第285話「小説家になろう!」「……ご自由に、どうぞ?」
「なるほど、これが試作品というわけか」
数日後、マルセルはロザリアの無茶振り気味な要望から作り上げた物をグリセルダに見てもらっていた。できあがった端末は両手で持てるくらいの、新聞1Pの半分程度の大きさの板だった。
黒い表面は光沢のあるガラスのようなものでできており、見る人が見ればタブレット型PCか巨大なスマホと思うかも知れない。表示画面の下側にはいくつかのボタンまである。
デスクトップ型のパソコンを経由せずいきなりこういう代物に到達してしまったのは、この端末の製造法とも相性が良かったのもある。
マルセルはまず土魔法で巨大な粘土板に魔力回路を描いて焼き込み、魔力処理機能を持たせた板を作り上げた。
その板自体の機能を使って縮小した複製の板を作り、またそれで複製を作りと、どんどんとそれを繰り返して小型化を進めて行ったのだ。
正直な所を言うと、自分でもよく作れたと思う程の自信作だったりする。
「まるで小さな黒板だな、よく磨かれて光ってるけど」
「皆は”ノート”って読んでるけどね。ロザリアさんの意見を元に文字とか絵を表示するだけの、限定した機能を持たせたものなんだ」
「なるほど……?」
この形式の端末はグリセルダの世界でもまだ登場しておらず、どう使うのかがわからない。以前医療教官のエレナが持っていたものも、どちらかといえば電卓のような見た目だった。
ボタンを押せば良いのだろうが、それにしては数が少なすぎる。
「基本的にこれは情報閲覧のみの機能でね、ここに魔力を込めると使えるようになるんだ。この”ノート”は使用者の魔力を受けて使うものだから、魔力が無いと使用できないんだよ」
マルセルから言われた通り板の側面にある突起に指を当て、魔力を流し込むと板の表面に光が灯る。画面にはいくつもの□の下に文字がいくつか書かれたものが並んでおり、一番下には◁▷等の模様が浮かんでいた。
「で、この□模様の1つ1つが小説で、ここに触れると中身が表示されるんだ」
「ほう、おお、文字が出てきた。この1枚だけなのか?」
「いやいや、下にある◁▷に触れるとページを変える事ができるよ」
「おお、すごいなこれは、まさに本じゃないか。ちょっと大きいのが難点だけど」
「まだそれは縮小複製する前の段階だからね。これ以上小さくすると後で機能とかを変えにくいんだ」
「な、なるほど……?」
マルセルの使う土魔法はかなりマニアックなもので、グリセルダには理解が難しいものだった。そこへ、部屋の扉がノックされる。
「こんにちはー、試作品ができたんだって?」
入ってきたのはロザリア達だった。自分達が直接使うわけではないが、言いたい放題言った結果がどうなったかは気になっていたのだ。
「あ、ロザリア様、その節はどうも。これが試作品ですよ」
「うわ、もろタブレットですよお姉様」
「タブレット……?」
「う、ううんこっちの話よマルセル君。ゼルダさん、ちょっとそれ見せてもらえる?」
「ああ、どうぞ」
「おおー、思った通りの物が出来てる。さすがねマルセル君」
「慣れてますね……? ロザリア様」
「ええ? まぁ、私がこんなの作って欲しい、って言っちゃったからこれくらいはね?」
端末を受け取ったロザリアは、何も教えられてはいないはずなのに、いくら仕様を伝えたとはいえスイスイと操作をしてみせてしまっていた。
『ヤバ! この世界そういえばスマホも何も無いんだった!』
しかし、ロザリアは試作品を使っていくうちにちょっとした違和感を感じた。画面に触れてもあれができないのだ。
「マルセル君さー、これ本の代わりでしょ? スワイプ……は通じないか。こう、画面の1箇所に触れて、すーっと横に滑らせたら本のページをめくるようにできないの?」
「……ロザリア様、そういう超根本的な部分に関わる仕様は、もっと最初に言ってもらえませんかねぇ!?」
「え? え? え? ごめん、ね?」
温厚そうなマルセルでも、完成したと思った瞬間にとんでもない仕様の追加を申し出られたらさすがに怒る。しかもそういう事を言う側はわりと簡単に機能を追加できると思っている。
しかしそれがいかに困難かどうかは、作れる側にしかわからない事なので、そういう溝が埋まる事は永遠に無いのだ。
「ああもう、もう一度拡大複製を3世代くらい前まで戻して魔力回路構成の追加からやり直しじゃないですかー。簡単に追加できる事じゃないんですよー」
「ま、まぁまぁマルセル君、ゆっくり作ったら良いじゃない。今の時点でも物凄い発明だと思うわよ?ね? ゼルダさんもそう思うでしょ?」
「うむ、ロザリア様から具体的な案が出てたとは言え、なかなかに出来るものではないと思うぞ? な? アデルもそう思うよな?」
「あ、はい。おっしゃる通りです。ですよね?クレア様」
「え? 私!? あ、はい! 凄いですよこれ!」
「そ、そうですかぁ?」
マルセルはロザリア達4人の女子達に代わる代わる褒められて秒で機嫌を直した、男子はこういう事されるとチョロい。
そもそもこれを開発しようと思ったのは、健全なお年頃ゆえに女子にちょっと良い格好をしたかったからなので。
「でも、こんなの良く作ったわね? ドワーフ遺跡で見たものを参考にした、って言ってたけれど」
「基本的には土魔法の応用なんですけどね。あの地下遺跡で見た石板に魔力回路を焼き込めば良い、っていうのが物凄く参考になりまして」
「なるほど……?」
この説明はロザリアも理解できないようだ。
「で、マルセル君、とりあえず本を読めるのはわかったけど、他にも機能あるの?」
「ちょっと待って下さいね。ゼルダさん、ここに触れると記録状態になるんだ、この裏側のレンズをこの紙に向けてみてよ。
すると文字として記録できるんだよ。所々筆跡を理解し切れずに文字がおかしくなるだろうけど、後で直せば良いかなと割り切ったんだ」
「いや本当に凄いぞこれ!? これって文字も直せるのか?」
「うん、はいこれ、ペンみたいに見えるけど、まぁ小さな魔法の杖だね。こちらの尖ったほうで画面をなぞると文字が書けて、逆の丸い方で撫でると文字が消えるんだ」
マルセルが渡したのは、これまたロザリアの発案で作ったタッチペン代わりの魔法の杖だった。両方の先端に魔力伝達の為の石が埋め込まれている。
「おお……、もうこれで紙の代わりになるなぁ、これならいくらでも小説が書けそうだ」
「でもこれって、このタブ……板に小説を保存したらその人にしか読めなくない?」
ロザリアがそう言うと、マルセルは部屋に置いてあった四角い箱と板の端末の前に座った。
「実はそれ魔法学園の魔力回路網にも接続されているから、その中に保存すれば良いよ」
「ちょっと、大丈夫なのそれ?」
ロザリアの心配の声にもマルセルは気にする事もなく端末で操作を続ける。
「大丈夫だよ、実はこの学園ではそういった情報をまるで利用できてないでいるんだ。
山程情報を収集しているわりに教師が見ているのはそのごく一部なんだよ。
僕らが使っている領域はかなり奥のほうでね、1000年分の情報に埋もれてしまっているから、わかりっこ無いよ」
「そうなんだ、なら大丈夫、なのかな?」
「そ……そんな」
「? どうしたのですか? ゼルダ様」
ロザリアとは反対に、思い切りショックを受けてアデルに心配されている人がいたりする、今日までの事が全て無意味だと言われたに等しいのだから。
『だからゼルダさんに何があったのよ!マジ気になるんですけどー!?』
「魔法学園が作られた1000年前の当時なら活用もされていたんだろうけどね、時代が下る毎に再現できない技術、認識できない物事が増えてきたんだろうね」
「そ……、そうなのか、残念だな」
だがまぁ、彼女にとってはいつまでも気にしてはいられない事だ、今抱えている問題を一挙に解決しできる上に、より深く調べられそうなものが手に入るのだから。
「はいゼルダさん、中央棟の記憶領域に君らの部活専用の記憶領域を確保したよ。その”ノート”でないと接続できないようにするからね。で、ここを押さえると」
「おお、これで保存できたのか?ただ、ちょっと困る事があるな、いざ紙として欲しい時にもう一度書き写す必要が出てくる」
「それもご心配なく。印刷する魔石具も開発してるよ、1枚1枚紙を置いていかないといけないのが難点だけど、要望があるならもっと早く印刷できるのも作れるから」
「感謝する!部室に持ち帰って、これを部活で使用できるか聞いてみる!」
バタバタと部屋を出ていく後ろ姿を見送ってロザリアは改めて”ノート”を手に取る。
「おおー、ゼルダさん嬉しそう。ところでこの”ノート”ってもっと小さくできるの? 手のひらに収まるくらいとか」
「えええ? あんまり小さかったら本の代わりの意味が無くなりますよ? あと僕の魔法技術的にも教科書くらいの大きさまでの小型化が無理なんですが」
「ダメかー、スマホ作れると思ったのに。んじゃせめて、誰でも小説を書き込めるようにはなるのかしら?」
「スマ……? この”ノート”を量産して、それでしか閲覧できないような場なら用意できますけど」
「おお、小さい場だけど小説家になろうみたいなのができる」
「小説……なんですって?」
「なんでもないわ、そっかー、ねぇそういう所できるんなら、アデルも小説書いてみたら?」
「私が書けるのは……日記くらいですね。読んでも面白いものではないと思いますよ」
「ああそうか、見られたくない文章ってのもあるのか、そこも考えないと」
マルセルは新しい課題をメモしている。こういう場合って管理人はどうなるのかしらとロザリアは思うのだった。
「でも誰でも小説が書ける場ができたら凄いと思わない? 本を出版しなくても誰でも小説が世に出せるようになるのよ?」
「おお、お姉さま、それ何か新しい商売できるかもしれないっスね」
「そうそう、孤児院の子達とかに勉強がてら小説を書かせてみて、孤児院への寄付としてちょっとしたお金を払ってもらったら読める感じで」
ロザリアとクレアが色々と計画を練り始めるが、それにアデルは待ったをかけた。
「お嬢様、申し訳無いのですがそれはおやめ下さい。現状、本が社会に与える影響はとても大きいんです。
まだまだ出版には手間も費用もかかりますし権威といっても良いものなんです。
そんな場ができればとんでもない反発があちらこちらからやって来ますよ」
「ええー、それもダメなのー?良い考えだと思ったのに」
「ま、まぁまぁお姉さま、仮にそういう場ができたとしたら治安とか荒らしとか絶対色々面倒くさいですし」
「お嬢様とクレア様にはもっと有効な活用方法があるでしょう、勉強用のノートとしてならいくらでも書き込んだら良いと思いますが」
ロザリアとクレアはそろって嫌な顔をしたのだった。
次回、第286話「休戦交渉」
読んでいただいてありがとうございました。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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