第34話「閑話:ある日のお茶会と、1つの恋の始まり」①
「ほらロゼ、これも美味しいよ」
「いえですから、クレアさんも見てるんですよ!?」
「おや? 眼の前の私以外を見るとは、随分余裕あるね? ほら、お菓子の屑が付いてる」
リュドヴィックは自分の膝の上のロザリアの、菓子を食べさせたばかりの唇から菓子屑を取ると、ぽいと自分の口に放り込んだ。
「な、な、ななななな」
『何てことするのこの人――――!?』
リュドヴィックは入学二日目朝の食堂での約束通り、ロザリアの家にやってきた、が、しばらく時間が経っていたので、ロザリアの方はすっかり忘れていた。
なのでこの場にはクレアもいた、いや、本来はクレアにお茶会の作法を覚えてもらう為に、ローゼンフェルド家の庭園の東屋でお茶会を開いていたのだ、そこにリュドヴィックが割り込んだ形だ。
クレアはというと、ロザリアの母親が「あらあらまぁまぁ」と、選びに選び抜いた可愛らしいドレスを着せられ、アデル他の侍女達による化粧やヘアセットも含め、どこから見ても貴族令嬢だった。
が、普通は華やいだ気分になりそうなものなのに、クレアの目は死んでいた。途中で割り込んできたリュドヴィックと、ロザリアのイチャコラを延々見せつけられたのだから。
女子はコイバナを見たり聞くのは好きではあっても、知り合いのバカップルのイチャコラ鑑賞会を延々見物したいわけではない。まして自分に恋人がいない状況だと、心はだんだんと虚無になるものだ。
ロザリアはさすがにクレアの状況を見かね、そもそもの原因であるリュドヴィックを何とかしようとした、したのだが、
「あの、リュドヴィック様、確かに休日に来て下さっても構わない、とは言いましたけど、そろそろ本来の目的のクレアさんのお茶会の作法をですね」
「ふむ、ではお茶会の遊びをしようか、ロゼ、これをくわえて」
リュドヴィックは細く長い焼き菓子を、ロザリアの口にくわえさせ、何のつもりか、ロザリアの頭の後ろを手で支え、顎の先をつまんだ。
『な、何を? って、これポ○キーゲーム!?』
ロザリアの想像どおり、反対側を、リュドヴィックが、かじりはじめた。
カリッ
『ど、どどどどどこがお茶会の遊びよ!?』
カリッ……、カリッ…、カリ、カリ、カリカリカリカリカリカリ!
かじるスピードが途中から一気に上がり、リュドヴィックの秀麗な顔が物凄いスピードで迫ってきた。
「ん!? んんんんー!?」
逃げようにも、ロザリアの頭はリュドヴィックががっちりと押さえていた、思わずロザリアは目を閉じてしまう。
ポキッ
が、スピードが災いしたのか、2人の唇同士が触れ合う寸前、お菓子は折れてしまった。
「おや残念、折れてしまった。クレア嬢、お茶会はこういう事をするんだよ?」
『そんなわけ無いでしょう!?』
焼き菓子の端を口にくわえたままぬけぬけと言うリュドヴィックに、ロザリアは抗議しようにも、
自分もまだ口に菓子をくわえたままだったので真っ赤な顔の表情で抗議したが、リュドヴィックは涼しい顔で受け流す。
――――私は何を見せられているんだろう……、あ、おそらきれい、おはなもきれい。
一向にイチャコラが止まる気配が無いので、クレアの心は彼岸の彼方へ旅立とうとしていた。
「いえおかまいなくわたしはおふたりのじゃましませんのでだまってみてますどうぞごゆっくり。
あ、ジュエちゃん、こんにちはー、今日も可愛いですねぇ癒されますねぇ」
しかし突然、なーお、とやってきた猫のジュエがクレアの膝の上に乗り、構えとばかりにじゃれてきた事で最悪の事態は回避された。
『猫ってどう考えても確実に空気読んで気遣ってくれるわよね!? でもどっちかと言ったら、助けて欲しいのはこっちなんですけどー!』
「おや、ロゼ、私ともう一度したいのかい? クレア嬢は猫の相手で忙しそうだし」
そう言うとリュドヴィックはロザリアの口から菓子を取り去り、そのままその菓子を自分の口へと入れた。
「ちょっ! リュドヴィック様!?」
「ほらもう一度、今度は私がくわえているから、大丈夫、今度は折らないよ」
「そういう問題じゃありません!!!」
「わージュエちゃんは温かいですねぇ、ふわふわですねぇ、はいはいここが気持ち良いんですねー」
もはや地獄絵図である。周囲に控えるアデルをはじめとした侍女たちは、必死に心を無にしてこの状況を受け流していた。
延々このカオスな状況は続くかと思われたが、リュドヴィックは元々急に来たから、という事で午前中には帰らないといけなくなり、クリストフに首根っこを掴まれて、とてもいい笑顔で引きずられて帰って行った。
「お姉さま、お疲れ様でした」
「あ、ありがとう……。あ、アデル、お茶のおかわりをお願いね。ふぅ、リュドヴィック様ったら、どういうつもりなのかしら、普段はあそこまでじゃないのよ?」
「あー、多分、最近私がお姉さまといっしょにいる事が多いので、『ロザリアは私のものだ!』とでも見せつけたかったんじゃないっスかねぇ」
「……私、ゆっくり自宅でお茶もできないのかしら」
「殿方の嫉妬は、少々見苦しくもありますね。定期的に王太子様の息抜きをするのがよろしいかと、お嬢様、お茶をどうぞ」
頭を抱えるロザリアに、そっとアデルがお茶を差し出すのだった。
「それにしてもお姉さまって、すっかり王太子様の心を鷲づかみですねぇ。ゲームで好感度MAXでもあんなスチル画面見た事ありませんよ? どんだけ王太子様は執着してるんだ、って感じです」
「なにそれこわい」
クレアが先程の意趣返しとばかりに、ロザリアをおちょくり始めたが、ロザリアにとってはいい迷惑だろう。
「そもそもお姉さまって、本当にチョロ過ぎませんか? 王太子様の膝の上でお菓子をあーんしてもらうロザリア様、なんて一部のゲームファンからしたら、号泣ものの光景なんですが」
「そ、そそそそそそんなチョロくは無いでしょう!? さっきだって、一応の節度は守ってた、と、思う、わよ?」
慌てふためいて否定しても、先程の光景を特等席で見られてしまっていては、説得力も何もあったものではなかった。
「いやいやいやいや、なすがまま、されるがままでしたよ? ちょっと色々と許しすぎじゃないっスか?」
「えー……、だって、リュドヴィック様だって、お年頃の健康な男子なわけで、我慢してたら、身体にも悪いでしょ? ちょっとくらいなら、……ちょっと待って、何そのドン引きした顔」
「あー、アデルさん、お姉さまと、王太子様をー、絶対に2人きりに、させないで下さいね?」
「承りました」
恭しくクレアに頭を下げるアデルを見て、『主はどっちなのかしら…』と思うのだが、
「お姉さまー、前世で一歩間違ってたら、絶対ダメ男に尽くして人生台無しにしてましたよー?」
とのクレアのコメントには、一言も言い返せなかった。
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