第26話「いやお姉さまと呼ばれてもー? ちょっと、困るー、かも?」
病院の食堂、というから雑然とした所を想像したけれど、わりとちゃんとしたレストランっぽい所だった、ウチはついでに、込み入った話もあるから、という事で個室をお願いした。
料理の種類は正直よくわからないので、アデルに適当なものを選んできて欲しい、と注文してもらいに行ってもらった。
さて、個室の中で向かい合ってクレアさんと2人きりになったけど、当然、若干気まずい空気になってしまった。正直こういう雰囲気は苦手だ。けどウチのコミュ力は無敵!
「えーと、あらためて、はじめまして……でもないわね、『悪役令嬢』のロザリア・ローゼンフェルドよ、
前世では18才の女子高生ギャルでしたー、ヨロー❤、いえー」
「あ……、フフッ、『乙女ゲームヒロイン』の、クレア・スプリングウインドです。前世では、女子中学生でした」
お、ウチのギャルっぽい態度に、良い感じにほぐれてきた……って、中学生で亡くなってたの?
「えっちょっと待って、あの、クレアさんの前世って、中学生で亡くなってるの? 私の場合は、自動車事故だったんだけど」
「あ、私、前世で死んだのは、13歳の時だったんです、病気で、死んじゃいました」
あー、病気かー、事故で死んだウチが言うのもなんだけど、残された人達は悲しんだだろうなぁ。
「前世では身体が弱くて、ずっと入院してたんです、だから入院してる時、このゲームはそれこそ、達成度が100%を超えるくらいやり込んでました」
「大変だったのね、前世では」
「はい、だからこの世界で生まれ変わった、って知った時は、凄く嬉しかったです。私の場合は、ロザリアさんより早くて7歳の時に転生に気づいたんですけど、気づいた時はわけもなく走り回りました。
いくら野山を走っても、階段を上がっても疲れなくて、酸素呼吸器が無くても息をするのが苦しくなくて。あの時は『もうこれだけでチート! 生まれ変わってよかったあああ! 異世界転生最高おおお!』と本気で喜びましたねー」
「そんなに身体が弱かったの!?」
「高校へは行けないだろう、と言われるくらい弱かったんです。夜に眠ったらこのまま死ぬんだろうかと心配で寝られなかったりしてました、でも、この世界ではそんな心配は無くて、
村は貧しかったけど、そんなの気にならないくらい、毎日生きるのが楽しくて、気づいたら死んだときの年齢を追い越しちゃってました」
病がちだったのか、ウチは前世でも今世でも健康で、そういうのには縁がなかったから、大変だったんだろうな、という事くらいしか思ってあげられなかった。
「ああ、その辺は私と逆なのね、私は18の時に死んだんだけど、今15だもの。前世では身寄りが無くて施設で育ったのに、この世界では侯爵令嬢なんて呼ばれて無駄に豪華な家に住んでたから、気づいた時の違和感が凄かったわ」
「ええ~、貴族令嬢で王子様の婚約者、とか憧れませんでしたー? っていうか、ロザリアさんって、前世わりとヘビーっスね……」
おお、クレアさんの話し方がだいぶんくだけてきた、本来こんな話し方をする子だったのか。
「あーね、さっきも言ったけど、私、前世でいわゆるギャルだったのよ、渋谷とかに繰り出すようなタイプではなかったけど。そういう中世ロマンスものとかはあんまり縁が無くて、まぁ前世と違って生きて元気な両親がいる、ってのは確かに有難いわ」
「お互い、無い物ねだりというわけでもなくて、満たされてる所があったりなかったり、色々っスね」
本当に世の中ってどこかバランス悪い、クレアさんとウチの境遇を、足して2で割ったくらいで良いのにね。
クレアさんがウチと同じ前世持ちという事がわかってからは話が弾む弾む、こうなると女子トークは止まらないよー!
「もしあなたが私の立場で生まれ変わったら、優雅に歩け、とか言われて、結局走り回る事なんてできなかったわよー? 貴族社会って本当に面倒臭いだけだし、一時期は本当に悪役令嬢になりかけていたもの」
「えー? そんなに大変なんですかー? 侯爵令嬢の生活って」
「朝から晩まで全てが礼儀作法だし、山のような王太子妃教育とかあるし、同年代の女の子とお茶会開こうものなら、壮絶なマウント合戦を見物する羽目になるのよ? あんなの続いたら人間不信から悪役令嬢にもなるわよ」
「うーわぁー、また夢の無いお話しっスねーそれ。私の場合は、本当に地方の田舎の村で、夜明けとともに起きて、農作業を手伝ったりっていう、平和そのものでしたよ? もー笑うくらい何も無くて、山とか川とか自然は見飽きるくらいありましたけど」
やばい、こういうノリの女子トーク久しぶりだから凄い楽しいんですけどー! この世界あるあるで色々話もできるしー!
などと話に花を咲かせていると、扉をノックする音と共に、
「注文してまいりました」と、戻ってきたアデルの声がした。
「お話が弾んでいたようで、何よりです」
「あ、うん、話してみたら同い年だから、色々と話し込んでしまって、なんだか仲良くなってしまったのよ」
「それは何よりです、お嬢様には同年代のご友人もおられませんでしたし、ご学友ができるのはとても喜ばしいです。今後ともよろしくお願いしますね、クレア様」
「あ、は、はい!よろしくお願いします!」
頭を下げるアデルの言葉に、クレアさんが慌てて頭を下げるのだった。
「この世界がゲームと似てて、あなたが『ヒロイン』だ、って事は知ってたのね? 私はあんまりゲームやってなかったから、自分が『悪役令嬢』だ、とわかってもどうして良いかよく判らなくて」
ウチは良い機会だからゲームについて聞くことにした。アデルだって気になっているだろうし。
「今朝、校門で出会った時からおかしい、と思ってたんです。本来だったらあの3人の貴族令嬢といっしょになって私を虐めはじめて、登校されてきた王太子様が助けに入るというイベントが起こるはずだったんです」
「ああ、私はプレイしてないけれど、その場面だけはオープニングだから何度も見てて覚えてたの、リュドヴィック様の登校時間を事前に聞いて、とりあえずあなたと会っておこうとしていたのよ」
「ああ、そういう事だったんですか。ゲームの物語が始まる前から、もう既に色々と変わってしまってたんですねー、実は、先ほどの事故なんですが、ゲームの中ではあんな感じじゃないんですよ」
クレアさんが、突然深刻な表情で語りだした、さっきの事故は確かに凄かったけど、それ以上に難しい問題なんだろうか?
「あんな感じじゃない、って。私が、助けに入るわけじゃないの?」
「”事故自体が無い”んです、そもそもゲーム中のロザリアさんは、ゲーム開始時点では火の属性でしたし、ヒロインは光の属性と鑑定されますけど、魔力強度は二人共常識的なレベルのCと判定されて終わりでした。
その後に、ゲーム中のロザリアさんに『いい気になるな』とか言われてトラブルになった所を、王太子様にまた助けられるんです」
事故そのものが無い、って……そりゃたしかに不気味だわ。
「それでですね、ゲームではヒロインに家名を与えるのが、さっき言った魔力測定イベントの直後なんです。これからもロザリアさんに難癖をつけられるだろうし、貴重な光の属性だから、王家が護らせてくれ、って」
「ああ、それでさっきの事に追いついたのね。とは言っても、本来のストーリーからは、もう大分おかしな事になっているわね」
「そうなんですよ! もー本当どうしようかと、知っているゲームの世界のはずなのに、いざゲームの部分が始まると似ても似つかないんですよ!? 悪役令嬢が物凄い優しくて、私に何もしてこないどころか私を護ってくれるし、
魔力測定ではすんなり終わるはずが、あんな大事故になってしまうし。私これからどうなるんだろう、いったいどこの世界に迷い込んだんだろう、って本当に怖かったです」
「いや本当に、お疲れ様、としか言えないわね、それ……」
乙女ゲームの世界のはずなのに、ホラーゲームにでも迷い込んだようにしか思えなかっただろうなぁ、ある日隣人が皆別人に変わってしまったよーな? いやマジ怖いなそれ……。
「一つ確認させて下さい。私は、どのような描かれ方をしているのですか? その、”ゲーム”で」
「え、えええっと? 単にロザリアさんに忠実な侍女、というだけで、むしろロザリアさんとは距離を置いていた感じでしたね。ロザリアさんの行為を諦めつつも、ロザリアさんがする嫌がらせを、たしなめていた感じでしたし」
やっぱり気になっていたのか、突然質問してきたアデルに、何か妙にクレアさんが慌てて説明する、っていうか、妙にアデルを警戒してる? 大丈夫だよ? その子良い子だよ? ちょっと怖いけど。
「そうなの? 私とアデルは特に仲が良いってわけじゃなくて?」
「はい、ゲーム中のロザリアさんは、とにかく人間不信の塊のような人で、それはアデルさん相手でも変わりませんでしたから」
「……わかりました、いえ、単にちょっと気になっただけなので」
アデルって割と好奇心旺盛よね?
「それにしても、ゲームの私と現実の私でちょっとややこしいわね」
「あー、だったら、ロザリアさんの事は、『お姉さま』と呼びましょうか? ゲーム中のロザリアさんの事は『ロザリア様』と呼べば、誰かに聞かれても問題が少なそうなので」
「お姉さま、って、今は同い年でしょう?」
なんだかクレアさんの様子がおかしな事になってきた、っていうか、これリュドヴィック様と似た感じになってない?
「良いじゃないですかー、前世を足せば5つ程年上なんですから、それに、今でも年上っぽいですよ?」
「まぁ、良いわ。前世では何故か子供達に『ママ』なんて呼ばれてたし、少しマシになったと思う事にする。じゃあ、私達、今からトモダチ、って事でヨロ!」
と手を差し伸べたんだけど、
「はいっ! お姉さま!」
なんだか違う感じで握手されてしまった、こう、差し伸べた手を両手で拝むように包まれる感じで。なんでウチって、こういうポジションになりやすいんだろう、アデルにもため息をつかれてしまうし。
……まぁ良いか!
次回 第27話「ご飯よ!この世界って食事の事は何って言うのかしら」