に集まってる人達を集めたのもこのおっさんみたいですね?
「どうしたボルツマン伯爵、お前の望み通りの状況だぞ?」
「い、いえいえいえ陛下! 何を悠長に構えておられるのですか!
今まさにローゼンフェルド侯爵は謀反を起こしておりますぞ! 早く拘束を!」
「いやあいつはお前にケンカ売られたから買ってるだけだろう、罪には問えんよ」
どんだけ謀反の判定ガバガバなんスかこの国!?
ここに来るまでお城や兵士さんに結構被害出てたっスよ!?
この場合、伯爵とかいう人の方が正しい気がするなぁ……。
「ボルツマン伯爵? もしかして」
「あら、アデル、知ってるの?」
「お嬢さま……、魔技祭で闇の魔力に取り憑かれた生徒がいらっしゃったでしょう?
たしか、エリック・ボルツマンという名前でした」
おお、思わぬ所で意外な名前が。
アデルさんが呆れたように指摘してくれましたが、私も忘れてましたよそんな名前
そういえばあのエリックって生徒あの後どうなったんだろう?
「まぁとにかく、お前の告発でこの騒ぎなんだ、さっさとその罪状とやらを述べてみろ」
あの、王様、確実にこの状況を楽しんでますよね?
王様の指示で、ボルツマン伯爵が前の方に出てきました。
ちょっと段取りがよくわかんないですね。
「ははっ、お許しをいただき、告発させていただきます!
まずローゼンフェルド侯爵家令嬢のロザリア様ですが、
魔法学園に入学してまだ三ヶ月程であるというのに、
その悪行は目に余るどころではないとの訴えが多数!
学園に入学したその日に、学園そのものを吹き飛ばしかねない大事故を起こし!」
ああ、あの、魔力鑑定の……いやそれって、私の魔力のせいで起こったんスけどー!?
しかもあれ止めてくれたのむしろお姉さま!
すると、それを聞いた貴族達の中から、
「なんという……」「時期王太子妃として……」
といった声が上がり始めました。
「更にはそこにおられますクレア・スプリングウインド嬢を、
まるで自らの奴隷のように扱うのみならず、
皆の前で公然と虐待し、辱めております!」
あの、それって私がお姉さまに貴族令嬢達の中で浮かないようにと、
特訓してくれてたアレっスよね? 私からお願いしたんスけど。
周囲からはまた、
「おおなんと酷い」「なんとうらやま……いやいやいや」
という声が……おい最後のちょっと聞き捨てならんぞ
「魔石鉱山では爆発事故を起こして鉱山を落盤させ! 何人もの死傷者が出たとの事!」
事故自体がお姉さま無関係なんスけどー!? ケガした人は全員私が治癒させましたし!
「悪行はとどまる所を知らず、国営の孤児院を乗っ取り、
教会経営の店舗で孤児達をまるで己の奴隷のように扱い私腹を肥やしているとの事!」
いやあれ、孤児院の為にやった事なんですけど……。まだ赤字だってお姉さま言ってたし。
周囲の貴族達は
「ローゼンフェルド家はいったいどうなっているんだ!」とか
「教会をも汚すとは!」とか言い出してますけど、
これって侯爵様が言っていた『付け込まれる隙を見せる方が悪い』って奴なんですかね?
喋り方もどうもわざとらしいというか、芝居がかってますし。
この人達ってこれを機会にローゼンフェルド家の足を引っ張ろうと集まった感じですね。
「先日の魔法学園で開催された魔技祭では、面白半分で魔界とのゲートを開き、
真魔獣を召喚して会場を大混乱に陥れ!」
調べろよ! ちょっと調べれば状況がわかるだろ! この国を揺るがす大事件なんだから!
……ん? あの真魔獣の事件って、むしろエリック・ボルツマンって人が
よからぬ薬物に手を出したのが原因っスよね?
真相は私も詳しくは聞いていませんが、
どさくさ紛れに一族の不祥事をお姉さまになすり付けてないっスか……!?
「更には! 王国南部の神王の森にて、エルフ族の神木である『神王樹』を斬り倒すという暴挙!
これについてはエルフ族からも告発の声が上がっております!」
あれ切ったのサクヤさん!
しかも長老のギーちゃん様はあの木だけを大事にしてるわけじゃないからね!?
森全体を大切にしてるとか言ってたからね?
「しかし、こうも並べ立てられると、
お嬢さまが騒動を引き起こしているようにも聞こえなくもないですね。
たった3ヶ月足らずでよくもまぁ」
「いやアデルさん? そんな呑気な事言ってる場合じゃないと思うんスけど……」
「事は魔法学園のみに収まらず、王族にまでその魔手は伸びております!
まずは婚約者であるリュドヴィック王太子様を怪しげな術か何かでたぶらかし、
己の傀儡へと仕立て上げ」
あー、まぁあの変わり様はちょっと信じられないでしょうねー、
いや婚約者と仲良くするのは別に良いのでは?
「今彼女が身に付けている鎧や杖は軍事用といって良い強力なものであり、
そのようなものを個人で所持するのは王国への反意があっても仕方無いかと思われます!」
侯爵様の持ってるバトルハンマーには突っ込み無しですか?
なんかもう、どれも事実と食い違ってるし、全部お姉さまのせいになっちゃってますよね。
告発というにはあまりにも支離滅裂で、適当過ぎる内容なんですけど……。
ん? これって、ゲームだと何でもかんでも悪役令嬢の事にされてしまい、
周囲は少し調べればわかるのに、誰も悪役令嬢の言う事を信じない、
ってお約束のアレじゃないですか!?
まずい!? 『ゲームの強制力』で無理やりお姉さまが本当の悪役令嬢にされてしまって、
婚約破棄までまっしぐらでは!?
「いかがでしょうか陛下! これだけの悪事悪行の山!
さすがのリュドヴィック殿下も呆れてこの場に出てこない事を見ても明らかでしょう!」
「いやあいつ、『ロザリアがそんな事するはず無いだろう、バカバカしい』と欠席しただけだぞ」
「……は?」
異様に芝居がかった感じでボルツマン伯爵がしゃべってましたけど、
王様は呆れたように返しましたね。
あれ? 心配してたような方向には行かないみたいですね?
王太子様は最初からお姉さまを信じてたみたいですし。
「陛下、その事については、私も不満がありますの。
婚約者が一応このような状況なのですから、形だけでも姿を見せて欲しかったのですけど」
「だよなー、そう思うだろ? 俺もあの朴念仁に言ったんだけどなー、
『ロザリアにはそんな見せかけだけの事をしたくない』とかぬかしやがってよ。
あいつそれが誠意だとでも思ってるみたいでなー。
まぁそこは繊細な乙女心ってやつをだな、ロザリア嬢ちゃんの方から教えてやってよ」
「ふぅ、まったく、しょうがない人ですね」
おやお姉さま、まんざらでもない顔ですね、ちょっと顔が赤いです。
「いえ国王陛下は私の事を信じて下さいましたよね!?
ロザリア様に送る手紙の文面も拝見しましたよ!?」
「あー、お前凄い良い笑顔だったよな、でも文面忘れたか?
俺は、『真偽によってはリュドヴィック王太子との婚約破棄も視野に入れて断罪するものとする』
と書いたんだぞ?」
「で、ですから……『真偽によっては』?」
おや、あの文面はそういえば一方的にお姉さまを断罪するものでは無かったですね。
どうも何もかもが最初から仕組まれてたみたいです。
「そう、真偽だ、お前さっきズラズラ罪状やら事件やら並べ立てたけど、
何一つ証拠出せてないよな? そんな事で罪には問えんぞ?」
「そ、そんな、あのお方は『とにかく罪状さえ並べ立てたら無条件で皆が信じる』と言っていたのに」
「ほう? あのお方? お前はどうしてそれを信じた?」
ん? ボルツマン伯爵は『ゲームの強制力』みたいなものを
誰かから吹き込まれたっぽいですね、なんだか妙な事になってきました。
次回、第88話「ローゼンフェルド侯爵家の攻防」