第64話「私は悪役令嬢のロザリアよ? 何をくだらない事をやっているのかしら?」
それは、とある日の昼休みの事だった。
アデルが昼食の時に「最近は喫茶室が混むので」とお茶の用意をすると先に寮の方に戻り、
ロザリア達が昼食を終えて寮に戻ろとしていると、校舎の中庭に人だかりができていた。
どうも生徒同士の揉め事のようだ。
『んー?、生徒どうしの問題だろうしー、普段ならスルーする所だけどー、
平民と貴族の生徒とで揉めてるみたい?よね?』
人だかりの中心では、体格の良い金髪で威圧的な生徒と、3人組の生徒が向かい合っていた。
「お前らのような平民風情が、ここにいて良いと思っているのか!
1000年の伝統あるこの学園の品位を貶める気か!」
「いや、でも、俺たちは国民の義務で、ここに来たから」
「口答えするな! お前らは授業中に何度も居眠りとかしてただろうが!
だったらその国からの義務を何だと思っている!」
「いやでもこれにはわけが」
「うるせぇ! そんなグダグダ言い訳する奴がまともに魔法を使えるわけがないだろう!」
「お姉さまー、あれ、放って置いて良いんですか?」
「うーん、あまりにも一方的よね? あの生徒たちに問題があるとしても、
まず教師か学園に報告すべきだろうし」
貴族の方の生徒の言い分は正しい部分もあったが、
言葉の揚げ足を取った言いがかりに等しかった。
そもそも魔法の授業は毎日水泳の授業があるようなもので、
疲れからの居眠りを問題にするならあの生徒達に限らず、
わざわざ立場の弱いあの3人組を標的にしているとしか思えなかった。
「えーと、確かあの貴族の方の生徒は、エリック・ボルツマンだったかしら?」
「お姉さまが知ってるって、かなり高位の貴族、って事ですか?」
ロザリアはうなずいた、自分が属する三大侯爵家程ではないが、
かなり上位の武官の家系だったはずだ。魔法騎士団にも彼の親族が何人も属している。
周辺の生徒も貴族が多いが、その力関係にひきずられてしまい、誰も声を出せないでいた。
「あーそれで、周りもあんな感じなんスか、貴族って上下関係も面倒くさいんですねー」
「でも魔法学園は身分を問わない学び舎なんだから、
貴族の権威を振りかざすなんて、あってはならないのよ……。
それを堂々と胸を張って指摘できない事こそ、
貴族として情けないと思わないといけないのだけど」
「お姉さま、それじゃ、助けに入ります?」
ロザリアはうなずくと、クレアの耳元で何事かをささやいた。
周辺の生徒から悲鳴が上がった。
ついに面と向かっての言い合いでは済まなくなり、
エリックのが3人組の中央にいた男子生徒の胸ぐらを掴んだ。
だが、胸ぐらを掴まれた生徒も、負けん気は強いようで、その手を掴み、睨み返していた。
「なんだその目は? 言っておくが、俺はお前よりも遥かに強いからな!
魔力も! 体力も! 意見ができる身分だと思っているのか!」
「あらぁ? じゃあ、私なら問題無いわね?」
凛とした声で人だかりが割れ、揉めていた4人の前に、
クレアを従えたロザリアが姿を現した。
その顔は相手のエリックを見下す傲然としたもので、ロザリアには珍しい表情だった。
『あーガチでいらつくー、こーゆー権力とか腕力で弱いものいじめする奴、
マジでムカつくんですけどー!』
実際、ロザリアはエリックという生徒にかなり腹を立てていた。
一方、後ろに控えるクレアの方は、何故か無表情で虚ろな顔をしていた。
こちらも割りと珍しい表情ではある。
「さて、エリック・ボルツマンだったかしら? 私を知らない、とは言わないわよね?
どんなつもりがあって、その平民の生徒たちを弄んでるのかしら? 暇なの?」
ロザリアはあえて相手の名前を呼び、自分との力関係を言外に強調していた。
その上で、家柄に笠を着た行為を、単なる暇人の嫌がらせだとあてこすってみせた。
自分のやっていた事を、国内では最高位の貴族令嬢で、
しかも次期王太子妃のロザリアからされるとは思わず、エリックは歯ぎしりするしかできなかった。
「……お言葉ですがロザリア様、私は」
「へぇ、口答え? あなたが私に意見できる立場だと思っているの?
家柄も、魔力も、何もかも私の方が上よ!」
ロザリアはエリック自身が言っていた事を引用し、最後は魔力覇気も交え言い放った。
範囲は絞ったので周辺の生徒は圧倒された程度だったが、
エリックは魂自体を揺さぶられ、その場にへたり込んだ。
「……ふん、情けない。ボルツマン家も落ちたものね」
ロザリアは足元のエリックを見下すように一瞥した。
エリックが大人しくなった事で周辺の生徒から、
「さすがはロザリア様!」「私達も、あれはどうかと思っていたのです」
などと賞賛する言葉が上がるが、全てが終わった後では何も意味が無く、
ロザリアを更にイラつかせるだけだった。
「私を誉めそやすよりも、この恥知らずを諫めるべきではなかったの!?
あなた達はここを卒業したら、ある者は魔法騎士団に、ある者は国の政治に携わるのでしょう?
そこで立場の弱いものが虐げられていたら、全てが終わってから今のように自己保身に走るつもり?
あなた達も恥を知りなさい!」
とロザリアは周囲の生徒達を一喝し、黙らせた。
「この子達は私がもらっていくわ、玩具に良さそうだもの。
文句は言わないわよねぇ? さっきも誰も止めなかったんだから」
ロザリアは何を思ったか3人の生徒達の右端にいた、
背の低めの少女の頬に手を添えると、いかにも悪い笑顔で周囲に言い放った。
周辺の生徒も、3人組の生徒も、何を言い出すのかと顔色が変わった。
この生徒達を助けたのではなかったのか?と。
頬に手を添えられた少女も、呆然とした顔から怯えたような顔になり、
ロザリアの顔色を窺うように見上げている。
「あらあら、こんなに震えて、安心して、すぐには壊さないから」
「あの、ロザリア様、何を言い出すんですか……?」
「そうねぇ、クレアさんを弄ぶのも楽しいんだけれどね?
そろそろ飽きて来たかなぁ、って」
「そ、そんな! お姉さま!」
周辺の生徒が展開に付いて行けず質問したが、ロザリアが返した言葉に、
今度は今まで無表情だったクレアが顔色を変えてロザリアにすがりつく。
が、ロザリアは冷たい目でそれを振り払い、クレアのネクタイを掴み、自分の顔に引き寄せる。
手加減をちょっと誤り、思ったよりもクレアの首にネクタイが食い込んでしまい、
苦しさからクレアの目じりに涙が浮かぶ。
「あらぁ? クレアさん、貴女も私に口答えするのぉ? 『ごめん! 手加減間違えた!』」
「お、お姉さまぁ……。『痛い痛い痛い! マジ痛いっすこれ!』」
「あの、ロザリア様、クレア嬢とどういう関係で?」
「フフッ、見て判らない? この子を弄ぶのって楽しいわよ?
いつこの学園ごと吹き飛ぶのかしら、という恐怖と隣り合わせなんだもの。
あなたもやってみる?」
悪ノリしたロザリアが、クレアの目じりに浮かんだ涙をぺろりと舐め上げたので、
周辺の生徒は、美形の2人の間に漂う妖しい空気に一瞬息を飲んだ。
この2人は黙っていれば美形なのである、黙っていれば。
ほんの少しでも冷静なら、「いや普段はそんな関係には見えないけど?」と突っ込む所ではあるが、
クレア絡みの入学初日の魔力事故も記憶に新しかった事から、完全に雰囲気に呑まれ、
それがこの学園を爆破しかねない行為だった事に気づき、「正気かこいつ」と、
顔を青ざめさせながら後ずさるしかなかった。
皆が後ずさった事で道が開けた事から、ロザリアはクレアのネクタイを手放して解放し、
「さ、行きましょう」と先ほどの少女の腰に手を添え、歩き出した。
その後にクレアが軽く咳き込みながら虚ろな顔で続き、
3人組の残り2人も、1人が連れて行かれた事から慌ててそれに続いた。
周囲はそれを呆然と見送るしかできなかった。
尚、後日アデルが
「お茶の用意したのにすっぽかしたのは仕方ありませんが、
いくら他の生徒を助けるとはいえ、もう少し手段とか発言を選んで下さい」と、
2人に説教をしているのが目撃され、
2人も「スイマセン マジスイマセン」と平謝りだった事から、
あの3人は、アデル>ロザリア>クレアという力関係の主従逆転した歪んだ関係なのか、
という疑惑が持たれ、おまけにアデルは知り合いの侍女に、
「アデルさまぁ……どうか私も貴女の下僕にぃ……」
と言い寄られてしまい、頭を抱えたのは、また別の話になる。
「はぁ……、貴族だからって、何をくだらない事やってるのかしらね、あの人達は」
「いやー、たまにはこういうのも面白いっスね、お姉さま❤」
クレアが自分の首に治癒魔法をかけながら、ロザリアにしなだれかかる
「だから、クレアさん、お芝居は終わりなの。話をややこしくしないで」
「ええ~、ひどーい、お姉さまー、私を捨てるんですか~?」
クレアは白々しい声で泣き真似をしながらロザリアに抱きつき、胸に頭を擦り付ける。
3人の生徒は呆然とその光景を見つめていた。
「あ、もう良いわよ、安心して、小芝居だから」
ロザリアはクレアをべりっと引きはがすと、3人組の方を見て微笑んだ。
そこで3人組の生徒の方も、ロザリアは自分達を助けてくれた事に気づいた。
「さて、このままで、はいさようなら、っていうのも何だから、
事情を聞かせてもらえない?」
「事情、と言われても、俺たち、もめ事なんて嫌だから、目立たないように暮らしてるつもりなんだけど……」
「妙にあの貴族の生徒だけが突っかかって来るのよね」
「心当たりなんて無いんです」
3人とも平民で、それぞれ全く違う所の出身ではあったが、
周囲が貴族だらけという事で、自然と行動を共にするようになったとの事で、
栗色の髪の男子生徒がシモン、亜麻色で細身長身の女子生徒がカティア、
黒髪で背の低い生徒はエリナと名乗った。
「何か、傾向とか無いの? 最初から、ってわけでは無いのでしょう?」
「そういえば、最近、急に、な気もする」
「ここ半月くらい、かしらそういえば」
「言われてみれば、わざわざ私達を探し回ってまで嫌がらせをしてた、なぁ?」
ロザリアに促された3人が、口々に最近の状況を話し始める。
半月というと、ロザリアには魔技祭の実施が通告された、という事しか心当たりが無かった。
「……、あなた達、魔力強度とそのレベルを教えてもらえる?」
「え? 俺、魔力強度Cの、レベル8、だけど、いえ、ですけど」
「私は、魔力強度Cのレベル6です」
「私も同じくCで、7です」
「ねぇクレアさん、割と、優秀、よね?」
「はい、私もそう思います」
クレアやロザリアのような規格外を除けば、入学3ヶ月でその実力は十分に優秀と言えた。
「正直言って、1年生にしたら、かなりの実力だと思うわね、もしかして、かなり努力したの?」
「もちろん、だってここを良い成績で卒業できたら、
将来良い所で働けるわけだし、頑張らないわけないよ」
「放課後とか、修練場で倒れるまで何度も練習しました!」
「おかげで、休みの日はほぼ寝てますけどね……。
授業も、確かにちょっと寝ちゃったかも。
でもでも! それはあとできちんと勉強し直したり、
わからない所は先生に質問に行ったりしたんです」
「小テストとか試験はきちんと良い点取ってたもんねー?」「ねー?」
「すげー、見習わないと……」
「それだけ努力してるなら、きちんと実力にも表れてくるわね。貪欲さが違うもの」
クレアは素直に感心し、ロザリアも同意するようにうなずく。
恵まれた魔力を最初から与えられていたロザリアやクレア達と違い、
この生徒達は自らの努力でその実力を掴み取ったのだ。
それは、転生してからのロザリアやクレアがつい忘れかけていたものだった。
次回、第65話「悪役令嬢の特訓よ! さぁかかって……こちらから行くわよー!」