第76話「やぁやぁやぁ! はじめまして! 私がサクヤの母だよ!」「エピソードタイトルコールを乗っ取られたんですけどー!?」
「えーと、サクヤさんのお母様は、
どうして私と手合わせしたい?とおっしゃってるの?」
「まぁ、私が色々話したから、ですわね。
あの人は、強い人を見るとつい戦いたくなってしまうそうなので」
「ええー……」
サクヤの言葉になんとも言えない表情をするロザリア。
特に強さを求めているわけではなく、
ただ単に魔法を使いこなすのが面白かっただけなので。
ロザリアを含むリュドヴィック一行は、
現在サクヤの母から色々と事情を聞くべく、
最寄りの転移門からサクヤの実家に徒歩で向かっていた。
サクヤの実家があるのはグランロッシュ王国南部の大森林、
『神王の森』の奥で、
一行が進む森の中は木漏れ日が心地良く、
鬱蒼と木々が生い茂っている割には開放的で清浄な雰囲気だった。
なお、シルフィーリエルの故郷でもある、との事だった。
「あ、シルフィーリエルさんとは家が近い? から親しくなったの?」
「幼馴染ですわね。あの森で一番年齢が近いんですの」
「でも森の奥に住んでいらっしゃるなんて、
人嫌いとかそういうの? 会っても歓迎されるとは思えないんだけど……」
「ああ、それについては多分何の心配も要りませんわ」
この森は古くからエルフや様々な獣人・亜人達のテリトリーとなっていた。
人を襲うような魔獣が獣人・亜人により狩られるので、
手を結んだ方が相互利益になる、と、
グランロッシュ王国側とも不可侵の協定を結んでおり、
対外的にはグランロッシュ王国に属している事になっている。
大して歩いていないはずなのに、景色はどんどんと様相を変えてゆく、
木漏れ日は更に暖かく一行を包み、
森の中というより光の中を歩いているかのような錯覚を覚える程だった。
「この道にはエルフの古代魔法がかけられているそうですわ。
友好的なものには実際よりも進む速度が早く、
侵略しようとする意志のあるものは、
いつまで経っても森の奥にたどり着けませんの」
サクヤの言葉どおり、1歩が何百歩にも相当するのか、
一行はかなりの速度で進んでいたのだが、全く疲れを感じていなかった。
しばらくすると徐々に周りの風景に変化が現れ始め、
見渡す限り深い森が続くだけだったのが、
けもの道が石畳の道となり、
その先に巨大な樹木に囲まれた荘厳な街並みが見えてきた。
多くは石造りの家で、中には巨大な木の幹をそのまま家にしたものもあった。
住人の多くは獣人のようで、様々な種族がいた。
また、エルフと思われる者も少数ながら見受けられたが、
人間はあまりいないようだった。
そんな街並みの一角にある広場に、一行は到着した。
中央にはお約束の巨大な噴水があり、周りにはベンチがいくつか置かれていた。
広場は公園も兼ねているようで、子どもたちが駆け回り、
中には魔法の練習をしている子もいた。
そして、噴水の近くには和風の服をまとう神秘的で凛とした女性が立っていた。
女性は一行の姿を確認するとこちらに向かって歩いてきた。
サクヤの母親だ、という事は顔立ちから一目瞭然だ。
ただ身長はかなり高く、170cmほどありそうで、
腰の位置も高く足が長いためスタイルが良い。
年齢は20代後半ぐらいに見えるが、
どう見てもサクヤのような年齢の娘がいるようには見えない。
サクヤと同じく和風の黒髪赤眼で、
長い後ろ髪を後ろで一つにまとめていた。
ゆらりと歩く姿はとても姿勢が良く、気品すら感じさせた。
が、その女性が、ロザリアに近づくにつれて徐々に徐々に歩く速度が早くなり、
しまいには走り始めた。
神秘的だった顔も、まるで玩具を見つけた子供のようになっている。
「やぁやぁやぁ、来たね! キミがロザリアちゃんか!
中々良い目つきじゃないか。それにその身のこなし!
さぁ死合おうか! ほら剣持って! さぁやろう! 今すぐやろう!」
「はい!? え!? 試…合い?」
物凄い大歓迎だった、しかもレッツバトルなノリで、
格闘ゲームならもう戦いが始まっている。
あまりの歓迎っぷりにロザリアは呆気に取られて固まってしまった。
「このバカ親が! どこの世界に娘の同級生に会うなり、
命がけの戦いを申し込む奴が居るんじゃ!」
「うえ!? サクヤ、さん?」
「えー、サクヤちゃんこわーい、
久しぶりに会ったお母様にそれは無いんじゃないかなー?」
「お母様ってガラか! 母親ヅラしたいなら、
ちょっとは取り繕えや! 娘に恥かかすな!」
突然いつものお嬢さま言葉が消え、よくわからない方言でまくしたてるサクヤに、
ロザリアどころか、リュドヴィック達までもが目を丸くしていた。
また変な奴が……、この世はどうして平穏な日常を与えてくれないのだ。
と、アデルは密かに心の中だけで世界を呪い、頭を抱えていた。
「まぁ、驚くよね。こっちがむしろおひいさまの地だし」
「え、そう、だったん、ですか?」
「彼女のお母さん、レイハさんって言うんだけどね。
剣士で冒険者だった、って話聞いただろ?
国元ではお上品な話し方だったそうだけど、
西へ西へと冒険者を続けるうちに大分くだけた話し方になっちゃってね。
おひいさまも数年前まであの通りの話し方だったんだよ?
あれ、この大陸の関西地方の方言らしいけど」
くだけた話し方、というより、木端微塵な話し方である。
というか何だ、異世界大陸の関西って。
クレアはシルフィーリエルに説明されても、理解しきれなかった。
とりあえず目が死んでいるアデルの頭をよしよしと撫でてやり、
2人して大きなため息をついた。
「魔法学園に行くのにあれでは、面白いけど皇家筋のおひいさまで、
あれはまずいだろうと、この森一丸となって母子の話し方を矯正をしたんだよ。
そしたら妙に丁寧になり過ぎちゃって、
面白いからそのままにしたんだけど」
「えー、私は良いと思うよ? 面白いし、かなり愉快じゃないか」
「ぬぐぐ……、人の話し方を弄ばないで下さいます!?
こちとら今でもたまに話し方で悩むのですわよ!?」
「いやぁおひいさまは見てて飽きないねぇ」
シルフィーリエルがロザリア達に説明するのを、
サクヤの母親のレイハが混ぜっ返し、
サクヤは苦虫でも噛み潰したような顔で抗議していた。
ちなみに、サクヤのようなお嬢様言葉は、明治大正の頃には若者の妙な話し方という事で、
大人や知識人からは眉をひそめられていた、という話も伝わっている。
つまり、ギャル語の原点とも言える。
『へー! んじゃ、ウチのような話し方も、100年経ったら、
お上品なイメージになったりするワケー? おハーブ生えそう』
いや、多分それは無い。『なんでよ!』
なお、この世界のエルフ族は寿命が長い分、一族のほぼ全員が暇人である。
なので、面白い事に飢えており、
面白いか面白くないかだけで物事を決める傾向がある。
そういったある意味”いい加減”な所が、
職人肌のドワーフ族と性格的に合わない原因の1つでもあった。
『ちょ、ちょっと迷惑?な種族みたいね? この世界のエルフさん達って……。
なんか、全然おもてたんと違うんだけど……』
「おやレイハさん、その子が例のお客さんかね?
お初にお目にかかります。私がサクヤの父のシュテンです
こちらはサクヤの弟で、ワカヒコといいます」
ロザリア達があぜんとしている中、
近くで稽古をつけていたらしいサクヤの父、シュテンがレイハに声をかけた。
シュテンは大鬼族と聞いていただけあって、
体格は2mに届くかという巨漢だ。
その手足も太く長く、まさに筋肉の塊といった体つきをしている。
だがその体格に反して、額にある2本の小さな角を除いては
穏やかな顔と表情をしていた。
そして、その息子のワカヒコはというと、
サクヤの弟というだけあってサクヤそっくりで、
髪は肩の所で切りそろえた、いわゆる尼削ぎ で、
平安貴族の子供のような顔立ちと姿なので、
シュテンの子供にはどうも見えなかった。
「はっはっは、どうやらそのようだよシュテン。
どうだこの目力に、地味に油断できない身のこなし。
サクヤの友人にはもったいないと思わないか?」
「君は相変わらずだね、後で手合わせするんだろうけど、
絶対にケガさせちゃダメだよ?」
一見ほのぼのしているが、夫婦してかなりアレな事を言っている。
ロザリアはサクヤが楚々とした見た目の割に戦闘愛好家な理由がよく判った。
「と、とにかく、先に少々話を聞かせてもらえないだろうか?
事はかなり深刻なようなのです」
「おや、その顔は、グランロッシュ王家の王太子坊ちゃんかい。
こんな森の奥までご苦労様だね」
「どうしてそれを!?」
「いや、キミの父親に求婚された事があったんだよ。
で、私と結婚したくば私を倒せ!
と決闘でボコボコにした事があってさ。
いや父親に似てるねキミ」
雰囲気に飲まれてしまっては聞きたい事も聞けない、
とリュドヴィックはレイハに声をかけたが、
思わぬ所で国王である父の名が出て驚愕するしかなかった。
しかも内容が内容である。
「いやさすがにその頃は国王じゃなかったよ?
とはいえ、周囲にえらく怒られてね。
捕まって牢屋に入れられたから脱走してこの森に逃げ込んだんだけど、
今度はこのシュテンに決闘を申し込んで」
「え? 今度は、自分から、決闘を申し込んだ、んですよね?」
ロザリアが思わず口を挟んでしまった、色々と突っ込みどころが多すぎる。
「そう、だって、むっちゃくちゃ強そうだったんだよ?
そしたら案の定強くてさ。一昼夜死合っても決着つかないの」
「いやぁ、あの時は驚いたね。森の中で女性と目が合ったら、
突然こっちに来て『私と死合ってくれ!』と懇願されてね」
「そうそう、そんで延々戦ってこれは決着つかないなぁ、とか思ってたら、
私達の血の匂いにつられたんだろうね、突然巨大な熊が現れて。
私の方は疲労困憊で鬼化する体力も残って無かったんだけど
シュテンったらずるいんだよ、いきなり『能力開放!』とか叫んだら
身体が倍ほどにも大きくなって、熊と取っ組み合い始めるんだもの。
目が点になったよ」
ロザリア達にしたら、聞いているこっちが目が点である。
「負けを認めたらさ、巨大になったままのシュテンがひざまずいてきて、
『結婚して欲しい』とか言われちゃって、そんで結婚した」
サクヤは顔を真っ赤にして一同の隅でしゃがみこんで耳をふさいでいた。
両親の馴れ初めとはいえ、かなりアレな物語を聞かされてはそうもなろう。
アデルはひそかに同情していた。
「……まぁ、その節は父が失礼しました」
「いやー? もう昔の事だし良いよ?
で、前置きが長くなったけど、やっぱあの薬の話?」
「なるほど、状況はわかった。しかしサクヤ、しくじったね。
四の五の言わずとりあえずぶっ飛ばして戦闘不能にすれば良かったものを」
「……試合中だったんです」
「試合だからこそ、だ。
相手の実力を見切ったとか、勝った負けたと思った瞬間が一番危険なんだよ。
剣を振り下ろした後にこそ、残心が必要なのはそういう事だ。
そんな時にのんきに相手を説得してる場合じゃなかったんだよ」
リュドヴィックから魔法学園の魔技祭で起こった事のあらましを聞かされ、
レイハはサクヤに軽く説教をしていた。
その姿はいかにも歴戦の戦士で、その言葉には説得力があった。
サクヤもそれには黙ってうなずくしか無かった。
「まぁサクヤの事はさておいても、だ、その後が問題だね」
「はい、もはや書物の中にしか存在しない、魔界の真魔獣が出現しました」
「しかし大半が学園の子供達で、よくも無事だったものだね。
魔法学園の教育っていうのも、中々たいしたもんだ」
「教えて下さい、ヒノモト国でも似たような事が起こったのですか?」
「ああ、もう15年以上前だけどね。形は違えど全く同じことが起こった。
真魔獣を殺すまで何十人もが死んだよ」
「やはり、ヒノモト国の話で、他に何か心当たりになるような事を、
少しでも良いので教えていただけないだろうか」
「そう言われてもね、剣の道に迷った未熟者がつけこまれて、
あの薬を過剰摂取したってくらいだよ?」
「そのつけこんだ者っていうのは?」
「わからん、そもそも人かどうかも怪しい。
徐々に国でも被害が大きくなってね。
とにかく手当たり次第に供給元を潰していったら、
西へ西へと逃げていくんだよ、それで武者修行代わりに追ったんだ。
追って追って、最後にこの国で完全に消息を絶っちまってね。
さすがに遠くにまで来るにも程があったからどうしたもんかね、
と王都をぶらついてたら、色々あってお前の親父さんに求婚されたんだ」
「そうすると、ここ15年程は、そういった事は聞かなかったわけですね?」
自分の父親の下りは綺麗にスルーして、
リュドヴィックはサクヤに続きを促した。
「まぁそうだね、どういうわけだか綺麗さっぱり消えちまった。
幸い、国元からも、この森の王との婚姻なら良いだろう。
と了解もらったしね。この森に住み着いたんだよ」
『ん? 今何か気になる事言わなかった?』
「あ、あのー、この森の王、って、もしかして、シュテンさん、っスか? いえ、ですか?」
ロザリアは首をかしげ、物おじしないクレアが思い切って口を開いた。
「ああ、私は王というような大層なものではないよ。
大鬼族の族長で、その流れでこの森に住む幾多の種族の代表を仰せつかっているだけだよ」
「えっとー、とすると、サクヤさんって、
お母さんの血筋はガチの東方の皇族で、
お父さんも、この森の、えーと、権力者、って事で?」
どんな山盛りだ、というくらい属性が付いていたサクヤの素性に、
クレアの脳のツッコミが追いついていなかった。
「権力者、というと語弊があるね。あくまで代表だよ。
権力には義務が付きまとうものだけど、
幸いにしてあまり大した義務は背負っていないんだ」
とすると、この母親は、この国に限ってだけでも、
次期国王をボコボコにして逃げた後、
南方の大森林の王にも突然死合いを申し込んだ事になる。
よく今まで生きてこれたものだ。
国元も結婚の許可を出した、という事は、
元々持て余してたんじゃなかろうか……? とアデルは察した。
次回、第77話「ウチは剣に生き、剣に死す……、つもりは全く無いんですけどー!?」
読んでいただいてありがとうございました。
また、ブックマークをありがとうございました!
基本的に2日に1度、夜の5時~6時頃で更新いたします。
いいね・感想や、ブクマ・評価などの
リアクションを取っていただけますと励みになります。
作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
違和感などありましたらご指摘をどうぞお願いいたします。