第36話「せめて普通の好きピが欲しい! 彼女はそう叫んだ」
「(ねぇアデル、今日の人はどう? いい加減一人くらい上手く行っても良いと思うのだけど)」
「(無理です、既に婚約済みの方です。皆様は軽い気持ちで付き合って欲しい、というだけで、
まだこの学園での生活も浅い事から、家の名誉を背負ってここに来ているという自覚も薄いでしょうし)」
「あのー、でも、婚約者様が、いらっしゃいますよね?」
新入生の皆が魔法学園にそろそろ慣れたある日の放課後、今日もクレアは口説かれていた。既に名物にすらなりかけている。
何しろクレアは、見た目は儚げな美少女な上に、ロザリアの特訓の成果もあり、貴族と変わらぬ所作の為とても目を引いていた。
話し方もアデルからの指摘でかなり矯正されており、王太子から家名を与えられたという事もあり、今では貴族に準ずるものとして、それなりの扱いを受けるようになっている。
最初は貴族令嬢達もいい気はしなかったのだが、クレアの実力が桁外れなのと、その実力に反して、徹底して婚約者のいる相手とは恋人関係になりたくない、と分をわきまえていたのと、
あまりに何人にも言い寄られ、クレアが断る羽目になるので最近は同情の目の方が多かった。
「あの、私を口説かれたいのなら、せめてその辺りを、清算してからにしていただけませんか?」
「いや心配ない! 卒業までには必ず別れるから! 絶対君だけを愛し続けると誓う!」
「はぁ、じゃあ、この場で自分の家に向けて一筆書いていただけますか? 今の婚約者と別れて、真実の愛に生きる、とでも」
「え」
「書けますよね?」
「え?」
「書け、ますよね?」
呪いのワラ人形へ釘を打ち込むかのように、ケーキにフォークをぶっ刺す少女が一人、華やかなカフェの片隅で闇落ちしそうになっていた。
華やかな雰囲気と、明るい笑いに満ちているカフェの店内で、その一角だけ完全に闇のオーラを放っていて、周囲はドン引きである。
「はぁ……、やっぱ現実の男子って……ク○っスね。乙女ゲームって、女の子達に楽しく遊んでもらう為に、本当に色々考えてくれてたんスねー……」
クレアはその儚げな見た目とは裏腹に、生まれ育った村の方言が出ると、こんな感じになるのだった。
先程の男子生徒には、『申し訳ない!』とダッシュで逃げられてしまい、
『いやせめて、面と向かって謝っていただけませんかー!?』
と、去り行く男子生徒の背中にクレアが吠え、
さすがに周辺の生徒もいたたまれず、近くにいた貴族令嬢達に
「その……、元気出して?」「さすがにあれはちょっと、ねぇ?」
と慰められ、同情される始末だった。
攻略キャラ撃破数が本日で10人目の大台突破、となったのを王都のカフェで憂さ晴らしと、ちょっとお金はあるので転移門を使って来たのだ。
「いやいやいやいや、ちょっと待ってクレアさん、まだ15才なんだし、人生これからよ、ね? ね?」
「あー、お姉さまは良いですよねー、相思相愛で王子様の婚約者サマがいらっしゃってー」
やさぐれまくるクレアは、酒も吞んでいないのにロザリアに絡みだした。王都のカフェが、ビジネス街の飲み屋みたいな雰囲気になっていた。
このカフェは平民向けだが値段は少々お高め。それでも一般庶民から貴族までが並ぶ人気の店だ。
そんな店の奥まった席に座っているのはロザリアとクレアとアデルの三人だった。
「はぁ、アデルさんの忠告してくれた通り、貴族の男子生徒って、本当にみんな婚約者がいるんですねー、アデルさん、ご忠告ありがとうございました」
「恐縮ですクレア様。お役に立てて何よりです」
「でもアデル、そういう事を良く知っていたわね? 私は逆に自分の事以外はよく知らなかったから、ちょっと教えて欲しいくらいだわ」
「屋敷で同僚との雑談で色々話を聞きました。この国の貴族は発祥が魔力持ちという所から、魔力の強さが権力に結び付きやすく、上位はほぼ魔力持ちになり、子供もそれを受け継ぐ傾向にあります。
そういった魔力持ちの貴族子女は16歳になる年の4月に魔法学園に入学するのですが、これはこの国の社交シーズンと、非常に相性が悪いのです。
社交シーズンはこの国の国会の開催に合わせて、議員となっている地方の貴族の方々が王都に滞在する事で発生しますので、1月から5月くらいなわけですが、もろに時期が魔法学園の入学・卒業と被っています。
はっきり言ってこの時期に夜会等に行くのは体力的に無理があります。夜会は遅いと深夜か明け方にまで及びますので寝る時間がありません。魔法学園の授業は体力を使うそうなので、まず身体が持ちたないのです」
『あー今頃って丁度社交シーズンの終盤なのか、そりゃ参加するの無理だわ。んん? この国会の期間って、たしか日本の国会と同じじゃないかな!?
前世の施設でサンセー権だかサーセン権だかで、国民の権利なんだから選挙に行けとしつこく教わった気がする。なんかもう、日本の事とヨーロッパの貴族文化のごちゃまぜで、本当にカオスねこの世界。
そういえば、サンセー権?サーセン権?って何だっけ? 国会で偉そうにしてるおっさん達に、おっけー、するか、ゴメンナサイする権利、ってのが意味分かんなかったっけ。施設の人にいつか聞いてみようと思って結局そのままだったなぁ』
「魔力持ちの貴族子女は実質社交界から切り離されてしまう上に、卒業時はもう18才になっておりますので、婚約者を探しても年齢的に遅いのです。
魔力を持たない貴族子女の場合は、早いと社交界デビュー前に婚約して、デビュタント後、即結婚、という事もありますから。
ですので、早い場合は生まれてすぐ婚約者を親が決めている事がほとんどだとされています。魔力持ちの配偶者は早いもの勝ちなので、力の強い弱いをえり好みできる状況ではないんです」
「ああー、聞いてみれば納得です」「学園に入学してから、なんて悠長な事が元々できないのね」
二人はうんうん、と、アデルの説明に感心していた。アデルは更に続ける。
「ただ、何にでも例外はありまして、魔法学園でどうしても結婚したい恋人ができてしまった場合は、双方の家やお互いの婚約者の家との話し合いで、こっそり婚約解消をして、婚約し直す事があるとか、まぁ高額な違約金とか払わされる事が多いようですが」
「じゃあ、クレアさんももしかしたら
「ここからが先日クレア様に警告した理由です、平民で後ろだても無く、持参金も望めないクレア様の場合は、卒業後にわざわざ結婚する利点が普通はありません。ですので婚約解消を周囲に認めてもらうのは、ほぼ不可能でしょう、
ですので、最悪の場合、卒業時に『いい思い出だったね、はいさようなら』と弄ばれて終わり、という事になりかねないのです。もしくは、卒業後も結婚できないまま、相手が婚約者と結婚するのを承知の上で、ずるずるとお付き合いを続けるしかありません。
だから愛人か妾狙いなのか、と言われるわけです。この国は王族を除いて一夫一妻制ですから」
アデルはロザリアの言葉を食い気味に遮り、かなり容赦のない”攻略キャラ達”との現実をクレアに突きつけた。
「えええええ~」
「まだあります、クレア様は希少な光の魔力属性持ちで、王太子様が自ら家名を与えられました。という事は極めて利用価値の高い平民という事で、
それを知って尚すり寄ってくる碌でもない貴族に十分に注意すべきかと。ほぼ確実に政治的に利用されますので」
頭を抱えそうになるクレアに、アデルはさらに王族まで絡んでくる政治問題に発展しかねないという、クレアにとっては完全に別世界の事で追い打ちをかけた。
「ええ~、思ってた以上に詰んでる~、どうしたらいいの――!」
「これが、現実と、”ゲーム”の違いなんです、これからの学園生活、どうかお気をつけ下さい」
頭を抱えようとしていたクレアだったが、アデルがクレアの肩にそっと手を添えて語りかける優しい声にふと顔を上げていた、『もしかして……、』
「ねぇアデル、クレアさんの事、心配してくれてるの?」
「お嬢様の、ご友人ですから」
『すましててもちょっと顔が赤いわよ、かわヨ~❤。うん、やっぱりアデルって良き!』
いい加減カフェも少々長居していたので、会計を済ませて王都を歩く事にした。夕暮れ時にはまだまだ時間はあるので人通りもまだ少ない。
何か小説か本でも買おうか、と書店街を散策する事にした。寮にはまだまだそういうものが少なく、自宅から持ってくるのもひと手間だったからだ。
「じゃあじゃあ、クレアさん、フェリクス先生はどう? この間初めて会った時、ぼーっと顔を見ていたし、結構良い、って思ってるんでしょう?」
「ど、どどどどどうなの、と言われましてももももも、あの人はなんというか、ゲームで見た事が無いのででででで」
「おや、いつぞやのお嬢様みたいになりましたね、非常にわかりやすい」
道すがらのロザリアの質問に、クレアが先程の不機嫌さはどこへやら、というくらいわかりやすく動揺していた。
そんな彼女を見て、ロザリアとアデルはつい生暖かく微笑んでしまう。それを見て、クレアは我を取り戻したのか、咳払いをしてごまかす。
「だって、学園の攻略キャラになってる人たちって、誰も彼もが、私が自分に好意を抱くという前提で会話してくるんですよ?
君の事は全てわかってる、みたいに話して来るんですけど、私が自分の前世を認識してるというのも知ってるの!?って、つい思ってしまうんです」
「いや……、さすがにそれをわかれ、っていうのは無茶じゃないかしら?」
ロザリアは苦笑いを浮かべながら言い、アデルもそれにうなずいていた。
「あと、これは本当に自分勝手な事情なんですけど、ゲームをさんざんやり込んだせいで、攻略キャラの人達が何を話しかけてくるかがだいたい予測できてしまうんです。
そのせいで、私をゲームの”ヒロイン”相手みたいな? 一人の人間として見てくれていないんじゃないか? というのがどうしても先立ってしまうんです」
『あー、それは仕方がないかも、クレアさんって、前世でゲームをやった記憶があるから、この世界がゲームと同じだ、という意識がなかなか抜けないんだろうなー、
だから攻略キャラになっていた人達との距離感が難しいのかも。ウチはゲームの事知らなかったから、勝手気ままに行動できたわけだしー』
「でもまぁ、フェリクス先生はそういうのが全く無くて、予測がまったくつかないというのがですね、新鮮というかですね」
「クレアさんあこがれのお医者サマだものねぇ」
「な……なにを言ってるんですか!? いえあのどうして!?」
「えっ、ああ、見てれば判るわよ、あんなにわかりやすいのだもの」
そういえば、自分の”チート”の事は、誰にも話していなかった。それに、個人情報がダダ漏れなんて良い気はしないだろう、とあわててロザリアはごまかした。
「ねぇクレアさん、もし良かったら今度リュドヴィック様にお願いして……どうしたの?」
ふと気がつくと、クレアが立ち止まって、とある書店の店先を見ていた。
そこには、フェリクスと、医療教官のエレナがいた。二人共、とても、楽しそうだった。
「留学ずいぶん長引いたわねぇ、私を放って置いて何してたのよ」
「誤解を招くような言い方はやめてよ、あの後すぐ革新的な技術が開発されたんだよ? 傷口に酒を蒸留した酒精を吹き付けるとね、劇的に予後が良くなるんだ」
「なにそれ、あなた前の手紙で、『とにかく一旦沸かした水で手を洗え!』とか言ってなかった? あなたは次から次へとよくそんな妙な事を見つけてくるわね?」
「だって、世の中には魔法治療を受けられない人だって多いんだよ? 治癒魔法で何でも治せるってのは、一部の、それも王都近くに住んでる人だけなわけで……」
医学書専門らしき書店の店先で、新刊の本を前に話が弾んでいるようだった。そういえばこの2人は共通点が多い、と嫌でも気付かされる。
穏やかな顔立ちの大人の女性といった印象のエレナ先生と、やや年下っぽく、理知的な印象のフェリクス先生。ロザリアの目から見ても、とても、お似合いだった。
「ほら、やっぱり、いたじゃないですか、婚約者……」
そう言うなり、クレアはその場から走り去った。
次回 第37話「想いはすれ違うよーな? 恋は真っ向勝負のよーな」