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第70話「こわれゆく日常」

「……というわけで、正体不明の現象はおおむね2系統に分けられます。

 片方は黒い霧状の何かを吸い込んだ事によるもの。

 こちらは原因不明の病としか言いようがありません。

 症状は身体の衰弱で、進行すれば死に至ります。伝染性はありません。


 もう片方は疫病です。症状はまず全身の肌が赤っぽく変色し、高熱による衰弱、

 病状が進行すれば皮膚にできものが生じ、これに触れると伝染いたします。

 全身に耐え難い熱さを感じる事から、誰言うともなく獄炎(ごくえん)病という病名になっております。

 共通しているのは、治癒魔法による治療は効果が無く、

 今の所、対症療法でしか手の(ほどこ)しようがありません」


グランロッシュ国王の執務室にて、ロザリアの父、マティアスは国王に対して報告を行っていた。

宰相である彼は、今回の問題について情報を集め分析した内容を(まと)め上げているが、

これについては彼の妻、つまりロザリアの母であるフロレンシアも謎の病に(かか)っている為、他人事ではなかった。


「厄介だな、それに呼応するかのように、リュドヴィックが確認してきた”御柱(みはしら)”の異常か。

で、リュドヴィック、病と御柱の異常に関連性はありそうか?」

「皆目検討も付きません、陛下」

王の言葉に、王太子のリュドヴィックは首を横に振った。

この場には医師であるフェリクスも同席している。


「現状ではわからない、という回答しかできません。

 最初は”闇属性の魔力”によるものか、とも思ったのですが、

 これらの病は光属性の魔力を持っているはずのクレア嬢の治癒魔法も受け付けないのです。

 これはフェリクスが救護院で何人も試してみた、との事です。

 何より、我々は今の所、闇の魔力はおろか、

 光の魔力がどういうものかすらも把握できていないのです」


「マクシミリアン所長は何と言っている? あいつはその光の魔力の保持者とも会ったのだろう?」

「クレア嬢を色々調べてみたが全くわからない、地水火風の自然4大力とは別系統の魔力なので、

 まずどうやって調べて良いかもわからない。との事です」


「わからん、わからん、何もわからん、か」

「申し訳ありません、陛下」


王が呆れたようにつぶやくと、リュドヴィックは慇懃(いんぎん)に頭を下げた。

他の皆もそれにならって頭を下げる。

だが、これは形式的なもので、実際問題として、

何から手を付けていいのかわからない状態なのは皆認識していた。


「誰もお前達を責めてねーよ。治療もできない、検知もできないようなもんは、

 わからんとしか答えられんからな。

 あとリュドヴィック、常々思うがなんで肉親に対してそんな他人行儀なんだ。

 せめて父上とか呼べよ、我が愛するお父様でも良いぞ」

「いえそんな恐れ多い。私は王太子らしくありたいと、こう呼ばせていただいているだけです」


「心にも無い事を言うなよ、可愛げのねー奴だな。お前は必死に王太子を演じてるだけだろうに。

 まぁ最近は婚約者にべた惚れで、家に入り浸っているようだからまだマシになった方か、

 そんな顔をするな、これでも喜んでるんだぞ?まぁいい、詳しい事は必要に応じてマクシミリアンとかフェリクスに個別に聞く。下がっていいぞ」

「はっ、失礼いたします。()()

「イヤミか、まったく」


リュドヴィックが表情を一切変えずにフェリクスと共に退出すると、王はため息交じりに愚痴(ぐち)った。

マティアスも同様に退出しようとするのを王は引き止めた。

「おいマティアス、あいつ、お前の家でもあんな感じなのか?」

「いえ全然、一度見せてあげたいですね、あのデレ顔」

「どうも信じられん……」

氷のような眼をした「氷の貴公子」と呼ばれるような息子の顔しか知らない王は、

「こっちもわからん……」と呟いて天井を見上げた。



「……ふぅ」

「ご報告お疲れ様でした、リュドヴィック様」


ため息交じりに退出してきたリュドヴィックを、側近のクリストフが(ねぎら)う。

同様に退出してきたフェリクスは、うんうんとうなずきながらリュドヴィックの肩をたたく。

「なんだよ」「いや別に?」

クリストフはそれを見て微笑ましく思った。この二人は最近交流を持つようになったが、

フェリクスとは年齢が近いせいか、妙に仲良くなったのだ。それは以前の彼では考えにくい事だった。

クリストフもまた、リュドヴィックのもう片方の肩をうんうんとうなずきながら叩くのだった。

「だから何だ!」「いえいえ別に?」



クリストフの生暖かい視線に気づき、リュドヴィックは眉根を寄せた。

「何か言いたそうだな」

「言っても変わらないでしょう?」

「……変えるつもりは無い」

「いいかげん陛下達を許してあげたらどうです? 今のうちに解決しておかないと、

 いざロザリア様と結婚した時、余計な心配をさせるだけですよ?」


クリストフの進言にリュドヴィックは口をつぐんだ。

だが、クリストフにはリュドヴィックの気持ちもわかる。

彼は幼少期にあまりにも政治的に利用され過ぎた為、

両親に対して複雑な感情を抱き続けていた。

こちらの方はロザリアに心を開いたようには中々いかないようだ。


「ロザリアとの結婚は、まだ2年程は時間があるだろう」

「もう2年しか、ですよ。だいたいロザリア様とあんな親しくなったら、

 ロザリア様もこれから王家との(かか)わりがどんどん増えていくんですからね」

「……そうなるのか」

「はぁ、根っこの部分はずっと変わりませんねえ。

 さて、ひと仕事終わった事だし、気晴らしに行きませんか?」

「まだ他にも仕事があるだろう。だいたいお前と気晴らしに行くくらいなら、ロゼの顔を見に行く」

それを聞くと、クリストフはリュドヴィックの手を取り、半ば強引に彼の手に何かの紙を渡した。


「ええ、ですから、そのロザリア様の顔でも見に行ってください。

 午後の仕事は全て明日に回しましたので。あ、これ猫カフェの予約券です。

 お店の方にも、”ローズ”さんに、その頃に休憩を取らせてもらえないか、とお願いしてあります。

 最悪ロザリア様に会えなくても、猫をぼけーっと見に行くだけでも良いでしょう」

「……時々お前は気持ち悪いくらい気が利くな」

「陛下のお顔を見る度に機嫌が悪くなるのはこの10年間いつもの事としても、

 今回は意味不明な事が重なり過ぎましたからね、

 どうせ”御柱”を見に行った時点でロザリア様に会いに行きたくなってたでしょ?

 はい行きましょう、すぐ行きましょう。わからない事は考えちゃダメです。わかる人にまかせましょう」

クリストフに背中を押されて連れて行かれるリュドヴィックを苦笑しつつ見送った後、フェリクスもまた己の”日常”に戻る事にした。



程なくして、”リュド”となったリュドヴィックの姿は”ローズ”としてロザリアが働いている猫カフェにあった。

「やぁローズ、久しぶりだね」

「いやうん、まぁ、ウチもここは一度お客として来てみたかったから良いんだけどー、

 ねぇ、リュド、大丈夫?」

「え? 何が?」

「だって、ただゴトじゃないでしょ? クリスト…クリスさんがこうまでするんだから」


そう言うと、ロザリアは店内の奥にある予約席へリュドヴィックを連れて行った。

リュドヴィックは勧められた席に座り、ロザリアもフェリクスの対面に腰掛けた。


「ああ、別に隠す事でもないよ、クリスに気晴らしに行ってこいって言われただけなんだ」

「気晴らし?」

「今調べてる事が、ちょっと、ね。君も昨日色々と教えてくれたじゃないか」

「あ!あれ、やっぱり大事なの?」

「というより何もわからない、わかるのはこのままだと良くないかもしれないという事だけかな」

「その、ごめんね、ウチ、何もわからなかったから、リュドに伝えるしか、できなくて」


リュドヴィックは首を横に振った。それはまだ王族ではない彼女が背負う事ではなく、

むしろまだ一国民である彼女を守る為に、王族である自分が背負うべき事だからだ。


「いや、良いんだよ、ロゼはそれで良いんだ、考えて、行動しなければいけないのは、僕らの方だから」

「リュド……、でも、ウチに何かできる事、無いの?」

「僕が望む事は唯一つ、ロゼがロゼのままでいてほしい、って事かな」


ロザリアは、リュドヴィックの苦悩を垣間見たような気がして口をつぐむしかなかった。

しばし沈黙が流れる中、突然テーブルの上に猫が乗って来た。

仲良くしろとばかりに、「にー」と鳴く声に

ロザリアは思わず笑顔になり、リュドヴィックは驚きつつも猫の頭を撫でてやった。

「やっぱり猫は可愛いね」「うん」



所変わって、各地の救護院ではフェリクスが必死に患者を治療していた。

謎の疫病は最初は症状が軽かったものの、最近は重症化する人が増え、死亡者も増え始めていた。

体温が高温になる為か、患者は熱さに苦しみ、誰言うともなく『獄炎病』の名前が与えられていた。


「くそっ! この人も劇症化したか! なぜこんな突然増えたんだ!」

救護院を訪れたフェリクスは、院内を埋め尽くす重症患者の数を見て、(うめ)くように叫んだ。

「フェリクス先生! こっちの患者さんが苦しんでます!」

「クレアさん、治癒魔法をできるだけかけて下さい! 早く!」

「でも、効かないのでは?」

「いや! 根治治療ができないだけで、進行を止めるだけならできる!

 それにクレアさんの治癒魔法だけはほんの僅か効果が大きいんだ」

「ああーもう! 範囲治癒魔法発動します!」


フェリクスの指示に従い、クレアは広範囲を対象とした治癒魔法を発動する。

その効果は劇的で、院内の患者全ての苦しみを和らげることに成功した。

だが、和らげる止まりだった、熱が下がっていない患者も多く、

一旦病状の悪化を食い止められる程度だった。


クレアはすぐ近くでまだ苦しんでいる患者に対し、

再度治癒魔法をかけてみたが、何も変わらなかった。


「ふう、これで数日は大丈夫だろう。なんとかその間に治療方法を見つけないと」

「フェリクス先生、治しても、治しても悪くなり続けるのに、治療する意味なんてあるんですか?」


前世での闘病生活を思い出したクレアが、泣きそうな顔で言う。

それは、治らない病気に苦しんだ経験を持つ者の表情であった。

そして、今の自分の無力さを嘆くかのような声でもあった。

なにが"光の魔力属性"か、なにが"ヒロイン"かと。


「クレアさん、彼ら彼女らを見てごらん」

フェリクスが指差した先では、まだ若い夫婦が、

「良かったね、まだ生きられるよ」「ええ、あなたが生きているなら私はまだ頑張れるわ」などと会話を交わしていた。

他にも多くの人々が笑顔を見せながら、雑談をしている光景があった。

「クレアさん、人が生きようと願い続けるなら、医者はその命を諦める事はできないんだよ」


その言葉にクレアは、ああ、わたしは前世で、生きるのを諦めてしまった。

何年も何年も続く闘病生活に身も心も疲れ果て、死を願った。

死ぬ事を受け入れたのではない。ただ楽になりたかったという当時の自分を思い出した。

あの時、私の主治医はどんな気持ちだったのだろうか。


そんな弱い人間である自分を自覚しているからこそ、決意を新たにした。

この人達を全力で助けようと。


「各地が似たような状況なら放っておけない、クレアさん、他の救護院も回るよ?」

「はい!」


様々な思いが巡る中、王立魔法学園の魔技祭(マギカフェスティバル)の開催までは、あとわずかだった。


次回、第71話「運動会とか祭りの朝にポンポン鳴ったあの花火みたいなの、あれ何って言うんだろうね?」

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