第79話「森の異変とエルフ族の長老」
「いやー、まいったな、どうしよう、これ」
目の前に特大の魔力波が来ているにも関わらず、
呑気な事を言っているレイハの前にシュテンがかばうように立ちはだかり、
「能力開放:大鬼転身!」と叫ぶと、
ただでさえ大きい身体が成人男性の倍程にも巨大化した。
身体は濃緑色に変わり、長い白髪に額から2本の漆黒の長い角が生えている。
シュテンは迫りくる魔力波に向けて咆哮し、
その一喝で魔力波を消し飛ばして見せた。
『マ!? あれガチにつよつよな感じだったんですけど!?
あのシュテンって人の強さ、イカツ過ぎない!?』
「遊び過ぎですよレイハ、修行不足ですね」
「いやー、ありがとうシュテン。うーむ不覚、いや、どうしてだろうね?」
「ロゼ! 大丈夫か!」
「え、ええ。大丈夫ですリュドヴィック様。ちょっと痺れただけなので」
事態が収まったところで、レイハとロザリアの所に、
シュテンとリュドヴィックがそれぞれ様子を見に行っていた。
静観していたシルフィーリエルは近くの木を触り、何かを確認しているようだ。
「あー、レイハさん、今の今まで気づきませんでしたが、
僅かながらこの森の魔力に異物が混ざっていますね?」
「異物? まさか、その為に私は式の制御を誤った、って事か?」
レイハの精霊魔式は、精霊魔法と魔式を同時制御する精密で複雑なもので、
制御が難しいとの事だった。
何故今の今まで気付かなかったのだ、というサクヤの問いに、
「いやー、私達は普段精霊達に魔法を使ってもらっているので、
魔力自体はあまり意識してなかったんだよ」
「普段魔法に大して偉そうな事言ってる割に……」
としれっとシルフィーリエルに返され、サクヤは呆れるばかりだった。
「リエル、この森にまで、闇の魔力が入り込んでしまっているというのですか?」
「どうもそのようです。
しかもかなり奥深くにまで食い込んでるようで。いや困りましたね」
身体のサイズを元に戻したシュテンを前にしても、
その飄々とした態度は変わらなかった。
「で、リエル、森のどの辺りが汚染されてしまっているかわかりますの?」
「いえ全然、何分そういう修業はあまりしていないので」
「もう! だから普段から真面目に修業しなさいと言ってますでしょう!?」
しかしいくらサクヤが文句を言おうが、無いものねだりなので、
一行は原因を探るべく、
シルフィーリエルの案内で森の奥へ奥へと進んでいった。
シルフィーリエルによると、エルフ達は元々人数が少なく、
この森にもあまり人数はいない、との事だった。
皆、長命ゆえに面白い事を求めてすぐに森の外へ出て行ってしまうのだという。
「なので森の奥に住んでる長老様の手を借りよう、
あの人なら暇しているはずだから快く了承してくれるよ」
などと年長を年長とも思わない発言にロザリアは驚いたが、
エルフの流儀なので黙っておいた。
「しかしお嬢さま、どうしてこう、いつもいつも都合よく、
お嬢さまの行く先々でもめ事が起こるのですか」
「ドウシテダロウネー」
色々と身に覚えがあり過ぎる為に、
アデルの珍しい愚痴にもロザリアは苦笑と共に肩をすくめるしかできなかった。
「(ねぇクレアさん、この先の長老って人とのイベントって何があるの?」
「(それが、そもそもゲームにはこんな森の深くまで入らないんですよ。
長老がどんな人なのかも知らないんです。)」
「(ええー? 困ったものね、先がわからないってのは)」
一行が森の奥に進むと、森の雰囲気は次第に神気とでもいうのか、
荘厳な雰囲気をまとい始めた。
周囲の木々ですらも、物質というより、半透明に透けて見え始めている。
まるで水晶か宝石で出来た森だ。
『うわー、エモー……。映えスポットだらけなんですけどー』
その森の最奥に木造の神殿のような建造物があり、
そこにエルフ族の長老がいるとの事だった。
もの怖じしないクレアですらも、
気軽に足を踏み入れていいものか、ととまどう雰囲気ではあったが、
「おーい長老~」「長老、長老ー、ちょっといい?」
と、レイハとシルフィーリエルはあっさりと扉を開けて中に入っていってしまう。
『気安っ!!』
おずおずと一同が中に入ると、
建物の中は様々なものが並び、普通の住居のようではあったが、
置いてあるものは物凄く古く、年季が入ってそうだった。
そこにエルフ族の長老はいた。
「なんじゃ? レイハはともかくリエル、
お前ついさっき学校に行ったんじゃろ、何か忘れ物か?」
が、長老とは聞いたものの、背も低く、体つきも顔立ちも声も、
耳以外はどう見ても7~8才くらいの少女にしか見えなかった。
その少女はゆったりとした服を身にまとい、
額には何か由緒ありそうな頭飾りを身に付け、威厳は無くも無かった。
『え? この子が長老? めっちゃかわヨ系なんですけど』
「あ、みなさん、この人が長老です」
「こらリエル、説明がざっくりし過ぎじゃ。皆とまどっておるじゃろ」
シルフィーリエルの説明によると、歳を重ねたエルフは、
最終的には溜めこんだ魔力を少しずつ放出して行き、
肉体もどんどん子供に戻ってしまい、
最後には精霊と一体化するように消え失せてしまうのだという。
ロザリア達一同はとりあえず、自己紹介を済ませた。
「そういうわけで、この通りの見た目なわけでして、
エルフ族には老人のような見た目の人はいないんだよ」
「おお、挨拶が遅れたの、儂が西方エルフ族の長老、
ウェンディエンドギアスじゃ、名前が長いのは古式でな、
呼びにくければ愛称のギーちゃんで良いぞ」
長老といいながら、思いのほか気さくだった。
気さく過ぎて呼ぶのもためらわれる呼び方を提案されてしまった。
「じゃぁじゃあ、ギーちゃん様、
この森で何か変な事が起こってるみたいなんっスよ。
ちょっと手を貸していただけたらなー、と思いまして」
「ほうほうほう、暇しておったから良いぞ? なんでも話すのじゃ」
「えーとですね、最近闇の魔力ってのがあちこちで悪さしてまして、
先ほどこの森でもそれらしいものを感じた。
と、そこのリエルさんが発見しまして」
「あの子がか、しかしあの子の実力ではそれ以上詳しい事は判らんじゃろうな。
なるほど、それで儂の所に来たと」
「さすが長老のギーちゃん様、話が早い。
そういう事なんス。ちょっと助けてもらえないっスか?」
「おー良いぞ、暇つぶしなら大歓迎じゃ」
もの怖じしないにも程がある人物がここにいた。
しかも、波長が合うのか妙に打ち解けてしまっている。
あっという間に状況説明が終わってしまった。
「とは言われてものぅ、あの程度の事ならちょくちょくあるぞ?
ちょっと前にも似た事はあった」
「そのちょっと前って、いつ頃の事っスか?」
「んー? おおかた、1000年程前かのう?」
「いやそれ大襲来の時っス!!」
さすがのクレアが突っ込まざるを得なかった、
エルフと人間の時間の感覚差が凄まじ過ぎる。
人間でもある程度の年齢になると、1年が物凄く早く過ぎる、
10年前がつい最近と感じるというが、エルフはそれがさらに顕著なようだ。
という事は、今この森で起こっている異変は大襲来の時に匹敵する事になる。
どう考えても嫌な予感しかしなかった。
「こっちじゃな、こっちの方に違和感を感じる」
「ギーちゃん様、良くわかりますねー、
私達には魔力の違和感なんて感じないっす」
「儂はもう歳じゃからな、魔力も少ないので、
この森の自然の魔力と自分をつなげておるのじゃよ、
だから身体の違和感を感じるようなものじゃ」
雑談をしながら案内してくれているウェンディエンドギアスは、
クレアに肩車をされていた。
端からみるとまるで仲の良い姉妹である。
「儂のようなエルフは、エンシェントエルフとか呼ばれとるな、
神代の昔からの種族の末裔となる。
とはいえ、その数はどんどん減っておるのじゃ。
まぁ純血のエルフだから何だ、という向きもあるし、
儂もそう思うので特に意識はしとらんがの。
ちなみにこの森で生まれた純血の子は150年前に生まれたリエルが最後じゃ」
「えっ、でも町とかでたまにエルフの皆さんを見ますよ?」
「あれはハーフ(1/2)エルフとかクォーター(1/4)エルフじゃな、
ワンエイス(1/8)エルフ、ワンシクスティーンス(1/16)エルフまでなら聞いた事はある」
もうその頃になるとエルフとしての特性は薄れ、寿命も2~300年程で、
中には魔力も無い者がいたり、
耳もやや尖っているというくらいの特徴しか無くなるそうだ。
世間一般のエルフのイメージはそっちの方が強いらしく、
ウェンディエンドギアスやシルフィーリエルのような純粋なエルフは、
エンシェントエルフとして区別されるのだという。
「まぁ儂らは妙に長生きする種族、ってだけでそんな大したもんではないよ。
ある程度の年齢を越すと、長生きすればするほど魔力は弱まるし、
この森の外の事にも詳しく無いので歴史の語り部にもなれぬという、
滅びゆく黄昏の種族じゃ。おお、ここじゃ」
森の奥には、天まで届くのかというくらいの巨木がそびえ立っていた。
次回、第80話「神王樹」『でっっっか! マジでかいんですけどー!』