第293話「魔王女復活」
地下の魔王女が封印されている間でも異変が起こり始めた。扉を塞ぐ鎖、呪符、護符、そういったものが尽く溶け落ち始め、焼け落ちて扉がむき出しになる。
その扉が、突然内側から何者かによって蹴り開けられる。中から誰かの足が一歩踏み出てきた。よたよたとよろめくように出てきたのは、ボロボロになった黒いドレスを纏った少女だった。
不気味なその少女の顔は憎悪に満ちており、目は血走って光も無い。この世の全てを憎んでいるかのようだった。
そして突然少女は周囲に憎悪の声と共に呪詛をまき散らし始めた。魔力の篭った文字が周辺の壁に浮かび上がり、石か金属のようにしか見えないはずの壁が腐り、腐食し始める。
少女の様子にも変化が現れる、肩が震え、身体全体を揺するようにして笑い始めた。その笑い声は封印されていた広間全体にこだまする。
そして、その少女に向かい合う少女がもう一人、魔法学園の制服を着たグリセルダだった。彼女は”ここ”に強制転移させられてきていた。完全な自分に戻るために。
ドレスの方の少女は顔を上げる。もう一人のグリセルダだった、いや、こちらが本体と言うべきか。
「お前が、私の欠落した記憶、いや、本体か。私はお前のかけらなんだな」
制服のグリセルダは目の前のドレス姿のグリセルダを見て、悲痛な声を漏らす。眼の前の自分の姿があまりにも痛々しく、悍ましいものだったからだ。
ドレスのグリセルダは笑うのを止め、ゆっくりと制服のグリセルダを見る。
「そんな顔をするなよ。”私”だろう?ああ、どうして、私はいつも上手くいかないのだろうな」
ドレスの方のグリセルダは、問答無用で制服のグリセルダに飛びかかった。彼女はまだ、1000年前の大襲来の最中だ。
制服の方のグリセルダは、最後にアデルともう一度話をしておきたかったな、ああ、そういえばあの小説。あれも完成させたかったと思ったのが最後だった。
制服の方の”自分”を吸収して完全な状態になったグリセルダは、ようやく心身共に自由になった自分の身体を確認していた。
手を握ったり開いたりして感触を確認し、首や肩を回して己の身体に問題が無いとわかると、天を睨むように上を向く。
瞬間、グリセルダの姿が消え、次の瞬間には巨大な光る柱の前に転移してみせた。
眼の前の柱を忌々しげに睨みつけ、その表面に手をつく。すると、音もなく御柱が上昇を始めた。
そのスピードは徐々に加速する、グリセルダは柱に手をついたまま微動だにしていない、御柱と共に上昇しているのだ。
地上の魔法学園では地下から来る異様な気配を誰もが感じていた。自然とその視線は中央棟に向く。
突然、魔法学園中央棟の天辺から巨大な光る何かが天に向けてゆっくりと伸びていく。直径数十メートルもあるそれは、天を貫く光る柱のように見えた。
その表面には文字のような文様が浮かび、明滅していた。よく見ると発光していてもその中にはノイズのように黒い光が混じり、侵食するように広まっている。
やがて、光の柱は完全中央棟から引き抜かれた。今度は逆に大地に向けて突き立てられようとしている杭のように先がとがる。
「リュドヴィック様!あれは!」
「御柱だ……、なんという事だ、抜けてしまったと言うのか?」
「あれって、魔法学園の地下にあったものですよね?どうしてあれがあんな事に?」
ロザリアがクリストフとリュドヴィックに近づき尋ねる。とはいえ、聞かれた所で二人には答えようもなかった。
「恐らく、魔王女が復活したな、よりによってこんな時に」
リュドヴィックにしてみれば、これまで魔王女が大人しかったのでこのまま何事も無ければ、魔界からの侵食対策だけで済むかという目算ではあった。
しかしそれは甘いと言わざるを得なかった。どういう要因かはわからないが、いきなり魔王女が復活してしまった。
「この世界に告げる、死ね!」
それは単純にして明確で純粋な殺意だった。
その場にいた者、いや、世界中の人の脳裏に声が響いた。それは魔王女の声、1000年前の大襲来を再開すべく、高らかに”命令”していた。
「リュドヴィック様! 御柱の先! あそこに人が! ドレス姿の少女のようですか?」
「あれがグリセルダの本体……? いやそれだけでないな、あれは、イーラか?」
いつの間にかグリセルダの隣に鎧が浮かんでいた。イーラを改造し、狂戦士の力を取り込ませたものだ。復活したグリセルダは、先に復活していた方の記憶から即座に己の道具としていた。
イーラは、御柱に手を当てると、突然世界中から魔力を吸い取り始めた。御柱を維持するための魔力を供給する機構からのものだ。
その魔力により、イーラの身体は突然巨大化を始め、異形の鎧騎士のような姿になる。
だがそれは、世界中の人間達から強制的に魔力を吸い上げるようなものだ。
最も影響を受ける魔法学園の生徒達は突然苦しみ、倒れ、中には魔力が枯渇して動けなくなる者もいた。魔法障壁を張って身を守る事にのできる生徒もいるが、高レベルに限られるので数は少ない。
「ベルゼルガの力……?」
「ロゼ、何だって?何の事だ?」
「あの巨大な鎧の力は、狂戦士の能力を奪ったものだ、って。それでどんどん巨大化を」
「どうしてそれを……、いや、今はそんな事を気にしている間は無いな、何とかしてあれを止めないと」
とはいえ、リュドヴィックは防ぐ手立てなど持っていなかった。単なる王太子の身で、目の前の御柱だの巨大なイーラだのをどうにかできるはずもなく。
同じ頃、魔王女が去った封印の間で動きがあった。
そこにあったのは、先に侵入していた諜報員達の物言わぬ躯と、かつてグリセルダだったホムンクルスの青白いミイラのような身体だった。
その場に立つ者がいる。フードを被った黒い装束のフォボスだった。
フォボスは無言でホムンクルスの肉体に手を当てると、己の魔力を流し込む、するとホムンクルスの肉体から光る玉のようなものが出てきた。
『私は……、私は”私”に吸収されたはず。何故だ、何故消えずにいる』
光る玉は制服のグリセルダの残存思念だった。あまりに元のグリセルダと乖離し過ぎていて吸収され切らなかったのだ。
フォボスはその光る玉を愛おしそうに手に取る。
「ね……ぇさま」
『お前、フォボス……、ではないな? 誰……、まさか!?』
ロザリア達は学園中央棟の近くで巨大イーラを見上げていた。ロザリアの顔は決意に満ちていた。TVアニメ最終回直前のヒーローのように。
「何だか、とんでもない事になってるわね……。あんな巨大なもの、何とかしようとするなら”アレ”しか無いわよね?」
「まぁ、そんな気はしてたっスけどー。ちょうど劇に出てた5人もいますしねぇ」
「悪夢です。まさか最後の最後で”あれ”に頼る事になろうとは、お嬢様、逃げるという選択肢は無いのですか?」
「もうこの世には逃げ場なんて無いのよ? だったら立ち向かうしか無いじゃない! 行くわよ! これがグランダイオー最後の戦いよ!」
「あの、戦うにしても、どうしてもそれでないと駄目なのでしょうか……?」
ロザリアはアデルのもっともなツッコミは華麗にスルーした。悪役令嬢ロザリアの、最後の戦いが始まる。
次回、第294話「行くっスよ!グランダイオー!グレート合体!」「ウチ的にはスーパー合体なんですけどー!?」「この世界観はいまだに理解し切れないのですが……」
読んでいただいてありがとうございました。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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