第291話「なんとかリュドヴィック様を婚約ピから彼ピへとラックアップしたいんですけどー」「その違いは一体何なのですか」
春というには少々早いその日のローゼンフェルド家は朝から忙しくしていた。何と言ってもこの国の王太子を招いて、その誕生日を祝うのだから。
ロザリアがいくら半ば私的なものなのでささやかのものでいいと言っても、相手が相手なのでそういうわけにもいかないのだ。
王太子の誕生会ともなれば王宮側でも国を上げての夜会として催される事になっており、ロザリアも既に成人となっているのでそれに出席する事になっている。
その夜会でプレゼントを渡せば良さそうなものではあるが、そこで告白など無理だろうという事で、時間の空いている昼餐でリュドヴィックを招き、こちらは私的なプレゼントを渡す事になったのだ。
とはいえ、やはり対外的な意味合いを持ってしまうもので、立会いとなるべく何人もの貴族も招かれたものなのだった。
ローゼンフェルド家のタウンハウスともなれば夜会を開ける程の巨大なホールもあるが、
真っ昼間から社交ダンスを踊るでもなく、そこを埋め尽くす程の人を集めるとささやかにならないので、小さめの部屋での開催となった。
略式の夜会の形式を取っており、立食用のテーブルがいくつも並んで料理を並べている。
それでも参加人数は何十人かはおり、小規模とは少々言えない。
「結局、どうしてもこういう大げさなものになってしまうのね……」
「王太子様の婚約者っていうのも、楽なものじゃないんですねぇ」
ロザリアは会場をぐるっと見渡して、自分の思っていた誕生会と少々違ってしまっているのに、ため息をついていた。クレアもその意見には同情的だ。
「これが貴族というものなのです。全ての事はローゼンフェルド家の為に行われてしまう事になるので、何事もお嬢様一人の問題では無いのですよ。ご自愛とご自重下さいませ」
「最後のは何よ。私はいつだって自分を抑えているつもりなんだけど」
アデルはロザリアの返しにどの面でそれを言うのかと呆れていると、招待客であるサクヤ達がやってきた。後ろにはシルフィーリエルの姿もある。
二人共軽めの場なので正装しなくてもいいとの事から魔法学園の制服姿だった。ちなみにロザリア達もシンプルなドレス姿だ。
「それにしても、私達に声がかかるとは思いませんでしたわぁ」
「まぁまぁ良いじゃないか、おひい様。私達も知らない間柄じゃないんだからさ」
「わざわざありがとう、同年代で立会人的な人を呼んでおけと言われたんだけど、他に思いつかなくて」
「お姉さまって意外とぼっち気味なんですよねぇ。学校外でいろいろやってるから仕方ないんですけど」
ロザリアは前世がギャルだったのでコミュ力はむしろ過剰気味なのだが、学園そっちのけで店を経営したりしていた弊害でクラスや同級生に友人が少ないのだ。
「お嬢様、少々ハメを外しすぎですよ。そろそろ同級生の友人を増やすべきだと思いますが?」
「ドワーフさんとかエルフさん達の知り合いは結構増えたんだけどね……」
アデルのお小言に、ロザリアはもうすぐ魔法学園の1年も終わり2年生に進級する、来年度からはもう少しなんとかしないとなぁ、と思っていると会場がにわかにざわつき始めた。
ローゼンフェルド家の邸宅の門前に王家の馬車が止まったのだ。門が開くとそのまま馬車は屋敷への道をこちらに向かってくる。
「お嬢様、それでは王太子様を迎えに行かなくてはなりません、すぐに玄関ホールにお向かい下さい」
アデルがロザリアを促していると、また別の魔法学園制服姿の少女が入室してきた。
「おおアデル、遅くなってすまない。あまりこの地区には来ないのでな。少々迷ってしまった」
「あらゼルダさんようこそ。アデル、あなたが招待したのだからご相手をよろしくね。それでは行ってくるわ」
「忙しい事だな。まぁロザリア嬢はいわばこの場の主催者だからな」
「王太子様をご招待したわけっスからねぇ」
「王族を祝福するのは貴族の義務の上に、今回はお嬢様が婚約者として始めて王太子様をお迎えしての事なのでなおさらですね」
慌ただしく出ていくロザリアを見送りながら、3人が会話を交わしているとあらかた招待客は揃ったようだ。
大半はローゼンフェルド家の親戚筋や、ローゼンフェルド家の派閥で有力な家からの参加ではあったが、その中にフルーヴブランシェ侯爵家のルクレツィアがいた。
「あら、いらっしゃいましたわね」
「サクヤさん、私はこの場に呼ばれるには少々派閥もズレておりますし、あまりそぐわないのですけど?」
「まぁまぁ、友人の友人は友人という事で、数合わせでお願いいたしますわ」
ルクレツィアを呼んだのはサクヤだった。一応国内三大貴族家に数えられる家の令嬢を、数合わせと言い切るのはサクヤならではである。
とはいえルクレツィアもロザリアには何だかんだ助けられており、最近ではビジネスパートナーな状態なので断れもしなかったのだが。
こちらは魔法学園の生徒ではないという事で制服姿では無かったが、やや着飾った状態で来ており、はっきり言ってこの場からは多少浮いているが、
これもまたローゼンフェルド家の派閥に与したわけではないというアピールの側面もある。貴族は服装ですら駆け引きの手段なのだ。
「しかし、誕生日パーティーへ招待する人だけでも楽なものじゃないんだなぁ」
「全くっスね。派閥まで気にしないといけないなんて」
「それが普通なのですよ? クレア様も貴族になったからには今後色々と行動に注意すべきなのです」
グリセルダと話していたクレアがアデルの言葉にええー、と不満げな顔をしていると扉が開き、リュドヴィックとロザリアが入室してきた、招待客も拍手でそれを迎える。
リュドヴィックはロザリアをエスコートして席まで案内する。並んで座ると来賓やロザリアに挨拶を始めた。
「本日は、私の為にこのような場を設けてくれてありがとう、ロザリア」
「い、いえ。私の方こそ少々出しゃばったかもしれませんので、お気になさらず……」
誕生会というよりはちょっとした夜会のようになってしまっているので、さすがに本来の王宮での誕生会を差し置いてしまっていないかとかえって恐縮していた。
「いや、そんな事は無いよ、誕生日くらいは私が文句を言わせないよ」
「いえいえ、リュドヴィック様の立場というものもありますし……」
「さぁさぁ、あまり若い者に任せていると話が進みませんのでな、皆様、グラスをお持ち下さい」
生暖かい雰囲気になりかけたが、こういう場を仕切る事には慣れているロザリアの父マティアスが、さっさと始めるぞコラとばかりに乾杯を促した。
「こういう場で祝ってもらうのは良いね。改まった場だと皆とまともに話をする事もできない」
「ハハハ、まぁ殿下もそのような場では息が詰まりましょう、今日はどうか我が家にてごゆるりと一時をお過ごし下さい」
乾杯を終えて歓談の時間となり、立食形式なのでそれぞれが会場の中を思い思いに動き回っている。
この家の当主であるマティアスもリュドヴィックを接待しつつ、会場を巡りながら顔見知りの者達に挨拶を繰り返している。
今回は社交ダンスも無いという事から、歓談がメインだ。
この場の主役であるリュドヴィックはともかく、フルーヴブランシェ家とローゼンフェルド家の令嬢それぞれが揃っているという事からも、話題は自然と2人が行っている事業についても話が広がっていく。
「近年、ロザリア様はルクレツィア様と組んで、様々な事業を起されておられるとか」
「事業というかほどのものでは。古着店の仕立て直しを、ルクレツィア様のお店と提携しているくらいなのですよ」
「いやいや、この様な若いうちから商売の何たるかを心得ておられるとは素晴らしい事ではないかと存じますな」
「ほほう?我が婚約者殿は、私を放置して商いとは寂しい事だ」
「い、いえ!決してそのような事は!」
「はっはっは、殿下、意地悪は程々にした方が良いですぞ」
などというトークも、招待客へのサービストークのようなものだ。
「社交界に出ると、このような会話も必要になってくるのかしら」
「まぁそうだな、私的な事柄でもわざわざ話題に出してその場にいる者を盛り上げねばならないし、
逆にその話題で社交界を自分の思うように誘導したり、会話自体が政治的な意味合いを持つ事もある」
「少々、先が思いやられますわね、はっきり言って学校の事も満足にできていませんのに。」
ロザリアは次のテーブルへ移動しながらリュドヴィックと話す。
ロザリアはもう成年扱いなので、体力さえ許せば夜会に出て社交界に出る事もできる。
現にフルーヴブランシェ家のルクレツィアはもう既に社交界の華の一角として頭角を現し始めているとのことだった。
だが、ロザリアはこういう私的とはいえ、半公式の場で呼ぶ友人すら数少ないというのは、はっきり言って同年代との間で社交を全く行っていないようなものだと思い知らされた。
「それについてはたしか以前言ったよね?あまり褒められた事ではない、って。
魔法学園での人間関係は、今後の社交界でも大きな意味を持つんだ、そろそろ何とかした方が良いよ?」
「そうですわね……」
ロザリアは前世がギャルなだけに、人間関係を広めて行く事には全く不安が無かったが、不安が無さすぎたが故に学園での社交をおろそかにしていたと言ってもいい。
「学業は優秀なんだから、あとはそういう部分だけだね。そういえば今年の各学年の代表によるスピーチは、ロゼになるのだったかな?」
「え、何ですか?それ」
「知らないのか?各学年で優秀と認められた者は、毎年度の終わりの終業式で、皆の前で一年の総括であるスピーチをするんだが?」
ロザリアが聞きなれない情報にキョトンとしていると、リュドヴィックが説明をする。
各学年の代表のスピーチは学年での成績や魔法の技能で決まるという。ロザリアの場合は他の面が今ひとつではあるが、それ以外が圧倒的なので決まったそうだ。
「というわけだから、よろしくね」
「えええええ…」
というかその終業式は明日だ。スピーチの文面を考えるにしては時間が無さ過ぎる。が、ロザリアに決まるまでに結構揉めたとの事であまり文句も言えなかった。
「さて、本日わざわざ王太子殿下にお越しいただきましたのは、今夜行われます夜会でも当家から公式な贈り物をさせていただくわけですが、私的な贈り物も娘であるロザリアから王太子殿下にお渡しいたしたく思います。
では、ロザリア、バルコニーでお渡ししなさい。ああ、我々はお邪魔ですからな。二人だけにしてあげて下さい」
当主のマティアスがそう締めくくると、控えていた使用人が扉を開けて二人をバルコニーへと案内する。会場からは冷やかしなのか本気なのか分からない歓声がかけられる。
リュドヴィックに向かい合ったロザリアが緊張しながら取り出したのは、直径1cmほどの金属球に小さな無色透明の宝石が埋め込まれたものだった。
「これは……?」
「で、殿下への贈り物ですわ。ゆ、指をお出しになって下さい。」
ロザリアがリュドヴィックの中指にその金属球を当てると、金属球は少しずつ姿を変え、その指に回り込んで指輪となった。
そしてロザリアも自分の中指に同じ金属球を押し当てて指輪を作る。
2人の指輪のデザインはシンプルではあるが繊細な模様が施されており、太さが違うだけでよく似ていた。
「おや、おそろいの指輪か、良いね」
「いえ、ここからですわ」
ロザリアはリュドヴィックの指輪の上に自分の指輪を重ねた。その瞬間、2つの指輪はお互いの魔法力を吸い取り、ロザリアのものは蒼く、リュドヴィックのものは紅く輝きはじめる。
「おお……、これは、私が贈った魔宝石のものと似ているね?」
「新しく作ってもらったもので、クレアさんの光の魔力で魔宝石を作ってもらって無属性に加工したものだそうです」
重めのプレゼントの方が良いというアドバイスで、時間も無かった事から身近な材料で急いで作ってもらったものだった。
この方式だと小さい魔宝石しか作れないものの、無属性にも加工できるので最初に吸収させた魔法力の色に加工する事ができるものだ。
リュドヴィックはクレアの魔法力が介在しているのには少々思う所はあったが、互いの魔力をやり取りして生成するという所が気に入ったようだ。
「うん、いいね。特別な物という事がはっきり分かる。ありがとう、ロゼ」
「は、はい……、私の、殿下への、お気持ちですから、あの、お、おしてぁいして、お、りましゅ」
ここぞと言う時にロザリアは思いきり噛んだ。一応最後まで言いきったので暫定的にはリュドヴィックへの告白と一応言えなくもない今日このごろ。
リュドヴィックもロザリア顔にそっと手を添え、何か言おうとした時、
突然、その場の雰囲気が変わった。大地や大気がどうという問題ではなく、明らかに世界そのものに何かが起こったと誰もが実感する程に。
部屋の中で遠巻きに見ていた者も、さすがに何事かと外の様子を見にバルコニーに出てきた。突然、その面々の眼の前で空が変わった。
空に突然もう一つの大地が向かい合うように逆さまに現れたのだ。それは赤黒く、明らかにこの世界とは異質な場所というのが誰の目にも明らかだった。
そして、それに一番反応したのは当然グリセルダだった。
「バカな!? まだ時間はあるはずだぞ! どうしていきなりファーランド側とつながる!」
『グリセルダ!? え!? え!? てか何あの空! マジ何が起こったわけ!?』
あまりにも唐突だが、この世界は”魔界”とつながり、飲み込まれ始めた。
この世界は、まもなく消滅する。世界の崩壊とはそんなものなのだ。
『え? え? リュドヴィック様とちょっといい雰囲気だったのに。
えええええええええええええええええええええええええええ!?』
次回、最終章「悪役令嬢と新たなる世界」突入。
第292話「身バレとか異変とか一気に色々起こり過ぎなんですけどー!」「平和って、貴重なものなんですね」
すいません……、一部の伏線やら登場人物を放り出してしまう形になりますが、
一旦次の章で完結とさせていただきます。あと少しだけお付き合い下さい。
読んでいただいてありがとうございました。
基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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