第68話「あのー、道場破りですかー?」
「お初にお目にかかります、わたくしは1年生3組のサクヤ・コトノハと申します、
こちらは同じく3組のシルフィーリエルですわ。
2組のロザリア・ローゼンフェルド侯爵令嬢と、クレア・スプリングウインド様ですね?」
サクヤと名乗った少女は、ゆらり、といった感じで歩み寄って来る。
その動きは前世で武術を嗜んでいたロザリアにとっては、油断のならないものだった。
何しろ服装のせいで足さばきが見えにくい上に、身体の軸も頭の高さも全くブレずに歩いていた。まるで能楽師か剣術の達人だ。
和服と思った服装は、よく見ればあくまで和服風で、やや幼い顔立ちも黒髪を除けば日本人離れはしていたが、やはり総合的な雰囲気は日本人女性っぽい。
「ああ、この姿が気になりましたか? 無理もありませんね、
母がはるか東方のヒノモト国の出身なもので、ですが父はこの国で生まれなのですよ」
「彼女は制服が着慣れないと言ってな、普段は私服なんだ。私はさっさと着古してしまいたいからこの制服なだけで、
格好のつり合いが取れていないのは気にしないでくれ」
妙に中性的な話し方をする、シルフィーリエルと呼ばれたエルフ女性はそう言った。
彼女は金髪を短く切りそろえており、肌の色は白く、
神秘的な雰囲気は以前見たエルフとは印象が全く違った。
エルフは新品よりは使い古された服を好む、と以前聞いた通りのようだ。
「(ねぇクレアさん、この人達の事知ってるの?)」
「(はい、この人達も”攻略キャラ”です、でもこの人達って)」
ロザリアとクレアがひそひそ話をしていると、サクヤと名乗る少女は微笑みながら近づいてきた。
東洋風の独特の笑顔でゆっくりと近付いてくる様子は、どこか現実味のない、奇妙な恐ろしさを感じさせた。
ロザリアは思わず少し後ずさった、サクヤから何か得体の知れない威圧感を感じたからだ。
サクヤの動きには無駄がなく、一切力む様子がなかった。
やはり明らかに武術を修めている、しかも相当に強いだろうという事がわかる。
「ああ、警戒されるのも尤もですわ。けれどご安心下さい。
わたくしはロザリア様とお手合わせをお願いしたいだけなのです。」
「え? 手合わせ?」
「はい、同学年では手ごたえのありそうな相手がおらず、
ロザリア様もクレア様も基礎力は高いものの、魔力が全く研ぎ澄まされておりませんでしたわ。
ですが、先日この頑強な修練場の壁や床をぼっこぼこにしたと聞きまして、
これはもう魔技祭で是非とも、と思っておりましたの。
ですが参加されないと聞きまして、ガチで凹みましたわぁ」
上品な物腰ではあるが、巷で流行ってしまっているギャル語が微妙に感染っている。
割と俗っぽいのかもしれない。
だがそれでも、間合いを測るようにぬらりと隙無く近寄ってこられては、やはり後ずさりしてしまう。
「ですが本日は修練場で訓練をされている、と聞きましたので、
押し掛けさせていただきましたの。ぜひ、お手合わせを」
いつの間にかロザリアは、サクヤの視線で誘導されてしまったのか、
向かい合う状態で立っていた事に気づく。
クレアはというと、先ほどシルフィーリエルと紹介してもらったエルフ女性と向かい合う形になっていた。
元々魔法剣の訓練で離れて立っていた所に割り込まれた形だ。
「何者かは存じませんが、そのお二方はとても重要な立場におられます。
決してケガなど許されませんよ?」
「お約束いたしますわ、ほんの少し確認させていただきたいだけですの」
厳しい声で警告するアデルに対し、サクヤはあくまで柔らかく答える。
その言葉には、不思議と人を従わせるような響きがあった。
「いや、えーと? 私、ちょっとさっきので疲れていて?」
「ええ存じております、ですから、わたくしも先ほどのあなたの技を参考にさせていただいて」
サクヤが帯から扇子のようなものを抜いて手に持つと、魔力がそれに集中するのを感じた。
畳まれてる扇子も杖の一種なのだろう。
サクヤが”魔杖扇”で空中を指さすと、先ほどロザリア達が作っていたような炎の剣がそこに生みだされた。
しかし、その剣はロザリアが作ったものとは違い、炎がゆらめいてはおらず細く長く、
まるで太刀のようにシャープな形になっている。
『えっ、感じた魔力の量がそんな大した事なかったし、魔力の高まりもほとんど感じなかったわよ!?』
「ご安心ください、ロザリア様がお感じになったように、わたくしの火属性の魔力強度はD、レベルもまだ3程ですわ」
「いやでも、どうみてもそれ、物凄く強そうなんだけど……」
「お気づきになられただけでも素晴らしいですわぁ。
この国の魔法はまだまだ未発達な所が多いのです、1000年も何をしてたのやら。」
この国の魔法は貴族制度と結びついてしまった為に、見た目の強さや量が重視され、
それで社会が成り立ってしまっていた為に発展が遅れていた側面がある。
だがロザリアの目の前の少女は、この国の基準では最低レベルの実力にもかかわらず、
ロザリアを圧倒してしまいそうな芸当をやってのけた。
「魔力強度は魔力の総量、レベルはそれをどれだけ放出できるかの目安に過ぎません。
この国の魔法には”研ぎ澄ます”という概念が無いのです、ほら、このように」
扇子が指し示す先の魔法剣はさらに細く長く、言葉通り研ぎ澄まされ、
剣というより刀そのものになった。
「最小の魔法力を極限に研ぎ澄ます、これがヒノモト国の魔法の神髄ですわ。
母の国では”魔式”と呼んでおりますの。では、まずは一太刀」
「えっちょっと待って!」
サクヤがつい、と魔杖扇を振ると、自らの”魔式刀”をロザリアに向けて飛ばしてきた。
かなり離れていたはずなのに一瞬でロザリアの元まで。
ロザリアは慌てて自らの魔法剣を生成する。しかし込めた魔力量はロザリアの方が桁違いに大きかったはずなのに、サクヤの魔式刀はそれをものともせずに、それをあっさり両断した。
「お嬢様!?」
修練場内に、アデルの声が響き渡った。
「お姉さま!!」
「ああ、彼女なら心配いらないよ、それより、よそ見するなんて余裕だね?」
「えっ? きゃっ!」
突如クレアの目の前の空間が竜巻状に歪み、クレアを弾き飛ばした。
とっさに防御壁を展開したものの、相手と大きく距離を開けさせられる。
「どうして!? さっきのサクヤさん以上に魔力の高まりを感じなかった!」
「それはそうさ、私はまだ若輩者でね、魔力自体がまだまだ育っていないので、
この場の魔力を”借りた”んだよ」
「借り、た……?」
「この国は魔法は属性を地水火風の4つに分けた所までは良かった。
でもその力は生物だけに宿っている、と勘違いしたんだね。
本来、この世界には様々な形の魔力が満ちているんだよ
それこそ、この場を流れる風や、地の底の水にだって魔力は満ちている。
そしてそこには意思すら宿る。私達エルフはそれを”精霊”と呼んでいるがね」
シルフィーリエルが片手を上げると、彼女の眼前に竜巻状の渦が生成された。彼女の言葉を借りるなら、この場の精霊の魔力を借りて作り上げた魔力の渦だろうか。
「へぇー、じゃあ、これならどうっスか?」
クレアは不敵に笑うと、かえって制御が難しくなってしまう杖をしまい、
自らの力だけで、ロザリアにも内緒にしていた奥の手を繰り出した。
クレアの眼前に、小さなピンポン玉ほどの光の球が作り出される。
「ほほう、やはり少しは光の属性を使えるようになっていたか、いや大したものだ」
ロザリアの魔法剣をあっさり両断した魔式刀は、その驚異的な飛来速度から瞬時に動きを止め、危なげなくロザリアの眼前で止まっていた。
冷や汗を流すロザリアだったが、少なくとも向こうはこちら以上に実力を持っている事を肌で理解した。このままでは、勝てない。
「いやどうして勝つ必要があるんですか、何なのですかこの勝負は」
アデルは呆れ顔でツッコミながら2組の少女達の戦いを見つめていた。
次回、第69話「鬼さんこちら、どころか、鬼さんがやってきたああああ!!」