第35話「閑話:ある日のお茶会と、1つの恋の始まり」②
「チョロいといえば、お姉さまってどこまで許しちゃってるんですか? まさか……」
「待って! まだキスもしてないから! いくら私でも侯爵令嬢として、そこはわきまえてるから!」
「本当ですかぁ? さっきだって、割とギリギリでしたよ?」
「大丈夫! 結婚するまで守って見せるから! 色々と!」
「ほほぅ、ではお姉さま、立ってこちらに来ていただけますか?」
ロザリアに対するおちょくりはまだまだ終わってはいなかった。むしろこの際だからと、クレアはロザリアが今現在、かなり危うい状況だと身をもって理解させようとしていた。
クレアはロザリアを壁際まで追い詰め、ロザリアの顔の横の柱に手をドンと突き、顔を近づけ迫った。
「こんな感じで、壁ドン状態で王太子様に、『他の男なんて見るな、お前の目に映るのは私だけでいい』とか言われたら?」
「目が離せるわけないでしょう!? やめてやめて至近距離でそんなの見たら死んじゃう」
クレアもまた、リュドヴィックのように整った顔立ちであるが為に、ロザリアにはその状況が予想でき過ぎた。
「このままくぃっと顎をつままれて、顔を近づけられたら?」
「……普通、目を閉じる、わよね?」
両手を胸の前で握りしめ、頬を染めながら目を閉じて、ロザリアはぷるぷると震えていた。その姿は完全に乙女であった。
「いやチョロすぎでしょ! ちょっとは抵抗してみせた方が良くないですか!? 一応お姉さまって悪役令嬢なんですから!」
「そ、それはそれでかえって危険な方向に行かない?……あ、ちょっと良い、かも」
そう言いながらもロザリアはその「危険な方向」を少し想像してしまったようで、耳まで真っ赤になっている。
「あー……、もう手遅れな気もしますよ? じゃあそこの長椅子にでも押しやられて座らされて」
クレアの言う通り、素直に長椅子に座るロザリア、いやなぜ素直に言う事を聞く。
「突然押し倒されて『あなたが欲しい!』と迫られたら?」
「ぜ、絶対抵抗できないいいいいい!」
「はいダメ―、お姉さま卒業まで自分の貞操を守り切るの、無理―」
「マ!? え!? ねぇ私どうしたらいい? どうしたらいいの?」
ロザリアは涙目になってクレアの二の腕を掴み、すがりつくように問いかけるのだった。
『面白いなぁこの人』と、
クレアはロザリアを「諦めるんスねー」と突き放して涙目にして。
『面白いなぁこの子達』と、
アデルを始めとする侍女さんズは少女達を生暖かく見守り。
『何やってるんだこいつら』と、
猫のジュエはテーブルの上から人間たちを眺めていた。
「やあ、楽しそうですね」
「あ、フェリクス先生、いつも母がお世話になっております」
ロザリアとクレアがじゃれ合っていると、東屋にやってきたのはフェリクスだった、手にはいつもの往診用のカバンを持っている。
彼は、ロザリアの母の治療のために定期的に屋敷へ来ている。ロザリアは立ち上がって頭を下げた。
それにならって、クレアも慌てて立ち上がって頭を下げる。
「今日は侯爵様が不在だったからね、侯爵夫人の診察が終わったのを伝えに来たんだよ。
あ、治療の方は順調だからね、あと半年もすれば問題無くなるよ。来年の社交シーズンまでには完治すると思う」
「本当ですか!? なんとお礼を言って良いか……。治癒魔法も効かなくて、一時はどうしようかと途方に暮れていたんです」
心底ホッとした表情を浮かべるロザリア。その様子に、フェリクスは優しげな微笑みを向ける。
そのフェリクスの笑顔に、クレアは胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。
「病気自体は、申し訳ないけど今も原因不明なんだけどね。お礼なら、引き合わせて下さった王太子殿下に言っておいて下さい。
治療させてもらわないとどうにもならなかったから。あとは、クレア嬢、あなただ」
「ふひぇっ!?」
フェリクスをぼーっと見ていたクレアは突然話を振られて、変な声を出してしまい赤面した。 フェリクスは気にした風もなく、穏やかな笑顔を返すのだった。
「ああ、自己紹介がまだだったね、僕はフェリクス・レイ。王太子殿下の所でお世話になっている医者だよ」
フェリクスはそういうと、そっと握手を求めてきた。
「は、はじめ、まして、クレア・スプリングウインド……です」
クレアは緊張しながら手を差し出すと、その手を握り返される。フェリクスの手は大きさの割にしなやかで、とても温かく感じられた。
それはまるで、彼の人柄を表しているかのように優しいものだった。
「うん、初めまして、というわけでもないんだけどね、君の魔力を一部封印したの、僕だから」
「あ、そ、そうだったんですか!? あの、ありがとうございました、いえ、本当にありがとうございました!」
クレアはぺこりと頭を下げると、改めて感謝の言葉を述べた。
それは貴族令嬢のような見た目に反するお辞儀ではあったが、フェリクスは目を細めて微笑み、クレアの頭をそっと撫でるのだった。
クレアは驚いて顔を上げると、少しだけ顔を赤くして恥ずかしそうにしている。
「ああ失礼、つい。あれではいくら何でも魔力が強すぎたからね、今でも少々強いくらいだろう? 魔力完全封印とか、魔力剥奪だったら楽だったんだけど」
「あのー、どっちかといったら、そっちの方が……」
「申し訳ない、それは王家からの命令で、できないんだ、しばらくはそれで我慢して欲しい、ちょっと封印の様子を見るね?」
フェリクスはそう言うと、クレアの額に指を2本当て、目を閉じて集中し始めた。すると、指先から何か温かいものが流れ込んでくるような気がした。
クレアは膨大な魔力を保持しているにも関わらず、フェリクスの温かい魔力を自分に流し込まれる事で、自分の魔力にフェリクスの魔力の温もりが溶け込んで、染み渡っていくかのような不思議な感覚を覚えていた。
それはとてもむずがゆく、落ち着かないものだった。
「やっぱり凄いね君の魔力は、大丈夫? 人によっては不快になる場合もあるから、少しでも変だったら言ってね?」
「だ、大丈夫です」
クレアの返事に、にっこりと笑顔で返すその顔に、クレアは目を離す事ができなかった。
「うん、封印の状態も問題ないね、全身の魔力神経回路もまだ発展途上なのに、凄い伝導率だよ」
「は、はい、ありがとうございます」
フェリクスの言っている事は専門的なようなので、さっぱりわからないがクレアはつい返事をするのだった。
「うん、問題無い、これからも、時々確認させてもらうからね」
「は、はい……」
スッと指を頭から離された瞬間、身体から温かい魔力が抜け、クレアは少し寂しく感じてしまい、そう感じてしまった自分の気持ちに驚いて額を押さえるのだった。
「では、ロザリア様、クレア嬢、本日はこれにて失礼させていただきます。」
フェリクスが優雅な一礼と共に辞去する後ろ姿を、クレアはぼーっと見つめ続けていた。
「あのー、クレアさん? おーい、クレアさん?」
「は!? あ! いえ!? なんでも無いでございますわよ!?」
ロザリアの言葉で、我に返るクレアだったが、慌てていたせいで妙な口ぶりになってしまっていた。
ロザリアはフェリクスが去っていった方と、クレアを何度も交互に見て何かを納得し、にやぁ~~と、人の悪い笑顔を浮かべるのだった。
「え? もしかして、ああいう人が好みなの?」
「え、いやぁ!? なんて、いうか?」
クレアの前世は病がちで、何度も入退院を繰り返していた。そういう経験もあって、元々男性の医者に強い感謝と憧れを抱いてたのだった。
「ほほぅ、あら~、意外とお目が高い」
「さすがはクレア様、もうタマノコシは狙わないと言いながら、絶妙に良いところを狙いますね」
クレアの気持ちを察した、ロザリアとアデルが生暖かい目で見てくる。
「い、いいいやいや違うっスよ? いや違いませんけど、でもあの人って、どうせ貴族でしょ?だったら婚約者いるんじゃないっスか? 攻略キャラなんだし……あれ?」
「どうしたの?」
「そういえば、フェリクス先生って、攻略キャラの人じゃなかったです。名前だけの設定だった、かなぁ? 確か王太子様の知り合いの魔法医師で、
ゲームではロザリア様が『その人を紹介してくれれば、お母様は助かったかもしれない』って、恨む原因の一つになった、とかいう設定で、名前だけしか見た記憶が無いです」
「ゲームに登場していない人物、って事!?」
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