第44話「商売ってムツカしいねー……」
「おおー、ここ?、わりと良い場所? にあるのよね?」
「教会が持っている、俺たちのような子供が商売する為の店舗なんです、今はソフィアっていう子が古着屋をやる、ってんで店長をやってます」
ロザリア達はさっそくフレッドの案内で王都にあるという古着屋を訪れた。
案内された場所は、意外にも王都中心部とはいかないまでも、賑わいのある人通りの多い円形広場の一角にあった。
円形広場の中央では大道芸人らしき人たちが芸を見せていたり、休日の昼下がりという事もあり、そこそこ人が集まっていた。
「えと、こんにち……は、ソフィアといいます」
おどおどした様子の少女が店番をしていた。ソフィアと名乗った少女は、年の頃15~6歳くらいだろうか、
まだ幼さが残る顔立ちだが、綺麗に切りそろえられた栗色のボブカットがよく似合う可愛らしい子だった。
服装も王都風のいわゆる町娘といった風情だ。
「何緊張してんだよソフィア、お前そんなガラじゃないだろ」
「だって! こんな綺麗なお貴族の令嬢様を近くで見るなんて初めてなんだもの!」
どうやらフレッドの言うように、ソフィアはあまり貴族に慣れていないようだ。その様子を見て、ロザリアとクレアは思わずにこりと笑みを浮かべる。
「初めまして、ロザリアよ、よろしくね。こっちはクレア、この子がアデルっていうの、今日は見学させてもらいに来たわ」
「あ、はい、どもです。ど、どうかご覧くだ、さい」
『うーん? この接客態度も問題かもー? 誰だって自信持って勧める人に服を選んで欲しいよねー?』
とはいえ、今はそれを言っても仕方がないと思い、まずは、店内を見て回る事にしたが、店の中は綺麗に片づけられている、とは言い難かった。
雑然と衣服が平置きで畳まれて台の上に置かれていたり、本棚のような棚に押し込まれている状態だったからだ。これでは布地と見分けがつかない。
「うーん、思っていたのと違うわね、これでは衣装を選ぶどころじゃないわ、色くらいしかわからないもの」
「広げたら、大きさもバラバラですよねー。値段も、ちょっとこれ高くないっスか?」
「クレア様、口調。いえ、これでもちょっと安いくらいです。それでもなかなか売れないのは、元々古着自体を買う人が少ないんです」
ロザリアとクレアの反応を見たアデルが説明をする。
確かに店内を見渡せば、どれもこれも似たようなデザインばかりである。しかし古着だからと言って安っぽいわけではないのに、それでも売れないのが普通というのだった。
「ええ? そうなの? みんな服はどうしているの?」
「貴族は服を仕立て屋で作ってもらいますが、一般の人は布を買ってきて自宅で作るのが普通なんです」
「ああ、なるほど、店で売っているものを買うんじゃなくて、私のドレスのように仕立ててもらうのと、結局変わりが無いのね」
「大勢向けに作った服が無くて、”服屋”ってのも無いわけっスかー、確かに私の村でも自分の家で作ってました。王都なら服屋があるかも、と思ったんですけど、そうでもないんですねー」
ロザリアは裕福さゆえに服がどのようにして自分の元に来るかを知らず、クレアは服を買うという環境に無かったので、2人ともその辺りの事情に疎かった。
「例外は、例えば今お嬢様達が着ている魔法学園の制服ですね。毎年大勢の人達で一斉に同じ服を作るのですが、仕立てが良いので価値はありますよ」
「この服、結構貴重なものだったんスね……。怖っ」
アデルの説明を聞いて、ロザリア達は改めて自分たちの格好を見る。
今までは服の価値など考えたこともなかったが、いざ考えてみると、今の自分たちはかなり危険な状態なのではないか? と思ってしまう。
「心配しなくても、魔法学園の生徒の皆様は全員魔法が使えるので、例えば服を奪われて丸裸だとしても魔法を使ってくるので、強盗も相手にしにくいんですよ。」
「えっちょっとまってアデル、逆に、一般の人は服すらも危ないって事?」
「いえさすがにそれは犯罪を犯すには少々割に合わないですね。一般の人も貴族服の影響を受けた服を作って着ているくらいなので、それなりには手間暇かかって貴重だとは思いますが」
ロザリアの心配する言葉にアデルが答えるが、やはり服が貴重品というのに変わりはない。
身ぐるみ剥がされるという言葉があるように、服はある程度の貴重品だった。
「ねぇソフィアさん、この店は大丈夫なの? だとしたらこの店って、そこそこの貴重品がいっぱいあるわけだけど」
「近くに衛兵の詰め所もありますから。それに服はかさばりますからね、目立つので簡単に捕まりますよ? あと一応、うちは教会の出してる店なので、手を出しにくいんです」
たしかに、店の上の方には、店名の看板の横に教会のシンボルマークが貼られていた。
「実際に生活してても、意外と知らない事いっぱいあるんスね……」
「あー、休みの日でもこの制服はできるだけ着用するように、って言われてるのは、もしかして防犯効果も期待されてたりするわけだったの?」
「そのようです、着用した方が生徒が安全なのと、衛兵に準ずる存在として認知されているようなので。ですから学園生以外はその服を着ることは禁じられているんです」
『あー、前世でもお巡りサンのコス着て歩くの禁止されてそうだもんねー、この服を奪おう、なんてのは、警備員の人の制服を奪おうってくらいの事にはなるのか』
ロザリアは前世のギャルの習慣として、休日でも何気なく制服を着用してこの場を訪れていたが、前世とは事情が色々違っていた。
ちなみに、前世と同じように着崩そうとしたが、アデルに『はしたない』と物凄く怒られてしまった。
「ん? アデル、そういう制服の事とか、よく知っていたわね?」
「寮の生活の中で、例えばお嬢様達の授業中に、リネンの洗濯などで他の侍女達と接する機会も多いですから。できるだけ親しくなって情報収集に努めています」
「あー、いつもすみません、アデルさん、私の分までやってもらって」
「かまいません、あそこは魔石具による洗濯設備が充実しておりますので、基本待っているだけなのです。1人も2人もそう変わりませんよ」
恐縮しきるクレアに、アデルは事もなげに言うが、情報収集しながら2人分の侍女としての仕事、というのは並大抵ではないだろう。
それを平然とこなす有能さにロザリアは感心する。あとできちんとお礼を言っておこう、と思うのだった
「貴族っぽい服、っていうと、例えばどんな?」
「身体に対してあまりゆとりの無い感じの服、と言えばわかるでしょうか?
自分で作って親子で着回すなら、大きめに作って腰をヒモ等で縛れば良いわけですから。
服のボタンも近年ではドワーフ工房などの大量生産である程度安いわけですが、貴族服の背中にボタンがあるのは、使用人にボタンを留めさせる余裕の表れなわけです。
それでも、ボタンはそれなりに高価なので、自分で留める為にボタンが服の前側に付いていたとしても、裕福な印象は受けますね」
ソフィアがロザリアの疑問に色々説明してくれる、その口調は先ほどと違って淀みが無い。こういうのが元々好きなのだろうか。
「(お姉さま、一般の人や冒険者の人達が微妙に前世の現代っぽい服だったのは、魔法の影響で服に手間暇をかけるくらいには世界が豊かだからなのかも知れませんね)」
「(あーね、ガチの中世って、もっと違った感じなのかもねー)」
「ドワーフさんの工房とかで、服って作れないのかしら? 布を作る機織り機とかはあるんだし」
「いえ、さすがにそこまで繊細なのは無理みたいですよ?あの人たちは叩いたり削ったり穴を開けるのは得意なんですが」
ソフィアは服に関する事なら、ドワーフの事情まで説明してくれる。
この世界ではまだまだ工業や機械が未発達で、機織り機による布はあってもミシンはまだ存在しておらず、服はまだまだ人の手による1点ものという性質が強いのだった。
「うーん、ミシン無いのかぁ、作ってもらおうかなぁ。ドワーフさんの工房なら、作れそうな気がするし」
「お嬢様、ミシンとは何ですか?」
「え? こう、針の先に糸を通して、勝手に布をどんどん縫っていく機械、なんだけど」
「……、それは、おすすめしません。各地の仕立て屋を『仕事が奪われる』と敵に回すので非常に危険です。代わりに、例えば孤児院の子供達に手縫いしてもらう、等の手段はとれるのですから、お考え直し下さい」
「え、ええー? まぁ、アデルがそう言うなら。」
「ありがとうございます、お嬢様。今の時代に早すぎるものを持ち込むのは、できるだけお控え下さい。お嬢様の身の安全の為にも」
アデルは小声でロザリアに警告し、ロザリアもそれに神妙にうなずくのだった。
『今の人の仕事を奪ったらまずいのかー、うーん、それ、難しくない?』
「あと困るのは服の寸法、ですね、服の寸法がバラバラなので、買いに来る人にうまく合わせられないんですよ、かといって、私達で仕立て直すのは難しくて。
教会への寄進で質の良い古着が集まるので、古着屋を開いたら買ってくれる、と思ったんですけど、やっぱりみんなそれなりにこだわりもあるみたいで」
「という事は、古着って、そこそこお金がある人が買っていくけど、あまり売れないから、そこそこ高くするしかなくて、肝心の衣装は大きさとかがバラバラで買いにくい、と、うーん」
ソフィアの説明で、ロザリアはこの店が上手く行かない理由を理解した。値段を上げるのも下げるのも難しい商品という事になる。
「っていうか、ソフィアさん、ハンガーとか無いの?」
「あの、ロザリア様、何ですか?ハンガーって?」
「え、服をひっかけて吊り下げる……いざ説明すると難しいわね、あれ」
「ああ、言われてみれば、服をかけるあれ、も無いっスね、衣装掛け?ハンガー、ラック?」
店をなんとなく見回していたロザリアは、前世での服屋や古着屋との大きな違いに気づく。
ソフィアはハンガーの存在を知らず、クレアの言うように、店内には衣装を引っ掛けるハンガーラックも無かった。
「こう、∧の字に折れ曲がった木に、?マークみたいな金属の金具が付いて」
「見た事ないですね、服を飾るように吊る、というのがまずありえません」
ロザリアは身振り手振り指先で形を説明するが、ソフィアは知らないようだった。
「え、でも、学園のクローゼットにはあったわよ? 制服を吊り下げてるやつ」
「私も、何気なく使ってました」
「お嬢様、魔法学園では、制服の収納などに普通に使われていますが、あれは極めて特殊な例で、ハンガーはローブ等を着る貴族でもない限り使いませんし、家具が大きく高価になるので、一般にはあまり普及していません」
アデルの言うように、意外にも一般的なハンガーの歴史は浅い、現代でもせいぜい2~300年程の歴史しか無く、それ以前の一般庶民は服を多数持つ、という事が洋の東西を問わず無く、数枚を折りたたんで家具の中に収納するのが一般的だった。
一般に広まったのは、型崩れさせたくないコートを引っかけて収納するための、コートハンガーから普及した、と言われている。
『ええー? マジ!? そんな最近のものなの!? いや最近といっても前世での話だけど』
「ちょっと待って、私の着ていたドレスとかも、そんな感じなの?」
「はい、折りたたんでクローゼットルームの衣服箱に収納しています。奥様の夜会用のような豪華なものは、分解して部品ごとに収納したりする、というのも聞いたことありますね」
『ええー、この世界で15年も生きてたのに、自分のクローゼットルームの中すら意識した事無かった。今度帰ったら見てみよう。
でもこの店見てると、前世のギャルの血が騒ぐなぁ~、アレ作って、これ置いて、店員さんをああして……』
「ねえ、アデル~、このお店、手伝って、いーい?」
「まあ、危険は無いと思いますので、大丈夫でしょう。代わりに、王太子様には報告させていただきますが。」
「どうしてそこで、リュドヴィック様が出てくるのよ」
「黙ってると、後が怖いからです。また鉱山の時みたいになりますよ?」
そう言われてしまうと、ロザリアには返す言葉も無かった。
『また何か言ってきて、関わろうとしてくるんじゃないかな~、まぁ、それはそれで、ちょっと、嬉しいけど』
次回、第45話「異世界ブティックを作ろう!」