第56話「猫カフェ、オープン!」
ポン、という感じで、店奥から通じる小さな扉から猫が飛び出してくる。
その猫はキョロキョロと辺りをちょっとうかがうと、用意されている餌の皿にトコトコと歩み寄り、悠々と食事を始めた。
既に猫カフェ店内には何匹もの猫が自由気ままに過ごしていた。
「あー、あれ木工街に住んでる子ね、職人さん達はカエデとか呼んでるわ」
「え、あれで女の子なの?結構大きいのに」
「ね! こっち、こっち来て!」
「そんな事しても無駄よ、猫は放っておいたら来るときは来るものなのよ」
お客の女性達はそう言いつつ興味津々なのは皆同じらしく、自分たちのテーブルに来て欲しそうにしている。
先程来たばかりの猫の方はというと満腹になったのか、
顔を上げてお客の方を見やり……、今度はその辺で寝転びだした。
自分たちのテーブルには来てもらえなかったが、ちょいちょいとその辺の物を触って遊んでいるのを見物するだけでもお客は満足そうだった。
『はぁ~❤ どの娘もめっちゃかわヨ~❤ 寿命が延びる~』と、ロザリアは古着屋の合間を縫って、こちらでも店員として猫カフェ側に入り浸っていた。
公私混同も良いところではあるが、猫を見る目があまりに幸せそうなので、皆苦笑するしかなかった。
猫カフェの中は主に猫たちが自由に遊ぶスペースと、お客が座るテーブルに分けられ、
猫が自由に歩き回れるように壁際やテーブルの側に大きな木箱などを配置してあり、
その上でも猫たちが寛いでいる。
猫たちは木箱の上にいるのが落ち着くようで、そこでまったりしている姿を見るのもまた癒されるようだ。
遊び場として空けられているスペースに並べられている木箱には穴が開けられており、時折猫どうしの追いかけっこも見物できる。
その木箱のいくつかはお客のテーブルと同じような高さになっており、猫達の機嫌が良ければお客のテーブルに上がってくるのだった。
もちろん猫にも個体差があり、まだまだ人慣れしていない猫も多かったので中々そういう機会に恵まれないのも、今のところのリピート客が多い要因にもなっている。
「それにしても、どの子もこんなに綺麗で元気そうだったかしら?」
「あ!裏で一生懸命洗ってるんです! 傷は治癒魔法使える人が来てくれているんですよ」
浄化魔石具の事はあまり大っぴらにするわけにはいかないので、店員のエミリア達はそう説明するように言われていた。
「またえらく高い所が気に入ってるのねぇ、割と小さい子なのに」
そういう女性の視線の先には、いわゆる猫タワーがあった。
広めの土台に立てた支柱に、何枚もの板が水平に取り付けられて、途中には穴の開いた箱や、
天辺にはベッドのような箱が用意されており、既に1匹が君臨して下界を睥睨していた。
にー、と、扉の方にいる猫が、外に出せ、といった風情で声をかけてくる。
「あ、はいはいはい、こう、ここから出られますよー」
と、店員のカティがあわてて駆け寄ってきて、指で猫用の扉を動かして見せる。
それを見た猫は、尻尾をピンと立て、悠々とそこから表に出ていくのだった。
「ありがとうございましたー、またどうぞー!」
この店では、お猫様もお客様と同様の扱いだった。
「思ったより猫ちゃん達が集まったっスねぇ」
「浄化の魔石具を通ると体が綺麗になって体調も傷も良くなるし、
店には食べ物が用意されている。っていうのを覚えてくれてるみたいで、
通り過ぎる為だけに来る子もいるんですよ」
「うー、ずっと見ていたいー、お店放っておいて見ていたーい」
「まぁまぁ、ローズさんは、たまにはロザリアさんとして来たら良いじゃないですか」
「……だって、そっちは止められているんだもの」
そんな公私混同気味なロザリアの様子を見て、クレアとソフィアは苦笑するしかなかった。
おおー、っと声が上がると、猫タワーの割と高い所から取り付けられている滑り台に挑戦した勇者がいたようだ、1匹の猫が滑り降りていた。
「ああー、見逃した! あれ見たい! ウチも見たい―!」
「はいはい、ローズさんはそろそろお店に戻りましょうねー」
「えー! あとちょっとだけ! ソフィアてんちょーサマー! お慈悲をー!」
と、思い切り名残惜しげにソフィアに隣の店に引きずられていく”ローズ”の姿も、今では名物の一つとなりつつある。
「なんだか楽しそうだね、あっちに移れるかな?」
「もちろんです、案内いたしますね」
衝立を挟んでは、ごく普通のカフェになっていた、最初は猫の匂いがするんじゃないの?と心配する向きもあったが、
(浄化魔石具のおかげで)その心配も無いとわかってからは、こちらにも普通に客が入るようになっていた。
もちろん、多少の追加料金を払えば、猫カフェの方にも移れる。
「はーい、カリカリクッキーお待たせしましたー」
出されたのはこの店の売りとなる商品だった、いわゆる猫が食べるカリカリを人が普通に食べられる材料で作ったクッキーで、
たまに『寄こせ』とテーブルの上に猫が上がって来るので、大人気になっていた。
「こちらのお客様には、チキンサンドで、こちらのお客様にはフィッシュサンドです。パンはできたら猫ちゃんには食べさせないであげて下さいね」
この店の料理は紅茶を除き、徹底して猫向けに作られていた。
パンはプレーン、乗せる具も肉類を炒めたものだが、味付けはほぼされていないものだった。
なお、こういった料理は、鼻が敏感な獣人系の種族や、あっさりした味を好むエルフ族にも人気という、思わぬ効果もあった。
そうこうしていると、たまにお礼のつもりなのか、ネズミをくわえてくる猫がやって来た。
そのネズミも浄化魔石具を通っているので無駄に綺麗になっているが、それでも不快に思う客は出るので、
「あー、はいはいはい、こちらで受け取りますねー、ありがとねー」
と、最初は『ぎゃー』と叫んでいた店員のサラも、もはや慣れっこで、それを火ばしのような道具で箱に受け取り、店の奥へ引き上げていった。
「またネズミ? 最近多くないか?」
「ぼやかないの、街も綺麗になるから良いじゃないの、処分しておいてね」
「へーい、綺麗になってるしもう死んじゃってるとはいえ、あまり気分良いものじゃないんだけどなぁ」
フレッドはサラからネズミの箱を受け取り、足元の箱の蓋を開け、処分作業を始めた。
あまりにネズミを取って来る猫が増えたので、焼却用の魔石具も用意してもらっていたのだ。
中に燃やして欲しいものを入れると超高温で灰も残らず処分してくれ、地味に生ゴミ処分にも使えると厨房組にも好評だった。
店員たちは楽しそうに見えても色々とやる事がある。猫たちが粗相した時の浄化用魔石具を使ったり、
それこそ粗相をしそうになった猫を、店員や客が慌てて砂場に連れて行ったり、店は色々大騒ぎである。
そして、たまには子犬がやってきたりする。元々猫しか来ないように浄化魔石具の入り口は小さめに作られてはいたものの、
それでも通り抜けてくる子犬はいるもので、大抵は猫だらけの状態におびえてしまう。それを外に連れ出してあげたり、やる事はいくらでもあった。
「猫カフェ、好調で良かったっスね」
「そーなのよー! てんちょー! ウチあっちがいーんですけどー!」
「ローズさん、本当に猫が好きなんですねぇ」
「そなのー、ぜん……、いえ、以前は飼えなかったからー、こういうカフェあったら良きーって思ってたんだけどー! 見れないの、ガチにつらたんなんですけどー!?」
屋敷の飼い猫のジュエに会うには多少手間がかかるので、自分にとって天国が隣の店にあるというのに行けないので生殺し。という、思わぬ落とし穴に嘆くロザリア、
商品の服の整理をしながら、今日も平和っスねー、と思うクレアであった。
第57話「お店経営の結果と、孤児院のこれから」