第77話「ウチは剣に生き、剣に死す……、つもりは全く無いんですけどー!?」
「さぁやろうかロザリアちゃん!
いやーお姉さん死合う相手が変わるの久しぶりだから楽しみだよー!」
「ろ、ロザリアちゃん……?」
じゃあ情報は教えたから、と押し切られ、人気の無い森の奥まで連れてこられ、
なし崩し的にレイハの相手をする事になったロザリア。
この人生になってから”ちゃん”付けなのは初めてなのに戸惑うロザリアを前に、
レイハは物凄く楽しそうだった、というか今も日常的に死合っているのか。
クレアはというと、
まぁ確かに、おばさん、と言ったら本人が気を悪くしそうな感じっスよねぇ……。
などと思っていると、何故かレイハに『にこり』と笑いかけられ、
慌てて無心になった。
しかしこの女性、皇女だった頃に武者修行の旅に出た、と言うが、
既に15才の娘がいる年齢で、更に年単位で武者修行の旅だった事を考えると、
国元を出た時は一体何才だったんだろう? とアデルは首をかしげる。
それぞれの思いを他所に、2人は向かい合った。
レイハの獲物は木刀だった、刃はきちんと削られたような感じではなく、
ざっくり刀の形に削り出されたような適当なものだった。
対するロザリアは、短刀型の杖の魔杖刀である。
ドワーフ製でかなり頑丈だが大丈夫か?との問いに、
レイハは「大丈夫、大丈夫、どーんとかかって来なさい」と
異様に自信満々だった。
ロザリアは意識を集中させ、杖から魔力の刀身を伸ばして長さを補う。
魔力の制御が成長した今は、サクヤ程ではないものの、
刀身はゆらめく事も無く伸びていった。
「ほほう、サクヤから聞いた通り面白い事をするね。
この国の術式とはまるで違う。自由奔放で良いよー!」
「本当に大丈夫ですか? この杖を作っていただいた方からは、
『場合によっては切れないものは無くなる』と言われたんですけど」
サクヤの時の空中に魔法剣と魔式刀を出現させ合った時とは勝手が違い、
今回は直接打ち合わせるので、万が一の心配をするロザリアだったが、
レイハは「大丈夫、大丈夫」と全く変わらなかった。
ロザリアは杖を正眼(真正面)に構えるが、レイハはだらりと垂らしていた。
しかし何故かこちらをなめてかかってる様子も、
気を抜いている様子も全く感じられない。
油断してはならないと、杖の柄をギリリと握りしめていると、
レイハが半目になり、
「ほほう? 相手を見る目はあるね? 侯爵令嬢だよね?」
と不思議そうに声をかけてきた。
「趣味で武術をかじっていただけです」
と言ってみたが、
「いやいや、足さばきとか身のこなしが中々だけど、
肝心の剣を持つ方はからっきしじゃないの、どういう武術?」
と見抜かれてしまっていた。
この世界に合気道なんてものは存在しないだろうし、
前世では数年通っただけで、趣味の道場拳法の域を越えていなかった自分が語るのもおこがましい、と、
「単なる護身術ですわ」と返しておいた。
「まぁいいよ、では……、どこからでも良いよ、かかって来て?」
「え、えーと?」
「来ないならこっちから行く、なんて言わないからさ、
剣術に関してはわたしの方が手練れのつもりだから大丈夫」
「は、はぁ……。それでは!」
ロザリアは身体強化で一気にレイハの眼前まで跳んだ。
これを見て驚くようであれば、
振り上げた魔杖刀を止められるくらいの余裕は残して。
しかし、レイハの眼前に辿り着いた、と思った時にはその姿が消えた。
逆にロザリアの方が驚いて足を止めると、首筋にひやりとした感触を感じる。
いつの間にかレイハはロザリアの側に立ち、ロザリアの首筋に木刀を当てていた。
「な……っ」
「うーん、やっぱりまだ死合いには早いか、キミには手合わせで良いかな?」
「くっ!」
横薙ぎに魔杖刀を振り払うが、
もうそちら側にもレイハはいない。
ロザリアは背後に気配を感じ、思い切って前方に飛び、
振り返って魔杖刀を構えなおした。
が、その時にはもうレイハの方がロザリアの眼前に迫っていた。
振り上げる木刀を見て、もう間に合わない!と、
ロザリアが目をつぶって身体を固くすると、
「こらっ、相手を前にして目を閉じないの」
と、レイハにぺちっと額を手で叩かれた。
「うーん、どうもちぐはぐだなぁ。勝負勘も良いし、
意識だけはついてこれてるようだけど、目や身体の動きが全然だ。
一体どういう事? 鍛錬で得たものじゃないよね?それ」
「え、えーと、生まれ、つき? ですかね?」
ロザリアには前世で得た合気道の知識はあっても、
身体能力自体は貴族令嬢のそれなので当然だった。
自主的に合気道の型をなぞったり、多少の筋トレをして、
あとは魔力強化で強引に動いてるだけなのだから。
「ふーん? まぁ良いよ。
どのみちそんな戦い方をしていたら終いには身体壊すよ?
ちょっとお姉さんに矯正させなさい。今度は打ちあってあげるからもう一度」
「え……、はい」
今度は大降りにならないように、コンパクトにロザリアは切りつけた。
レイハは危なげなくそれを木刀で受ける。
ロザリアの金属製の杖の上に魔力で包み込んでいる魔法剣は、
なんとその木刀に食い込んですらいなかった。
何故だ、何故ただの木刀が切断できない。と驚くロザリアを気にせず、
一旦離れたレイハは木刀を下ろし、まずロザリアの姿勢を指摘し始めた。
「身体に力が入り過ぎてる。身体に力が入ってるという事は、
既に余計な筋肉を使い続けてるという事なの、もっと力を抜いて!」
「え、ええー? そう言われても、こ、こうですか?」
「んー、悪くは無いけど、それで次の動きできる?」
「い、いやー、無理、で、すね?」
合気道の流れで素手ならまだしも、剣術に関しては全くの素人であるがゆえに、
ロザリアは立つ事すらどうしたら良いのか混乱し始めていた。
「斬りかかって来た”動”の時は凄く良いんだよ。
身体の軸も腰の位置もまったくブレていない。
その前段階の立った時の”静”が、からきしなんだ。
いいかい、身体に力が入ってると、一旦力を緩める動作が入る。
その分だけ動くまでの時間は遅れるし、
相手には動きを見破られるきっかけになる。
良い事なんて何も無いんだよ」
「身体の軸と腰……。それならこの世界でも」
ロザリアは貴族令嬢としての立ち方やダンスの時の姿勢を参考に背筋を伸ばし、
脚を前に出せる最低限の力だけを残して、あとは全て脱力して立った。
そして、ダンスで足を踏み出すように、武術で足を前に出すように、
ぬるり、と足を出し、前に踏み出してみた。
「ほう? ほんの少しの助言と切っ掛けでこれか。
確かにサクヤが言うだけある、それは社交ダンスの運足の応用だね?
丁度いい、社交ダンスは相手の目を見て意識を通じ合わせる側面もあるはずだ、
向かい合う私の目を見て、次に私がどう動くかを想像しながら動いてごらん?」
レイハはちょっと離れた距離でロザリアの前に立ち、
ロザリアと目線を合わせたまま、ダンスのパートナーのように動いて見せる。
ロザリアもまた、レイハの視線や目の動きから動きを想像し、身体を移動させる。
すると面白いようについて行く事ができた。
「ほうほうほうほう、
社交ダンスと何だかわからない武術のごたまぜの我流の運足。
とても良い。そのまま今度は剣を構えてみて」
「は、はい、こう、ですか?」
「まだダメ。いいかい、その杖は重さで叩き切る剣じゃなく、
刃で斬る刀なんだろう?
つまり、斬りつける時に力なんて邪魔なんだよ。
手は剣を握るだけにして、肘から先は全て力を抜いて、
肘から先は無いものと思いなさい」
つまり、ダンスパートナーの肩や手に沿えた後は、相手を信頼して力を抜く要領で、
ただ自分の身体のバランスを崩さないだけに集中。
「良い感じに力が抜けた、そのまま剣を持った腕を、
肘から先は忘れたまま剣と一体化させて、肩と背中の力だけで持ち上げて、」
ダンスで相手に手を持ち上げてもらってターンをする時は腕の力なんて入れない。
身体の軸につながる肩と背筋だけを意識して、
「振り下ろす時は肩と、お腹の力だけで振り下ろす!」
パートナー(剣)の動きに逆らわず、むしろ流れに合わせて肩を下ろし、
腰を曲げるように身体を倒して一気に剣を振り下ろした。
その動きは、何の迷いも無く、何かの舞いの一部を切り取ったかのようだった。
ロザリアは残心を忘れず、剣の先にまで意識を研ぎ澄ませ続けている。
その姿は凛として、周囲を一瞬の静寂が支配した。
「お姉さま、かっけー……」
「うむ、良い型だ、あの子は良い剣士になれるな」
知らず、周囲から拍手が起こっていた。
「だから、どうして侯爵令嬢に剣術の指導をする必要があるのですか。
お嬢さまに変な事を教えるんじゃねぇよ」
半ギレのアデルの尤も過ぎる指摘に、
「そういえば何をやっているんだ」と、一同は我に返った。
次回、第78話「ウチは刃を打ち合わせる一瞬の刹那に命を燃やす……いや本当に何してんのウチは」