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第37話「想いはすれ違うよーな? 恋は真っ向勝負のよーな」

学園へと戻る馬車の中、クレアは無言で窓の外を見ていた。


「ねえクレアさん? まだ、婚約者とかと決まったわけじゃないから、ね?」

「お姉さま、エレナ先生のフルネームって、エレオノーラ・フォルトナートって言うんです。

 一応、貴族なんですよあの人。だったら、婚約者がいてもおかしくないでしょう?

 フェリクス先生とは名字も違いますし」


クレアは、ロザリアにに視線を向けることなく、淡々とそう言った。


「え? どうしてそんな事知って、あー……」

「私、このゲーム、隅から隅までやり込んでるので、登場人物の事、一通り知ってるんです。

 エレナ先生も『百合モード』では攻略キャラだったって事、忘れてました」


エレナ先生が貴族なら年齢的に婚約者がいない方がおかしいし、街中で堂々と男性と会って親しげにしているなら、確かに婚約者でもないと不自然だ、とロザリアは納得した。


「……。」

「ごめんなさい、お姉さま、しばらく、そっとしておいてもらえませんか?」

クレアは、機嫌は良くないながらも、せいいっぱい穏やかな声でロザリアの目を見て謝った後、

また窓の外に視線を向けて黙ってしまった。


「(お嬢様、クレア様の言う通りに、しばらくそっとしておくべきかと)」

「(うん……)」

アデルが小声でたしなめるのに素直に従ったので、馬車の中は無言で学園へ帰っていく。


『はぁ~、こういう時は、ウチの恋愛経験の無さが、つらたん……』



次の日になっても、クレアの気分は憂鬱(ゆううつ)なままだった。気晴らしに、いっそ何か恋愛イベント起こしてやれと学園を歩いてみても、こういう時に限って誰もいないし何も起こらない、理不尽だ。


「はぁ、なんか、スカッとしない、なぁ。1人でカフェとかに行ってもつまんないし、学園生ギルドの依頼でも見に行こうかな」


ロザリアは休日でも王太子妃教育が入っている事があり、今日はクレア1人だったので、学園生ギルドに向かう事にした。


「こんちはー」

「あらクレアちゃん、いらっしゃい、今日は朝早くからどうしたの?」


クレアは実家への仕送りの為に、ちょくちょく自分1人でも依頼をこなしにやって来るのでギルド職員にも顔を覚えられていた。

多少面倒臭い仕事でも、笑って引き受けてくれるので評判も良かった。


「あー、ちょっと、嫌な事がありましてー、気晴らしに人助けでもしようかなぁ、と思って来たんです」

「感心ねぇ、みんなレベル上がったら、すぐ派手なモンスター討伐とかに行っちゃうのに、クレアちゃんは魔力強度Aでも地道な仕事引き受けてくれるので助かるわ」

「あははは、私はランクはともかく、まだレベル低いっスから。あと地道な作業、嫌いじゃないんですよ」

「じゃあ、そうね、この依頼とかどう? 治癒魔法使えるなら、良いと思うわよ?」



転移門を超えた先にあったのは、郊外の施設だった。飾り気の無い建物がいくつも見える。


「で、今日は王立の救護院で、患者さんの治療のお手伝い、かぁ。とりあえず、行ってみようかな」


この世界でも病院は金持ちのもの、という側面がどうしても避けられず、治癒魔法を使える者はそちらに偏っていた。

王都近辺であれば、魔法学園内の医療棟で治療を受けられるが、地方となるとそうもいかない。

救護院は国がそれを(おぎな)うべく、貧しいものや緊急の傷病者の為の施設として、各地に建てられたものだった。


「すいませーん、学園生ギルドの紹介でやってまいりましたー」


受付の女性に声をかけると、奥から年配の男性が出てきた。学園から生徒の指導・指示を委託されているとの事だった。


「ここに学園生さんが来るのは珍しいね、どうぞこちらへ、説明します」


通された施設内は多少粗末な印象は受けたが、前世の病院と雰囲気が良く似ており、クレアにとってはむしろ馴染み深い印象だった。

多数の病室が並んでおり、中では何人もの人が寝かされ、治療を待っている感じだった。院内の独特の匂いも、クレアにとってはむしろ懐かしいものだった。


「あー、慣れているようで助かります、皆この独特の雰囲気に慣れないようで、来た瞬間に帰る、って人も珍しくないんですよ」

「病院って、確かに独特ですよねー、私はあまり気にならないので大丈夫ですよー」


通された大部屋は病室というより手術室に雰囲気が近く、いくつも並べられたベッドで何人もの患者が手当を受けていた。


「治癒魔法を使える方が来てくれるのは本当に助かります。普段はあちこちの医師が志願して来てくれるのが頼りなんですが、それすらもなかなか難しくて、今は、あの人が来てくださってるんです」


職員が指し示す先の人物がこちらを見て、目が合った瞬間、クレアは回れ右して帰りたくなった、

フェリクスが、そこで治療をしていたからだ。


「おや、クレア嬢、どうしたんですか?こういう所で会うとは思わなかった」

「あー、学園生ギルドの、紹介、です。治癒魔法、使えるので」


気まずいなー、帰りたいなー、と思いつつも、目が合ってしまった以上、もう逃げられなかった。


「ああ、そういえば、治癒魔法が使えるんでしたね、それは助かるよ」


そういうフェリクスの手元には、むしろ前世で見慣れた手術器具が握られていた。

彼は治癒魔法が使えるのではなかったのか?と訝しく思ったのが伝わったのか、フェリクスが学校の授業のように説明を始める。


「うん、たしかに治癒魔法をかけて一瞬で治癒させるのは早いし、楽だよね? でも本来、人の身体というのは、自分で自分を治癒できるんだよ」


そう言うと、フェリクスは患者の腕を切開して開いた中から、ピンセットのような器具で何かを取り出し始めた。どうも事故で木か何かが刺さったようである。

クレアは前世で見た手術や事故の動画と変わらないなー、と見ていると。


「おや、女の子はこういうのは苦手かと思ってたけど、大丈夫なんだ?」


意外そうな顔をされたが、クレアとしては、むしろその逆だった、というか、女の子が血に弱いなんて誰が言い始めたんだろう。


「いやまぁ、これくらいのケガなら、割と田舎ではよくありましたし、ちょっと()ますね……その奥の方にもう1つあるみたいです」


クレアは患者の腕に手をかざし、治癒魔法の発動準備時に相手を解析する効果を転用し、手の中に残っている異物を透視し始めた。


「おお、ますます助かる、その調子で教えて欲しいな。僕だとぼんやりとしかわからないんだ」


「うん、これで全部取り除けたね、じゃあ、縫っていくからねー」


フェリクスは針で流れるように傷を縫っていく。その手さばきに迷いは全く無く、クレアは思わず見惚れた。


「はいこれで良し。ちょっとだけ、治癒魔法かけますからねー、傷の奥と表面だけを治しますからねー。はい、これで終わりです、半日は安静にして下さいね、痛みはあるでしょうが、午後から普通に働いて良いので」


フェリクスは患者の手に手際よく包帯を巻くと、手早く手元の紙に何かを書きつけて患者に渡し、自宅に戻った時の説明をあれこれしていった。


「さて、クレア嬢、さっきの人なんかも、治癒魔法で治せば、一瞬で治るんだろう。でもね、それは身体の治癒力を無理やり加速させてるようなもんなんだ。

 治った後はしばらくだるい気分になったりして、ひどい場合は動けなくなる。

 魔力の無い人にはその傾向が特に顕著でね、あの人は農家の人なんだ。さっき事故に遭ったばかりなんだけど、今は種まきの季節だからケガなんかで休んでいられないんだよ。

 だから、とりあえずすぐ働けるような治療をしたんだね」


クレアは、自分はとりあえず治癒魔法が使えるから、何でもいいから治してしまえ、と思ってやって来た自分を思わず恥ずかしく思った。その表情を読み取ったのか、あわててフェリクスがフォローする。


「ああ、気にしなくていいよ、さっきのは、僕の勝手なこだわりだから、誰だって痛いのは嫌だし、ケガはすぐ治って欲しい、っていうのは当たり前だからね、

 でも、僕はその人を治療した後の人生までが気になってしまうんだよ。この人はこの傷が、病気が治った後、どんな生活をするんだろうか、って」


クオリテイ(Q)オブ(O)ライフ(L)、前世の病院で聞いた事のある言葉だ。

例えば治療の見込みが無く死を待つしか無い人の場合、無闇に延命治療するよりも、

残された時間にでいかに充実した人生を送るか、という思想。

自分は闘病の果てに体中傷だらけで、様々な管だらけになってしまい、このまま死ぬのは嫌だ、と、最後のわがままを聞いてもらい、

最後の数カ月だけは最低限の治療と痛みを取る終末医療のみで穏やかに過ごし、

両親や兄妹にもきちんと感謝と別れの言葉を言えて、何の悔いもなく最期の時を迎えたのを思い出した。

まさか、中世のようなこの世界で、その考えに出会えるとは、クレアはフェリクスの顔を呆然と見つめるのだった。


次回 第38話「Godspeed You.(君の旅路に神の祝福あれ)」

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