第45話「異世界ブティックを作ろう!」
「……と、言うわけで、王都の古着屋を私に手伝わせていただけませんか?
こちらからも色々投資しますので、売り上げに応じて、いくらかをいただく、という事で」
「それは非常に有難い申し出なのですが、よろしいのですか? お話からすると、かなりお金がかかるようですが」
古着屋から帰ってきたロザリアは、さっそく孤児院院長のルイゼに許可をもらいに戻っていた。
院長の方としても、願っても無い申し出ではあったが、ソフィアから経営が中々難しい事を聞いてはいたので、心配そうに尋ね返していた。
「お金なら! ……こないだの、魔石鉱山のお金、使っていい……よね? 最初の魔石選別の分を」
「私は構わないっスよ!お姉さまの良いように使ってください!」
「クレア様、口調。かまいません、お嬢様はいずれ国の中枢に関わるのです。
ここで実際に体験するのは、いい経験になると思います。
それに、貴族はそういう事に投資して経済を回すものなのです」
「と、いう事なので。失敗したらお金返せとは言いませんから」
「いえまぁ、私どもとしては、このままでは良くないと思っておりましたので、よろしくお願いいたします」
「で、こういうものを作って欲しいのよ」
「突然やってきて何を言い出すかと思ったら、また変なものを作ろうとするな。ロザリア嬢ちゃんは」
ルイゼ院長の許可を取り付けたロザリアは、古着屋の備品を制作してもらうべく、
とりあえずドワーフに頼もう、という事で、次の日の休日に鉱山のギムオルを訪ねていた。
いきなり訪ねて行っても迷惑だろうと思い、あらかじめ図面と共に手紙を送っておいたのだが、物が物だけにやはり呆れた顔をしている。
ギムオルは鉱山の現場監督として親方をやっているが、ドワーフの例に漏れず手先が器用で、自身も鉱山近くの工房で色々作っていた。
工房には色々と妙なものが転がっているが、魔石鉱山で働いているだけあって、やはり魔石関連のものが多いようだ。
「できます、よね?親方」
「ああ、造作もない。ワシでも作れるし、数も多いから知り合いのドワーフ工房に頼んでみるわい。
今は梅雨で皆暇しとるからの、小遣い稼ぎで喜んで引き受けてくれる。一週間もありゃできるから来週取りに来い」
『ドワーフさんが”梅雨”っていうの、物凄い違和感あるわね……今更だけど』
クレアの質問に事もなげに答えるギムオルを見て、ロザリアは心の中でささやかな突っ込みを入れるのだった。
ちなみに、この世界は1年が365日で、1週間は7日。曜日は月火水風金地日である。尚、一般休日は地と日で、魔法学園は休息の為に更に水曜日も休みとなっており、週休三日となっている。
普通の生徒は毎日午後に水泳の授業があるようなものなので、中休みとなる水曜日は多くがへたばっているが、ロザリアとクレアは魔力量が無尽蔵なので毎日元気いっぱいなのだった。
「さて、お店の改革を行うわ、まずは商品の陳列からよ! どんどん降ろしていってね」
「了解でーす。おーいフレッド、ちょっと荷車を馬から外すから馬を見ててくれ」
「はーい、よしよし、ちょっと大人しくしててくれよ」
1週間後の休日の朝、ロザリア達はフレッドと共に古着屋の前に荷車と共に乗り付けた。
店は改装の為に午前中を休みとしてもらっていた。
ロザリアの号令と共に、店の前の荷車からドワーフ工房製のハンガーラックとハンガーが運び込まれる。ハンガーもラックも、主に木製の棒に金属部品が使われているものだ。
荷物を下ろす手伝いをしている中には、フレッドと、同様に孤児院で暮らすケヴィンというやや年上の少年もいた。
「フレッド、ちょっと上で持ち上げてくれ、これ意外と重いぞ」
「おはようソフィア、今日は俺も手伝いに来たぞ」
「お、おはよう。ロザリア様、これは一体、何ですか?」
「ソフィアさん、私の事はロザリア……と呼び捨ててもらうわけにもいかないか、ロザリアさんとかで良いわよ、ここではあなたが店長なんだから。
これは、衣装をひっかけて吊るすの、こんな風に」
ロザリアがとりあえず目の前の服にハンガーを通し、ラックに引っかけてみせていく、引っ掛けていくごとに、服の模様で店内は華やかになっていく
「お、おおー、こういうのは、見た事無かったですね。で、これをどうするんですか?ロザリアさ、ん」
「どんどん引っかけて行って欲しいの。とりあえずは男女に分けてね」
「お姉さまー、これ首の所が広すぎて、ハンガーで引っかけるのは無理でーす」
「じゃあ、それはワイヤーピンチ付きのハンガーにかけておいてね」「はーい」
ワイヤーピンチ、つまり針金製の洗濯ばさみである、ドワーフ工房製の、針金を折り曲げただけの簡単なもので、耐久力もそれなりのものではあるが、機能は十分に果たしていた。
ソフィアも見よう見まねで引っ掛けていく、言われた通り、ハンガーラックを男女に分けて引っ掛け、置くものが無くなった台はとりあえず外の荷車に片付けていく。
全てを掛け終わった頃には床が見え、店内は開放的な雰囲気になっていた。
女性ものは、大半がいわゆるワンピースドレスで、男性ものはシャツにオーバーオール等の長いパンツで、あまりデザインに幅は無かった。
「おおー凄い、なんだか店の中がすっきりしましたね。意外と男性の服ってそんなに形も大きさも巾が無いんですね? それで、次はどうするんでしょうか?」
「ざっと、で良いから、サイズの大きなものと、小さなものを、大中小に寄り分けていって欲しいの。重視するのは胸周りと胴回りね」
そう言ってロザリアは、ラックの中で一番大きいサイズと小さいサイズの服を手に取り、別々のラックに引っ掛けていく。
そして、ソフィアの意見を聞きながら、中間のサイズを分けて並べ直した。
並べ終わる頃には、ハンガーラックは男女・サイズごとに分けられ、そのサイズは大中小の三種類に分かれていた。
ハンガーラックが並んだ店内は、見やすくなっただけでなく、色とりどりの衣装が並んでいて、華やかな雰囲気になった
「ああ、これならお客さんも選びやすいですね、」
「とりあえず、これだけでも大分違うわ。まず選べない事にはどうしようもないもの」
「うわー、なんか懐かしい感じ、これぞ服屋、って感じですねー、お姉さま」
「(クレア様、そういう事は小声で)」
「まずはこれで様子を見ましょう、手に取りやすかったら、お客さんも色々来てくれると思うわ……さて、次は試着室ね!」
「しちゃ……く?」
「これまた重いな! ケヴィン、3枚1度は無理だって」
「あー、1度下ろそう、降りて1枚ずつにするか」
次は店の奥の一角に大きな板が3枚運び込まれ、ガチャガチャと組み上げられてコの字状にして立てられ、
前面にカーテンが取りつけられると、ロザリアとクレアにとっては前世で見慣れた試着室が組みあがる。
「いざ買って帰っても、着てみたら全然体に合わなかったり、とかするでしょ?だから、ここで試着してもらうのよ」
「おおー、この中で着替えてもらうわけですね、確かにこれで着た感じは掴めますね」
「お次は、これ、よ!……、クレアさん、そっち下げて」
「はーいお姉さま」
「そーっとだぞー、そーっと、どう見てもこれ高そうだからなー、ケヴィン、そのラックどけてくれ」
「あ、ちょっと待って!」
一同で若干苦労して店に持ち込んだものの布を外すと、いわゆる姿見が出てきた。
一枚鏡ではなく、同種の小さめの鏡を何枚か縦に並べたものではあるが、十分に自分の全身を見る事ができる。
巨大な鏡はこの世界でも高い、それだけで予算が無くなるので、代わりに小さめの鏡を何枚も縦に並べたものをドワーフ工房で作ってもらったのだった。
「本当は、一枚ものの鏡が良かったんだけどね、凄く高くて。」
「おおぉ……凄い、何がなんでも客に服を買ってもらう、って感じですね……」
「見てもらって、手に取ってもらって、着てもらって、ここまでしないと、服は中々買ってもらえない、と思うのよ。さて、次はソフィアさんね」
「え? あの?」
「はい、できたわよ、やっぱり店長さんがお店で一番綺麗でないとね!」
「えっと……、これが、私?」
『はいお約束のセリフいただきましたー! んん~、かわヨ~❤ いつもアデルに化粧してあげてるけど、可愛い女の子をもっと可愛くするのはやっぱ良き~❤』
ソフィアはロザリアの手による化粧で、実年齢より数歳大人っぽくなっていた。
服も店の商品の中からロザリアのセンスで選び出されたもので、派手過ぎず店長らしくと印象的に見える。
元々素材が良いソフィアは少し手を加えられると、一気に垢抜けてしまい、別人のようになっていた。
「ね、ねぇケヴィン、フレッド、これ、どうかな?」
「いやまぁ、うん、いいんじゃないか? な、な、ケヴィン?」
「ええ俺!? まあ、良いんじゃないか?」
「もう! 2人とも! 真面目に答えてよ!」
「上々のようですね、お姉さま」
「さて、新装開店ね」
「あら、古着屋だったの、凄い事考えるわね、これなら古着も見やすいわ」
「色とか良くても、全部広げるのって大変だものね」
ソフィアの古着屋は、様相が一変した店を見て、通りがかった女性達が、ちらほらと入って来るようになっていた。
店内に足を踏み入れた女性達は、店内を見渡して感心している。早速ラックにかかった服を物色していた。
「すごい、もうお客さんが入って来た」
「じゃあ、さっそく私がソフィアさんに接客の見本を」
「お嬢様はダメです。クレア様もです、魔法学園の制服を着て、では、さすがにまずいでしょう。あと、どこの世界に接客する侯爵令嬢がいるのです」
ロザリアは接客する気満々だったのに、悲しいかなアデルに止められてしまった。
「あ、しまった」
「まぁ私達が制服で店内にいれば、用心棒代わりになるかもなので、いいじゃないですか?」
「いえ、いいんです、わ、私が行ってきます」
そう言っておどおどしながらもソフィアが出て行くと、店内にいた客の女性が、話しかけて来た。
ソフィアの方も、女性の体型を見て服のサイズさえわかれば、どのラックに連れていけば良いかわかるので、
接客そのものは若干詰まっても何とかなるようだった。
「凄いです! 一日に5着も売れました!」
ソフィアは今までと比較すると、遥かに売上が延びていたので喜んでいたのだが、
「うーん、もう少したくさん、売りたい、なぁ?」
と、つぶやくロザリアは、物凄く悪い顔だった。
アデルはそれを見て、嫌な予感を覚えずにはいられなかった。
次回 第46話「初めまして、新人店員のローズです。これからよろしくお願いしますね」