第62話「魔法学園中央棟の地下最下層にて:sideリュドヴィック」
魔法学園中央棟の地下、以前ロザリアが見たであろう巨大な光る柱の所に、
私はクリストフと共に訪れていた。
巨大な光の柱は相変わらず威容を放っている。
しかし、時折その光に影のようなものがチラつく時があるのだ。
クリストフは制御盤のようなもので確認しているが、その表情もあまり良いとはいえない。
「どうだ? 御柱の状態は」
「あまり良くはありませんね、まだ影響は少ないですが、確かに濁った魔力が混ざっています」
クリストフが言うには、御柱の魔力の中に不純物のようなものが混じっているそうだ。
それが徐々に増えているらしい。
数ヶ月前から発生した現象ではあるが、ここ1000年の記録を遡っても、
このような事は起こっていないのだ。
わからないから放っておこう、とはいかないのが王太子稼業の辛いところだな、ああ面倒くさい。
「ここ最近、急に、か、原因はわかるか?」
「今のところはなんとも、王都でも似たような事が起こりつつはあるようです。
何故か王都側はかなり影響が少ないようですが、おかげでこの状態で済んでいるとも言えますね」
「ん? 人が多いほうが異変が多いと思うんだけど?」
「一概には言えないとは思いますね、そもそも原因がまだはっきりしていませんから。
隣国から流れ込んでいるのでは、と見る向きもありますが」
御柱の維持には魔力が必要で、その魔力の供給場所というのが
魔法学園の存在理由の1つだ。
魔力の吸収機構はここに限らず、国内の魔力持ちが多い場所、
例えば王都の王城や教会にも設置されている。
ダンジョンや遺跡などにも魔力溜まりがあるにはあるが、
そういった場所の魔力は適さないらしく、
基本的には魔力持ちが発散する魔力を使用している。
その魔力に異物が混ざり始めた。そんなもの誰でも嫌な予感を覚えてしまうだろう。
「あ~~~、王太子なんてなるもんじゃないなぁ、
伝統らしいが生徒会長なんか任されてしまうし、
国からはここの管理まで任されてしまうし、
どうしてよりによって私が在籍している時にこんな異変が起こるんだ」
私が独りごちているとクリストフが苦笑した。
おい、私だって好きで愚痴っているわけではないぞ?
元々私は突然王太子にされてしまったんだからな。
父上も母上も、何一つ私の話を聞かずに押し付けられた身としては、
それこそ愚痴の一つも言いたくなるだろう。
私は本当はロザリアの家で、居候でも良いからのんびりと暮らしたいのだ。
あの家は良い、まずロザリアがいる、それだけで完璧だ。
それになんと言っても私を王太子とも思わない使用人達の無関心さ、
なんと伸び伸びできる事か……。
「なぁ、やっぱり私は廃太子してもらおうと思っているのだが。
できるだけ角の立たない方法を3個は考えてある」
私は真剣に言ったのに、クリストフは心底呆れた顔を向けてきた。そんなに意外か?
「殿下!? ダメに決まっているでしょう!何を突然バカな事を言い出すんですか!」
クリストフに怒られてしまった。何故だ。
「いや突然でも無いぞ? 割と最近はずっとそればかり考えている」
「尚悪いわ! 今そんな事をしたら国が割れるどころじゃ無くなる!」
……それも面白いかもな。しかしこの男は私に対して遠慮が一切無いなぁ。
まぁそういうところが気に入っているのだが。
廃太子がそんな簡単だとは思ってはいないが、多分問題ないぞ?
それを口にすると更に怒るだろうから黙っておくけど。
「私としては、ロゼの家に婿入りして、あそこでゴロゴロして暮らしていたいくらいなんだけど」
「いったい何を考えているんですか」
「ロゼと一生平和に暮らす事だけだが?」
「いや真顔で言わないで下さい! 一見良い事を言ってるように聞こえますが、
単なるヒモになりたい宣言ですからね?」
「いやそこは心配ない、ローゼンフェルド家を盛り立てるべく、
私の全身全霊全知全能をかけてあの家の為に働くから」
「その全身全霊全知全能を、どうして王太子としての仕事に向けられないんですか!」
それを言われると返す言葉もないなぁ。
でも一応王太子の仕事や公務はきちんとやってるぞ?上辺を取り繕うなら完璧だと自負している。
上辺をと言えば、ロゼにも意外な一面はあったな。”ローズ”という彼女のもう一つの顔が。
”ローズ”である時の彼女には惚れ惚れする。
店で客の相手をする時の生き生きとしていて楽しそうな顔。
あれをちょっとは私にも向けて欲しい。
話し言葉がかなり独特になるが、”ローズ”の時の見た目には合っている気がするから不思議だ。
そういえばあれはどこの方言なんだ?
猫カフェや広場の噴水で猫を愛でる時の彼女も良い。
猫に囲まれている時の彼女は本当に幸せそうだ。
私もあの猫達のように彼女と戯れてみたい……、
猫が羨ましくなってきたぞおい。いやしかし猫に嫉妬とは、我ながら情けないな。
だがたまに彼女が私を見る目は、家族を見る視線のような感じがするのはなぜなんだろう?
私たちは恋人どうしくらいには、なれてる、よな?
この間は膝枕だってしてくれたし、最後には失敗したが、キスする寸前まで行ったもんな。
あの膝枕は最高だった、柔らかな感触、私を見下ろす彼女の優しい表情、
いつまでもああしていたかったくらいだ……。
「だいたい、廃太子なんて事になったら、
ローゼンフェルド家の方から婚約破棄されかねませんよ?
ロザリア様が今まで受けて来た王太子妃教育も全て無駄に終わりますし、
ロザリア様に嫌われても良いんですか?」
あ、まだその話続いていたのか、まぁロゼの今までの努力が無駄になる、
というのは確かに申し訳なく思う。
でも別に私が王太子でなくとも良いと思うんだがなぁ。
私がいなくなった後の王太子にも当てがあるし、政治工作も問題ない。
ロゼにしたって、そうなった時は「まぁ良いじゃないですか」と
笑って許してくれる気がする。
彼女はああ見えて、かなり割り切りの良い性格のようだし。
私の方がよっぽどいい加減でダメ人間だぞ?
まったく、こんなダメ男にどうして無駄に王太子としての才能だけは備わってるんだ。
つくづくそう思う。
「なんとなく、笑って許してくれそうな気もするんだけどな」
「まったく、こんなダメ王太子に、どうして無駄に才能だけは備わってるんですかねぇ」
クリストフは皮肉で言ったんだろうが、私の心情を実に的確にわかってくれているな。
いや、やはり彼は実に得難い人材だ、大切にしないと。
「いや、うんうんわかってるね君は、みたいな顔をしないでください!」
「で、地下の封印は大丈夫だろうな?」
「……恐らく今のところは。ご自分でご覧になりますか?」
これ以上クリストフとこの会話を続けるのも何なので、話を逸らすことにした。
少々強引だったかもなのでクリストフは少し不服そうだな。
そして、私は心根がダメ王太子かもしれんが、自分のやらなければならない事はわかっている。
「面倒だけど当然だ、確認を怠って後でもっと面倒臭い事になりたくない」
「はぁ、これで面倒臭がりだったら、いっそ一思いに斬れるのに」
「私に面と向かってそんな言うのはお前くらいだぞ」
私はクリストフと軽口をたたき合い、これから向かう所の不安をまぎらわせながら、
昇降機構で中央棟の最深部へと向かった。
最下層へ入れるのはごく限られた者だけ。
私自身も御柱の管理を任された時の一番最初の1回だけだ。
というかこの1000年間でも訪れた者はごく少ないはずだ。
最下層の封印の間はがらんとしている。天井には御柱の末端が接しており、
そこから流れ込む魔力が天井や壁、床に図形や文字のような文様を描き出していた。
それらが発光している為に、この中はむしろ明るいくらいだ。わずかながら、振動や音も感じる。
そこにあるのはたった1つの部屋とその扉だけ。
しかしその扉は極太の鎖で幾重にも厳重に縛り付けられていた。
鎖だけではなく、何かの呪文が書き殴られ、何かの図形が描き殴られ、
何重にも封印を施されている。他にも呪符や護符を無数に貼り付けられており、
ここに大慌てで何かを封印した者たちの恐怖や執念を物語っていた。
クリストフは上での作業と同じように、封印の確認を行っている。
私は極力余計な事をしないように努めた、早くここから出たい。
「まったく、1000年もこんなものを守っているなんて、気の長い話だ」
「まぁ、さすがに我が国だけで守ってるわけではないんですけどね。
3つくらい前の王国の時でしたか? 大襲来は」
「おかしな話だ、大襲来といっても、来たのはたった一人だろう?
後は皆召喚された軍隊だそうだし」
「背筋が寒くなりますね。たった一人相手に、1000年もずっとこんな事をし続けてるんですから」
私達は扉を見ている、決して開けてはならない扉を、
目の前には巨大な両開きの大扉が鎮座している。
その奥に、かつて襲来したモノが封じられている、らしい。
開けるわけには行かないから、中に何が封じられているのかすら定かではない。
いないかもしれないモノを必死で封じて、維持しているかもしれないのだから、滑稽なことだ。
「だが、そうしてまでしなければいけない事がある、という事か」
「当時の世界の総力、人間のみならずエルフやらドワーフやらの技術までを総動員したものですからね」
「よくわからないが、そこまでしても勝てなかったのか? その災厄は」
「確認された記録からの推測ですと、少なくとも人間の手に負えるものではなかったようです」
それこそ神の御業でなければ太刀打ちできないものだったとか。
そしてその神の力は聖女と呼ばれる代行者に宿っており、
聖女が起こした奇跡によってなんとか災厄を退けることができた……とか。
なんとも胡散臭い、本当にそんなものがいたなら、
なぜもっと早く姿を見せないのだという話になるな。
「まぁ、確かにそんな存在が都合良く出てくるのか、という疑問も当たり前です、
この御柱自体がどうやって建造されたんだ、
世界中で大戦争やってる最中に、こんな巨大なもの建造している余裕なんてあるのか、
とか、疑問に思い出すとキリが無いですよ」
クリストフは、私が考えていることをそのまま代弁してくれた。
実際、私達が思いつくような疑問は、これを見れば誰もが思うはずだ。
「でも実際問題として、”災厄”の侵攻は止められず、
世界の大半が焦土と化しました。これは事実なんですよね」
私はクリストフの言葉に小さくうなずく。
結局、その「世界を滅ぼしかけた何か」の確実な事は何も分かっていない。
発端となった国そのものが消滅してしまったからだ。記録どころではなかったらしい。
「ただその後、それ以降の世界で『魔物』と呼ばれる生物が記録・確認されるようになったんです。
しかもなぜか人間に対して敵意を持ち、積極的に人間社会に危害を加えてくるようになっていく。
魔王軍と呼ばれていたものがいつの間にか呼び名が変わった。
これがこの1000年間、この世界に起きている事だと思います」
「大襲来の日以降、世界が変わってしまった。という事か?
せめて今の平和くらいは守りたいものだな」
私達は踵を返し、地上へ戻る昇降機構へと向かった。
私は少し名残を惜しむわけではないが、封印の間の方を振り向いた。
あの封印されている扉の奥には本当に「何」がいるのだろうか。
この封印の間どころか、この御柱の設備自体が異常だ、まるで今の技術に見合っていない。
古代エルフ文明なんて説もあるが眉唾だな、
黒く磨き抜かれた一枚物の、魔石を埋め込んだわけでもないのに発光する床や壁。
この施設だけがある日突然、ここに出現したような異物感の塊だ。
私とクリストフは昇降機構に乗り込んだ。
ゆっくりと上に登っていく小部屋の中で、私達2人は無言だった。
早く『日常』へ帰りたかった。ロゼの顔がすぐ見られたら何も言う事はない。
ああ、やっぱり廃太子してもらおうかな。
「殿下? 又何か変な事を考えてませんか?」
私の考えを読んだかのようにクリストフが尋ねてきた。
顔も見てないくせにどうしてわかるんだ、ちょっと怖いぞ。
「失礼な奴だな、私は廃太子してもらって、ロゼと幸せに暮らす事しか頭にない」
「まだそんな事を、前半はともかく、後半はきちんとロザリア様に伝えましたか?
あなたはおかしな所でヘタレなんですから」
「うるさい、ちゃんと伝わっている……はずだ」
「いやそこは言い切れよ」
そう言われてしまうと何も言い返せない。
ああ、やっぱりロゼに会いに行こう、早く日常を取り戻さないと。
今の時間帯なら店の方だろうか、ちょっと行ってみるか……。
次回、第63話「光って回って開くアイテムって、エモくてガチでアガるよねー!!!」