第61話「白い魔石、黒い魔石」
ロザリア達は魔法学園の敷地のはずれにある、とある施設に来ていた。
目の前の建物は一見普通に見えるが、よく見ると怪しげな配管が壁をはい回り、
何本もの煙突が伸びて怪しげな色の煙が出ている。
開きっぱなしの扉からは敷地内が見えるが、荒れていて手入れが行き届いているとはいえない。
「なんだかもう、今日は朝からあっちこっちに行ったり来たりしてるわね」
「で、ここが目的地の王立魔法研究所、なんですけどね」
「廃墟、っていうわけではないのよね……? 煙とか出ているもの」
「あ~~、ついに~~、ここに、来てしまった~~!」
突然頭を抱え、しゃがみこむクレアにロザリアとアデルが驚く、
クレアの案内でここに来たが、心底ここに来たくなかったようだ。
「ど、どうしたの!?クレアさん」
「ここにだけは、来たくなかったんですよ~」
「ええ……?」「誰にでも愛想の良いクレア様が珍しいですね?」
「……会えばわかります」
先触れは送ってあるので、研究所の所長が出迎えてくれるとの事だったが、まず人がいない。
不安になりながらも前庭を抜け、正面の扉を開けて研究所内に入ると、やはり誰もいない。
『ウチはこういう雰囲気苦手じゃないけど、乙女ゲームというよりバ〇オハ〇ードの舞台みたいな所ねー…』
多少不気味だなー、と思っていると、奥の大扉が、ぎぎぎ、という音を立てて開いた、
クレアがその音にビクっとなる。
中から出て来たのは、長身でやせぎすの男性だった。年齢はロザリアの父くらいだろうか?
青みがかった銀髪はあまり手入れをされておらず、せっかくの美形な顔を損ね気味ではあった。
「ようーこそ、私が所長のマクシミリアン・ファビウスだ」
胸の前で閉じていた白衣をわざわざボタンを外してばさっと翻し、そう言い放った後、
フハハハハハと笑うその姿は胡散臭い事この上無かった。
「出た……」
ロザリアとアデルは何故クレアが嫌がっていたかを一瞬で察した。
「「こいつ、ヤバい」」
「やぁやぁやぁ待っていたよ、ロザリア・ローゼンフェルド嬢に、クレア・スプリングウインド嬢だね?
特にクレア嬢、君は数百年ぶりに出現した光の魔力属性持ちだとか」
ぐいぐいと距離を詰めてくるマクシミリアンにドン引きしてロザリアとアデルは後ずさりするが、
クレアは逃げ遅れて両肩を掴まれてしまっていた。
「さぁクレア君、人類の進歩の為に、解剖されてみないか?さぁさぁさぁさぁ!
なに、心配いらない、失敗した時は楽に死なせ……楽にしてあげるから!」
「嫌に決まっているでしょう!」
クレアはマクシミリアンの腕を振り払いつつ叫ぶように言うが、あまり効果はなさそうだ。
ロザリアもアデルもドン引きしていた。
この手の人物とは、まともに付き合うだけ無駄なのだが、どうしたらいいのか分からない。
『マ、マッドサイエンティスト系……?ちょっと、仲良くしたくない系だなぁ』
「な、なんだか、強烈な人ね……」
「お嬢様がそれを言うのですか」
「心配しなくても良い、いいかね、そもそもこの研究所は、私の2代前の所長である……」
あっけにとられる一行を前に、マクシミリアンはこの研究所の由来を語りだした、
当然、だれも聞いていない。
「見ての通り、かなり変わった人でして……、
学園内で仕事とか、講師とかをしてるわけではないんですよ、
色々とアイテムを作ってくれたりはするんですけど」
「え、それじゃ、私達の装備をここで作ってもらっても良かったんじゃ?」
「おいおい、ここは魔法を研究しているのだ、軍事技術を研究しているわけではないよ」
何だかんだこちらの話を聞いていたのか、演説が止まったのでロザリア達はさっさと要件を伝える事にした。
「本日うかがったのは、こちらの魔石について、なんです」
「ふむ? 一見、ただの魔石だな」
「はい、でもこれを、ごらんください。クレアさん、手を触れてみて」
魔力抑制を解除したクレアが手を触れると、2つの魔石が光を放ち始めた、
いや、片方は光を放ったとはいえなかった。
片方の魔石は白く輝き、もう片方の魔石は光を吸収しているのか、真っ黒に染まったのだ。
黒い方の魔石は、隣に光源があっても全く照らされた形跡が無かった。
それどころか、石の周辺の空間が、薄暗く見える。
「ふむ……? 初めて見るな、これをどこで?」
マクシミリアンの顔から表情が消え失せ、冷徹な研究者のそれになった。
『あー、真面目な顔したら中々のイケオジだわ。これなら女の子のファンが付くのも無理は無いわねー、私は無理寄りの無理系だけど!てか、リュドヴィック様がいるし!』
「1月ほど前の事なんですが、魔石鉱山で落盤事故がありまして、
その時にクレアさんが魔法を色々使ったんです。
その時から鉱山で、数は少ないのですが発見され始めたとか」
「ふむ、クレア嬢の光の魔力属性に反応する魔石、か?
まず光の魔力属性自体が、数百年前にまで遡らないと記録がないから、
対応する魔石が今まで発見されていなくてもおかしくはない」
マクシミリアンは白く光る魔石の方を手に取り、
何かの装置のガラス蓋を開け、中に魔石を入れて作業を始めた。
しばらくカチャカチャとボタンやレバーを操作して反応を見ていたが、
石の白黒を入れ替えて同様の操作をすると、諦めたかのように首を振った。
「ダメだな、何一つわからん、今の所、ただ光って、光を吸収するだけだ。非常に興味深くはあるがね」
「この魔石、何かに、使えるのでしょうか?」
「その質問にも答えられんな。何しろ何の記録も無かったので存在自体が知られていない。
仮に記録に残っていた所で、光の魔力が無いと役に立たんのでは、
数百年に1度しか使えない事になる」
マクシミリアンは白衣を翻してロザリア達に背を向け、何かを考え始めた。
ろくでもない事を考えているようにしか見えないのは、ロザリア達を責める事はできないだろう。
「まぁ、とりあえず使えそうなのは照明用だな。今は土と風の二石魔石具で白っぽい光を作っているが、それを一石でまかなえる事にはなる、
クレア嬢ただ一人の魔力でなければ動かんのが最大の難点だから、実質役立たずと言っていいが。
ふむ? 4つの属性を全部込めればいけるのか? うーむ。 あ、帰っていいぞ、ご苦労だった」
マクシミリアン所長は完全にロザリア達に興味を失い、魔石の分析に没頭し始めた。
ロザリア達は自分達に興味を失ったらしいのと、クレアが心底帰りたがっているので、
さっさとこの場を立ち去る事にした。
帰り道で、クレアが所長のマクシミリアンについて色々と説明してくれるが、
その内容も少々引くものだった。
「あの人、ゲームではマニアック枠を担当していまして、ファンの間でも、賛否がもろに分かれてるんですよ。
会うのも嫌だとかで、とにかく会わないで進める方法、とかも研究されてまして」
「どうしてあんな人が存在するのよ……」
「いやお姉さま、ああいうのがたまらない、って人もいるんですよ。
というか、そこそこいるんです、解剖されたい、とかで」
「お嬢様達の前世の世界、大丈夫ですか? かなり病まれているというか、疲れている印象を受けるのですが」
アデルがドン引きするのに、ロザリアもクレアも「まぁ、そうね……」「否定は、しません」としか答えられなかった。
「それにしても、あんな変な人まで再現されている、というか存在しているというか、
この世界とゲームってどっちがオリジナルなのかしら?」
「前世の世界の誰かが妙な電波を受信して、この世界の要素でゲーム作った、
とかそんな所じゃないですか? 私達の前世なんて、魔法が使えない分、
ある意味こっちよりレベル低い世界ですよ?」
「デンパというのはよくわかりませんが、神の啓示のようなものを受け取ったのかもしれませんね」
3人はそんな取止めもない事を言いながら、学園へ戻っていった。
そうでもしないと、あの強烈なマクシミリアンが夢に出てきそうだったからだ。
「さて、今日はどうする? 私はちょっと店の様子を見に行こうかな、と思ってるのだけれど」
まだ日が高く、夕食には早すぎるし、午後のお茶には少々遅い時間帯なので、寮に戻るには早かったのだ。
「あ、私は、救護院にフェリクス先生の手伝いに行ってきます」
「あらあら」「おやおや」
「い……、行ってきます!」
クレアは2人の人の悪い笑顔から逃げるようにしてその場から立ち去っていく。
残された二人は、なんとなくクレアの後ろ姿を見守るように見送る。
あの恋がきちんと実ると良いな。と2人はクレアの背中を見ながら思うのであった。
ロザリアはさっそくローズとして、古着屋や猫カフェに顔を出した。
やや日が傾いた時間帯ではあるものの、お客の数はまだまだ多い。
「来たよーん、今日はどんな感じー?」
「あ、ローズさん、特に何も問題は無いんですけどね、
もー猫ちゃんが持ってくるネズミが多くて、今日だけで10匹くらい処分しましたよ」
「街のあちこちでもネズミが多い、って聞きますねぇ。
まぁ最近この広場は猫だらけなので、特に問題は無いんですけど」
そういえば、と広場の方を見てみると、たしかに猫が多い。
広場中央の噴水もぐるりと猫に占領されているが、
周囲の人もそれを気にせず、皆思い思いにそれを撫でたり無視したりと自由にしている。
「仕方無いので、焼却とかお掃除の魔石具を、ドワーフ工房に安価なのを作ってもらって、
周囲の店に売ったんです。割りといい儲けになりましたよ」
「そしたら、あちこちからも売ってくれ、って声が多いので、
仕方ないから古着屋の隅で売ってるんです。この店なんだかどんどん妙な方向に行ってませんか?」
「商品が増えて良かったじゃないの。病気が増えても嫌だしー、それはむしろ良き!」
ロザリアは店員となってる孤児院の少年少女達が、少しずつ自分達で商品を増やしたり、
お金を管理し始めているのを実感して微笑ましく思った。
後でその売上を聞いておいて、その分の儲けは自分への報酬の計算からは抜いておかないとね、と思うのだった。
クレアが救護院に来てみると、異変に気づいた。どう見ても人が多い、
ここの所の自分の治癒魔法も含めた治療行為で、怪我はともかく病気の人が激減したはず。
何かあったのか?と クレアが不思議に思い、フェリクスの姿を探すと、
やはり列をなす患者を前に治療を行っていた。
「おやクレアさん、ちょうど良かった。来てくれてありがとう。
ちょうど患者が多くて困ってたんだよ」
「見たところケガではないんですよね?」
「うん、どうも隣国から妙な病気が流れ込んでいるらしい。少々おかしいんだけどね」
「おかしい、って、何がですか?」
「王都ではこの病気は全く流行ってないんだよ。普通、人が多い所から増えるものなんだけどなぁ。
おまけに王都に近い地域ほど少なくて収束傾向にあるんだ。
治癒魔法も効かないから対症療法しか無いんだけど、いかんせん人数がねぇ」
「魔法が効かない病気……?それってどこかで聞いたような?」
少しずつ、何かが忍び寄っていた。
次回、第62話「魔法学園中央棟の地下最下層にて:sideリュドヴィック」