第80話「神王樹」『でっっっか! マジでかいんですけどー!』
「うわでっか! 上の方が見えない!」
「お嬢様、言葉遣いがはしたないです」
アデルはロザリアの口調をたしなめるが、
そのアデルも眼の前の樹の巨大さに圧倒されていた。
森の奥の広場に鎮座していた巨大な樹木には無数の蔦や蔓植物が絡み付き、
何本にも分かれた太い幹からは枝葉が伸び放題になっている。
その枝葉ですら、普通の樹よりもはるかに巨大なのだ。
樹の間から垣間見える、天高くそびえ立つその姿はまるで山のようだった。
「なんという巨大な。これなら王城から見えてもおかしくないのでは?」
「まぁ目立つのも何だからね、魔法で近くに寄らないと見えなくしているんだよ」
リュドヴィックの呆れたような言葉に、シルフィーリエルが解説していた。
「これがこの森で最も古い『神王樹』じゃな、この樹から違和感を感じる」
とはいえ、何を好き好んでこんな老木にとり憑いたんかの?
この森で一番大きいというだけだぞ」
クレアに肩車をしてもらっているウェンディエンドギアスが首を傾げていた。
「肩車の嬢ちゃん、樹に近づいてくれ。ちょっと調べてみる」
「は、はぁ。でも大丈夫っスか? 近づいたら樹に怒られるとかそんなのは?」
「そんなもん無い。この子は長生きなだけじゃよ。ほれ、早よ早よ」
とりあえず近くの根っ子でいい、と言われてクレアがおずおずと近づき、
ウェンディエンドギアスは肩車から手を伸ばして木の根に触れ、
魔法力を流し込んでいるらしい。
が、しばらくすると頭を横に振りながら手を離してしまった。
「うーむ、儂では全然足りんな、死んでしまう。どれ、肩車の嬢ちゃん、
お前さん光の魔力属性持ちじゃろ? ちょっと手を貸してくれんか?」
「うえ!? どうしてそれを!?」
「見りゃわかるわ。一部魔力は封じられとるようだが問題無さそうだの、
ちょっとその首の魔力封じてるのを取って、
この樹にお前さんの光の魔力を流し込んでくれんか?」
「ええ? いえ、はい……」
クレアはネックレスの魔力抑制を解除し、樹に触れて魔力を流し込もうとした。
「あのー、ギーちゃん様。私、まだ光の魔力を使うのに慣れて無いんですけど」
「そんなもん儂が教えちゃる。心配せんでもいいから適当に流し込め」
「え、ええ? 適当、って」
『お、大雑把過ぎる……。伝説クラスのレア属性じゃなかったっけ!?』
ロザリアもウェンディエンドギアスの言い様に唖然とするしかなかった。
エルフ族の長老ともなればそんなものかもしれない。
「よし、まずは注ぎ込んでもらうか。
うーん、ちょっと違うの、それ自然4大力の方じゃろ?
もうちょっと、ガッというか、グワッという感じで、
己の腹の底から魔力を掘り起こすのじゃ。」
「いえあの、ウェンディエンドギアス様?
そんなよく判らない説明ではクレアさんが困るのでは?」
大雑把を通り越し、擬音によるフィーリングだけの説明に
ロザリアが困惑気味に突っ込んでいた。
「ああー、なるほど、こう、グワッという感じですね」
「そうそうそんな感じ、お前さん筋がいいの」
「通じた!?」
何故かクレアにはこの説明で通じたらしい。
「んー、ちょっと流れが強すぎるの。
グワッじゃが、軸の方はフワッとねじる感じで、じゃ」
「えー? こうですか? お? おおおお!? 凄いっスこれ!」
「そうそうそのまま、ついでに治癒魔法と混ぜ合わせてみるんじゃ、
光の方をガツーンと治癒魔法にぶつけて、あとは流れにまかせる感じで」
「はい、ガツーンと、あ、勝手に流れができてる。意外と簡単っスねー?」
「いやだからどうして通じてるの……?」
ロザリアは2人の会話に全くついていけずに混乱していた。
この2人、波長が合うにも程がある。
クレアは魔力を流し込んでいるようで。しばらくは何事も無かった。
が、そのうちに上空で何かの音がした、
遥か上の方の大きな枝葉の1本が大きく揺れている。
枝葉といっても大木くらいの太さのものが、不自然に揺れていた。
「あそこじゃな。ああ嬢ちゃん、それが光の治癒魔法じゃ。
もうちっと多めに流し込んでくれ。
なに、樹の心配は要らん、かえって元気になるくらいじゃ」
「はーい、ちょっと多めっスねー」
ラーメンの注文を受けるようなノリでクレアはガンガン魔力を流し込んでいく。
すると、単に見た目は大きな老木というだけだったのが、
次第に神々しい光を放つようになっていた。
が、枝葉の1本だけが一向に光らない。
「確定じゃな、サクヤ、合図したら、あの枝葉を根本から落としてくれ。
で、そっちの赤髪の嬢ちゃん、落ちてきたところを焼いてくれ。
レイハは何かあった時に頼む」
「まかせろですわ! ぶった斬って良いんですのね?」
「えっ、この樹って大切なものなんでしょう? 名前ついてるくらいなのに」
「木は木じゃ、そこには優劣なんて無い。
大切というならその辺の木も残らずみんな同様に大切じゃよ。
この神王樹だって儂が幼い頃はまだほんの若木じゃったわ」
どうも時間のスケール感が違い過ぎて、話というか考えが合わない。
1000年前を”ちょっと前”と言うくらいだし、
”儂が幼い頃”とは果たして何年前なのか。
「ふ、ふ、ふふふふふふ。景気よく行きますわよー!」
サクヤがノリノリで自らの頭上に巨大な魔式刀を生成した。
その長さや幅は自らの身体の数十倍程もある。
『サクヤさん、ノリノリ過ぎてちょっと怖いんですけどー……」
それを見て、ロザリアもドン引きしつつ自らの魔法を発動する。
それは赤く光る太いヒモで編まれた巨大な籠のようにも見える。
落ちてきたのを確認してから燃やしたのでは遅い、
空中でこの中に入れ、絡ませて燃やし落とそうというつもりだった。
「では、ずばっと斬り落としますわよ! ロザリアさん! 準備はよろしくて?」
「え、ええ。よろしくてわよ?」
『ええ~、大丈夫なワケ? タタリとか無い、よね?』
内心不安なロザリアに反してサクヤはやる気満々だ。
まぁこれだけ大きな樹を斬っていいとか言われたらテンションも上がるのだろう。
「よし、肩車の嬢ちゃん、ダメ押しに光の魔力を強めに送り込んでくれ」
「はぁ、いいですけど、知らないっスよ?」
クレアが魔力を流し込むと共に、揺れていた枝葉の先が徐々に黒く染まり出した。
その姿でうねる様はまるで黒い蛇だ。
『あれって、お母様が倒れる前に見た、黒く染まった植物と同じ!?』
ロザリアは持ち帰ってフェリクスかマクシミリアンにでも見せれば、
何かの手掛かりになるかも?とも思ったが、
つい先日の魔技祭での騒ぎを考えると、
ウェンディエンドギアスの言うようにまずは焼いてしまう方が安全だろうと判断した。
「よし、もう良いじゃろ。サクヤ、斬り落とせ!」
「承知! はあっ!」
この森に住んでいる割に、何のためらいもなくサクヤは魔式刀を放った。
枝はまだ黒化していない部分から切り落とされ、大木程もある枝が落ちてくる。
それを受け止めるようにロザリアは炎の籠を下から飛ばして枝を受け止め、
徐々に下に降ろそうとした。が、枝が突然生き物のように暴れ始める。
「ええー? ちょっと、大人しくしなさいよ!」
ロザリアは大真面目に言っているが、燃やされている最中の相手に言う事ではない。
そうこうしているうちに、燃えた木が徐々に小さくなった所で、
核となっていた部分が露出し、籠の間から見えた。
それは、黒く光る結晶状の物体だった。
「あれが魔力を吸って成長した魔核石じゃ、真魔獣の心臓部と同じじゃよ」
「って事は、あれを放置したら真魔獣が生えてくるとかそんな感じですか?」
「そんなとこじゃ。しかしでかいの、巨大な樹に取り憑いてただけあるわい。
肩車の嬢ちゃん、あいつを光の魔法で攻撃してくれるかの」
「あー、はい、お姉さま、そのまま押さえてて下さいねー」
ロザリアの質問にウェンディエンドギアスが答えた後、クレアに指示を出す。
その時、一同の心の中に声が響いた。
『(マッタク、ワレガ苦労シテ育テテオルノニ、ドウシテコウ先回リサレルノカ。
収穫ニハマダ早イガコノ者達ヲ始末サセルカ)』
「!? またあの時の声が?」
リュドヴィックが叫ぶと同時に、突如、魔核石から黒い魔法力が噴き出し始めた。
「あれは!? あの状態からでも過剰摂取状態と同じ事になるのか!?」
「あー、まずいね、あの状態では光の魔法でも効かなくなるよ」
リュドヴィックの言葉にレイハが答えた通り、
暴走状態に陥った魔核石はロザリアの炎の籠の魔力を吸収してしまい、
炎が消えた後には巨大な結晶状の塊が空中に浮いていた。
結晶からはなおも黒い魔力が吹き出し続けている。
「ええーっ!? ギーちゃん様、ど、ど、どうすれば!?」
「少々面倒な事になったの。あの魔力をちょっと無駄遣いさせんといかん」
なおも噴き出す黒い魔力はどんどん増大し、
魔核塊はその魔力を樹へと伸ばして再び取り憑こうとしている。
「させないよ! シュテン!」「承知!」
レイハは手近な大木を一刀のもとに斬り倒し、
いつのまにか大鬼化していたシュテンがそれを掴んで跳躍した。
シュテンは大柄な体躯の割に物凄い跳躍力で、
一気に魔核石の高さまで飛び上がり、手に持った大木を棍棒のように叩きつけた。
枝葉を散らしながら幹が大きく凹み、 さらにそこからヒビ割れが広がり、
爆発するかのように大木は砕け散った。
魔核石はさすがに高度を維持できなくなったのか、殴られた衝撃で落下を始めた。
それを待ち構えていたレイハが魔核石に斬りかかる。
「はあああああああああ!!」
小刀を横薙ぎに一閃、ピィィィンという音と共に魔核石の表面に傷がついた。
が、それはレイハにとって不本意なものだったらしく、
いつもの飄々とした表情に、わずかに眉間にシワを寄せていた。
「あらー、かなり成長しているようだねー、硬すぎる」
それでも、手の届く範囲にあるのなら、
とロザリア以下物理攻撃が得意面々が得物を構えた瞬間、
魔核石は逃げるように物凄い速度で上昇していった。
「あれ? まずいっスね? まさかいきなり逃げるなんて」
「それなりに考える程度には知能があるようじゃの。しかし、あれでは……」
魔核石は樹に取り憑く事を優先したのか、
ある程度上昇すると飛ぶ方向を神王樹の幹の方に変えて、幹の中に消えた。
樹の幹はその部分から黒く染まりだし、上へ下へとその変色部分は増えていく。
「あー、また中に入っちゃった……」
「やむを得ん、レイハ! サクヤ! 神王樹を斬り倒すのじゃ!
半分くらいなら仕方ない、また数万年すれば伸びる」
「ええー! ウェンディエンドギアス様、そんな事したら」
「了解ですわー!」「こいつは斬りごたえあるねー!」
ロザリアの戸惑いを他所に、サクヤ・レイハ母子は、
もの凄いノリノリでそれぞれ巨大な魔式刀を上空に生成し、
なんのためらいもなく神王樹に向けてそれを飛ばした。
「ガンガン行きますわよ――!」
「いやーサクヤちゃんノリノリだねー、お母さん怖いよ」
母子は2本の巨大な魔式刀を縦横無尽に操り、
ついには神王樹の上部1/3を切断するに至った。
「はあああああああああ!!」
その幹を、跳躍したシュテンが回し蹴りで無事な方の幹から引き剥がす。
「落ちてくるぞ! 離れろ!」
リュドヴィックの声に慌てて離れた一度の前に、
ズゥン、と物凄い地響きを立てながら落ちた黒い幹は、
その巨大さ故に自重で砕け散った。だが、その破壊が途中で止まり、
まるで内側に吸い込まれるように幹は小さくなってゆき、
次第にその姿を変え、徐々に人型を形成していった。
その姿は樹で出来た黒い鎧を着込んだような姿で、
その身長は20m程にも達している。
「魔核石め、取り込んだ樹からゴーレムを作りおった。あれでは疑似真魔獣じゃ」
「ええー!?」
クレアの肩の上のウェンディエンドギアスが言う通り、
魔核石は今や真魔獣のような存在となっていた。
次回、第81話「ダークウッドゴーレム討伐戦」