第280話「自分の世界観が変わるほどの小説に出会ってみたいものですね」「……すまん、回答を控えさせてくれ」
魔法学園の放課後、ロザリア達は寮に戻る途中だった。
「いやー、何だか久しぶりの学校の授業って新鮮っスね、お姉さま」
「そうねぇ、私のところで新年早々戦争になっちゃったから仕方ないんだけど」
「クレア様、口調。お二人とも学業に支障は無かったのですか?」
「アデルが心配しなくても、成績自体は一年生だし学年末だから心配無いみたいよ?さすがに事情が事情だから色々と考慮してもらったみたいだし」
「私も、戦争で被害を受けた人達の治療に当たってましたし、学園生ギルドの緊急依頼って事で処理してもらいました」
「普段の行いはともかく、成績が良いとこういう時には立つものですね」
「アデル?ちょっと言葉にトゲが無い?」
『アデルのこういうお小言も久しぶりなんだけどさー、学校の欠席理由が「自分の家が戦争なので」って、ウチくらいなんじゃなかろうか……。やっぱヘーワが一番よね!』
「あ、ゼルダさん、ロザリア様ですわよ」
「む、彼女が、か。というか見覚えある気がするな……?」
ゼルダと、その同級生のソニアがそのロザリア達を見かけていた。
グリセルダは元々記憶が不完全な上にドローレム関連の記憶を大幅にいじられており、ちょっと出会ったくらいのロザリアの事はあまり覚えていなかった。
そもそも前回まともに会ったことがあるのはロザリア演ずるローレンツか、女王アンブロシアの時なので、顔と名前どころか、両方知らなかったのだ。
「それはそうでしょう。国内最高位の貴族令嬢でありながら偉ぶる所が全く無く、誰とでも別け隔てなく接せられるのでとても人気がありますのよ。そして、たまに見せる男装姿がとても麗しく……」
そう色々と語られてもグリセルダにとっては「変なやつ」と言う感想しか出なかった。
「いやそれはもう良いから、ほら、部活に行くのだろう?」
なんだかんだグリセルダはそれなりに部活に行っていた、部長の気迫に押されてなし崩しではあったが。どういうわけかあの部活が居心地が良かったのだ。
「部長、これ、本日の分です」
グリセルダは何故か部活ではそういう小説まで書き始めていた。本当に何故だ。部長はそんな素人小説以前の文章でもきちんと目を通す。
「んー、昨日よりも描写が良くはなっておりますけど、たまに登場人物の主観が入れ替わっておりますわね、ほらここ」
「あ、何という不覚」
初心者によくあるミスだった。文章が書いてあれば何でも良いというわけではなく、最低限守らなくてはならない文章の書き方がある。書き慣れていないとどうしても失敗するのだ。
「いえいえ、この程度、言い回しを微調整すればすぐ修正できますわ。けれどこういう小説で最も大切なのは心理描写なのです。
ゼルダさんはこの2人のうち、どちらを主人公としているのですか?」
「心理描写と言われても難しいんだが……。お互いに、というのではダメかな?」
「それでは、どっちつかずの文になってしまいますわねぇ。読んでくださる方はとりあえず一方に感情移入をするわけですわ。
物語にのめりこめば相手がどう考えているか、というのは勝手に脳内で変換して下さいますの。あまり欲張るものではないですわよ?
いわゆる二次創作というものは、その相手の方を補完する形で作られる場合が多いですわ。だからこそ妄想の自由度が高いほうが良いのですわ」
グリセルダは最後の方のニジソウサクだの話はよくわからなかったが、これ以上深みにはまると怖いので聞かない事にした。
「難しいものだな……」
「いえいえ、最初と比べたら天地の差ですわよ?こういうのは書かないと学べないのです」
「うむ、今日は早めに帰らせてもらって、少し気分を変えて普通の恋愛小説でも読んで参考にしてみようと思う」
「熱心で素晴らしいですわ、ここにはあまりそういう本が無いのですけど、図書館に多数置いてありますから、読んできてはどうかしら?」
普通の恋愛小説が無いというのはどうなのだという話だが、無いものは仕方が無い。グリセルダも他の部室を知らないので素直に図書館に向かった。
魔法学園の図書館は巨大だった。ちょっとした貴族屋敷のような大きさと大聖堂にも似た荘厳さで、内部は多数の書架が並んでおり、閲覧室もずらりと並んでいる。
書架の1つ1つは天井にまで届くほど高く、多数の本が収められている。利用者はカタログのようになっている本で指定し、自動で取ってもらう仕組みになっている。
多くの生徒は勉強や娯楽の為に本を借りる事が多いが、当然魔法書も多数あるので、そういう所は厳重に管理され、立ち入りも制限されている。
それでも一般生徒が借りられる本だけでも、普通の人が一生かかっても読み切れない程だ。
グリセルダはとりあえず新入荷の恋愛小説を何冊か手に取り、閲覧室でゆっくりと読む事にした。
図書館内は生徒だけではなく教師や学校の関係者と思われる人達、貴族が多いだけにその侍女たちもここに本を借りに来ていた。
グリセルダは閲覧室で恋愛小説を読んでみると、自分でも小説を書いた為か、これまで意識していなかった小説の構成が見えてくるようになっていた。
「なるほど……、グダグダと何を考えているかをいちいち書いているが、書かなければ読者は理解してくれないのだな……。
でないと読者の中にその人物が形を為さないと……。つまり心理描写こそが肝要とはこういう事か」
先程部長にも見てもらった自分の原稿用紙を側に置いてみて、自分の文章とどう違うかを比べてみる。構成は、描写は、自分には何が足りなくて何が余計なのか。
今までなら気付かずに素通りしてしまいそうな、そんな小さな気付きがとても楽しかった。これが、書くことの面白さなのかと気持が高揚していく。
「うむうむ。良いぞいいぞ、書ける!見えて来た!これなら2人の真実の愛を!これならば部長が見ても!」
もっと書いてみたい、この2人の関係性を。男性同士の恋愛は女性とのそれと違い生殖に直結していない。女性は子を宿す子宮がある為かどうしても子作りという側面から逃れられない。
だが男性同士ならばそれは無関係になる。純粋に愛情を確認するだけの行為、それは不毛という者もいるかもしれない、しかしそれこそが真実の愛。
妥協も打算も無く、ただ互いを思う想いのみが行き着く先の究極の愛の形がここにある。身分の上下も貧富も何もかもが無関係の、ただ二人だけの世界。
ああ、ついに気づいてしまった。悟ってしまった。
私は何をやっているのだ―――。
「ちがああああああああああああああああう!何をやっているんだ私はああああああああああああああああああああああ!!」
自分はこの学園に身体を探しに来たのではなかったか、というかこの世界を滅ぼそうとしていたはずだ。
それがどうして一心不乱にBL小説を書いているのだ、本当に何故だ。どうしてこうなった。
グリセルダは軍人王女の上に研究者肌の為に一旦のめりこむと軌道修正が効かず突っ走るタイプなのだった。突っ走る方向が明後日にも程があるが。
書いていた自作小説が無駄にクオリテイ高くできてしまったのが腹ただしい。
「いや、自分で言うのもなんだがこれ、わりと良く出来てるよな?いやそういう事ではなくてだな?」
自問自答しているとグリセルダのいる閲覧室の扉が叩かれた、少々騒ぎ過ぎたかも知れない。
入室を促すとドアの前にいたのはお仕着せ服姿の侍女らしき少女だった。後ろには図書館の職員らしき女性も立っていた。
「失礼ながら申し上げさせていただきます。図書室では静かになさるものですよ?」
「あ!?ああ、すまない、あなたの言う通りだな。申し訳ない、色々と煮詰まっていて自分が何をしているかわからなくなっていたんだ。貴女はこの学園の生徒の侍女か何かか?」
お仕着せ服姿の少女はアデルだった。図書館の職員が室内に声をかけたものかと困っていたので申し出たのだった。
室内にいた貴族女性らしい生徒は身分をひけらかす事も無く素直に謝罪するのに好感を覚えた。
「おっしゃる通りです。私はロザリア・ローゼンフェルド侯爵令嬢様の侍女、アデルと申します」
また、グリセルダの方も、相手がどのような者であろうと物怖じせずに過ちを指摘するアデルに好感を覚えている。
名乗る際に主の名前を出すが、はっきり言って国内最高位の貴族の名前であっても自然体でそれを自分に告げていた。
高位貴族の侍女であろうと相手にそれをひけらかすような事もなく、かといって相手に媚びへつらう様子も無いというのはなかなか出来る事ではない。
グリセルダは職員に対し謝罪し、アデルを閲覧室に招き入れた。
「うむ、お騒がせした、私は一年生のゼルダ・ファーハイムという。何、軍人子爵の娘だ。貴族扱いされるような柄でもないし少々言葉遣いが妙なのは気にしないでくれ」
「小説を書いてらっしゃるのですか?」
「ああ、部活で触れる機会があって、気づいたら書いててな……、いや本当に何故なのだか全くわからないのだが」
「そういうものなのでしょう、私も小説を読むなどとはほんの1年前までは想像もしておりませんでした」
「ほう?人生、何が起こるかわからぬものだな。」
アデルもグリセルダも、初対面のはずなのに何故か気が合い話が弾んだ。その事に本人達も不思議に思いながら。
「ちなみに、どのような小説を書いておられるのですか?」
「……笑わないでくれ、恋愛小説だ」
「いえお気遣いなく、私も読んでいる本が印象に似合わないと言われる方ですので。貸本屋で借りる本の半分は恋愛ものですよ。……見せていただく事は?」
「すまない!これは本当に素人小説なのだ!見せるのがどんなに恥ずかしいかは想像してもらえるだろう?」
グリセルダが書いているのは、恋愛小説というのはともかくBL小説なのだ。読まれでもしたらこの世の終わりだ、この世界をぶっ壊したくなってしまう。
「そういうものなのでしょうね、私は読むばかりですから、書ける方を素直に凄いと思いますよ?」
「いや、いざ書いてみると案外簡単だぞ?書くだけなら。読むに耐える文章にするのがえらく難しくてな、最初は1行書くのも苦労していたくらいだ。立ち話も何だな、座らないか?」
グリセルダとアデルは奇妙な親近感を覚えていた。その原因が彼女の素体となっているホムンクルスの中に残っていたドローレムの残留記憶によるものとは彼女自身ですら気づいていない。
この出会いが未来にどう影響するかは、まだ誰にもわからなかった。
次回、第281話「気づかれぬ再会」
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