第288回「ウチは前世と足して33才の大人女子!」「お嬢様、中身は伴っておられますか?」
「けどお姉さま、この学園って何でもありますよね。刺繍の糸まで売ってるなんて」
「本当ね、出入りの商人に寮の私室にまで来られるのはちょっと遠慮したいし、こういう手芸店があるのは助かるわ」
放課後にロザリア達が訪れた敷地内の売店は、いわゆる手芸店だった。生徒の半分を占めるのは、ほぼ貴族の嗜みとして刺繍をする令嬢なだけにこういう店も充実している。
本来こういう刺繍に使うような小物は、貴族屋敷に出入りする商人から訪問販売を受けるものではあるが、学園の寮とはいえ貴族令嬢の部屋にまで入らせるわけにはいかない。
かといって寮や学園の談話室や応接室を商談に使うのも、生徒の人数の多さから場所が足りず現実的ではなかった。
そこで店舗を構えたのだが、ここでも対面というわけにはいかない。
何十人も一度に来店されては、一人ひとりに応対する店員を用意できず自然と現代の店のような形式に落ち着いたのだった。
店内には布地や糸、道具が所狭しと並べられている。糸も様々な色や太さのものがならんでおり、糸だけで1フロアを占めていた。
布の売り場は更に広く、刺繍は長くかかる事から布地も当然のように春夏秋冬の季節全てを網羅しており、糸に合わせられるように様々な光沢や模様のものが置かれていた。
ここまでは普通の手芸店の範疇と言えるが、魔法学園だけあって魔力に対応する手芸素材も取り扱っている。
魔力に反応する布地や糸は各属性ごとに異なるので、それを用いて魔法陣や特殊な文様を布地に刺繍すれば魔力発動の媒体とする事までできる。
ロザリアはリュドヴィックへの誕生日プレゼント用の上着を作成中であるが、王族に贈るものゆえに普通のものは贈れない。
魔力伝達を高める布地や糸をふんだんに使い、刺繍も魔法用の文様を縫いながらそれを何重にも重ねつつ、花や葉の意匠を縫い上げていくという高度な技術を要求されるものだった。
出来上がる上着は、着るだけで魔力を吸収して、服自体に着用者を護る効果が付与されるものになる予定だった。
手が込んでいるだけに使用される糸の量はかなりのものになるので、使い切った糸を補充しに来たのだ。
「お姉さまって、えぐい物を作れるんですね……」
「クレア様も貴族令嬢となられたのですから、刺繍の1つも嗜みとして身に付けておくべきですよ?」
クレアはロザリアが店員に見せている完成途中の上着を見て、あまりの精緻さにため息交じりに感想を洩らしている。
アデルに勧められても同じ事ができるとは思えなかった。こう見えてもロザリアは国内最高の教育を受けた貴族令嬢なのだ、こう見えても。
『一言多い……。ウチそんな中身と行動が一致してないの?別にフツーにしてるだけなんですけどー』
「簡単よ?糸の刺し方なんて決まっているから、あとはそれを繰り返すだけなの」
「お姉さまって、王太子様の婚約者に選ばれる侯爵令嬢だけあって意外に芸達者ですよね……。王太子様への誕生日プレゼントってもう完成するんですか?」
「クレアさんまで意外とって何よ。あと少しなんだけどね、もうちょっと色足した方が良いかなって」
と言われてもクレアにはこれ以上どうしろというのだ、というような出来栄えではあった。
ロザリアとしても手を抜けないのがつらい所だ。クオリティの低い物を王太子に身に付けさせるわけにはいかない。婚約者手ずから贈り物の出来栄えはそのまま次期王太子妃としての教育の度合いを内外に示すものなので、ロザリア自身の評価に直結するものなのだ。
「なんだか凄いものを贈るんですねぇ、もっと個人的なものを贈っても良いんじゃないですか?王太子様だって好き放題にいろんなの贈って来てますよ?」
「クレア様、ああ見えて王太子様も好き勝手に贈っているようで一応気を配られておられますよ?お二人の関係はこの国の未来の安定性を示すものでもありますからね」
「えー、でもお二人の間でしか見せないようなものでも別に贈ったら良いんじゃ無いっスかねえ。別にプレゼントなんて、一つじゃなくても良いじゃないっスかー」
クレアはこういう超高級そうな手芸店内であろうと全く物怖じしていない。
「クレア様、場所も場所ですしそろそろ口調を……。それも良いかも知れませんね、いい加減関係性も進展してるように見えますし」
「そうそう、結構2人で会ってるみたいだし、たまには愛の言葉を込めたものをお姉さまの方から送るのも良いんじゃないですか?」
クレアとアデルは勝手な事を言っているが、ロザリアとしてはリュドヴィックの方からのアプローチを一方的に受けている状態なので、進展も何も無いのだ。
「何よ愛の言葉って、別にそういうのは交わしてないけど」
「えー、お姉さまー、普通、恋人同士なら言うでしょ?愛してるとか何とか」
「わ、私達は恋人じゃなくて婚約者……、あれ? そういえば、私、まだ一度も『好き』とか言ってもらってないような……?」
「いやいやいや、あれだけ人前でいちゃついておいて、一言も「好き」とか言ってもらってないってそれはないでしょう!?」
「言って、おられま、せんね、確かに。王太子様は」
「……マジっすか?」
「マジです……。私が密かに立ち会ってる限りでは、確かにお二人は、一度もそういう言葉を交わしておりません」
アデルが珍しく愕然とした顔をしていた、いや、何もそこまで驚かなくても、とロザリアが思うほどに。
というか密かに立ち会っているというのは何なのだ。護衛だからだろうが、ますます忍者めいている。
「だ、大丈夫!君といるのは落ち着く、とか大切な、とかはいっぱい言ってもらってるから」
あわててロザリアはフォローを入れようとするが、フォローになっていない。
「お嬢様……、それだと熟年夫婦なのですが」
「大丈夫ですか? お姉さま。王太子様はお姉さまに包容力とか安らぎを求めてるだけ、とかになってないですよね?
最近わかってきましたけど、あの人有能でも結構性格的にアレな所ありますし……。おかしいな、元のゲームでは猫かぶってたんだろうか」
リュドヴィックは元の乙女ゲームではオーソドックスな欠点の無い貴公子のはずだったのだが、どうもロザリアと出会ってからは色々と残念な部分が垣間見えるようになっていた。
「アデルさん、この場合、お姉さまから王太子様に想いを伝えるのはどうなんでしょうか?」
「あまり褒められた行為ではないです、が、まぁ、周辺がどう見てるかを考えれば……。
王太子様側からは、当然、もう、言ってるもの、想いが通じ合ってるもの、としてお嬢さまが発言するのは、まぁ、ギリ無し寄りの有り、かと」
アデルが珍しく口淀みまくっていた、しかも普段はたしなめる、ロザリアがよく使う前世からの若者言葉まで使って。
「よし、じゃあお姉さま、告白しましょう、王太子様に」
「ええ!? どうしてそうなるのよ!?」
「なんつーか、ケジメ、的な? 周囲にあんだけ見せつけておいて、お姉さまに自分の気持をはっきりと言ってないのは正直ムカつきますので。王太子様は今私の中でクソな男のリスト入りしてますから」
「あの、クレア様、王太子様をそのようなリストの中に、いえ、やっぱりクソでいいです」
アデルは途中でどうでもよくなったようだった。相当に扱いが雑になっている。それでいいのか王太子。
「告白なんて、失敗したら怖いじゃないの」
「いや失敗て、もう婚約してるんですから失敗も何もないでしょう。例えばどんな感じなら良いんですか?」
「えええ? えーっとね、私から『好きだ』と言って、思ってるのと違う答えが返ってくるのは怖いし嫌でしょう?
できれば、私が言われるのを待ってたら、リュドヴィック様の方から『好きだ』と、言ってもらってー、それに私が返すように仕向ける方が良いかなぁ、って」
「面倒臭い乙女か! よくある女子の本音だけど、ここまで素直に口にする人初めて見た!」
「お嬢様……、差し出がましいですが、お二人のヘタレっぷりですと、それでは絶対に前に進みません、いっそお嬢様が王太子様の胸ぐらを掴んで『好きだ』と言う方がマシです」
「あのー、私にいったい何を求めてるの?」
後年、ロザリアは事ある毎にこの頃のやりとりを思い出すのだった。もう帰れない日々に、あの日々がいかに貴重で、そしてかけがえのないものだったのかを。
次回、第289話「あのー、どうしても告白しないと、ダメ?」「どうしてそういう事には無駄に消極的なのですか」
読んでいただいてありがとうございました。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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