第286話「休戦交渉」
「ほほう、休戦交渉の担当がリュドヴィック様とは。縁があるものですな」
「何を考えているのか知らんが、私は王家の代表だ。一切の手心は加えぬぞ」
リュドヴィックと宰相のローゼンフェルド侯爵はグランロッシュ城の一室でエルガンディア王国からの使節団を迎えていた。
先ごろのエルガンディア王国によるローゼンフェルド領への侵略行為と、それに伴う物的人的被害の補償と共に、エルガンディアが破った不戦の不文律を正式に休戦条約として締結する事が目的のものだった。
しかしエルガンディアからやってきた使者はふてぶてしい事この上ない。
使者としてやってきたのは、よりにもよってリュドヴィックの母親の生家であるナイジェル公爵家の嫡男だった。
血縁者だからなのか、やたらと強気に出てリュドヴィックを挑発してくる。どちらが戦争に負けたかわからなくなるくらいだ。
とはいえ、交渉というのはこういうものなのだ。激昂して相手から有利な事を引き出せたらしめたもの、元々失うものは何も無いのだから。
「ずいぶんと、態度が大きい事だな。貴公らが我が国に与えた被害は小さなものではないのだぞ」
「いえいえ、我が国といたしましても、『不幸な事故』でございますからな」
リュドヴィックも交渉の場に立つ者として平常心を保とうとはしたが、ナイジェル公爵の言葉にさすがに顔をこわばらせた。規模は小さいとは言え、あの戦争を事故と言い放つのだから。
「事故、だと?」
「はい、あのローゼンフェルド領への事は我々が意図した越境行為ではないのですよ」
あくまで侵略行為ではない、と言い切る面の皮の厚さだった。しかも意図して国境を超えてきたのではない、我々には責任が無いとでも言いたげだった。
あまりの厚顔無恥さに若いリュドヴィックは激昂して立ち上がりそうになる。が、そこをローゼンフェルド侯爵に肩を押さえられて制止させられる。そして、その手には力が籠もっていた。
ローゼンフェルド侯爵の顔を見ると、侯爵は表情こそ一見冷静なようでいてわずかにまぶたがピクピクと動いていた。
それもそうだろう、ローゼンフェルド侯爵にとっては、あの戦争は自分の家を荒らされたに等しいのだ。この場で激怒したいのはむしろ彼の方なのだ。
「事故ではない、というのであれば一体何が原因なのですかな?」
「それは、むしろローゼンフェルド侯爵様の方がご存知ではないのですかな?」
「どういう、事だ?」
リュドヴィックに変わってローゼンフェルド侯爵が問いかけてもナイジェル公爵は薄笑いを浮かべるだけだった。
口に手を当てて笑いを堪えるような仕草にリュドヴィックが耐え切れずに怒鳴ろうとしたが、それでもローゼンフェルド侯爵先程と同じようにリュドヴィックを制する。
「いえいえいえ、ローゼンフェルド領で突然現れた虫のような黒い巨人のようなゴーレムのようなものですよ。困ったものです、あの一体が我が国にもやって来てかなりの被害をもたらしましてな」
「上半身が人で下半身が虫のようなものは貴公らの国から来たものだろう! よくもそんな事をぬけぬけと!」
リュドヴィックはさすがに我慢できず立ち上がってナイジェル公爵に詰め寄ろうとする。が、侯爵に制止させられる。が、今度はローゼンフェルド侯爵にもその気持はわかる。
よりにもよって”狂戦士”とグランダイオーを一緒くたにし、ついでに『攻め込んできたのはそちらだろう』と逆になすり付けてきたのだ。
「おやおやおや怖い怖い、あのようなものを開発して、世界支配を企んでいるだけの事はありますなぁ」
どこまでも厚顔無恥だった。自分達が作り出したものをローゼンフェルド家が開発したものだと言い張るどころか、まるでグランロッシュ国が世界の敵に回るような口ぶりだった。
「いい加減にしろ、あの虫のようなものは王都にも現れて多数の被害が出たのだぞ。まさかそれも偽装だと言うのではあるまいな?」
「被害、と申されましても、拝見したところ、何しろ城が全く破損しておりませんからなぁ。当時の被害に思いをはせるにしても難しい状態でして。ま、被害に遭われた方には隣国として哀悼の意を表させていただきましょう」
ベルゼルガによるグランロッシュ城の被害は、既に土魔法による修復にて既に完全な状態に戻ってしまっている。いつまでも城を破壊されたままでは威厳に関わるからだ、だが死んでしまった命は帰ってこない。
リュドヴィックはというと、ブチ切れすぎて逆に冷静になっていた。これでこの後の交渉には一切の手加減が必要無くなった。
「では貴公らは、どこまでも被害者だ。と、そう言い張るのだな?」
「おっしゃる通りですよ殿下。我々はグランロッシュ王都に現れた敵が我が国までやって来たので、ローゼンフェルド領に”追い返した”に過ぎませぬ。勢い余って」
リュドヴィックはもうこの後の話を聞く価値もないと、相手の話を遮るように立ち上がり、窓まで歩いていくと開け放ち、外へと声をかける。
「……だ、そうだぞ、ローレンツ」
「ほほう、我々が世界征服を企む、と?心外にも程があるなぁ」
窓の外が暗くなると、巨大な顔が窓を覗き込んできた。グランダイオーだ。
「ひぃっ! 何だこいつは!」
「おやご存じ無い? あなた方も良くご存じのはずだが?」
ナイジェル公爵は椅子から転げ落ち、怯えたように窓の外から覗き込んでいる巨大な顔を見ている。ローゼンフェルド侯爵もこれには少々溜飲が下がったのか、しれっとしている。
「こ、こんな巨大なものとは聞いていないぞ!まるで山ではないか!」
男装したロザリアが乗って現れたグランダイオーは、全高が50mにも達する巨大なものだった。元々クレアの魔力を物質化して生成したものなので大きさはどうにでもなるのだ。
だが言われたように山のように巨大なグランダイオーは城の10階ほどにある談話室にも楽々届く大きさだった。常識外れと言って良い大きさに使者の心は完全に飲まれてしまう。
「ああ、あの人型ゴーレムでしたら大中小様々な大きさを取り揃えておりまして、必要に応じて使い分けるのですよ」
そんな量販店か服屋の店員のような説明をリュドヴィックからしれっとされても相手は困るだけだろう。聞いているローレンツの格好のロザリアも苦笑している。
「そんな事よりもエルガンディアの使者殿、これは我々が開発した事になったのだな? では好きにさせていただこうか!」
ローレンツの声とともに突然、巨大なグランダイオーの竜を模した胸部の口が開き、中から大量の何かが虫のように湧き出てくる。
それは人間大の大きさではあったが、ナイジェル公爵にとっては悪夢のように見慣れたものだった。
「べ、ベルゼルガ!?破壊されたはずでは!?それよりも何故あんな数がいるんだ!」
「おや名前をご存じでしたか。あれはとある筋からの情報を元に再現させたものでしてな。
”核”に捕食した生物の魔力をぶつけ、より多くの魔力を得る画期的な動力機関。そしてその魔力を体内で加速・収束させてより強力な攻撃力に転嫁する、
いや恐ろしい兵器だと我々は恐怖にかられましてなぁ。対抗策としてあの巨大な人型ゴーレムを建造したのですよ。
ついでに”あれ”も若干性能は落ちますが複製して随伴用兵器にでもならないかと研究中でして」
ローゼンフェルド侯爵の説明にナイジェル公爵は顔色を変える。その内容は彼が知っている事とほぼ同じだった、そして、グランダイオーがベルゼルガに対抗して開発されたものだ、という事も無意識に信じてしまっていた。
彼もまたベルゼルガの恐ろしさはよく知っている。それが小さめとはいえ何十体も現れては穏やかではいられないだろう。
「ふ、複製!?お前あれの恐ろしさを知らないのか!たった1体でもエルガンディアはとんでもない被害が出たのだぞ!」
複製したというのは大嘘だった。実は全てのベルゼルガはプロジェクションドローンによる幻像で実体など無い。
しかし人は異常な事態に陥ったとき、それを受け入れるよりは自分が知っている事や常識の方を選んでしまう。
目の前の非常識なレベルで巨大なゴーレムよりは、自分達が作った兵器が複製されたという方に目が向き、信じ込んでしまうのも無理のない事だった。
何よりも自分達自身が『ベルゼルガはグランロッシュ国が作ったもの』というのを、ありそうな事だと言う事でなすり付けようとしたのだから。
「もう一度言うが、我々が作ったというのなら好きにするぞ?というかこの子達の意思に任せる事にするだけだが。
この子達は産まれた土地に対する帰巣本能があってね、放っておくとどこかへ行ってしまうんだ。ほらこのように」
グランダイオーの周囲を飛び回っていたベルゼルガの群れは、空高く舞い上がると、北の方を目指して飛んで行った。
「おや、命令も何も受け付けなくなったー、うわーこまったなーあの方角はエルガンディアかな?」
ローレンツが思い切り棒読みにすっとぼけても、ナイジェル公爵にとっては冗談では済まなかった。
「やめろぉ!お前ら正気か!? エルガンディアが滅んでしまう! やめろ! やめてくれ!」
「だ、そうだ。ローレンツ、ちょっと止めてきてくれ」
「はーい了解」
リュドヴィックから指示されたローレンツはグランダイオーを操作し、その巨体の重さを感じさせないほどにふわりと宙に浮かうぶと、一瞬で北の空へと飛び去って行った。
ナイジェル公爵はそれをぼう然と見ている事しかできなかった。
「さて? 今は我々の兵器のお披露目の時間でも何でもないんだがな、交渉をはじめようか?」
リュドヴィックが改めて交渉の為に着席し直したが、既に決着はついたも同然だった。
「バカ者! それで、おめおめと引き上げてきたのかお前は! これではほぼ無条件降伏ではないか!」
「恐れながら、あちらとの技術力は予想以上にかけ離れているものとみられます。まさかベルゼルガを複製して量産できる程とは」
エルガンディア国王がナイジェル公爵の報告に怒鳴り散らしていた。対外的に”侵略された”という体面を保つ事すらできない上に、技術力でボロ負けしているというものだったからだ。
「だがそんな巨大な兵器など今までの報告には無かったではないか。そのようなものが突然出来るはずもなかろう」
「我々も王宮や工廠には間諜を潜らせてはいるのです。仰る通り誰もがあのようなものは作られていないはずだと口を揃えておりまして。本当にそのようなものが実在するというのか?」
先の戦争ではグランダイオーの存在が今も議論の対象となっていた。現れましたと言われれ、ハイそうですかと納得できるものではなかったからだ。
家臣の一人も国王の質問に対し信じられないと首を振る、だがグランダイオーはまさに突然出来たものだとはこの場の誰も知るよしもない事だった。
「だが! あの巨大ゴーレムはたしかに存在したぞ! 私はこの目で見た!」
「私だって眼の前で見た! 聞くところによるとあの巨大ゴーレムは王都では馴染み深いものになっていて、劇にすら登場するとか」
ローゼンフェルド領でグランダイオーと交戦した騎士団長もナイジェル公爵に詰め寄るが、王都で彼が交渉後に慌てて調べようと見聞きした事はかえって情報の混乱をもたらしていた。全てロザリアがノリで作っただけのものなのに。
「間諜が情報をつかめなかったと言う事は、その巨大なゴーレムを開発・建造したのは王宮や王都ではないというのか?」
「は……、もしかしたら魔法学園かもしれませぬが。あそこはグランロッシュ国の魔法使い育成の要と思われますので」
「なら話は早い。さっさとそこを探ってこい、何なら魔法学園が今後活動できないような破壊工作でもついでに行ってこい」
上に立つものはこういう事を平然と言ってのける。現場の苦労も知らずに。とはいえそうするしか無いだろうというのもまた現実だった。
次回、第287話「揺れ動く状況」
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基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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