第73話「魔界の真魔獣」
エレナに引き続き、生徒会執行部の面々が舞台の上に駆け上がり、
異形の存在に変わり果てたエリックの前に立ちはだかった。
生徒会長のリュドヴィック、副会長のカイル・オーセント、会計のアネット、
書紀のレベッカ・モルダバイト、庶務のレオナール・ガーディナー
それぞれが魔法学園最強と言っても良い実力者だ。
「支援するわ! 各自慎重にね! エリックを可能な限り生かして拘束して!」
エレナが魔杖銃のレバーを操作し、”杖”に魔力を込めると、
片手で天に向けて引き金を引いて発砲した。
すると舞台を四分割するように張られていた障壁が消滅し、戦闘できる区域が広まる。
「これで戦いやすくなったでしょう! 各自魔力強化するわよ!」
レバーを再操作し、今度はリュドヴィック達に腰だめで魔杖銃を構える。
当然、全員が嫌な顔をした。
構わずエレナは引き金を引き、放たれた光弾はリュドヴィックの胸に消える。
次々にレバーを引いては発砲し、全員の魔力が一時的に強化された。
「強化終わったわ! お願いね!」
執行部のメンバーは、エレナの声で微妙そうな顔ながら各自配置に付き始めた。
「あの格好で銃を向けられるのは、正直怖いよな?」
カイルの愚痴にリュドヴィックが肩をすくめ、生徒会の面々はエリックを大きく囲むように立った。
サクヤ、エレナ、シルフィーリエルは援護に周り、更に外側に立っている。
「まずは動きを止める! カイル!レベッカ! お前達の魔法は効果が無いから直接攻撃!
他の者は順次エリックの拘束だ!」
「承知!」「了解!」「はいはーい」「わかった」
指揮を終えたリュドヴィックが細身の剣型の杖を振ると、
氷の槍が生成され、エリックに向けて放たれた。
流石にエリックは物質である氷そのものを吸収する事はできないようで、
避けた所にレベッカが魔杖鞭を振るい、足を絡め取った。
「動けなくしたわよ! カイル!」「おらぁ!!」
もはや形状的には杖とはいえない魔杖籠手を両腕に装備したカイルが、
腕力強化で思い切りエリックを殴り倒す。
常人なら砕け散りそうな猛攻だが、身体が頑強になっているのか、
エリックはうめき声も上げず、多少のかすり傷を負っただけに見える。
「え、えぐいわね、カイル。手加減するかと思ったけど」
クールビューティーなのは顔だけなので、ドン引きしたレベッカがカイルに呟く。
「いや固いぞこいつ!? 頭吹っ飛ばすつもりで殴ったのに」
「いやだから吹っ飛ばしちゃダメだって……」
「よくも徹夜で散々! 予算だなんだで! 苦労した大会をぶっ壊してくれたなあぁ!
魔法が効かないなら、物理的に拘束してしまえば良いんだよおぉ!!」
地味にガチ切れしているアネットが叫ぶと、エリックの足元の石畳が、
まるで岩の手のように変形し、起き上がりかけたエリックの両脚をつかむ。
試合で何度も相手を翻弄した地属性の簡易ゴーレム生成魔法だ。
もう二本生えてきた2本の手が、容赦なくエリックをボコボコにするが、
効いている様子は無い。
「痛みを感じてる様子も無いんじゃ張り合いが無いなぁ」
突然、石畳が外れて見えた地面から、植物が生えてきて腕を拘束した。
「地面が出てきたから助かったよ。これで身動き取れないよね?」
隙をついたシルフィーリエルは”地”の精霊に呼びかけ、植物を急速成長させたようだ。
エルフは精霊に語りかける事で、自然4大力の魔法をある程度使える。
「そして、闇には光だよねー」
シルフィーリエルは次に、エリックの頭上に巨大な水の球を出現させた。
それは高速回転すると徐々にレンズ状に変形してゆき、太陽光を集め始めた。
強い太陽光を浴びせられたエリックは苦しみだし、同時に、光が当たった所から白い煙が上がり始めた。
「ちょっと! 燃やす気!?」
「あれは燃えているわけではありません。闇の魔力が光で対消滅しつつあるだけです」
慌てるエレナに対しサクヤが冷静に応えるその言葉通り、
エリックから噴き出る闇の魔力は少なくともこれ以上増大する傾向はなく、
むしろ小さくなっていっているようだった。
エリックの身体から出ていた黒い魔力は、霧のように本人の身体から離れ、
意思を持つかのように、辺りをさまよい始めた。
乗り移られていたエリックは、拘束されたまま、がくっと脱力したようになる。
エレナはとりあえず鎧のゴーグルの分析機能でエリックの状態を分析し、
単に気絶状態なのを確認すると、回復魔法を放つべく魔杖銃のレバーを操作した。
「おーっと、どうやらそれが本体だな? 逃がさないよ」
レオナール・ガーディナーが細身の魔杖剣を振ると、竜巻のように風が渦巻き、黒い魔力の動きを拘束した。
黒い魔力は風そのものは吸収できないようで、多少魔力が吸収されようが、
どんどん外側から別の風が拘束し続ける。
「削られてしまうなら、どんどん足せば良いだけだよ、
さて、多分お前は光に弱いんだよな? この状態で上から光を当て続けるとどうなるかな?」
レオナールは軽くSっぽさを漂わせた笑みを見せた。
「はいそのまま抑えててね。はいそのままそのまま」
シルフィーリエルが呑気な声で水のレンズのずれた位置を修正し、再度光を照射していく。
やはり黒い霧の方も光には弱いようで、渦を巻くように暴れまわりながらのたうち回っている。
「そのまま抑え込んで消してしまって下さいまし! 分析なんて後回しですわ!」
『(ソレハ困ルナ、セッカク育ッタノダ、消サレテモラッテハ困ル)』
サクヤの叫びに応えるかのように、突如その場にいた者の脳裏に声が響き、誰もが何者かの存在を感じた。
すると、舞台の上空に転移門の方陣らしきものが出現し、そこからいくつもの何かが降って来た。
「さっきの声!? 何!? てっ! 何これ、石?」
「魔石のようですね」
大半の石は水のレンズを貫通し、魔力の動きを封じている竜巻の中に吸い込まれて行った。
竜巻の中でさまよう魔力の塊にその石が当たると、状況が一変した。
魔力の塊がその場で激しく渦を巻き出したのだ、
黒い渦は少しずつ巨大になり、竜巻を吸収してしまった。
そして平たくなると地面と同化して、まるで地面が渦巻くように見えた。
「まずい! 一気に”ゲート化”した!? こんな早く!?」
サクヤが”ゲート”と言うだけあって、地面には穴のようなものが形成されていた、
穴の向こうから、何かがやってくる気配を感じる。
突然穴から巨大な腕が生え、地面に手を付いた、その手は人の胴体程の太さもある。
表面には青黒く太い針のような体毛、手の指や爪は鋭く長く、どう見ても人の手に見えない。
穴からもう1本の手が生え、両手をついて、”何か”が穴から這い出て、身体を起こし始めた。
”それ”の顔は人とも馬とつかない異形の顔立ちで、赤い目は横一列に4つ並んでいた。
頭の長いたてがみの色は青黒く、体毛以上に刺々しく、その中から2本のねじくれ曲がった角が生えていた。
立ち上がってみると、筋肉の塊ようなの胴体から生えた腕より脚の方が短く、
アンバランスな体型だが、その分、腕の力強さが強調されている。
長い尾でバシバシと石床を叩き、周囲を威嚇しているようだ。
”ゲート”はいつの間にか姿を消していた。この1体を通した事で力を使い果たしたようだ。
「”魔界”の”真魔獣”だと!? バカな! この1000年、一度も姿を見せなかったのに!」
リュドヴィックの叫びに呼応するように、”真魔獣”が咆哮した。
それは、その場全員の背筋を凍らせるような悍ましい声だった。
第74話「なにこいつー! ガチでつよつよなんですけどー!」