第29話「悪役令嬢が特訓してさしあげるわ! お覚悟はよろしくって?」
「ほらもっと背筋を伸ばしなさい! いちいち目線は下に落とさない! 歩く先の足元は先に確認しておく!」
「は、はい! わかりました!」
「駄目、足の裏が見えてるわ、膝を曲げるのは最小限に!」
入学2日目の早朝、魔法学園の校門から校舎に続く道に、ロザリアの声が響き渡る、相手は隣を歩くクレアだ。
「殿下から家名を授かっておいてなんですかその所作は! 恥ずかしくないのですか!」
「も、申し訳ありません! お姉さま!」
険しい顔をしたロザリアが、指摘とともに畳んだ扇でクレアの足をピシッと叩く。
スカートの上からなのであまり痛くはないが、おかげでクレアは脚を意識して歩くようになる。
(ねえあの子、例の平民の子でしょ?)(昨日、魔力測定で大事故を起こした、っていう。ロザリア様も大怪我をなされたとか)(そのくせ王太子様から何故か家名をいただいたとか)(ロザリア様が激怒されるのも無理ないわ……)(お姉さまなんて呼ばされて……なんてうらやましい)
他の生徒や教師たちも、遠目から見物してヒソヒソと話をしている。一部にも変な性癖が芽生えつつあるようだ。
昨日の魔力測定でクレアが”光”の魔力属性だった、という事は機密とされ、伏せられていた。そのうち本人の適正を確認して、自然4大力のどれかの上位属性だという事になる、と、2人には昨日のうちに連絡されていた。
「(お、お姉さま、これはいくらなんでもやりすぎでは? マナーを教えて下さい、って言いましたけど、私は別に寮の部屋とかでも良いんですよ?)」
「(いいのよこれくらい、言わせておけばいいの、あなたの訓練にもなるし、一石二鳥よ、ほら続けるわよ)背中に入れた棒を意識しなさい!その棒が背骨に触れている間は背筋が伸びていません!もう一往復!」
「は、はいいい!」
クレアの背中に入っている棒を扇で叩く、棒の所を殴っているのでクレアは別に痛くないのだが、結構大きな音が辺りに響き渡る。
前世の『のばら』が武術をやっていた影響で、ロザリアは割と体育会系だった。
なおもロザリアの特訓は続き、1度校舎までたどり着くと、今度はまた校門に戻る、というのを繰り返していた。
(ねぇもう5往復目よ? さすがにちょっと可哀そうじゃない?)
(でも所作は綺麗になっているわね)
(ねぇもうあっち行きましょう? 私達まで目をつけられたくないわ)
(あの子を徹底的に屈服させて、消えない敗北感を植え付ける気なのかしら、なんてうらやま、恐ろしい……)
双方合意の元の特訓ではあるのだが、見た目だけはかなりクレアがつらそうに見えるため、見物している生徒達も見るに忍びなくなり、だんだんとその場を去っていった。
「あらかた、どこかに行ったわね。今日はこれくらいにしましょう、中々姿勢が綺麗になってきたわよ」
「ありがとうございますお姉さま! こんなに違うんですねー、貴族と平民の所作って。初日みたいに背中丸めてこそこそしたら、目をつけられるはずです。でもいいんですか?お姉さまの評判、悪くなってる気がするんですけど」
「あらぁ、私はそんなの気にしないわよ? 元々貴族の子女に友人なんて1人もいないもの。それに私は、『悪役令嬢』よ?」
少し広げた扇で口元を隠し、小首を傾げて目を細め、ホホホと嘯くロザリアのその姿は、紛れもなく悪役令嬢だった。うっかりクレアは見惚れてしまい、
アデルは(この方向性で良いんだろうか……?)と首を傾げて悩むのだった。
朝食を、と向かった寮の食堂でもクレアへの特訓は続く、ティーカップの持ち方からテーブルマナーまで、ロザリアが事細かに指導していくのだった。
「カップを皿に戻す時は絶対に音を立ててはいけません、この学園生活では、全てが未来の生活の為の訓練の場だと思いなさい」
「はいっ! お姉さま!」
人前なので声は小さめだったものの、ロザリアの良く通る声は、食堂でも目立っていた。
「(どう? 貴族の生活はこんなのが朝から晩まで続くの、王太子妃教育も含むと、もっと厳しくなるわ)」
「(お姉さまマジ凄いっす、尊敬するっす!)」
「(クレア様、所作は綺麗になっても、言葉遣いが粗雑になっておられますよ)」
同席して食事をしながら2人の給仕をするアデルが、クレアの話し方に小声で突っ込みを入れる、クレアは村の方言が出ると、こんな感じになるらしい。
「お姉さま、本当にありがとうございます、私、本当に地方の村育ちなので、マナーも何も知らないままだったら、まともに学園で生活する事もできませんでした」
「本当にねぇ、ちょっとリュドヴィック様に申し入れてみるわ。クレアさんみたいな人が魔法学園に入学するなら、先立ってどこかでそういう教育を受けられないか、って」
「そんな事できるんですか!?」
「国が義務として無責任に無理やりこの学校に入れるのよ? 平民の人に限るなら人数は少なめだろうし、可能だと思うわ。このままだと平民の人たちだけで、隅の方で寄り集まるような事になるもの」
「はぁ~、貴族の人って、やっぱりそういう事まで考えるんですねぇ」
「やぁロゼ、入学2日目も、朝から色々と話題になってるようだね」
「リュドヴィック様! どうされたのですか? わざわざ食堂に来られるなんて」
「生徒会の方にちょっと申し入れがあってね、要はロゼが、朝早くからクレア嬢に壮絶ないじめをしている。とかで」
王太子が突然食堂に現れたとあって、周囲もざわつく、周りの視線はロザリア達に注がれていた。
「そんな事ありません! これは私がお姉さまにお願いした事なんです! あ! も、申し訳ありません」
「いや良いんだよ、建前上この学園内では平等の立場だからね、私相手でもわざわざ発言の許可を求める必要はない」
リュドヴィックは最初にクレアと対面した時は別人のように、穏やかに接していた、その様子にクレアも安心したようだ。
「私も、ロゼがそんな事をするとは思っていないしね、おおかた、周囲から浮かない為の所作の練習がてら、クレア嬢に同情の目を向けさせるつもりだったのだろう?」
「まぁ、そんな所です、昨日だけでも色々ありすぎましたので、ちょっと一芝居打たせていただきましたわ」
「うん、私も家名を与えたのは、クレア嬢の為を思ってやったんだけどね、後々の事までは考えていなかったな。名前さえ与えておけばどうにかなる、と思ってしまっていたよ、ありがとう、ロゼ」
そう言いつつ、リュドヴィックはロザリアの側の席に座ろうとする。またいつものが始まるのか、ちょっと場所を選んで欲しい、と、さすがにロザリアが逃げる準備を始めた。
「はいそこまで、生徒会の朝の定例会がありますので、行きますよ」
そこを、空気も読めて、できる男のクリストフが、リュドヴィックの首根っこを掴んで連れて行こうとした。
「いやちょっと待て、もう4日もまともにロゼと会っていないんだぞ?」
「昨日も会われましたし、これからは毎日会えるでしょうに」
「いやこんなのは会ったうちに入らないだろう! せめて半日は必要だ! ロザリア成分を摂取させてくれ!」
見た目だけは怜悧な王太子が、わちゃわちゃと側仕えとじゃれ合い、いかに自分にとってロザリアが必要か、とまくしたてるものだから、ロザリアは隣で真っ赤な顔になっている。
「あの、リュドヴィック様、恥ずかしいのでやめてもらえませんか? また休日にでも、お茶を飲みに来ていただいて構いませんから」
「よし生徒会に向かおうかクリストフ、休日の予定を開けておいてくれ」
『『『『チョロい』』』』
その場の全員が、そう思ったのだった。
「王太子様も変わりましたねぇ、あ、いえ、ゲームの中と比べて、ですが」
連れて行かれるリュドヴィックの背中を見送りながら、クレアが何気なくつぶやいた。
「あっちのリュドヴィック様は色々と違うの?」
「あんな風に、気さくに話しかけてくる感じでは無いんですよ、もっとこう、貴公子然、といった感じで」
「ええー? 家に来たときは、だいたいあんな感じなんだけれど」
「だからー、それが、信じられないんですよ。ゲームをプレイした人が見たら、全員が目を疑いますよ?」
『みんなウチに関わる事で、色々変わっていってるのか、良い方向であって欲しいなぁ』
ロザリアは、自分が今、自由気まま思うままに行動してる事に対して、そんな事を思うのだった。
次回 第30話「魔法学園の授業開始! って、学園生活は前途多難ね……」