第85話「政治劇(物理)だなんて、聞いて無いんスけどー!?」
女の子なら誰でも小さい頃、1度はお城の舞踏会に憧れたと思います。
綺麗なドレスを着て、素敵な王子様と巡り合い、ダンスをして、恋に落ちる。
まぁそんなのは、前世だと絵本だとか乙女向け小説での話なんですけどねー。
日本でガチのお城だと皇居って事になっちゃいますし。
でも、転生してきたこの世界にはガチのお城がありました。
王都から遠く離れた国境近くの田舎で生まれた私でも、
その美しさ、壮麗さは噂に聞いていたのです。
「おじさん、本当? そんなに綺麗で大きなお城があるの?」
「ああ本当だよ、私は若い頃、仕事で王都に行った時に見た事があるんだよ」
若い頃に商人をしていたという人に、私は何度もお話をおねだりしたものです。
思えば、その頃はまだ前世を思い出してはいませんでしたが、
ゲームでの記憶が影響していたのかも知れません。
夜ごとに行われる夜会や舞踏会。
それに出席するきらびやかな衣装を着た人達を乗せた、
何台ものこれまた豪華な馬車がお城へ向かってゆく様、
聞く度に思い描いては胸を躍らせていました。
「良いなぁ、私も見たいなぁ」
「ハハハ、クレアには魔法の才能があるのだろう?
15才になれば王都の魔法学園に通えるんだ、
そこならお城まですぐ近くだよ?」
「えー、でもまだ10年くらいあるもん、早く見たいなぁ」
私はいずれ王都の魔法学園に入学する事が決まっていたので、
もしかしたらその流れでお城に登城する日が来るかもしれない、
そこで運命の人に出会える、
幼い頃の私はそんな夢を見ていたのです……。
さて、現場のクレアです。その夢見ていたお城が私のすぐ目の前にあるのです。
いやー大きいですねー、綺麗ですねー、豪華ですねー。
高い城壁で周囲をぐるりと守られた白い石造りのお城自体も大きいですが、
高い尖塔がいくつも立ち並ぶその姿は凄いの一言です。
魔法学園の校舎も凄いと思っていましたが、それ以上の規模なんですよねー。
日は暮れたにも関わらず、魔石灯の光は煌々と輝いて周囲を照らしています。
お堀の水面にもキラキラと光が反射してそれはもう幻想的な光景です。
いやー、こんな凄い所、誰が住んでるんでしょうねー。
どうして私はここに来てしまったんでしょうかね……。
「さて、王城に着いたけど、どうしようかね」
「どうしようか、って。
あの、侯爵様、普通に王様に謁見して、反論して終わりなのでは?」
馬車に乗っていた時から嫌な予感はしていましたが、
お城に着いて馬車を降りた侯爵様は、やはり不穏な事をおっしゃるのです。
腕を組んでお城を睨んでますし……。
「いやいやクレアさん、だって、それじゃつまらないじゃないか、
このローゼンフェルド家がコケにされたんだよ?
きっちりと落とし前を付けさせないと」
「いや侯爵様、つまんない、って、落とし前……?」
何言ってんスかこの人!? 本当に高位貴族!?
言ってる事がほぼヤ○ザなんですが!?
「お父様、私も、建前だけでもリュドヴィック様が救けに来て下さらなかった事に若干イラついておりますの、お付き合いいたしますわ。
せめて城門の所で待ってて下されれば……。
あー、なんだか城を見てるだけで腹立つ、
手始めにあの門をぶっ壊そうかしら。橋を壊すとお城に行けなくなるし」
「お姉さまもー!? 2人共どうしてそんな好戦的なんですか!?」
「ローゼンフェルド家は武門の家柄ですので、一旦ケンカを売られると、
まぁこうなりますね」
「いえアデルさん、どうしてそんな冷静なんですか?2人を止めて下さいよ!」
「クレアさん、諦めが肝心ですよ」
ダメだこいつら、アデルさんですら頼りにならん!
やっぱり嫌な予感に従って逃げたほうが良い!
とか思ってたら、アデルさんにがっちりと腕を掴まれて逃げられません!
「うーんどうしようかなぁ、使われていない区域に攻撃魔法をぶちかまして、
一旦混乱させて……。いやそれだと私が後始末をする事になるなぁ、
さすがに明日の仕事は増やしたくない」
この人本当に宰相!? テロリストとかじゃなくて!?
言ってる事が一般人のそれじゃ無ぇ!
「あらお父様。私、そういえばドレスだったら、
ドレスアーマーという手がありましたわ」
「おおそれは良いね! アデルの 報告書にあったので、
私も一度見てみたいと思っていたんだよ」
「お姉さま!? どうして臨戦態勢になろうとするんですか!?
逃げて―! 何か企んでる人逃げてー!」
「ですからクレア様、いい加減無駄だという事をご理解下さい」
私はお姉さまを止めようとしたら、アデルさんに羽交い締めで止められました。
いえ私もわかってるんですよ!? もう止めても無駄だって事に!
でも逃げられないならせめて無駄な努力でもしたいじゃないですか!
そうこうしていると、お姉さまはドレスアーマーを装着されました。
毎度変身シーンは無駄に格好良いですね。
家名やご自身のお名前、そして真っ赤な髪に恥じぬ赤いドレスには
魔力が成長したせいか、身体のあちこちにトゲっぽいのがついたり、
鎧の面積が増えたりと装飾が豪華になっています。
その姿は、ティアラのような兜、身体のあちこちに付いている鎧パーツや、
変〇ベルト。腰に付けた鉈のような小刀型の杖等々、
山のような事に目をつぶりさえすれば、外見はだいたいドレスなので、
お城の舞踏会にも安心して行けるくらいの格好にはなりましたね。
闘技場の武闘会にも安心して参戦できるのが難点なんですが。
そういえば侯爵様はというと、馬車の中から妙に長いものを持ち出してきて、
ぶん、と一振りすると、戦旗のように地面に突き立てました。
かなり重いようで、その重みで石突きは石畳を砕いていました。
結構分厚いですよその石!?
あのそれって、どう見ても柄の長い戦闘用のハンマーなんスけどー!?
「侯爵様ー!? 何っスかそれー!?」
「何と言われても、嫌だなクレアさん、ただの魔法の杖だよ。魔杖槌だ」
たしかに杖っぽい装飾が施されて、お約束の宝玉っぽいのもついてますけど!
この世界は”杖”とさえ名前に付いてれば何でもありっスか!?
「いえあの、王城には、話し合いに来たん……ですよね?」
「クレアさん、拳と拳で語り合う、って言葉があるでしょう?」
「いやお姉さま!? いきなり何言ってんスか!?」
「うむ、理論武装という言葉があるね。つまり裏を返せば、
武装すれば、相手と論理的に対話ができるという事だ。何の矛盾も無い」
「侯爵様もー!? それ無理を通せば道理が引っ込むってやつでは!?
誰か助けて! ツッコミが追い付かない!」
お姉さまも侯爵様も、上手い事言った感じでドヤ顔してますが、
私はひたすら助けを求める事しかできませんでした。
誰も助けに来ませんでしたが。
「そういえばロザリア、それがドレスアーマーかね。
初めて見たが麗しいよ、これなら城中の者がお前に見とれてしまうね」
「まぁお父様ったら。お褒めにあずかり嬉しく存じますわ」
お姉さまは淑女の礼で侯爵様の賛辞に答えるので無駄に麗しいですけど、
それ完全武装ですからね!? そりゃ城中の人が見とれるというより、
ガン見して警戒心を露わにしますよ!!
「さぁロザリア、私のお姫様、お城までエスコートさせてもらえるかな?」
「ええ、喜んで」
「まったく、リュドヴィック殿下にも困ったものだ。
ロザリアを助ける為に姿を見せればこういう事ができただろうに。
新成人の舞踏会でエスコートを申し出てきたら、
一言イヤミを言ってやらないとね」
「ふふ、お父様、お気持ちはわかりますけど、 加減してあげてくださいね?」
侯爵様とお姉さまは腕を組み、城門へ続く橋を渡りお城へ向かいます。
まさに夜会か舞踏会へ向かう貴族の親子そのもので見とれそうになりますが、
片や全身に鎧を纏った令嬢、片や肩にハンマーを担いだ貴族男性。
その姿はどう見ても物騒極まりないです。
「さぁ私達もまいりましょう。クレア様は私がエスコートいたします」
「ごめんなさい! 私逃げます! この先を見るのが怖い!
いや離してアデルさん! 力強っ!? アデルさん!? アデルさーん!?」
「クレア様、もう手遅れです。お諦め下さい」
「やだー! わたしもうおうちかえるー! おとーさーん! おかーさーん!」
私は最後の力を振り絞って逃げようとした所を、あっさりアデルさんに捕まり、
引きずられながら、かくも最悪なエスコートで
憧れのお城の舞踏(武闘?)会に赴く事になったのです。
……女の子の夢を返して下さい。
次回、第86話「おらおらー!ローゼンフェルド一家の殴り込みじゃー! もう帰りたいっス……」