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第281話「意図せぬ再会」


「なるほど、やたらに”……”や”―――”を多用するものではない、と」

「登場人物の心情を印象づけるのには有効ですが、あまりにも多用すると、この人物は悩んでばかりだな、という事になってしまうと思いますね」

グリセルダはアデルに自分の書いた小説の一部を読んで指摘してもらっていた。

もちろん男どうしのあれやこれやしてるシーンなどは見せられるはずもなく、書き出しのページや無難な部分だけだ。


アデルは読書家だけあって、こういう時にはどう書けば良いのかのアドバイスが、実例を交えてと的確なのだ。

創作読書研究部の部長はどちらかと言うと好きに書かせるタイプなので、

今までの自分はなんとなくで書いているだけで、他人からの目線ではこうも違うのだなとグリセルダは感じている。

二人は色々と話を聞いていくうちに、不思議とお互い初対面であるにも関わらず急速に打ち解けていった。それが幸か不幸かなのかはまだ誰もわからない。


「しかしアデルはよく見てるというか読んでいるな、いっそ自分で書いてみたらどうだ?私などより余程書けそうな気もするぞ」

「面白そうですけど、私には人生経験が無いのだな、というのを思い知らされるだけかも知れませんね」

あまりにしっかりした口調だったので勘違いしていたが、グリセルダは言われてみて目の前のアデルが少々年下というのに気づいた。

「まぁそれを言うと私もだ。そこそこ世の中を知っているつもりでも、いざ小説を書くとなると全く足りないのを実感したよ、この図書館の本を読み漁ったものだ」


「しかし、改めて失礼な事を言わせてもらうと、自分でも言っていたように、恋愛小説にのめり込むようには見えないな?」

「昔、お世話になった人に言われた事があるのです。事の本質を見極めよ、と。

 例えば万人が認める老齢の芸術家が描いた、一世一代の重厚深淵にして趣き深い絵でなければ感動できない、というのはただの鈍感だと。

 むしろ年端も行かない子供が描いた絵で、その両親が泣くほど感動している気持ちを理解する事こそが重要なのだと。それこそが芸術の本質だそうなのです」

「むぅ……、もしかしたら、私もその前者でなければ感動してはいけない、と思っていた方かもしれぬな……」

「ゼルダ様の書かれているその小説。その小説だって見る人が見れば感動し、世の中の見方が変わったり、その人の人生にすら影響するようなものかも知れませんよ?」

「いや、その、そう、なると良いな。いや困る気もするが」

何しろ中身はBL(ボーイズラブ)小説だ。自分自身がたしかに変な世界の扉を開いてしまった気がするが、他人の性癖の扉をわざわざこじ開けたいわけではない。

同好の士である部員ならともかく、他の誰かに読まれでもしたらかなり死にたくなる。特に目の前のアデルとか。


「もしも良ければ、王都の貸本屋で借りたほうが良いかもしれませんよ。ここの新刊はちょっと前のものですし、数も少ないです」

「これだけ大きな図書館なのに娯楽向けのは元々少なめだからなぁ。せめて今ある分で、ちょっとおすすめの本を教えてもらえるか?」

「かまいませんよ、それではちょっと借りてきますので」

「あ、では私は今広げてしまっているこれを返してくる……。いや、私1人でできるぞ?」

「返却されるなら1人でこの量は少々多いですよ、私も手伝わせていただきます」


二人は娯楽向け小説の書架に移動して借りた本を返却して回りつつ、その途中途中でアデルは本を勧めていった。

「これと、この作者様の新刊がおすすめですね、好みもあるでしょうが」

「この作者の新刊はダメかな?初期のはかなり気に入ってたんだが……」

「後期のものは好みが分かれるでしょうね。熟練していった弊害なのか、背景や人物描写は緻密になっていくのですが、ほんのちょっとしか出番の無い人物にも妙に字数を割いておりますので」

グリセルダにとってはそれはむしろ自分に欠けてしまっているものなのだ。ちょっと気を抜くと延々会話だけを書いてしまっている。

「それは、良い事じゃないのか?文章の格式とか見栄えが上がるように思うのだが」

「私もそう思ったのですが、例えば冒頭で女性主人公の兄弟を、名前や過去やどれだけ妹を大切に思っているかを色々描いているのですが、それが後の展開に全く生かされないのですよ。

 例えば男性主人公が女性主人公とでお約束のすれ違いが発生した時、あれだけ冒頭に色々描いていたにも関わらず、その兄弟が『妹を困らせるとは何事だ!』とか言って乗り込んできたりしないのです」

「ああ……」

それは読んでて気になるよなぁ。確かテーブルの上にナイフがあるという描写があるなら、そのナイフは誰かに向けて使われるべきだという理論を部長がしていたっけ。とグリセルダは思い出した。

せっかく登場させた人物が生かされていないというのは、書き手と登場人物の感性にズレがあるのだろう。


「恋愛小説は結局のところ読む側が見たいのはその主軸である恋愛模様でしょう?

 それなら『私は親兄弟にとても大切に育てられた』との一言だけで済んでしまうんです。下手すると親兄弟の名前さえ邪魔になるんですよ」

「難しいものだな、そのさじ加減は」

「作者様はたった一つの小説を書くために膨大な設定や名前を考えているのでしょうね、それにはとても頭が下がります。ですが大半は本一冊に収めるには不要な情報になってしまうのです。それこそ本10冊分にもなる大長編ならまた別なのですが」

「いやぁ、さすがにそれは読むの疲れそうだな」

紙一枚を文字で埋める事すらまだまだ時間のかかるグリセルダにとっては、単行本10冊分の文章を書くなどとは気の遠くなる話だった。


「でしょうね、それをダレる事なく読ませる為にはどんどん様々な騒動や物語を入れ込んで行くのでしょうが、

 そのうちにそのエピソード群をこなすのに手一杯になって、心理描写がおろそかになったりもしますし」

「恋愛を描いているとしたらそれは致命的だな、大半はその心理描写を読みたいものなのだろう?」

「かと言って、延々何かもめ事が起こって、本10冊分の心理描写を読みたいか、というとそれも困るでしょう。

 結局は大筋の起承転結を満たすために、何を書いて、何を切り捨てるかだと思うのです」


グリセルダはアデルが理詰めで考えていくのに感心していた。はっきり言って何も考えていない自分よりはよほど真面目に小説に向かい合っている気がするくらいだ。

「いやー!本当に参考になる。読者目線でそこまでちゃんと分析しながら読むのはなかなかいないと思うぞ!」

「性分なもので。本来はこんな事を考えずに、作者様の描き出す世界に浸ってるのが一番良いのでしょうけれどね」


「他にも何か読むコツとか無いかな?はっきり言うと私は自分で書くので手いっぱいで、あまりそこまで分析する程何度も読み込むヒマが無いのだ」

「そうですね、一番簡単な方法としては、こうです」

アデルは、本を手にとって、ちょうど真ん中程を開いて机に置いた。それをグリセルダものぞき込む。

「ここがこの本の真ん中、という事は物語の中盤という事になりますね?今、この本ではまさにこの2人が結婚し、神に誓いを立てようとしている所です。つまり物語のヤマ場で一番盛り上がる所なんですね。

 この本では2人が結婚した後も様々な問題を抱え、それを乗り越える事で結末に向かうので、やはり結末までのページ数も相応に必要なんです。

 この作者様はそこまで計算して結婚式をここに配置してるわけです」

「おお……、字数とかを計算してそこにたどり着くようにしているわけだな……」

「更にそれを2つに割ると、ちょうど女性主人公と男性主人公が愛を告白し合うところになりますよね?極めてバランスが良いんです。

 本の真ん中になっても何一つ問題が解決していなかったり、むしろ終盤に向けてどんどん問題や設定が出てくるのは、ページ数を制御できずに慌てて物語を畳もうとしてる場合が多いですね。

 読む方もそれでは疲れるでしょう」

最後の方はグリセルダにとって耳の痛い話だった。何しろあの部長は『とにかく好きに書きなさい。貴女の欲望の全てを叩き込むのです!』とよく判らない事しか言わないのだ。


「そういう事か、それが最初に構成を決めるという事だったんだなぁ。でも1ページに何文字、物語を解決するのに何ページ、とか、小説家って考える事が多すぎないか?」

「ですから、私ではそんな事ばかり気になってしまい書けないと思うのです。むしろ、勢いに任せて書いて、後で要らないものを消したり足す人の方が良いのかも知れませんよ?」

「勢いに任せて、かぁ。本というものがある以上それは難しいのではないか?無限に書き続けられる本があるわけでなし」

現状、本というのは出版するだけでも手間がかかってしまい高価なものなのだ。もしも無限に誰もが書ける場が存在すれば、無限の図書館が出現するようなものだろう。

いつかそんな日が来るのだろうかと、グリセルダはふと夢想した。


次回、第282話「散らかすのは一瞬、後片付けはマジでエグい」「戦争を子供のお片付けといっしょにしないで下さい」

読んでいただいてありがとうございました。

また、多数のブックマークをありがとうございます。


基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。

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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、

違和感などありましたらご指摘をどうぞお願いいたします。

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