第69話「鬼さんこちら、どころか、鬼さんがやってきたああああ!!」
クレアとシルフィーリエルがにらみ合いになっているのを横目に、
ロザリアとサクヤも同様ににらみ合っていた。
だが、ロザリアに余裕は無かった。どう考えてもサクヤに勝てるイメージがわかないのだ。
『マジヤバ……、全く勝てる気がしないんですけどー……』
「あちらはあちらで楽しまれているようですわぁ。ロザリアさんも本気を出してはいかがですの?」
「本気、と言われても、どうしたものか……あ!」
サクヤに『にこり』と微笑みながら言われても、ロザリアは困った表情で悩んでいた。
が、ふと思いついた事をやってみることにした。
魔杖刀を正眼(正面)に構えた。どうせ研ぎ澄ますなら目の前に作り出したものの方がイメージしやすい。
ロザリアの持つ魔杖刀から半透明の赤い炎のようにゆらめく魔力の刀身が伸びる。
『これ魔力からできているなら、これを更に研ぎ澄ませればいい、ハズよね……?』
少しずつ上段に構えていくごとに、魔力の刃は薄く、鋭さを増し、長くなっていく。
その長さはロザリアの身長を超える程だった
「なるほどなるほど、少し助言しただけでその応用力。やはりロザリア様はとても面白いですわぁ」
「褒め言葉と受け取らせていただくわ」
「それでは、私も少々本気で行かせていただきましょうか」
サクヤの方は魔杖扇を持つ右腕を水平に構える、その意味するところは明白だ。
サクヤの眼前に戻って来た魔式刀も腕の向きに合わせ、横に向く。
一瞬のにらみ合いの後、2人が動いた。
「ふんっ!」
「しっ!」
ロザリアが大上段から一気に魔杖刀を振り下ろすのに対し、サクヤは横なぎに魔杖扇を薙ぎ払った。
ロザリアの魔杖刀から放たれた斬撃のような魔法剣は地面を切り裂きながら縦一文字に、
サクヤの魔式刀は横一文字に飛び、互いのちょうど中間で十字に交差し、
光を散らして鍔迫り合いとなる。
「はあっ!」
クレアが手を突き出すと、光の球はシルフィーリエルに向かって比較的遅い速度で飛ぶ。
光の魔力属性ならいかなる防御も無効にできるので、避けられてもかまわない、という判断だった。
だが、シルフィーリエルは避けようとしなかった、このままでは彼女に当たってしまう。
「危ない! 避けて下さい!」
「素晴らしい、素晴らしいですわ! その杖がドワーフ製の逸品というのを差し引いても、このわずかな時間でこの進歩!
では、わたくしもほんの少しだけ本気を見せましょうか、”能力開放:人鬼転身”」
興奮気味なサクヤの言葉と共に、突然サクヤの身体が巨大化した。
クレア程だった身長がロザリアと同じくらいに、髪は漆黒が銀髪になり、
白い肌だったのが赤銅色の肌になり、服から見える素肌は筋肉質になった。
顔立ちはやや幼かったのが一気に大人びて、赤目がより目立っている。
それだけではなく、額には3本の”角”が生えていた、
中央に太い漆黒、両脇に白く小さめのそれらは、まるで王冠のように彼女の額を飾っていた。
「な!? え!? 何それ!?」
「わたくしは東方の鬼族の母と大鬼族の父の間に生まれたのです。
ちなみに、この状態でのわたくしの魔力は、強いですわよ」
『いやいやいやいや! ツッコミ所多すぎる! 何その山盛り設定! 聞いてないんですけどー!』
軽く手を振るだけで、サクヤの魔式刀はあっさりとロザリアの魔法剣を両断し、
先ほどと同様にロザリアの寸前で止まり、今度は霞のように消えた。
ロザリアは手も足も出ない実力差を思い知らされ、呆然と立ちすくんでいた。
ほぼ時を同じくして、シルフィーリエルに飛来するクレアの放った光の魔力弾を、
彼女は避けようともしなかった。
手で扇ぐようなしぐさをすると、横になった竜巻のような風の渦が発生し、
中心にその光の球を飲み込むように絡みつく、
吸い込まれた光はその渦の動きにより、少しずつ光を削られ、次第に大きさが小さくなり、
最後には渦と共に光の粒となって消えた。
「ええええ!? どういう事!? 他の属性では防げないはずなのに!?」
「いくら高位属性の”光”であっても無敵ではなくて、自然の法則には逆らえないんですよ。
先程の渦は風だけではなく、水も混ぜ込んでおりまして」
シルフィーリエルの放った渦は、水を含んだ竜巻のようなものだった。
その中では光は乱反射してしまい、拡散して削り取られるしかなく、
徐々に球状を構成する事ができなくなって最後には光の粒にまで拡散させられたのだった。
クレアは自らのとっておきをあっさりと看破され、あしらわれた事に脱力してその場にへたり込んだ。
「さて、おひい様、ご満足されましたか?」
「ええ、とても、もう魔技祭なんて、棄権しても良いくらいですわぁ」
「さすがにそれは、お母上に怒られますよ?」
「わかってますわぁ、あーつまんない」
勝負はロザリアとクレアの完敗だった。ロザリアは魔力の”研ぎ澄まし”が全く足りておらず。クレアは光の属性を使いこなせているとはいえなかった。
完敗と言って良い敗北感を感じている2人とは違い、既に元の姿に戻っているサクヤは満足そうな笑顔を浮かべている。
「あ、あのー?」
「ああ、お気になさらないで、わたくし達は単に今のあなた達と、
ほんの少し力比べをしたかっただけですの」
「は、はぁ……」
「おひい様はこう見えて、戦闘愛好者なもので、強い者と戦いたい戦いたいと、日頃からうるさいんですよ」
「何を言ってるの、あなたがいつまで経っても力を伸ばそうとしないからじゃないの」
「私はまだ150才ですよ?この学園にきたのも、ちょっとした暇つぶしです。
そんな急いで強くなる必要性を認めません」
エルフの150才は人間で言う所の15才である為にこの学園に入学したのだが、
実はドワーフもエルフも種族で固有魔法を教える事が多いので義務からは外されていた。
それでも彼女が来たのは『暇つぶし』である、何しろエルフの寿命は長い、
学園に入学する3年間も、彼女らにとっては人間の尺度で言うと3~4か月程でしかない。
尚、口調がどことなく男性っぽいのは、年若いエルフは精霊により近い存在で、男女の分類も明確ではないからである。
「今のうちにあなた達に強くなる切っ掛けを与えておいて、
また強くなった時に再戦をお願いしたいだけですわ。それでは、ごきげんよう」
「中々良い暇つぶしだった、またの機会があると良いね」
やりたい放題やって去っていくシルフィーリエルとサクヤに対して、
ロザリアもクレアも2人の後ろ姿を見送るしかなかった。
アデルが近づいてきて、クレアに手を貸して立たせながらロザリアに話しかけた。
「大丈夫ですか、お嬢様」
「え?ええ、ありがとう、でも、負けちゃったわね……」
「負けたから何なのだ、と言いたい所ではありますが、あまりにも圧倒的な実力差でしたね」
「ってゆーか! 何あれ反則じゃない!? 変身までしたわよ!?」
「お嬢さま、いついかなる時も優雅さを忘れないで下さい」
普段どおりのアデルのおかげで気を取り直す事ができ、
毒気を抜かれたように顔を見合わせるロザリアとクレア、その顔には若干の焦りもあった。
今まで恵まれた能力と思っていたものが、あっさりとその優位性をひっくり返されたのだから、
「何となくそんな気はしていたけど、魔力って単純な力の強弱だけじゃないのね……」
「私も、何となく自分は”ヒロインだから”とか”光の魔力が使えるから”っていう驕りがあったかもしれませ……あー! そうだ! あの人たち!」
突然クレアが大声で叫んだのでロザリアが首をすくめ、アデルは耳を指でふさいでいた。
「どうしたのよ、突然」
「あの人達も”攻略キャラ”って言いましたよね。でもそれはちょっと違ってて、あの人たちは『2』の登場キャラなんですよ」
「あー、そういえば、あのゲームっていくつも出てたっけ……って、
違うゲームの登場人物なのに現れた、って事!?」
「はい、1年の時は実力が低すぎるから、という事で無視されてて、
ロザリア様が2年生になった『2』で登場するはずなんですよ、あの人たち」
つまり、現時点でのロザリアの前には現れるはずのない人物だという事になる。
『1』が主人公と多数の攻略キャラ以外には、お邪魔キャラの悪役令嬢ロザリアの他にはモブキャラしかいなかったのに対し、
『2』はロザリアを含む何人ものライバルキャラが設定されており、場合によっては先に攻略キャラを取られてしまう展開もある。
しかも、『百合モード』は健在で、ライバルキャラを攻略してしまう事すらできた。
尚、ファンの間では「ロザリア様を攻略できてしまうのは何か違う」「ロザリア様には永遠のライバルでいて欲しかった」
と賛否両論で、ロザリアルートはファンの間では無かったものとされてしまっている問題作だった。
サクヤは和風キャラの担当で、恋愛面というよりは魔力でのライバルキャラで、何度も勝負を挑んでくるのだという。
シルフィーリエルは亜人キャラの担当で、何を考えているか今一つわからない不思議キャラだった。
「で、ここからが一番重要なんですけど、『2』には私が、というか『クレア』が出てこないんです」
「あー、あれって1から3まで出てたけど、全部主人公の見た目違ったっけ。
え、それじゃクレアさんはあの2人と出会う事すら無いはずよね!?」
「はい、向こうから絡んでくる事は無いはずです。
ですから、私の覚えている恋愛ルートとか、何もかもが変わってしまってる可能性があるんですよ」
アデルはともかく、ロザリアとクレアは意味不明すぎる現状を飲み込みきれないでいた。
「どうなってるの、この世界……」
次回、第70話「こわれゆく日常」