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第57話「お店経営の結果と、孤児院のこれから」

「ではみなさん、今日の食事に感謝をいたしましょう。はい、それでは、おあがりなさい」


食事前の祈りを終えた院長の言葉が終わると、歓声と共に子供たちが一斉に食事を始めた。

その人数は以前よりはるかに増えていた、教会経営の古着屋と猫カフェができた事で、

多くの子供たちが出稼ぎから戻って来たのだ。


古着屋の商品となる服を縫ったり手直ししたり、買い取ったものは洗濯したり、

猫カフェでも出す料理の仕込みや、猫用の餌を作ったりなど様々な仕事ができたので、

むしろ人手が足りないくらいだった。

危険な仕事から解放され、生まれ故郷に近い場所で変わらず暮らせるという事もあって、

皆の表情も明るい。



「ロザリア様、本当に、本当にありがとうございました。

 おかげ様で、ここの暮らしもしばらくは大丈夫かと思います」

「良かったです、私も、色々好き勝手やってしまったので、

 どうなるかとちょっと心配だったんですよ」


ロザリアは途中から目的を忘れかけて公私混同気味だったので、

院長からの言葉に照れながら言った。


「猫カフェも似たようなお店は色々できましたけどねぇ。

 うちの店は猫ちゃん達を店に招き入れる仕組みのおかげで、

 多くの猫ちゃん達が優先的に来てくれるので安心ですよ」

「でも、大丈夫なの? その装置を、例えば盗まれたりとかしたら」

「その辺は心配ないです、私が魔力込めないと、そのうちただの箱になっちゃいますので」


院長がソフィアに心配そうに聞くのに対してクレアが答えたように、

あの浄化魔石具は実質クレア専用と言ってよかったので、猫カフェの優位性はしばらくは心配無かった。


「それに、猫たちはなんだかんだ他の店にも気ままに行ってるみたいだし、

 周辺の店もそんなに不満は出てないみたいですよ?」

「店先に山盛りのエサで猫を呼ぼうとしてる店もありましたもんねー。

 今や猫だらけですよあの広場」

「猫カフェの方も、店内の猫ちゃん達が多すぎて、猫ちゃん入れ替える為に裏の入り口閉じてたら、

 裏で猫ちゃん達が順番待ちしてましたもんね」


猫カフェ3人娘のエミリア・カティ・サラも責任感や、やりがいを持って働いてくれるようになったので、

少しずつ自分たちでも店を良くしていく事を考えてくれるだろう、とロザリアは期待していた。



「うーん、さすがに野良猫や地域猫が増えすぎるのはちょっと考えないとね、

 国が補助とか出して、猫を飼うのを推奨しようかな」

「去勢手術、っていう手もあるけどあまりおすすめはしたくないねぇ」


さて、そんな中、リュドヴィックとフェリクスが何故か普通にその場にいた。

フェリクスは20才なので、17才のリュドヴィックと年齢が近く、

なんだかんだ最近はつるむようになった、とはクリストフの談である。


知名度の無いフェリクスはともかく、王太子が突然来訪したので、

院長やシスター達は恐縮するのだが、ロザリアに対するリュドヴィックの態度で、

緊張を解くのにはそれほど時間はかからなかった。


「王太子殿下までこちらに来てくださるとは、本当になんとお礼を申し上げて良いか」

「いや気にしないで、水害の影響でこちらの孤児院に負担をかけてしまっていた、

 というのは把握していたけれど、色々と対処が遅くなったのはこちらの手落ちだ、

 感謝はロザリアにしてあげて欲しい」

「もちろんですわ、ロザリア様と、この王国、そして神に感謝を」


院長の言葉にリュドヴィックが答えると、深々と頭を下げたあと、手を組んで祈るように呟く。

突然拝まれてしまったロザリアは困惑し、リュドヴィックは苦笑しながらその様子を見ていた。



食事を終えた後の子供たちは広場で思いおもいに遊び始めている。

この教会は猫が多いだけに、子供たちは男女を問わず猫と追いかけっこをしたり木登りしたりと楽しそうだ。


ロザリアとリュドヴィックは何となくその光景をベンチに座って眺めていた。

そこへ、年の頃はまだ3~4才くらいと思われる女の子が近づいてきた。

そして、ロザリアに不安そうな顔と声で「ママー…」と言いながら足元にすがりついてきたのだ。

一瞬リュドヴィックはまだ15才のロザリアが、

『誰があなたの母親だって言うの!?』とでも激怒するかと思ったが、違った。


「はーいママですよー! あら可愛い子ですねー、良い子ですねー」

満面の笑顔で抱き上げ、その子供を膝に乗せて抱きしめるのだった。

あっけにとられるリュドヴィックを横目に、頭を撫でたり頬ずりしたり、やりたい放題だった。


「ほらほら指吸う? 良い子良い子」

指を吸うような年齢の子でもないだろうに、わざわざ吸わされたその子は、

だっこされてはじめは恥ずかしそうにしていたが、嬉しさの方が勝ったのか、

すぐにロザリアの首筋に甘える様に顔をこすりつけていた。

が、それもしばらくの間だけだった、

次第に年齢に合わない赤ちゃん扱いされている事に気づき、

真っ赤な顔で手足をじたばたとさせ始め、

「私もう赤ちゃんじゃなーいー!!」とロザリアに抗議するのだった。


「あら違うの?」

「ちがうー!」

「じゃあほらほら、あの子の所に行ってごらんなさい『遊んで』って」

「そうする!」


ロザリアが似たような年齢の男の子の方を指差すと、

女の子は怒ったような声で返事をして、そちらへ走って行った。

そして、ちょっと立ち止まって振り返ってくるので、

「いつでも来て良いのよー」と手をひらひらさせて微笑みかけると、

ぷい、とそっぽを向いて走って行ってしまった。


満面の笑顔のロザリアと、あっけにとられるリュドヴィックが見守る中、女の子は、

『ねー!あそんで!』『お、おう……』

と、男の子に怒鳴るように話しかけ、男の子の方は若干気圧されていたが、

すぐに一緒に遊びだした。


ロザリアは『あれはもう何度か甘えてくるかもー❤』と微笑ましく見守っていたが、

そのうちあの子は甘えてこなくなるのだろう、

一人で大きくなったような顔をして、楽しい事を見つけに、

自分の下から走り去ってしまうのだ、と判っていた。

ロザリアにとってそれは前世の施設で何度となく経験した事であり、

とても嬉しい事であり、ちょっと寂しい事でもあった。


「子供に、優しいのだな」

リュドヴィックは、そんなロザリアの横顔を見ながら、ぽつりと言った。


「え? ……ええ、屋敷でも使用人の子供とかおりますし、まぁ多少は」

「そうか……、僕は君の事をまだまだ何も知らないのだな、とつくづく思い知らされるよ」

リュドヴィックは少し自嘲気味に笑うのだった。

久しぶりに素のリュドヴィックを見る事ができたロザリアは、

何となく嬉しくなって、ふっと笑って返す。


「あんな風に、誰かに思い切り甘える事ができた経験があるというのは、とても大切な事なんですよ。

 その経験が無いまま大人になってしまったら、絶えず愛情を求めてろくなことをしなくなるんです」

「子供はもっと警戒心を丸出しにしてくると思っていた、まぁ人懐っこい子もいるのだろうが」

「警戒心を抱く子ってのは、周りに守ってもらえる事を知っている子なんですよ」


思わずリュドヴィックはロザリアの顔を見た、何となく彼女が自分より年上に感じるくらい、深い表情をしていた。


「誰からも守ってもらった事の無い子は、不安そうにすり寄ってくるか、全力で一番かわいい自分を見せに来るんです。

 そして甘えさせてくれるかを確認するんです、そうしないと誰にも守ってもらえないし、生きていけないから」


ロザリアは遠くを見つめるような目をしながら言った。

リュドヴィックは何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。

貴族令嬢が口にするにはあまりに生々しく、

何故かロザリアの人生そのもののような気がしてしまったからだ。


だが、一体どこでそんな経験をしたというのか。

侯爵令嬢なら普通に考えれば、親兄弟に囲まれて愛されながら育つものではないのか。

リュドヴィックにはそれが不思議に思えてならなかった。


「君は、どういう人生を歩んできたんだろうな……」

リュドヴィックはつい思った事が口に出てしまった。

「あら、私は私ですよ? リュドヴィック様。

それよりも、さっき自分の事を”僕”って言われてましたよね?」


途端にロザリアは先程見せた深い表情から一転して、悪戯な町娘のような表情になる。

リュドヴィックはそのころころ変わる表情につい見()れてしまうのだった。


「ああ、いや、つい」

「もしかして、さっきの女の子が(うらや)ましかったとか?」

「い、いやその、そういうわけでは」

「ほほう? 照れてます? でしたら私が抱っこ……はさすがに無理だから、

 膝枕とかどうですか?」

そう言ってロザリアは膝をぽんぽん叩いて見せる。


「い、いやそれは……ちょっと」

「あら、お嫌ですか? いつもは私にあんな事やこんな事をする癖に」

「……悪かった」

「いえ良いんですよ? たまには私がと言っているんです。

 さぁさぁ、()いではないか()いではないか」

「いや何だその口調は」


そう言いながらもロザリアはリュドヴィックの手を取って、

やや強引に膝枕をするのだった。そして、そっとリュドヴィックの頭を撫でる。


「良い子良い子、リュドヴィック様は良い子ですねぇ」

「おい、さすがにそれは止めて欲しい、さっきの子の気持ちがわかり過ぎるぞ」


リュドヴィックはため息をついて観念し、力を抜いて仰向けになり、ロザリアの顔を見上げる。

木漏れ日の中、自分を見るロザリアの顔は穏やかで、(いつく)しみに満ちていた。

リュドヴィックはそんなロザリアの顔に、そっと手を差し伸べ、頬に触れようとする。

ロザリアはその手を優しく掴み、自分の頬に重ねた。

そのまましばらく二人は無言のまま時を過ごすのであった。


尚、この時点で2人は周囲に人がいるのを完全に失念しており、

あわやキスをするかという時に、

周囲から声にならない悲鳴のような声が上がり、

周りの人や子供たちが自分たちを取り囲んで見物しているのに気づいて、

クレアから「あ、お気になさらず続けて下さい、さぁそのまま一気に!」

と言われてしまうのはもう少し後の事であった。


雨の季節は終わり、夏が来ようとしていた。


次回、新章突入 第5章「悪役令嬢と魔技祭マギカ・フェスティバル

第58話「武器屋さんで異世界コーデ!」

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