第282話「散らかすのは一瞬、後片付けはマジでエグい」「戦争を子供のお片付けといっしょにしないで下さい」
「では、和平交渉としては私に一任という事ですか?」
リュドヴィックは国王の執務室に呼び出されていた、内容はエルガンディア国からの侵略行為に対する戦後処理だった。
しかし攻め込まれたのはローゼンフェルド領であり、領主であるローゼンフェルド侯爵は宰相という事もあり、本来であれば彼が行うべき事ではなかろうか。
この場にはローゼンフェルド侯爵も同席しているので事前に話は通っているのだろうが。
「王宮やローゼンフェルド領の両方の戦闘を見ていたお前が、一番戦場の状態を把握しているだろうからな。心配するな、補佐としてローゼンフェルド卿にも同席させる」
「ローゼンフェルド領の事もですが、王宮や王都にもかなりの被害が出ております。こちらはどうするというのです?」
王都を襲った”狂戦士”はエルガンディア王国が作り上げたものだという事は、リュドヴィックが手に入れた書類等ではっきりしている。
また、ローゼンフェルド領での戦闘でも、”狂戦士”の複製を使って相手の戦意をへし折る事ができた事からもそれは確実だ。
リュドヴィックとしては王都での被害もエルガンディアに対して追求したい所なのだ。
「そっちは中々難しいだろうな。何よりも直接攻撃を仕掛けて来た”狂戦士”が見つかっていない、方々を探させたのだがな」
「エルガンディアが密かに回収しているという事は?」
「現在、エルガンディアからの再度の侵攻が無いか国境を監視させ続けております。あれだけ巨大なものは目立つと思われますので、回収する事は無理でしょう。
まだ国内に潜伏しているという可能性は無いではないですが……」
リュドヴィックと国王の会話にローゼンフェルド侯爵が現状を報告する為に口を挟んできたが、
現在こちらで確認できているのは、ベルゼルガが墜落した先で爆発した痕跡と、周囲から魔力や生命力が喪われていたという異変だけなのだ。行方不明と言っても間違いではない。
「行方や末路を確認できていないのは残念ですな。リュドヴィック殿下、残念ですが交渉の手段には使いにくいとは思われます。ほぼ破壊されたとみて間違い無いのでしょうが……」
「そうは言うがな宰相、何とも言えないが健在という可能性は薄いと思うぞ?
”狂戦士”ってのは稼働するのにも大量の魔力と、その源となる魔力持ちの人間を必要とするんだろう?今の所そんな被害は出ていない」
国王が言うように、現在はローゼンフェルド領だけではなく国内各所を警戒中だった。2度も王城が被害に遭えばそれこそ権威に関わる。
「あんなものに、王都をあのようにされて、黙っていろとでも言うのですか!」
リュドヴィックとて王太子である以上、いくら内心やる気が無かろうが若さゆえの正義感くらい持っている。しかしそれは国王にとって思うつぼだった。
「だからこそ、だ。お前、というかロザリア嬢ちゃんの、あの妙なゴーレムな。あれでエルガンディアの軍隊を追い払ったんだろ?あいつらの目の前で”狂戦士”をぶっ壊させて。
それを見て奴らは退却していった。そこからうまい事あいつらから”狂戦士”の事を引っ張り出して、そこに付け込め。
たまたまなんだろうが、あいつらを驚かせる為にやった事が更に活用できる。と言うかお前が役立たせるんだ」
「それは交渉というよりは騙し合いなのでは?」
国王はリュドヴィックの若さに苦笑する。だからこそ今回の事で経験を積ませなければならないのだが。
「良いかリュドヴィック、これまた一つの戦争だ、外交ってのは口先でやる戦争なんだよ。うまく行かなきゃまた軍隊の出番だ。
だがあいつらは順番をしくじった。いきなり攻めてくるなんて下の下だな。
”狂戦士”が王都で暴れまわった事と、あいつらの侵攻がした時期があまりにも都合良く一致し過ぎている。
当然、向こうは単なる偶然だと言うだろうがな、だが”狂戦士”が破壊されて一気に逃げだしたのも事実だ。
ロザリア嬢ちゃんのゴーレムの事でハッタリかましてもいい。何としても奴らに狂戦士での侵攻を認めさせるんだ」
「ロザリアの、名前を出さねばなりませんか」
「そこまでバカ正直にやれとは言ってねぇよ。ロザリア嬢ちゃんの姿も声も出して無いんだろ?ローゼンフェルド家か、この国が開発した兵器だとでも思わせたらいい」
「……そう上手く信じるでしょうか?正直言って乗っていた自分でも荒唐無稽な代物にしか思えませんが」
「まぁ普通なら誰も信じないわな。だがあっちには”狂戦士”があった。あれだってかなり荒唐無稽なもんだろうよ。信じるさ。
あとな、お前が手に入れたという、こっちに逃げて来た難民の持ってた資料、あれの話は出すな。
むしろ仄めかす程度にしておけ。それに対抗してこの国はあれを建造した、そう信じ込ませろ。
そして、場合によってはロザリア嬢ちゃんのあれでエルガンディアに攻め込む用意があるとでも言え」
「陛下!」
国王の言葉にリュドヴィックは声を上げる。ロザリアに人を殺して欲しくないと思い早期に今回の侵攻を終わらせたのに、よりにもよってロザリアにそんな事をさせるなど言語道断だった。
「落ち着け、俺はあの国に興味なんて無い。これ以上領土増やした所で面倒臭いだけだからな。しかし交渉の場ではそれくらいの事は言わないと相手と言葉で殴り合えないんだよ」
「リュドヴィック殿下、私からも賛成です。力に対しては力のみでしか抑止力になり得ません。そしてその力はもう相手に開示済みなのです。あとはそれをどう利用するか、ですよ。
私だって娘にエルガンディアへの侵攻を手伝わせるなどというのは御免こうむります」
「あれ? やっぱダメか?」
ローゼンフェルド侯爵はせっかくフォローしているというのに、半ば冗談でも混ぜっ返す国王にため息をついた。
「陛下、私が説得しているのに混ぜっ返さないで下さい。殿下、ともあれ脅すなり宥めすかすなりして相手から交渉の材料を引きずり出して下さい。あとは私がやります」
「……わかった」
「あああああああああああああ面倒だー!何だよあのクソ親父!人に全部押し付けやがって!」
国王の執務室から引き上げてきたリュドヴィックは、脱いだ上着を放り投げ、どかっと椅子に体を預けると盛大に愚痴をこぼしていた。
側仕えのクリストフは苦笑しながらその衣装を拾い、綺麗にたたんで収納している。
「まったく、そのクソ付きでも良いから親父と呼んであげれば良いものを。良いではありませんか、交渉材料は揃っておりますし難しい交渉では無いと思いますよ?しかもこちらが極めて有利です」
「俺は、ロザリアがこんな場面で名前が出るかもしれないのが嫌なだけだ」
「そう言われても、あと数年で否が応でも公式の場でロザリア様の名前も顔も出さざるを得ませんよ?今からそれでどうするのですか」
「……やっぱり廃太子してもらおうかな。計画を実行に移す時が来たかもしれん。それでロザリアを監禁して2人だけで世界の終わりを迎えたほうが良い。そうだ、そうしよう」
「やめろ、本気でやめろ、お前本気でそれやる気だろ。それで無くてもこのクソややこしい時期にそんな事するんじゃねえ」
思わずクリストフは真顔になる。性格を知っているだけに本当にやりかねないからだ。
「おい、もうすく世界は消滅の危機を迎えているはずなんだが?戦争とかやってる場合じゃないはずなんだが?こんな事をしている場合か?」
「あーどうもそうらしいですよねぇ!その消滅というのも、どうも実感がわかないのですよね。だからこそ、どこもかしこもがやりたい放題なのでしょうが……」
「いっそ火山から黒い火柱でも立ち上って欲しい気分だよ。終末が近いというのがわかりやすい」
半ばヤケになっているクリストフの言葉に、リュドヴィックも似たような気分だった。現在この世界は”魔界”に飲み込まれそうになっている、らしい。
とはいえその兆候は各所で黒い魔力が吹き上がっている、という程度で実感には乏しかった。世界は相変わらずというのが腹ただしい。
リュドヴィックが退室した執務では、まだ国王とローゼンフェルド侯爵が先程の交渉についての話を続けていた。
「殿下は、かなり不満そうでしたが」
「まぁ仕方ないだろう。いずれこういう場は経験するんだ、親心ってやつだよ。わりと楽な交渉だろうが? そんな事よりも厄介な方はこっちで何とかするぞ」
「は、近衛第一騎士団の事ですな。巧妙に隠蔽してはおりますが、明らかにエルガンディアと通じている形跡があります」
「形跡が有ろうが無かろうが、あれだけ怪しい行動してれば一目瞭然だろうよ。まったく、計略がうまくいかなかったからと言って不用意に動く奴があるか。おまけにローゼンフェルド領まで荒らして」
「昔から騎士団第一隊々長のギュンター・ブルーナーの家とは我が家と反りが合いませんからなぁ。軍隊と近衛兵の反目は昔からの悩みどころではありましたが」
ローゼンフェルド家は近衛兵とは別にある騎士団や軍隊の方で将校や隊長などを努めている事が多く、近衛兵が多いギュンター家とは昔から反目していた。
とはいえ、今現在ギュンター隊長がローゼンフェルド家を気に入らないと思っているのは、ローゼンフェルド家が城に殴り込んだりして近衛兵団が壊滅したりしたのもあるが、
わりと脳筋な所もあるローゼンフェルド侯爵はあまりそれを意識していなかったりする。
「近衛兵団にここの所、何の手柄も無いので焦りがあったんだろうが、平和こそが貢献だってのに気づかんものかね?
まぁ、ローゼンフェルド家の当主が宰相になって評判も上々とあってはもっと前から心中穏やかではなかったのかも知れんが」
「単に私が武門の家に産まれたわりには、あまり武に明るくなかっただけなのですがね……」
何しろ現在のローゼンフェルド家当主であるマティアスは、魔法属性が土の上に趣味がバラの育成だったので園芸魔法使いとか呼ばれていたくらいだ。
「あとまぁ、最近色々と巷を騒がせているロザリア嬢ちゃんの評判もあったんじゃないか? おまけに今回はローゼンフェルド領侵攻を阻止したのまで追加されちまってる」
「それについては本当に何と申し上げて良いやら……」
ローゼンフェルド侯爵の口元がヒクつく。いくらなんでもグランダイオーの事を聞かされた時は反応に困ったものだ。
「深くは問わんよ、むしろ今回は助かった。それよりエルガンディアと内通した経路はわかったか?」
「それなのですが、おそらくは、大公爵様かと」
「……やりそうな事だな、本当に何なんだよあのバカ兄貴は、何がしたいんだ」
うんざりとしたような国王の言葉にローゼンフェルド侯爵は苦笑いだった。
現国王のフェルディナンドの兄、アルフォンソは若かりし頃弟と対立し、政争に敗れて大公爵の地位に押し込められている状態だった。
国王になれなかった事になのか何になのかは不明だがここ最近は息を潜めてはいたのだ。
「牙は全然抜けておりませんでしたなぁ。で、恐らくエルドレッド男爵の、テネブラエ神聖王国の筋からでしょうな。あの国の残党はいたる所におりますし」
「そこも含めて今回の一件で潰せないものかね……。大公爵の周辺、もう少し探ってみろ、いざとなったら事を構える」
「陛下、こういう事を言いたくはありませんが、こんな事をやってる場合では無いはずなんですが」
「言うな、俺が一番それを感じている」
あっちもこっちも面倒な、と国王は嘆息した。
次回、第283話「大昔は黒歴史ノートっていうの?どうして隠してたんだろうね?みんなに見せてバズらせたもの勝ちと思うんですけどー」「……昔は価値観が違ったのでは?」
読んでいただいてありがとうございました。
基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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