第40話「待ってて!お姉ちゃん達が今救けに行くからねー!」
「じゃあ私は、ここで魔法で風を送りながら待ってますねー!」
全てのケガ人を治癒し終え、坑道の入り口の前に立ったクレアが風を操り、奥へ奥へとどんどん空気を送り込んでいく。坑道の奥まで行き渡らせるには、とにかくどんどん送り込む必要があった。
「おおー、こりゃ便利だなぁ」「魔石具の風は、ちょっと弱いからな」
見物する鉱夫達も、一時は諦め切っていたが、クレア達の実力を先程見ていただけに、期待の声が高まり始めた。
「良いですか、皆様は先程、私の言った通りにして下さいね。」
救出に向かうのは、ロザリアとギムオル、そしてアデルと、遅れてクレアの4人となった。
「うむ、しかしちっこいお嬢ちゃん、よくそんな事思い付いたのぅ」
「ねぇアデル、さっきの説明の通りなら、アデルはここで待ってても良いのよ?」
「お嬢様、約束を破るんですか? 私はお嬢様の側を離れるわけにはいかないんです」
「まぁまぁ、ロザリアちゃん、この子はワシが責任持って連れて行く、さっきそう話しあったじゃろう?」
「ではロザリアさん、これをどう……ぞ!」
ズン、という音と共に、鉱夫の手により、ロザリアの側に大きく重そうな背嚢が置かれる、
「わかったわ」
ロザリアは魔力抑制の腕輪や足輪を外し、隣の鉱夫に預け、背嚢を背負う、もう既に魔法で身体強化しているが、それでも多少重みは感じる
「いいですか、時間との勝負です、できるだけ立ち止まらないで下さい」
「うむ」「ええ」
この作戦の立案と指揮者となったアデルは、ギムオルに背負われていた。そのアデルの言葉に、ロザリアとギムオルは神妙にうなずく。
「では、行きましょう!」
アデルの号令を受けて、魔法による身体強化を行ったロザリアとギムオルが坑道の中に入り、奥に向けて走り出す。
ロザリアもギムオルも、魔法による身体強化で、坑道の中を走り進んでいった。時間が惜しい、少しでも早くケガをした少年の元にたどり着く必要があった。
火の上位属性である炎属性のロザリアの魔法による身体強化は、主に筋力増加で、本来貴族令嬢程度の筋力しか無い彼女の身体能力を、大人の数人分にまで強化する。
その筋力と前世で磨いた反射神経で坑道を強引に走り進んでいく。
ドワーフであるギムオルもまた、地の属性による身体強化を行って走っていた、なんとドワーフは生まれながらにして、ほぼ全員が地の魔力属性持ちなのだという、
その能力は、一種の重力操作で、どんな体勢でも、たとえ天井であっても地面に対して真っ直ぐに立つ事ができるものだった。
生まれながらの筋肉の塊の様な身体能力でアデルを背負ったまま、時に天井、時に壁を、ロザリアと変わらない速度で走り、ロザリアは魔力の赤い光、ギムオルは黄色の光をまとって、まさに風のように坑道を走り抜けていく。
「そこは右! 次は左! そのまま真っ直ぐ!」
アデルを背負ったギムオルが指示した通りに、一行は魔石灯の灯りを頼りに、坑道の奥へ奥へと進む。
が、突然坑道の奥が暗くなる。魔導線が切れた場所、という事なのだろう。この先は光も無く、風が無いので酸素も限られる。
「お嬢様! 止まって下さい!」
「ここから先の魔石灯が切れておるな、直すヒマは無い!ロザリアちゃんそのまま真っ正面じゃ!頼むぞ!」
「はい!」
ロザリアは立ち止まり、背嚢を降ろすと、中の石をどんどん近く、遠く、もっと遠くへと、等間隔に前方へ投げ込んでいく、すると先の道が強く赤い光で照らされていく。
「よーし、ロザリアちゃんが背負いっぱなしだったおかげで、投げ込んだ魔石の光はかなり強い!
十分先の道が見えるな!ロザリアちゃん、これで進んでは投げ込むで進むぞ!」
「はい!」
「お嬢様! 投げた魔石はできるだけ回収して下さい!」
「どんどん前方に投げ込め!そこから先は左の方向だ!」
「は、はい!」
さすがに最初ほどの速度は出せないものの、止まってはギムオルの指示で投げ込み、止まっては投げ込みで一行はどんどん奥へ奥へと進む、進む、進む。
「見えた! その右奥じゃ! 魔石を全部投げ込め!」
「はい!」
ロザリアにより、背嚢から大量の魔石が投げ込まれた一角が、一瞬で赤い光に照らされ、崩落した岩盤が照らし出された
「思ったより盛大に崩れておるの、着いたぞ、クレア嬢ちゃんをこっちによこせ」
ギムオルが、持っていた通信用の魔石具で次の動きを指示した。
「親方から連絡があったぞ! クレア嬢ちゃん!」
「はい!では、私も行きます!」
クレアは鉱夫からの連絡で風魔法を止め、胸当てを外すとロザリアと同様に隣の鉱夫に預け、自分も魔力による身体強化を行い、坑道の中に走り去った。
「灯りを落とせ!」
鉱夫の指示により坑道内の魔石灯の灯りが落とされると、坑道の壁が赤い光に満たされる。先程ロザリアが強烈な魔力を放出したまま走り去った結果だった。
クレアはその赤い光を頼りに、地水火風の自然4大力全てで自分の身体を強化し、
地の接地力・水の持久力・火の筋力・風の反応速度で、先程のロザリアやギムオル以上の速度で、白い光をまといつつ坑道を駆け抜ける。
「この灯りの先にお姉さまがいる! お姉さま! 待ってて!」
坑道を照らす赤い灯りは文字通りロザリアに向けて一直線にクレアを導いて行った。
「(息をできるだけ止めろ、空気がもったいないからの)」
火の魔石が光っていると多少なりとも酸素を消費するらしく、赤い光の中、ロザリアとアデルはギムオルの指示にコクコクとうなずく。
ロザリアは自分の魔力もできるだけ抑えていた、これ以上酸素を減らす原因を増やすわけにもいかなかったからだ。
岩盤の向こうからは弱々しい泣き声が聞こえる、声をかけてやりたいが、今声をかけてもかえって興奮させるだけだとのアデルの意見で、息を潜め、クレアが来るのを待っていた
「見えた!お姉さま!」
白い光をまとって、追いついてきたクレアが叫んできた。
「クレア様!それではお願いします!できるだけ弱く、ですよ」
「はい!で、できるだけ弱く、魔力開…放!」
3人の元に駆け寄ってきたクレアが魔力強化を解除し、今度は小さな声で魔力開放を行うと、とたんに、4人の周りの坑道が周囲の魔石で明るく照らされる、まるで昼間だ。
だが、それは魔石により周囲の酸素がどんどん失われていっている事も意味していた。刻一刻と死の時間が近づいている。
「おおーこれなら作業するには十分じゃな!ロザリアちゃん!その一番前の岩を取り除け!」
「は、はい!」
「ギムオル様、急ぎましょう、どんどん指示をお願いします!」
「うむ!クレアちゃんはその奥の左の岩! ロザリアちゃんは右じゃ! よし、その大きな岩の上に2人とも上がれ!」
ギムオルが待っている間に岩の状態を観察していたのと、長年の経験を基に、これ以上崩落が進まないよう、的確に除去すべき岩を取り除いていく、
大人が数人がかりであっても動かない岩でも、魔法による身体強化を行った2人の前では小石のようにどんどん取り除かれていく、動かない岩は殴り壊してでもどけていく。
「そろそろ良いじゃろう、ロザリアちゃん! 一番上に上がってその奥までの岩を取り除いてくれ! もう崩れはせん!」
「はい! これ! こう、もうちょっと! あ!向こうが見えました!ギムオルさん!」
「どうぞ、ギムオル様」
「うむ! ちっこい嬢ちゃん! ご苦労だった! うおりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
岩の除去作業を行っているロザリアの合図で、アデルが拾い回って背嚢に詰め直した魔石をギムオルが持ち上げ、ロザリアの所まで筋力だけで投げ上げた。恐るべきドワーフ族の筋力である
「よし! 向こうに投げ込みます! クレアさん! 準備して!」
「はい! お姉さま!」
ロザリアが背嚢を受け取り、崩落した向こうに魔石を流し込むように投げ入れると、向こう側も赤い光で明るくなった、それを確認すると、クレアが一旦下に降り、
風魔法で奥に向けて空気を送り込み、周囲の淀んだ空気を浄化していく。
ロザリアはというと、ほぼ力任せに岩を持っては投げ、動かないものは殴り壊し、人が這って通れるだけの隙間を作っていた。
「クレアさん!」「はい!」
人一人が通れる隙間が出来たのを確認すると、ロザリアの声かけでクレアが岩を駆け上がり、崩落していた向こう側へ這っていき、駆け下りていった。
「いました! まだ息があります! 今すぐ治療しますね!」
少年は岩の下敷きになり、手足や胸をかなりの大怪我をしているようだが、まだ息があった、それをクレアが一瞬で治癒させる、が、潰されている所はそのままなので、子供が痛みに叫ぶ!
「我慢してね! 我慢して! お姉さまああぁぁぁぁ!」
「うおおおおおおおおお!!!」
およそ貴族令嬢らしからぬ雄叫びと共に、ロザリアが最後のひと押しとばかりに、やけくそのように足元や前方の岩をどけていく、
当然、ギムオルやアデルの方にも岩が飛んでくるが、ギムオルは苦もなく飛んでくる岩を打ち砕く
「ロザリアちゃん! こっちは気にするな! どんどん行け!」
「はいいいいいいい!」
ロザリアは男前過ぎる返事と共に、一気に通路を作るように岩をどけ、蹴り壊し、殴り壊していき、向こう側へ駆け下りていった。駆け下りた先には巨大な岩の下敷きになっている少年がいる。
「うおおおおおおおりゃぁああああああ!!」
ロザリアはまたもや貴族令嬢らしさを完全にどこかへ置いて行った掛け声と共に、駆け下りた勢いのまま少年を下敷きにしている大岩を裂帛の気合と共に蹴り抜き、坑道の遥か遠くへ蹴り飛ばした。
「お姉さま!」「ええ! 一気に取り除くわよ!」
少年の上の残った岩を、2人で一気に少年の身体全体が見えるまで取り除く、全身が見えた瞬間、クレアが再度一気に治癒魔法で治療した。
「治療とりあえず終わりました!」「クレアさん!戻るわよ!!」「はい!」
ロザリアが大岩を蹴り飛ばした先から、不気味な振動が伝わってくる。ロザリアが急いで少年を背負い、クレアは側で治癒を続けながら元来た道を駆け上がっていった。
「奥が崩れてくる! 急いで戻るぞ!」「「はい!」」
振動で状況を察したギムオルが、岩向こうの2人に声をかけた。
「ギムオルさん! そっちへ邪魔な岩を蹴り飛ばします! 気をつけて下さい!」
ロザリアが面倒とばかりに、戻る先にある大岩を蹴り抜いて通る道を広げる、当然ギムオルとアデルの方に岩が飛んで行くが、ギムオルが慌ててそれを蹴り砕いては避ける。
「ちょっとは加減せんか! まったく、なんという馬鹿力じゃ!急いで戻るぞ! どこまで崩れるかわからん!」「「はい!」」
一行は、今度はクレアが通った事で魔石が白く光る坑道を、一気に駆け戻っていった。背後からは崩れる音が近づいてくる、時間との勝負はまだ続いていた。
「親方、大丈夫かな……さっき風が動いたから作戦通りだとは思うけど」
「何か奥から振動がこっちに向かってるな……おい!奥でまた崩落してるみたいだぞ!何かやばい! 出ろ! 早く!」
青年の鉱夫が、坑道の中の青年ドワーフに焦った様子で声をかけ、青年ドワーフの方も既に察していたので、慌てて出てきた。
「おいおい、大丈夫かよ、ん?親方の声か?」
「崩れるぞおおおおお!道を開けろおおおお!!」
奥から鳴り響くギムオルの大きな声で、入り口近辺の鉱夫達が慌てて道を開けた瞬間、ロザリア一行が坑道の外まで駆け出てきた。
歓声が上がる中、クレアが風魔法で坑道に勢いよく空気を送り込み、崩落した事で奥から出る大量の砂ホコリを押し戻す。
「よし、クレア嬢ちゃん、それくらいで良いぞい」
「は、はいいいい」
ロザリアとクレアが息を整えつつ、坑道の中を見るが、どうやらこれ以上の心配はなさそうであった。
「ミッションコンプリートね」
「お嬢様、前世の言葉のようですが、そういった言葉は小声でお願いいたします」
いつもと変わらないその声に、ウチは思いっきりアデルの頭をなでなでしたのだった。
次回 第41話「バイト禁止って、ええぇぇぇ……」