第66話「学園の怪談って、異世界にもあるのかしら」
「幽霊?」
「いやまぁ、幽霊と言っていいのかどうか、そういうのが出る、とかで今噂になってるんだよ」
授業合間の休憩時間、学園の中庭にいたロザリアにシモンが話しかけてきた。
シモン達3人組は先日の特訓(?)以降、ロザリアへ普通に話しかけてくるようになっている。
シモン曰く、鍛えてもらって精神的に強くなったから遠慮がなくなったらしい。
中庭とは言っても広いため、中央の噴水、木陰や芝生、テーブルが並んでいる広場など色々な場所がある。その中の一角にあるベンチに座っているロザリア達の所にシモンがやってきたのだ。
ちなみにこの世界には普通に幽霊の概念が存在する。
地水火風の4大属性とは別に神聖魔法というのが存在しており、
幽霊や悪霊は神聖魔法の使い手によって浄化させられるそうだ。
「うーん?神官とか僧侶にお祓いしてもらうような感じ?」
「いえそういうのでもないみたいで、何しろ、真っ昼間にも出るんだよ」
シモンの話によると、”それ”は実態の無い黒い影か煙のようなもので、通路の角や、部屋の隅に突然現れ、すぐ消えてしまうというものだった。出現頻度が増えてきているらしく、何人もの生徒がそれを見ていた。
「実害が無いんだったら、放っておけば良いんじゃないの?
別に誰かを呪ったりするようなものでもないのでしょう?」
「それがそういうわけにもいかなくてさ、運悪くそれが発生した所に居合わせた生徒が、
その煙だか影だかにまかれて気分が悪くなって、医療棟へ運ばれたそうなんだよ」
「放って置けないわね……。そうすると、エレナ先生が何か知ってるのかしら」
シモンから話を聞いたロザリアは、すぐに医療棟のエレナを尋ねた。
すぐに白衣姿のエレナが奥の部屋から出てきて椅子を勧めてくれた。が、その顔は冴えない。
「それがねぇ、原因がよくわからないのよ。なにしろ治癒魔法も効かないんだもの。
幸い、フェリクスが対症療法で治療してくれたんだけど、完治には1月ほどかかるわ」
「原因不明というのが、気味が悪いですね」
「とりあえず生徒会を通じて、もしもそういう現象が発生したら、
近づかずにすぐその場を離れるようにとの通達を出すわ、ただねぇ……」
エレナが困った表情を浮かべると、隣で話を聞いていたロザリアは首を傾げる。
エレナはその視線に気付くと、逆にロザリアに質問してきた。
「ただね、ロザリアさん、これはフェリクスが気づいた事なんだけど、
これはむしろロザリアさんに関連する事なのだけれどね?」
「え? 私? ですか?」
「ええ、倒れた生徒の症状がね、あなたのお母様、
ローゼンフェルド侯爵夫人の原因不明の病の症状と、
程度は違えど全く同じだ、っていうのよ」
ロザリアは驚きのあまり、無言で勢いよく立ち上がり、椅子が倒れた。側で聞いていたクレアやアデルも息を飲む。
ローゼンフェルド家では、ロザリアの母フロレンシアが、ある日を境に原因不明の病に冒されていた。
脱力感、衰弱、食欲不振等、じわじわと身体を蝕むもので、治癒魔法も効かず、フェリクスの治療が無ければ今頃は命が無かったかも知れないと言われている。
エレナによれば、倒れている生徒達が受けた被害も同じものなのだという。だからこそフェリクスも対症療法による処置が可能だったのだと。
「どういう事ですか!?」
「ごめんなさい、今話せる事はそれだけなの、
というより私達もそれだけしかつかめていないの。
むしろ貴女に聞きたいくらいなのよ、お母様に何があったのか、と」
「どう、って言われても、お母様は2年ほど前に突然倒れて、
あれ、そういえば何故倒れたのかしら……」
「もう大分前の事でしょうから、記憶も怪しいかもしれないけど、
もし良かったら、何があったのか聞いてもらえないかしら?」
エレナの言葉にロザリアは考えるがなかなか思い出せない。
母が倒れた時の事を思い出そうとするが、前世の記憶が混ざり合って混乱するので難しいのだ。
「あのー、エレナ先生、ちょっと、良いでしょうか?」
ロザリアが悩んでしまうのを見ていたクレアは恐る恐るエレナに声をかける。
「なあにクレアさん? ああ、そういえば最近はフェリクスを色々助けてくれているのよね?
義理とはいえ、これでも姉のつもりでいたから、お礼を言わせていただくわ。
あの子はどうも医者バカな所があってねぇ。色々迷惑かけてない?」
「いえそれは!全然! はい! 私の方こそ色々と! いえそれもなんですけど、
フェリクス、セン、セイがですね、
最近変な疫病が流行っているって言ってましたけど、それの事ですか?」
「ああ、実はそれとは別件なのよ、そっちは隣国から流れ込んでるんじゃないか、と言われているけど。どうも王都とか一部の地域は流行ってないのよね。
そっちも原因不明の疫病だから医者仲間でも悩ましい問題になってるわ」
「原因不明の何だかわからないものが、2つもあるんですか!?」
「そうなの、本当に困ったものなのよね、片方は黒い煙だか霧だかに近づかなければ良いのだけど、もう片方はねえ……」
ロザリアは午後の授業を早退し、家に戻り、ハンスの案内で母親であるフロレンシアがいるという部屋へ急いで向かった。
部屋に着きノックすると中から返事があり、ドアを開けるとアレクサンドラと食後のお茶をしている母の姿があった。
「あらロザリア、久しぶりねぇ、元気にしてたの?」
「ええ、私は元気ですよ、それよりも、お母様の体調はどうなんですか?」
「最近はもうすっかり良くなったわよ?
ただ、体調が安定するにはあと数ヶ月は治療続けないと、とは言われているけど? どうしたの? 突然」
「まだ、はっきりとはわからないんですけど、学園でお母様と同じ症状の生徒が出たんです。
それで、お母様が倒れた時の事を聞かせてもらえないか、と思って」
ロザリアはエレナと話した内容を、かいつまんでフロレンシアに伝えた。
フロレンシアは最初は少し不思議そうに聞いていたが、段々とロザリアの話している事が進むにつれ、普段のおっとりした表情とは少々違う顔つきになっていく。
「関係あるのかはわからないけれど、庭で突然黒い薔薇が現れた、
って言うから、見に行った時かしらね?
植木職人達は気味悪がって近づこうとしなかったのだけれど、
私ったら、薔薇に良い悪いも無い、と思ってその薔薇に触ったのね、
そしたら、突然その薔薇が枯れちゃって、
その時の黒い煙を吸ったら倒れたんだと思うわ」
母が話してくれた事は、学園で起こっている事とよく似ていた。違うのは、黒い煙が発生する前段階で植物に異常が起きている事くらいだろうか。
しかし、何故そんな事が今起こるのか。王都にあるこの屋敷と魔法学園はそれなりに離れている。王都に限らず、この国全体で何かが起こっているのではないか?
ロザリアはそう思いながら、母親の話を聞いていく。
母に話を聞き終わった後、魔法学園に戻る帰路のロザリアは考え込んでいた。
「うーん、これ、エレナ先生はともかく、リュドヴィック様に、報告した方が良いのかなぁ?」
「しない理由がありませんね、むしろ王太子様にこそ真っ先に報告すべきかと」
ロザリアの言葉にアデルも同意する。こういう時は状況を把握していて、
かつ権力か権限がある人に情報も対処も丸投げするのが一番だ。
と身も蓋もない事を言う。
ロザリアはアデルの進言を受け入れて魔法学園の生徒会執行部室に向かう事にした。
「すまない、今まで君や君の家族の事をあまりにおろそかにし過ぎた、
もっと早く気にかけていれば、と思わずにはいられないよ」
リュドヴィックはロザリアからの話を一通り聞いた後に、素直に謝罪をし、ロザリアに頭を下げた。
ロザリアの母が罹っていた”治癒魔法が効かない病”の存在を把握した時点で、
国を挙げて動くべきだったと。
その真摯さに、逆にロザリアの方が恐縮してしまう程だった。
「いえあの! リュドヴィック様、どうかお顔をお上げください!
お母様もリュドヴィック様の紹介してくださったフェリクス先生のおかげで、
少しずつ回復しておりますし!」
「それでも、私がもう少し早くに気づいてさえいれば、
きっと君のお母君はもっと早く助かっていた筈だ」
「いえ、そんなことは! それに、私の方こそ、
色々ご心配をおかけしてしまったようで申し訳なく……」
「いや、君は悪くないよ。悪いとすれば、それは」
「はいはいはいはい! そこまで!
いつまでやってんスか!王太子様もお姉さまも!
ここは反省会でもイチャコラ見物会でもないっスから!
いい加減本題に入りませんか!?」
こういう時に物怖じしないクレアは強い、というか強すぎる、
王太子だろうが次期王太子妃だろうがお構いなしで二人の会話を遮り、強引に話を進める。
病気絡みだという事で、立ち会っていたエレナも苦笑していた。
「あ、ああそうだな、すまなかった、つい熱くなってしまったようだ」
「わ、わかりました、では早速、お話しいたします」
こうして、生徒達やロザリアの母が感染(?)した経緯や、症状などを話し合った。
そして、その情報を元に、今後の対応を検討したが、
結局エレナの提言した注意を呼びかける、という方針は変わらなかった。
元々原因がはっきりしていない事もあり、
それ以外の対策を立てる事が出来なかったという事もあるのだが。
話し合いが行き詰まるまではそれほど時間はかからず、一同は解散となった。
既に日は大きく傾く時間で、夕方の学園内をロザリアとクレアは寮へと向かって歩いて行く。
「お姉さま、なんだか、ちょこちょこと変な事が起こってます、よね?」
「そうね、今はまだそこまで大事ではないから、これ以上悪くならないと良いんだけれど」
寮の自室に戻ると、先に家事の為に戻ってきたアデルが声をかけてきた。
「お嬢様、ギムルガ様からのお手紙が届いておりました。」
次回、第67話「武器のゲットと……日本人!?」