第287話「揺れ動く状況」
「おお、アデルではないか」
アデルは下校してくるロザリアを待っているとグリセルダから声をかけられた。グリセルダは今日も部活に向かうようだ。
「その後どうですか? 架空の場で自由に小説が書けるようになったそうですが」
「うむ、好調だぞ。今のところ閲覧できるのは部員のみなので安心だからな、おかげで部員皆喜んでいるよ」
創作読書研究部への”ノート”の導入は極めて迅速に行われた。何しろ部員の皆も原稿の置き場所に困っていたのだ。
寮の部屋というか、クローゼットでも邪魔になっていたので天恵と言って良い。
保存する先の容量は膨大なのでスキャンした多少の書類を保存するには全く問題無く、自分で書き込んでいく場も設けられたのでいくらでも小説を書く事ができた。
これにより、読んでもらう為には本にしなければならないという物理的な上限が無くなったのは物凄く大きい。それこそ永遠に終わらない物語を書いても良いのだ。
「素晴らしい事ですね。今の時代はまだ早いと思いますが、いずれ皆がそういう場で小説を書くようになるかも知れませんね」
「いやー、部長いわく、それは良いことばかりじゃないかも知れない、って話だぞ?」
「どういう、事ですか?」
「書き始めるのは誰にでもできる。しかし長編を書き終わる事のできる人は100人のうち1人くらいだろう、と。
そうなれば大量の未完結作品が出るわけなのだから、果たしてそれは良いことなのだろうか、と」
創作読書研究部の部長は”ノート”の有用性を認めつつも、その利用の限界にも懸念を抱いていたそうだ。
『物語、というのはやはりきちんと終わるべきものでしょう? ダラダラと続いた挙げ句、結末を見られないままになる、というのも寂しいと思いますわ。
この”ノート”がもしも一般的になった時、文章を書ける人はこぞって小説を書くのでしょうね。
おそらくその量は膨大なものになると思いますわ、玉石混交とはいえ、無限に本が湧き出てくる図書館ができあがります。
でも、結局紡がれた物語は誰かに読んでもらい、読み終わってもらってこそなのですわよ』
グリセルダも部長の言葉に今なら共感できる所もある。
今書いている小説は終盤にさしかかっていてラストへの展開にどうつなげたものか、と悩んではいるが、あとちょっとで完成なのだ。
だが、その物語が誰にも読まれないというのだったら、はっきり言って書く気は起こらないだろう、自分はどのようなエンデイングを書き記すのだろうか……。
「その傾向は考えられますね……、とある題材で人気が出ると皆が一斉に真似を始めて、その題材の小説だらけになりそうな気もします」
「これも部長の受け売りなんだがな、どのような世界、設定であったとしても結局は何を描くかが重要なのだと。
だからこそ恋愛小説は柱がブレずに強いので、最後まで生き残る可能性があるそうだ」
グリセルダとアデルが小説の話をしているとロザリアが下校してきた。
「あらアデル、今日もゼルダさんと小説のお話?」
「あ! すまない、アデルの侍女としての仕事に差し支えていないだろうか」
ロザリアが二人に声をかけると、グリセルダは申し訳なさそうな表情を見せた。何だかんだと2人で話している事が多かったので。
「良いのよちょっとくらい、この子だって友達は多いほうが良いに決まってるもの。
ちょっと変わった子だと思うけど仲良くしてあげてね。アデルは先に寮に戻ると良いわ」
「お待ち下さいお嬢様、どこかにお出かけになられるのですか?」
「ちょっとクレアさんと買い物にね、学園内のお店だから心配しなくてい良いわよ」
ロザリアはクレアと学園の敷地内の店舗へと買い物に行くようだ、とはいえアデルとしては護衛も兼ねているのでロザリアの側を離れるわけにはいかない。
「そういうわけにはいきません。私もすぐに追いつきます」
「いやアデル、私の事なら気にしなくてもいいぞ、すぐ後を追うと良い。
……あの人、侯爵令嬢、だよな?なんというか、身分とか小さな事に全くこだわってなさそうだが。私の家の事とかを全く聞いてこないし」
「あの人はああいう人なので、それが困った所でもあるのですが。ではゼルダ様、失礼いたします」
「ああ、またな」
アデルは挨拶をしてロザリアを追っていった、グリセルダはその後ろ姿を見ながら思う。
グリセルダは世界を滅ぼすにしても、まぁエルガンディアのみくらいにしておこうか、くらいには心が揺れ動きかけていた。
何となれば、この世界が飲み込まれようとしているなら、それを回避するのに協力してもいいのではないか、くらいには思うようになっていた。
何だかんだここの生活が気に入っていたのだ。
ならばとグリセルダは”ノート”を取り出し、魔法学園の魔力回路網の解析を試みる事にした。
これでアクセスできる情報には限界があろうが、この端末の接続を踏み台にすればわざわざ中央棟に近づかなくても侵入できる。
”ノート”の機能に介入して画面に学園の魔力回路網を表示させて中央棟の最奥部を調べてみるが、やはり独立していて不可能だった。
だが、外部から魔力を供給する仕組みだけは見る事ができる。
この中央棟の奥にはどう見てもこの膨大な魔力の供給が必要な施設が存在するようだ。
ならばその供給網を表示させてみると、地底深くへと続く巨大な竪穴が浮かび上がった。そしてその中央部に何か柱のようなものも見える。
「私の身体を封印する為だけなら、このようなだいそれた施設は必要無いはずだな……? むしろ封印の方が副産物なのか? この巨大な竪穴と柱は何なのだ?」
地下部分はグリセルダの本体を封印する部屋に通じており、そこは完全に独立していた。直接出向かないといけないのはどうもこの部屋のようだ。だがその上は?
柱部分をどんどんと上に視ていくと、どう見ても建物よりもはるか高く高く伸びて行っている。現実の高さとまるで合わない。
「何だ? この柱のような構造物は、上層部は物質じゃなく概念化しているぞ? まるでこの世界を支える柱……、そういう事か」
グリセルダの世界でも若干ながら世界の構造を理解しようという動きはあったので、概念程度には知識はあった。
どう見てもこの柱は自分の世界との距離が近づき過ぎないようにする為のものだった。
だが、魔力供給網に流れ込む魔力には、相当数の自分の世界の魔力が流れ込んでおり、それが上層部で逆に自分の世界との親和性を高めており、柱はむしろ2つの世界の距離を近づけるものになってしまっていた。
「なかなかの技術力だな……、一度調べてみたい所ではある……」
グリセルダは技術マニアの側面もあるので、こういう物を見るといろいろと気になってしまう。
どのみちいつかは最奥部へと向かうつもりだ、いまのうちに情報を集めようとグリセルダはさらに魔力回路網を調べる事にした。
しかし、学園の魔力回路網に侵入していたのはグリセルダだけではなかった。
「どうだ? 情報を抜き出せそうか?」
「無茶言うな。どこにどんな情報があるかもわからんのに、そんな事が今わかるわけないだろう」
「だが見つけられないと国には帰れんぞ、一刻も早く見つけ出せ」
エルガンディアの諜報員はあっさりと学園内に侵入していたのだった。
むろん何も隠蔽工作をしていないわけではないが、かなり雑でも入り込めるのは入り込めるのだ。グリセルダの方が気を遣い過ぎていたのだ。
諜報員達は商人に紛れ込んで潜入していた。出入りの商人はあちこちから荷物や品物を仕入れるので余地はいくらでもあった。
エルガンディアとてベルゼルガを開発する事からもわかるように、魔法工学の技術レベルは決して低いわけではなく、むしろ凌駕している部分もあったりする。
彼らは商人用の入出金システムから、慣れないながらも学園の魔力回路網に潜入していた。
とはいえ1000年分のデータだ、その量は膨大というレベルのものではない。
「まぁ落ち着け、いくら何でも1000年前の情報を漁っても仕方ないだろう。
生徒どうのの情報をやり取りしている所は無視して、できるだけ階層の奥部で、最近になって活発に情報の更新がされている部分を見るんだ」
「とはいってもまだまだあるぞ?簡単に行くかよ」
「泣き言を言うな。とりあえず何人かは学園内に潜入したままで退避するぞ。魔法力を確認されないなら、入門許可証さえまとめて見せれば問題ないだろうからな」
「長引きそうだぜ……」
次回、第288回「ウチは前世と足して33才の大人女子!」「お嬢様、中身は伴っておられますか?」
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