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第43話「孤児院の子供たち」

「100人といっても、全員が孤児で、全員ここで暮らしている、というわけでもないんですよ? 孤児の子はだいたい30人くらいだったかしら、この施設で生活している子供の数だけなら60人くらいなのです」

「先程もそのような話がありましたが、孤児でもない子を、というのはどういう事ですか?」

「多くは片方の親を失ったり、家が貧しいとか、子供の数が多すぎる、親が忙しくて育てられない、という子ですねぇ。

 私達も、この教会だけで面倒を見るのは無理があるので、他の孤児院に移す事も考えたんですが、

 やはり、生まれた所の風景の近くから引き離したくない、歩ける所に親がいるのがいいだろう、というのが先に立ってしまって、少々無理をしていた所に、水害で、という事なんです」


院長の話では、元々あくまで子供を一時的に保護していただけだったのだが、人数が増えていったので孤児院扱いとなり、水害で一気に人数が膨れ上がってしまったとの事だ。

『保育園とか託児所、的な? のも兼ねてた、ってトコ? そういや、前世の施設でも、一時預かりの子とかたまにいたっけ……、でも60人でも多いなー』

この国が意外と福祉関連で進んでいるのには驚いたが、それでも追いついていない部分があるようだ。


「親がいる子からの養育費の寄進は、あくまで気持ちのものなので、貧しい人が多いだけにあまり望めなく、国からの支援もいただいてはいるんですけどねぇ。急に増えたので追いついていないんですよ」

「働きに出ている子は、やっぱり危険な所が多かったりしますか?」

「いえいえ、多くは普通に働いて、そこで生活して、こちらに送金してくれて、たまに帰ってくる感じですね」

つまり、孤児院とは言いつつも、親元では暮らせない多くの子供達が寄り集まって、助け合って生活している場所なのだそうだ。

そうする事で、まだ親が恋しい年頃の子供を、できるだけ親に近い環境で過ごせるようにしているらしい。


「もうあと数年の辛抱、とはわかってはいるんです。けど、ねぇ、この分だと、本当に他へ移さないと」

「他の所って、そんなに遠いのですか?」

「馬車でまる1日くらいはかかるんですよ。子供にとったら、地の果てと変わらないでしょう。どんなに子供達の心に傷を残すか。ほんの数年、されど数年と、延々悩んでいるところなのです」


『前世だとバスで半日、とかの感じかなぁ……、絶望的な気分にはなるよね……』


「この教会でも、できるだけの事はしてるつもりなんです。シスターや子供達で畑を耕して、自分たちの食べるものくらいは作っているんです」

「でも教会自体も、大分痛んでるみたいですよ、あんまり無理をしては」

「神の家を綺麗に保つのであれは、普段の掃除だけで十分ですよ、教会が痛んでいくのは時の流れの自然な事です。中に住まう子供達の生活を守る為なら、主もお許し下さると信じております」

「ご立派なお考えです、尊敬いたしますわ」

「いえいえ、私達はそうありたい、と願う姿に近づくように、行動しているだけですよ。」

ホホホ、と上品に笑う院長の姿は、ロザリアにとってはどのような貴族よりも気高く見えた。


「こちらをどうぞ、あまり金額は多くありませんが、ローゼンフェルド家からの寄付金です。

 こちらは国の管轄の施設という事で、あまり目立つわけにもいかず、この金額になる。との侯爵様からの伝言です」


アデルが、ロザリアの父親から預かっていた金子(きんす)の革袋を院長に渡した、ロザリアはめったに親に物品をおねだりする事は無く、

初めてのおねだりが教会や孤児院への寄付金というのに、両親は涙を流して喜んでいた。だが、それでも国とのしがらみはあったらしい。


「ありがとうございます、このような状況ですので、本当にありがたいですわ。ローゼンフェルド家の皆様と、この王国、そして神に感謝を」

院長が、静かに手を組んで略式の祈りをささげ、その隣でも一緒に祈っている尼僧達がいた。


「ですが、この状況が改善しない事には、いくらお金があっても限界がありますよね?」

「そうなんですよねぇ、外で働いている子供達に、もう少し稼ぎがあれば、と言いたい所ですが、外で普通に健康で生活できているだけでも、ありがたい事なんですよねえ」


皆、外で家庭を持っているようなものなので、余裕はあまり無いらしく、ロザリアの指摘に院長がため息をつく。

せめてこの近くで働くか、この教会の中で何か仕事を作りでもしないと、状況は改善されないのだろう。


「それと、こちらはローゼンフェルド家の厨房からの、ビスケット等のお菓子です。予想外に人数が多いので、あまり多くは行きわたらないでしょうが」

「何をおっしゃいます、感謝するしかありませんわ、ありがとうございます」

院長も喜んでアデルの渡すバスケットを受け取ってくれた、やはり、子供の多い場所で甘いものは嬉しいらしい。院長の隣にいた尼僧達からも、嬉しそうな声が聞こえてきた。



「あ! フレッド君、元気そうで良かったわ」

「ロザリア様、それにクレア様も、あの時は、本当にありがとうございました」


昼の食事をどうか、と勧められ、食堂に案内されたのだが、フレッドはそこにいた。

ロザリアが話しかけると、深々と頭を下げて礼を言う。教会では礼儀作法を厳しく教える、との事で、彼もまた礼儀正しかった。


「良いのよ、あと、あの作戦は、このアデルって子が考えたの、この子にもお礼を言ってあげて」

「いえあのお嬢様、私は別に」

「いいから」


遠慮するアデルを少々強引にフレッドの前に立たせた、フレッドの方はというと、少々顔を赤くしていた。

背が高く大人びたロザリア相手と違い、アデルは自分と似た年齢というのに気恥ずかしさを覚えるらしい。


「えっと、アデル? さん?助けてくれて、ありがとうございました」

「いえ、今後はお嬢様も心配なされます、決して危険な事をしないで下さいね」

照れながらお礼を言うフレッドに対し、アデルはいつものように仏頂面で淡々と答え、す、と手を出す。フレッドもその手を握り返すのだった


「はーい、皆さん、今日の昼食のおやつは、こちらのロザリア様のお宅からいただきました。みんなで、お礼を言ってね」

「せーの」「「「「「ありがとーございましたー」」」」」

ロザリアが子供達に手を振るのを確認して、院長は食事前の祈りの言葉を口にした。子供たちもそれに続く。

「……日々の恩寵(おんちょう)に感謝し、大地の実りに感謝を。それでは、いただきましょう」


院長の言葉と共に食事が始まる、皆の様子が普通な事から、食事自体は侯爵令嬢が来るから特別なもの、というわけでもないようだ。

食べてみても、やや味付けが薄いか単調なくらいで、貴族の食事に慣れているロザリアであっても美味しいと感じる、心のこもったものだった。

だがそれでも、この人数の食事をとなると、やはり費用の負担が大きいのだろう。

何しろ、部屋の隅では何匹もの猫達まで食事をしている、この子達の食費だけでも結構なものよね、とも感じる。


「院長ー!これ食べて良いー?」「これ! 食べて良いですか? でしょう?」「食べていーですかー」

「はい、どうぞ」


早々と食事の方を食べ終えた子供達が、口の周りを汚したままで、お菓子を食べて良いか院長に聞いていた。

その口調を叱る尼僧も、汚れた口を拭いてあげていた、優しく返事して微笑む院長も、心底、優しい人達だと分かる。


やったー!という歓声の後、子供達が一斉に食べ始める。といっても、一人当たりのお菓子はせいぜいビスケットやクッキーが1枚ずつ、というものだった。

それでも子供たちはお菓子自体が珍しいのか、1枚1枚を、宝物のように大切に食べる。


あのお菓子を、自分は食後のお茶の時に、午後のお茶の時に、当たり前のように食べていた。

それを買うのにいったいいくら必要なのか、どれだけ働かなければいけないのか、という事も考えず、ただ毎日何も考えず口にしていた。

それがいかに贅沢で、恵まれていて、幸せな事なのかをロザリアは文字通り痛感してしまい、心を悩ませるのだった。


「お嬢様が何を考えているかはわかります、ですが同情では人を救えません。あの子達のお腹を一時(ひととき)だけ満腹にさせても、あの子達の前に山とお菓子を積んでも、救われるのは、その一瞬だけです。

 食べ終えてまたお腹が減ったとき、そのお菓子の山が無くなったとき、今度は空腹という現実が、おなか一杯だった、お菓子が山積みだったという思い出が、あの子達を苦しめる事になります」


子供たちをじっと見つめ、何かを考えていたロザリアの心中を察したのか、アデルが淡々と(さと)すように言った。


「これが現実なんです。人が生きていく以上、貧富の差はどうしても生まれます。全員がお嬢様と同じ生活をする、などと言うのは不可能だと考えなくてもわかりますね? 

 だからと言って、例えばローゼンフェルド家の資産を残らず使ってこの国の子供達を残らず全員救ったとしましょう、その後は?やはり分け与えられた富が尽きた時、また元に戻ってしまうのです」

「そんなことは、」

「いいえ、例えばクレア様は、今月は鉱山からの収入が無くなるから、お小遣いを半分にしよう、という判断ができますよね? でも、それができない人々の方が、そうする余裕の無い人々の方が、この国では多いのです。

 お嬢様はいずれ王太子妃に、そしてこの国の王妃ともなられるでしょう、その時に、あの子達の存在を忘れずにいる事こそが大切だと思うのです」


アデルの言葉は、今のロザリアに突き刺さるものがあった。悪役令嬢である自分を変えようとして、そこで満足してしまい、王太子妃教育を受けておきながら、大きな目で周囲を見る事ができていなかった。


「私も、村でそれなりに貧しい暮らしをしてたつもりなんスけどね……世間はやっぱり広いです」

「でもねアデル、それでもやっぱり、私は何かをしてあげたい、と思ってしまうのよ」

「そのお心がけは素晴らしいものだと思いますし、否定いたしません。そのお気持ちは、彼ら彼女らが、自分の力で豊かになろうとする事に向けるべきでしょう。それは同情ではありませんから」


静かに諭すアデルの言葉にうなずくロザリアやクレアを見て、この国の未来は悪くはなさそうですね、と近くに座っていた院長は、密かに心の中で神への感謝の祈りを捧げるのだった。



食事を終えた後は、小さな子供は昼寝の時間らしく、部屋から出て行った。

残った子供達はというと、遊び盛りの年頃の子が多く、片付けそっちのけで走り回ったり騒いだりと忙しい。

それを尼僧達といっしょになって、静かにさせようとする年長の子供たちの中にフレッドもいた。


「ねえフレッド君、他の働いてる子達って、どんな仕事してるの?」

片付けが一段落したところで、ロザリアはフレッドに話しかけてみた。


「色々だよ、海や川で漁師になった子とか、畑とかで働いたり、変わった所では、王都で服を売ったりとか」

「服屋!? それは凄いんじゃないの?」

「仕立て屋じゃなくて、古着屋だよ? 教会に寄進されたり、いろんな所からもらってきたりした古着を、綺麗にしたり繕ったりしてまた売るんだ。でも色々大変みたいだよ?」

「どう大変なの?」

「周りにも似た店があるんだって、少しでも安い店があったらみんなそっちに行っちゃうから、店をやっていくだけで大変みたい」


『古着屋かぁ~、前世ではよく行ったなぁ~、ギャルの血が騒ぐし、ちょっと……、いや、超行ってみたいんですけど!』


次回、第44話「商売ってムツカしーねー……」

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