第296話「ウチは、子供の泣き声が嫌いだ」
2024年1月1日の能登半島地震に被災された方々に対し、おくやみとお見舞いを申し上げます。
皆様の生活が一刻も早く元に戻る事をお祈りいたします。
今回の話には”災害”の内容が含まれております。表現には留意したつもりではおりますが、不快な思いをさせる事が本意ではありません。
あらかじめご了承の上でご覧ください。
子供の泣き声がする、まだ小さな女の子の声だ。……また、この夢か。あまりに見すぎて、もうこれが夢だと最初からわかってしまうくらいだ。
眼の前は生まれ故郷とは思えない荒れ地になっている。周囲には、誰もいない。一人ぼっちだ。父も、母も、弟も、いない。
幼かった頃は怖くて飛び起きたものだが、もういい加減大きくなった頃には「またか」というくらいには慣れてしまった。
しかし、それは同時に家族を失った事に対して何も思わなくなってしまったのではないか、という思いもずっと抱え続けている。
思い出が薄れるごとに気持ちは楽になっていくが、同時に自分は冷たい人間なのではないかという後ろめたさが消えなかった。
さて、もうこんな夢とはおさらばだ。いつものように手足に力を込めて「ウチは起きる!」と気合を入れれば、手足の痺れと共に目覚める事ができる。
薄目を開ければ白い空が見えた、ああ、現実に戻ってきた。あの悪夢は自分の、ロザリア・ローゼンフェルドの前世の記憶によるものだ。
転生してからは久しく見なかった夢にロザリアは思い出していた、前世の自分が幼い頃に遭遇した”災害”を。
この世の終わりのような光景だった。今まで何事も無く暮らしていた所が、あっさりと瓦礫となり、押し流されていった。
何もかもが流され、自分も大人に連れられて命からがら山へ逃げるしかなかった。目の前で変わり果てていく街、それは幼い彼女にとって世界の崩壊と変わりなかった。
「どうして誰も助けにきてくれないの!?〇〇は!?XXは!?どうしてみんな来ないの!?」
幼い”のばら”は泣きながら知る限りのニチアサのヒロインや漫画のヒーロー達に救いを求めていた、けれど、誰も来てくれなかった。正義の味方なんて、どこにもいなかった。
『あれ以来、ちょっとの間ああいう番組見なくなってたっけ。救援に来てくれたお医者さんや看護士さんがそのヒーロー達に見えて懐きまくってたなぁ』
子供心に現実を思い知らされたのだろう、施設へと引き取られた”のばら”は、その時の反動か少々享楽的な考え方をするようになっていた。
いつか自分も死んでしまう、行きているなら死ぬまでの人生を楽しまないと損だと。
心の傷が少々軽くなった頃には子供に混じってニチアサ番組を見たり、正義感に目覚めて身体を鍛えたりと自分の思う通りに生きたつもりだ、そして、少女をかばった交通事故で命を落とした。
そしてまた、転生したこの人生でも世界は滅びを迎えようとしていた。この世界は、終わる。
また、誰も助けに来なかった。救世主は、いない。正義の味方も、いない。
「ふざけんじゃ、ないわよ……!」
正義の味方がいない?ならば、自分はどうなのだ、悪役令嬢だ、”悪役”令嬢がここにいる。悪とは正義がいないと存在できないはずだ。悪役令嬢だけが存在する世界なんておかしい。
正義はどこへ行った。出てこないなら胸ぐら掴んででも引きずり出してやる。
「だったら、私が正義の味方にでも何でもなってやるわよ! 正義の悪役令嬢にでも何でもなるわよ! 自分で言っててマジ意味不だけど!」
ならばどうする、その先にあるのは人を超えた領域だ、人のままではいられなくなる。
「何度も言わせないで! 私は世界を救う! 救いたいの! 私が人でなくなるとかどうかなんてどうでもいい!」
そうだな、かつての私もそうだった。いや、かつての私がそうだった。
「え?」
私だよ、いや、お前だ。ロザリア、ウチだよ。
目を開いたロザリアは、自分がSGグランダイオーのコクピットの中にいるわけではない事に気づく。
空は異形の都市に覆われていたはずなのに真っ白で、神々しい光が差し込んでいる。
飛び起きて見回しても見えるのは広大な空間だけだ。遠くには巨大な岩や古めかしい建物が空に浮かんでいるが人が住んでいる様子は無い。地面は磨かれた石のようなもので一面覆われている、どこだここは。
どこだと言われても説明に困るが、私だよ、ロザリア。ウチだ、ウチはあなた。あなたはウチ。
「えっと、あ、世界の、声?」
そう言う方が判りやすいのでそういう事にしていたけどね、そもそも”世界の声”なんてどこにも無かったのよ。ウチの声が聞こえていただけ。自分の声なんだから聞こえて当然でしょ?
「えーと? ウチ様、って、私? ウチ様って何者?」
ふふ、ようやくここまで辿りつけたね。さて、世界を救いたいといった先程の言葉、取り消すなら今よ?
「何が何だかまだわからないけど、黙ってたら世界は無くなっちゃうんでしょ? 止められるなら何でもするわ!」
さて、似たような空間ではクレアも寝かされていた。こちらはすぐに目覚めてあたりを見回しているが当然何もわからない。そろそろ説明が必要なようだ。
やぁやぁ、ようやくこの時が来たよね、マジ乙って感じー。っていや、もう偽装する必要も無いのか。
さて、もう一人のプレイヤーにもそろそろ役目を果たしてもらいましょうかね?
「え? あれ? えーっと。どちら様で?」
どちら様も何も無いっスよ。あなたは私の化身体で、この世界でのプレイヤーなの。
とはいえ今までは手出しできないのでほぼ見てるしかできなかったっスけどね、いやー歯がゆかったのなんの。
「は? え?」
私は、一言で言うと”外なる神々”の一柱。これまではこの世界に干渉できなかったので、この世界の神に偽装してたんスけどね。ようやく全ての条件が整ったので役目を果たしてもらおうかなーと。
「いや全く話が飲み込めないんスけど……」
まぁそこは仕方ないっス。頭の中身吹っ飛んじゃうから神としての記憶を全部与えるわけにはいかないっスからね。
今までは”初期化”の能力しか持たせて無かったっスけど。ちょっとだけ権限と情報を与えるのであとはよろしくー。ちゃんとチュートリアル通りに処理してねー。
「だからちょっとは説明しろー!!」
起きなさいアデル、起きるのです。
「ここは……、お嬢様!」
なんというか、自分の身や状況よりもそっちを優先するとは筋金入りですね。そのお嬢様を救う為なのです、さっさと状況を理解しなさい。
「理解、と言われても、常識が通じる状況でないのなら混乱するしか無いと思うのですが」
冷静に混乱しないで下さい、我ながら可愛げが無いですね。
「我?」
はいそこはスルーして下さい。話が前後してしまうので詳細は省きますが、今から権限と情報を与えます。貴女ならそれだけで状況を理解するでしょう。かつて私が歩んだ道なのですから。
『アデル、聞こえる?アデル』
「お、お嬢さま!? どこに? 声だけというのはどういう事ですか? 私の周囲には何も無いのですが」
『えっと、アデルさん? 大丈夫ですか? クレアです! 私も多分同じような状態です! ってかお姉さまも、この何もない所みたいな所にいるんですか?』
『クレアさんにもちょっとお願いがあるの。今から2人を転送させるわ』
『え? 転送? どこへ?』
『お嬢様? お嬢様?』
その瞬間、2人の姿がそれぞれその場から消えた。アデルが転移した先はドワーフ王国の地底工城のすぐ前だった。
アデルは自分に与えられた情報と記憶で、即座に自分がやらなければならない事を理解する。はっきり言って不本意極まり無いが、ロザリアやこの世界の事を思えば従うしか無い。
「本当にドワーフ王国のようですね、あ! ドワーフ王様! ちょっとお願いが!」
「うぉっ! 本当に来た! なんじゃさっきの声は!」
「ドワーフ王様! もはや一刻の猶予もありません! 早く私を球船の中に!」
「ここ……は?」
クレアが転移した先はどことも知れぬ遺跡のような場所だった。クレアには正確な場所はわからなかったが、グランロッシュ城の最下層、もう一つの『救星機構』のある場所だった。
そして、その場にはリュドヴィックとフェリクスの姿もあった。フェリクスは突然転移したにしても建物から建物という程度だったが、SGグランダイオーに乗っていたはずのリュドヴィックは混乱どころではない。
「クレア嬢!どうしてここに!?ロザリアを見なかったか!」
「王太子様、お姉さまは無事です。それより今すぐ私をこの中に!お姉様を助けないと!」
クレアは歩いてゆき1つの扉の前に立つ。そこはまさに『救星機構』へと通ずるものだった。
「この扉は王族の方々が2人以上でないと開かないと聞いております。王太子様とフェリクス先生はその為に呼ばれたのでしょう? 早く私を『救星機構』の所へ!」
「なぜ、それを? 突然ロザリアの声がして『クレアさんの言う事に従って』とは聞かされたんだが。
もうすぐ世界が消滅してしまうとも聞かされたが、これでロザリアが助かるのか?」
「……正直に言うとわかりません。でもお姉さまが言うにはこれしか手が無いんだそうです。しかもここで行う事は時間稼ぎでしかないそうで」
リュドヴィックは決めかねていた、どう考えても内容が普通ではない。世界が滅びようとも、などと陳腐な言葉があるが、本当に世界が滅びそうな時はどうするべきなのか、まずは疑問点から潰すしか無い。
「教えてくれクレア嬢、『救星機構』とは何なのだ。何故君はここの存在を知っている、少なくとも王家はこの施設が御柱への魔力供給を制御しているとしか聞かされていない」
「私が生まれた理由、その一つなのだそうです。私は『救星機構』を起動する為にこの世に産まれてきました。『救星機構』はこの世界の強制初期化装置なんです。これを使えば因果を遡り、世界そのものを巻き戻す事ができるんです」
「突然、そんな事を言われても信じられないのだが……」
「いえ、王太子様は一度だけ私が世界を巻き戻したのを見た事があるはずです。魔技祭の時に」
話の内容に困惑するリュドヴィックに、クレアは魔技祭の時にフェリクスが魔界の真魔獣に殺された時、
この世界に蘇生魔法は無いと言われているにも関わらず、明らかに死んでいたのに蘇生した事を話した。
「私に与えられた能力はほんの少しだけ事象を巻き戻す『初期化』なんです。もっとも私自身の力ではごくごく限定的な範囲で、ほんの少しだけの時間なのですが。ですが『球星機構』を使えば世界ごとかなりの時間を巻き戻す事ができます。
その他にも、他者の運命や行動をある程度自由に変更する事まで可能になったりもしますが」
「恐ろしい話だが……、それを使って世界を救うという事なのか?」
「いいえ、それを使うと何もかもが元に戻ってしまうんです。記憶も、思い出も、時間も、何もかもが消えてしまいます。お姉さまはそんなのは嫌だ、と。私だって嫌です」
「なら、どうしてここに? 使いたくは無いんだろう? いや、仮に世界が巻き戻るのだとしても、やり直せるなら使ったらどうだ? 時間稼ぎにはなるんじゃないか?」
「救星機構はあくまでこの世界にしか作用しないんです。魔界への影響はどうにもできません、手遅れのまま最後を迎えてしまうだけです」
「じゃあ、どうしてここに?」
「お姉さまを、救ける為です。お願いします、この装置は私が勝手に使えないよう、王家2人以上の承認が無いと開かないようになっているはずなんです」
ロザリアの為、と言われてはリュドヴィックは断る事はできなかった。しかもこの扉を開ける条件も聞かされている内容と合致している。
どうせこの世はあと少しで消えてしまうらしい。ならば最後まであがくのも悪くはないだろう。
「……わかった。この際だから、何でもやってみるしか無いか、フェリクスも、それで良いな?」
「もちろん、クレアさんの言う事に嘘は無さそうだし、何より世界が滅びようとしているこの様を、あいつが喜んでいるだろうというのは、どうにも気に入らないからね」
フェリクスの父である大公爵は破滅願望のある厭世主義者なので、彼は幼少期から様々な迷惑を被っていただけに、彼に対する当たりが強い。
リュドヴィックやクレアもその事情を知っているだけに、簡単にはそれを無碍にはできない。
扉は大きく、複雑な文様や文字が刻まれており、魔法的な封印がかけらているようだ。左右の扉にはそれぞれ手を当てるらしき窪みがある。
リュドヴィックとフェリクスがそれぞれ扉に手を当てると、扉は開いてゆく。扉が完全に開き切ればその先は長い通路だ。通路の壁も天井も、いつか魔法学園中央棟の地下で見たような、時代に合わない近代的な素材だった。
中に入ると救星機構の中は巨大なドーム状の空間だった。中央の円形舞台上に、いつか遺跡教会で見た人型のオブジェが鎮座している。
「あれが、救星機構ですね。ちょっと、待ってて下さい。この中に入れるのは私だけみたいなので」
クレアは小走りに中央の装置に駆け寄ると、それに触れた。コンソールパネルらしきものが起き上がって来る。
《聖女の存在を確認。救星機構を起動しますか?》
頭の中に直接声が響いてくる。おそらく球星機構の管理システムだろう。だが今はその通りにするわけにはいかない。
「いいえ」
《状況は把握しております。このままですと何もしなくてもあと数分で自動的に起動します。起動しますか?》
「いいえ、コンフィグモードを起動」
クレアは救星機構の設定画面を開き、下へ下へとスクロールさせると、〈管理者権限による介入〉の項目に触れた。
《危険です。こちらは管理者による高度な知識が求められますので、下手に設定すると機構が暴走します》
「その暴走をして欲しいのよ!」
ほぼ同じ頃、魔法学園の上空に巨大な球体が現れた。古代ドワーフの遺産『球船』だ。
球船は突然大地から魔力を吸い上げ始めた。それはクレアの行った設定変更により御柱が吸い込んでいた魔力を横取りするような形で世界中の魔力を吸い取らんばかりだった。
「何だ?突然御柱への魔力供給が途絶えた……?しかしこれでは。何を考えている?世界の崩壊を早めたいのか?」
巨大グリセルダも当然それに気づく。SGグランダイオーを始末したかと思ったら突然この状況だ。無関係とは思えなかった。
「いいえ、それは違うわ」
ロザリアが巨大グリセルダのすぐ側に浮かんでいた。突然現れたロザリアにグリセルダは訝しげな顔だった。先程の巨大なゴーレムのような物ならまだしも、身一つだったからだ。
「何だ?お前はもう負けたのだろうが、大人しくこの世界が消えるのを待っていろ」
「そういうわけにもいかないのよ。プレイヤーってのは何度も何度もやり直すものなの。トゥルーエンドを迎えてスタッフロールを見る為にね」
「何をわけのわからない事を……、これは、神気?」
ロザリアの身体から明らかに人のものではない気配が溢れていた。その上、その量はどう考えても人の存在ではありえない程だった。
その源は上空に浮かぶ球船からだ。魔力のみならず、精霊力までも吸い取って供給していた。
球船からそれを見ているアデルは、ロザリアのどう考えても人の枠を超えた無茶を見て、祈ったこともない神に願っていた。
「お嬢様、どうかそのままで、変わらないでいてください」
「亜神覚醒!」
ロザリアの言葉で、その場に充満していた神気や魔力が吸い込まれていく。魔力を吸収したロザリアは、アグニラディウスから受け継いだ力でいつかのように亜神へと覚醒していった。
だが、それは本人だけにとどまらない。SGグランダイオーを構成していた魔力をも吸収し、目の前の巨大グリセルダに匹敵するほど巨大化していくのだった。
次回、第297話「世界の終わりには、いつだって正義の味方が駆けつけるものよ!」
読んでいただいてありがとうございました。
基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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