第72話「異変と黒い魔力」
「くっ! このお!」
エリックの猛攻をパトリックが必死で防ぐが、防戦一方だった。
昼からの試合で一同が見たのは、授業とはまるで別人のような動きをするエリックの姿だ。
ロザリア・クレアを除く1年生の中では、優勝候補筆頭だったパトリックを圧倒するエリックを見て、観客達は湧いた。
「どういう事だ! お前そんな強くなかったろうが!」
「おらぁ!」
「勝者! エリック・ボルツマン!」
ついにパトリックがエリックの猛攻を防ぎきれず、魔力障壁を応用した技で吹っ飛ばされた。
吹き飛ばされたパトリックは舞台に張られた障壁にぶつかり、そのまま倒れ伏す。
勝利者を宣言する声が会場に響き渡った。
「あれ、エリックだよね? あんな実力あったかな?」
「どう考えても、妙に実力が上がってるよね?」
観客席でも、急に実力を上げたエリックの様子を不思議がる声が上がっていた。
「妙ですね? パトリックの方はクレア嬢に一蹴された後、かなり落ち込んで、
その後割と真面目に努力していたはずなんですが」
「そうなんですか? まぁでも、エリックもシモンに授業で負けてましたし、
同じように努力したのかも」
それは大会運営本部でも同様で、パトリックの兄のクリストフが不思議がるのを、ロザリアが答えていた。
「うーん? 普通あんな急激に魔力が増大しないはずなんだけど? その割にはレベルが低そうだし」
「……、ねぇ、あの生徒、もしかして?」
「いや、そうならもっと様子がおかしくなるんだよ。
徐々にならともかく、あんな急に魔力が増えたら、絶対何か別の症状が出る」
「あのー、何の話か、聞いても良いですか?」
大会の医療スタッフとして控えているフェリクスとエレナが話し込んでいる所に、クレアが割り込んだ。
何だかんだクレアはフェリクスを通じて、エレナとも仲良くなっていた。
エレナもまた、数少ない治癒魔法を使えるクレアに色々と指導をしている。
「ちょっとね、体内の魔力を大幅に増やす違法な薬物が、あちこちで発見されてるのよ」
「この国では魔力の量が身分の高さに結び付きやすいからね。
薬物を摂取してでも、というのが大昔からよくあるんだ
まぁだいたいは何の根拠も無い薬で、効果だって精力剤みたいなのが大半なんだよ。
でも最近、変な薬が広まってるらしくてね」
「本当に魔力を増やす効果があるんですか?」
「魔力が増大するのは間違いないんだ、でも依存性があってね。
長く服用していると、その薬無しじゃないといられなくなる」
「薬が無くなると性格が変わったように暴れたり、酷いときは犯罪に手を染めてしまうそうなのよ」
「流通量が少ないらしくて、高額なのもあるんだろうけどね」
フェリクスの話を聞いてクレアは顔をしかめた。違法薬物などというのは前世でも良い印象が無く、
しかも依存症の内容も似たようなものだったからだ。高額な所まで似ている。
一同の心配をよそに、試合は特に何事も無く進んでいった。
先ほどの爆発事故のような事も起こらない。
だが、このまま何事も無く進んでくれれば、という願いは、次の試合で崩れる事になる。
「それは次の試合! サクヤ・コトノハとエリック・ボルツマン!」
「よろしくお願い致しますわぁ」
「……フン」
エリックの態度にイラっと来たのか、サクヤは先ほどの試合とは異なり、自分から動いた。
魔杖扇を手に取り、軽く振るとサクヤの目の前に魔式刀が出現した。
試合用に切れ味を落としているのか、角棒のようにも見える。
「な、なんだ!? それは」
「少々面白い事をしていらっしゃった方がおられまして、参考にさせていただきましたの」
「……フン、なら、これなら……どうだ!」
エリックも得体の知れない物に対しては警戒したのか、無属性の魔力弾を数発放った。
が、その魔力弾はサクヤの操る魔式刀に軽く捌かれる。
「なっ……」
「授業の時と比べて、どういうわけか魔力量が増大しておりますが、
肝心の放つ魔力の圧縮も研ぎ澄ましも足りておりませんね」
「わけのわからない事を、なら、これならどうだ!」
今度は弾を放つというより、一気に放出するように放ってきた。細い棒相手なら、という事なのだろう。
だが、サクヤはそれを予期していたかのように、扇子を広げ、舞うように扇を振りかざした。
その瞬間、魔式刀は突然風車のように高速で回転を始め、まるで円盤のようになる。
そしてそれは当然のようにエリックが放った魔力を防ぎ切った。
次の瞬間、魔式刀は回転を止め、一瞬でエリックの額に突き付けられた。
エリックは反応する事すらできず、固まっていた。
「量を出せば良いというものでもないんですのよ?
わたくしのように魔力強度Dであっても、最小限の魔力でこのような事ができますの」
「ふ、ふざけるな! そんなDがいるか! どんな不正をしてやがる!」
「あら心外な、わたくしの放出している魔力量を見ればわかりますでしょう?
それに不正だなんて、あなたの方こそ何か身に覚えでもありますの?」
サクヤの挑発するかのような物言いに、逆にエリックの方がひるむ。
「巷では、何かよろしくない薬物が出回っているとか、いないとか。
まさかまだ発展途上の学園生でそのような物に手を出す人がいるとは思えませんが?」
サクヤが扇子を振ると、エリックの額に突き付けられた魔式刀はいきなり姿を変え、東洋の龍に姿を変えた。
赤く光りながらうねるそれは、サイズを除けばまるで生きているようだった。
端から見れば単なる見世物にしか見えないだろうが、
ロザリアが授業の時に見せているものとは次元が違い、
ほんの少しでも魔法に関わった者であれば、絶望的な実力の差を見せつけられている事になる。
「力とは突き詰めるとこういう事もできますのよ?
せっかく恵まれた素質を持っているのにもったいない。
見せかけの力に惑わされてはなりません、悪い事は言いませんから、
そんなものに手をお出しにならないで」
それはサクヤにとっては真摯な説得の言葉ではあったが、一旦取り戻した自信をヘシ折られ、劣等感を刺激されたエリックにとっては単なる挑発にしか聞こえなかった。
「クソが……どいつもこいつも俺をバカにしやがって! 俺だって! 俺だって魔力さえあれば!」
「いえですから、量の問題ではないんですよ、そもそも魔力は本来誰もが持っているもので」
「うるせええええ! もう説教はたくさんだ!」
エリックは懐から瓶のようなものを取り出すと、サクヤが止める間もなく中身を一気に飲み込んだ。
「ちょっと! そんな一気に飲んだら!」
「ケアアアア!」
人間離れした雄たけびと共に、エリックの身体から異常な量の魔力が放出された。
だが、その魔力はどの属性にも似ておらず、黒い。
エリックの顔や肌は灰色に変わり果て、目は白目も黒目も赤く染まり、虹彩だけが黒い。
表情は虚ろで、もう知性があるかもわからない。
「過剰摂取状態になった! もう手が付けられない!
リエル! もう貴女の趣味どうのを言ってられる状態ではありません! 手伝ってください!」
サクヤが彼女にしては珍しく、慌てた様子で場外のシルフィーリエルに声をかけるので、
周囲もなんだなんだとつい手が止まって2人の試合に注目が集まる。
「おい! 試合中に何をした! 失格になりたいのか!」
「危険です! 近づかないで下さいませ!」
エリックを制しようとした審判の教師がエリックに近づくと、
エリックはその教師を振り上げた腕で弾き飛ばした。
だがその教師は、吹っ飛ばされた所で突然沸き上がった風に吹き上げられ、ゆっくりと地面に降ろされる。
「はいおひいさま、これで良い? まったく面倒な、魔力なんて500年もすれば十分に増えるだろうに」
「ですから、エルフの貴女と違って、人間にはそんな時間的余裕は無いんですのよ。いい加減覚えて下さいまし!」
サクヤの元にシルフィーリエルが駆け寄ってくるが、エルフらしい悠長な考え方に、サクヤは呆れ顔で返す。
「おい! 一体何が起こってるんだ!」
同じステージで試合をしていたシモンがエリックの方に声をかけたが、それがまずかった。
「フグ……グ、オマエモ、オレ、バカニシタ……ナメルナアアアア!!」
「う、うわっ!?」
思わず、シモンは先日と同じように、無属性の魔法弾をその場に置いて身をかわした。
が、今度はその魔法弾が吸い込まれてしまった。
「ええ? 吸われた?」
「無暗に攻撃してはいけませんわ! 一旦過剰摂取状態になると、どのような魔法も通用しなくなります!」
シモンが驚く中、サクヤが慌てて忠告するが、遅かった。
魔力弾を吸収したエリックは、そのままシモンに向かって襲いかかった。
シモンはとっさに防御障壁を発動させたが、それすら吸収され、突き破る。
エリックの拳がシモンに直撃する寸前、シルフィーリエルが竜巻のような風を巻き起こし、シモンの方を上空に吹き上げた。
「うわぁあああああああぁ!」「心配しないでー、場外近くで受け止めるから」
シルフィーリエルの起こした突風の勢いで、シモンはそのまま舞台脇まで飛んで行ってしまった。
エリックはそれを追いかけようとするが、サクヤが魔杖扇を振ると、龍の形をした魔力の塊が現れ、エリックの行く手を巻き付くように阻む。
エリックは構わずそれを殴りつけると、吸収されてしまって龍の一部が欠ける。
「くっ! やりにくい!」
サクヤは少ない魔力を吸われてはかなわないと、あわててそれを自分の元に呼び寄せて収納した。
既に会場では異変に気付いた者が出て来た、リュドヴィックもその1人だった。
「魔技祭は現時点をもって一旦中止とする!
王族をはじめとする来賓の方々には転移門の使用を許可する!
生徒はできるだけ早くこの場から避難を! 魔法戦闘を行える教師は全員降りてきて行動を!」
ステージ上の生徒はあわてて降りて避難しようとする、魔力測定事故の時とは違い、
人数が限られているので避難は容易だったが、観客席の方はなかなかそうもいかない。
『ああもう! 何なのこの騒ぎは! イミフなんですけどー!』
ロザリアも魔力測定時の騒ぎを思い出し、行動を起こそうとした。
「リュドヴィック様! 私も何かお手伝いを!」
「ロゼ!気持ちはわかるが待機だ! 状況が不明過ぎる。まずは教師の人たちになんとかしてもらうんだ」
「その通りよロザリアさん、何でも自分でやろうとしないの。ここは大人にまかせなさい」
医療教官のエレナが、こういう時は大人の出番だとばかりに、ロザリアの肩をつかんで言い聞かせるが、 ロザリアは納得できない様子だった。
『ええー、ウチ、こういう時、何もできないのちょっとつらたん……』
「あー、僕も行っちゃ駄目かな?」
「あなたは単に患者を近くで見たいだけでしょう!
ろくに戦えないんだから大人しくしてなさい。クレアさん、この子をよろしくね」
「は、はい! 必ず守ります!」
フェリクスが呑気な声でエレナに問いかけるが、逆に子ども扱いでエレナに怒られていた。
エレナに頼まれたクレアは、緊張した面持ちで、腰に差した杖に手をかけながら返事をする。
「サクヤさん! 私の専門は攻撃じゃないけど援護するわ!」
「エレナ先生、失礼を承知で申し上げますけど、あれは先生の手に負える存在ではもうありません。
あれは、闇の属性の魔力ですわ」
「闇の……? あなたがどうしてそんな事を、いえ、話は後ね」
サクヤの元に来たエレナは着用している白衣の前を全部閉じると、服に魔力を込めた。
白衣の表面に紋様が浮き上がり、光と共に全身の装甲板が追加され、
襟が顔を覆い、目は二眼のゴーグル、口は鳥の嘴のように尖った形状の仮面が頭を覆った。
頭には三角帽が被さっている。
たちまちにして、白衣はロザリアやクレアが装備するような鎧と化した。
エレナは懐から古式連発小銃のような形の杖を取り出す。
医師の姿の鎧にその長い魔杖銃は異様な迫力がある。
「とはいえ、これは、どうしたものかしらねぇ」
医者というよりは、死神のような出で立ちになったエレナは、魔杖銃を構えながら肩をすくめた。
次回、第73話「魔界の真魔獣」