第41話「バイト禁止って、ええぇぇぇ……」
「いやー嬢ちゃん達大手柄だぞ! 良い根性しとる! 卒業したらここで働くか?」
「痛い痛い痛いです!」
「ギムオル様、そのくらいで、お嬢様のお肌はこう見えても繊細なのです。
あとお嬢様は婚約者様がいらっしゃいますので、卒業後の事はお諦め下さい」
ギムオルが上機嫌でバシバシとロザリアの背中を叩くが、アデルがそれを止める、地味に一発でギムオルの振り上げる腕をつかみ、ギムオルを驚かせていた。
「鉱山の中は嬢ちゃん達の魔力でしばらく魔石が発光してるなぁ、こりゃ掘り放題だぞ。急いで坑木組み直して掘り出すぞ!人集めろー!」
「うおおおおおおお!!!」
「事故が起こったばかりだってのに、たくましいっスねー」
とある鉱夫の号令で男達はまた坑道の中に戻っていく。クレアは呆れたようにそれを見送りながら一息ついていた。
「事故なんてのはいつもの事だからな、いちいち気にしてらんねぇよ、さぁー、稼ぐぞてめぇら!」
「うおおおおおおお!!!」
再び気合を入れ直して後に続く別の鉱夫達に、クレアも苦笑いを浮かべていると、少し離れたところにいるギムオルの声が聞こえてきた。
「が、まぁ、気にしなきゃならん事もある、フレッド、わかっているな」
「は、はい……、あの、やっぱり」
ギムオルの前には、先程救出されていた少年がうなだれていた。
「ああ、お前にはここを辞めてもらう、本来なら賠償金を払ってもらう所だが、結果的に負傷者もいないし、しばらくは魔石採掘で稼げそうだからそれは無しにしておく。
その歳で借金背負わせるわけにもいかんしな、五体満足なだけでも良しとしろ、今日までの給料は多少色を付けて払ってやる」
「はい……」
どうやら今回の件で、坑道の奥にいたフレッドと呼ばれた少年は解雇になるようだ。
確かに大事故ではあったようだが、幸いにして死者もケガ人も出なかったのだからと、ロザリアは一言声をかけようとした。
「あ、あの、私達が助けたんだし、良いじゃないですか? このまま
「ダメだ、ケジメってのは必要なんだ、ここは命がけの現場なんでな、このまま、ってのはもう無理なんだよ」
しかしロザリアが言い終わる前に、ギムオルはそれを遮った。ここで甘い処分をすれば他の作業員達に示しがつかないという事なのだろう。
「お嬢様、彼らには彼らの流儀や矜持というものがあります、ここはお引き下がり下さい」
「うん……」
アデルが申し訳なさそうに頭を下げつつ、ギムオルの言葉を支持した。
ロザリアは納得いかない気持ちはあるが、ここで自分が口を出してどうにかなるものではないのだと理解したのか、それ以上何も言わずに引き下がった。
「あの、俺もそれでいいです、もうここにはいられない、っていうのはわかってるので、それにあのまま一人ぼっちで死んでいたかもと思うと、これ以上は贅沢なので」
フレッドは顔を上げ、まっすぐにギムオルを見て答えた。この鉱山で働いている以上、おそらく何かしらの事情があるのだろうと察する事ができる。
そしてそんな彼だからこそ、ここに居続ける事は出来ないと判断したのであろう。ロザリア達は何も言えずに受け入れるしかできなかった。
するとフレッドはロザリア達の前まで来ると、ぺこりと頭を下げた。
「あの、命を助けていただいて、ありがとうございました」
ロザリアは先程彼を背負ってはいたが、無我夢中だったのと、向かい合ってみると意外なほど背が低いのに気づき、本当に子供だったんだと思い知らされた。
「これから、どうするの?」
「一旦、育ててもらった孤児院に戻ろうかなって、思ってる。帰りたい、って本気で思ったから。その、真っ暗闇の中で一人ぼっちで死にそうになってた時」
ロザリアの問いかけに対し、フレッドは年齢相応の顔で、照れくさそうに答える。
「そっか、気をつけて帰ってね、せっかく助かった命なんだから」
「うん」
思わず頭を撫でながら、ロザリアは彼に優しく微笑みかけた。フレッドもまた、笑うのだった。
「鉱山の依頼は人助けもできたし、定期収入もできたし、良い事だらけだったわね。まぁ、フレッド君の事は残念だったけど」
「お嬢様、それならもう依頼を受けなくても良い気がするのですが」
アデルが呆れたようにつぶやくと、クレアが苦笑していた。
「アデルさーん、この先、もしも鎧とかの装備を買おうとすると、お金はいくらあっても足りないんですよ、これが」
「何故学生が鎧とか武器一式を揃える必要が……、すでに一般家庭の1年分の収入くらいは軽く稼いでるはずですが、それでも足りないのですか?」
「足りないんですよ、これが。今の資金だと学園の購買部で1人分の装備一式揃える事も無理なんです」
「どうしてそんな高額なものが、学園で生徒向けに売られているのですか」
クレアの説明に、ますます呆れたように眉間にシワを寄せながら、アデルは質問を返した。
そんな雑談と共に、一行は達成感と共に学園への帰路に着いた。
後日、鉱山の少年救出での報酬が用意できたとの連絡が来たので、意気揚々と学園生ギルドに向かったロザリア達なのだが、
「あの、えっと、どういう事でしょう、か?」
「先程申し上げた通りです。今回の人命救助に対する報奨金はお支払いいたしますが、ロザリア様とクレアさんには、もう依頼を提供する事ができません」
ロザリアの質問に受付の女性は再度淡々と答えた。
が、その内容は『お前らは出禁な』と、到底納得できるものではなかった。
「どうしてですか!? いったい何の権限があって!」
「生徒会執行部からの通達です。 ロザリア様は次期王太子妃、クレアさんは王太子様から家名を授けられた重要人物、そのお二方を危険に晒すような事は今後認められない、と」
ロザリアは抗議するが、受付の女性は動じずに意外な人物と理由を告げてきた。
「生徒会執行部にそんな権限があるんって言うんですか!」
「あるのです、この学園は生徒の自主性を磨くため、代表である生徒会に大きな権限が与えられておりますので」
ロザリアがさらに反論しようとするが、受付の女性は冷静に説明を続ける。その動じ無さに、ロザリアはもう何も言えなかった。
アデルも、確かに、ここの学園では生徒会が大きな力を持っているとは、寮での侍女仲間達との雑談で聞いていたが、まさかここまで大きなものだったのかと驚く。
ちなみにクレアはというと、『いざとなったら、このおねーさん達怖ぇー』と思っていたりする。
「まぁ、ここがダメでも、学園内の飲食店で店員として働く、という道は残されてますから」
ロザリア達が納得はしないまでも、文句を言わなくなったのを確認してから、受付の女性は優しい口調で別の選択肢を提示してくれた。
しかし、ロザリア達にとっては、それを避けたいが為の学園生ギルドでの依頼受注だったのだ。
ロザリア達はその後、多少食い下がったものの、結局、報奨金を貰う事しかできず、すごすごと退散するしかなかった。
「リュドヴィック様を出して下さい!どういう事ですか!」
ロザリア達は納得行かず、その足で生徒会執行部にまで抗議に来ていた。
そして、たまたま居合わせたのか待ち構えていたのかは不明だが、ロザリア達の声を聞いて、すぐに生徒会長であるリュドヴィックが出てきた。
いつもの優しげな笑顔を浮かべているのだが、ロザリアの目には彼がとても冷たい表情をしているように見えた。
「ロゼ、魔石鉱山で、何があったの?」
「ぐっ……」
リュドヴィックの開口一番の問いに、ロザリアは何も言い返す事ができなくなり、
どのような判断で学園生ギルドを出禁になってしまったかを一瞬で理解してしまった。
「危険な事は、ダメだよね?」
「はい……」
ロザリアはもう小さく返事をするしかできなかった。リュドヴィックは最小限の言葉で的確にロザリアを追い込んでいく。
そのあまりの手際に、ロザリアはリュドヴィックが政治の頂点に近い王太子なのと、自分が『王太子の婚約者』である事を思い知らされてしまう。
「まぁ、半年に1度の魔石の選別と、毎月の光と風の魔石具への魔力充填の仕事は取ってきたんでしょ?そっちだけなら認めるよ。でもさすがに鉱山の中への出入り禁止は我慢して欲しい」
先程のが鞭なら今度は飴と、優しく微笑みながらロザリア達に提案してきたが、ロザリアにしたら、
『怖っ! 全部把握されてる!?』という、恐怖以外の何物でもなかった。
「あ、クレア嬢、フェリクスも、心配してたよ」
「うええ!? な、な、なんでフェリクッス、センセイが!?」
突然のリュドヴィックの発言に、クレアが動揺しまくっていた。
わかり易すぎる反応に、事前にロザリアから話を聞いてはいたが、リュドヴィックは苦笑してしまいながらも話を続けた。
「一応、学園生ギルドの依頼の範囲内での事だからね、フェリクスと鉱山に調査に行ったんだよ。鉱山での鉱夫達への治療の件とか、どれだけ学園生に負担がかかったか、とかね」
「あー、そ、そうなんですか、それはご苦労さまです」
「ありがとう、フェリクスは君の治療や、治療に対する姿勢を褒めていたよ。
今度一緒にお茶でも飲みながら話を聞きたい、と言っていたから、時間のある時を教えてね。時間ならこれからは大いに取れるだろうし」
クレアが明らかにホッとした顔をしながら相槌を打つ。だが、リュドヴィックの最後の言葉にクレアは固まってしまった。
「それと、ロゼ、今後は僕に隠し事をしないでくれるかな」
「はい……、すみません」
リュドヴィックの最後の呆れたような言葉にトドメを刺され、ロザリアは項垂れるように謝った。少なくとも、鉱山の事故を解決してすぐ、リュドヴィックに一言、言っておくべきだったのだ。
「うん、素直でよろしい」
リュドヴィックはロザリアの頭を撫で撫でしながら、そう言ってにこりと笑うと、生徒会長室に戻っていった。
『うわぁ、好きピの頭なでなでヤバ……、脳溶けそ……』
ロザリアは、思わず撫でられた自分の頭の上で手を組んで、去って行くリュドヴィックを見送った。
が、我に返り、完全にリュドヴィックに丸め込まれた事に気がついたのは校舎を出てからだった。
「お金を、稼げる先が、無くなっちゃった……」
「ど、どうしましょうお姉さま、この先装備も一応整えて置いたほうが良い気がするんですけど」
「……普通に、学園生として過ごせば良いのでは?」
ロザリアとクレアが、学園生ギルドからの締め出しを受けて途方に暮れていたが、アデルは呆れたように、もっともな事を指摘する。
「そうなんですけどね、この先、どうなるかはわからないにしても、何か騒動は起こるかも知れませんし、装備は整えておくに越した事は無いですよ?」
「ですからクレア様、何故騒動が起こる前提なのですか」
「人助けもできなくなっちゃった……」
「ですからお嬢様、それはもうお控え下さいと」
懲りていない2人の発言に、アデルはため息をつくしかなかった。
次回、新章突入 第4章「悪役令嬢と異世界お店経営」
第42話「雨は切ない気持ちになるっていうけど、降る量にも限度があるよね?」