第277話「黒いグランダイオー」
さて、知らぬ間にグリセルダに侵入?されてしまっている魔法学園とは別に、ロザリアの父が治めるローゼンフェルド領も困った事になっていた。
エルガンディア王国との戦闘が少々長引いており、少なくない死傷者も出ていたのだ。
しかし王都の城の執務室では国王が王都を襲った”狂戦士”の被害状況の把握や調査に追われている状態だ。
「例の魔核兵器はどうなった!」
「ははっ! 王都の外れで墜落したと思われる痕跡を発見いたしました。
ですが残骸はどこにも見当たらず、綺麗に消えてしまっているのです。また、その周辺が異常な状態になっておりまして、草木は枯れ、一時は近づけば生物が死ぬような空気が漂っておりました。」
「何だその状況は? そこから移動した形跡は無いのか?」
「無いのです。周辺には被害が全く出ておりませんし、そこで痕跡が途絶えているのです」
「魔核兵器が破壊された後はそうなる、という事なのか? ともあれそこには兵を何人か送って、しばらく警戒に当たらせろ。何かあっても下手に手を出すな、とにかく報告を優先させろ」
「ははっ! そのように!」
国王へ報告を終えた兵士は命令を実行するべく駆け足で立ち去る。とはいえ魔核兵器の事は正直後回しでも良い、差し迫った問題は文字通り山積みなのだ。
国王は側のフルーヴブランシェ侯爵に話を振る。ロザリアの父であるローゼンフェルド侯爵が自領の防衛の為に不在なので、代理を務めているのだ。
「あとは、こっちか、エルガンディアがまさか攻めて来るとは、フルーヴブランシェ卿、現在の戦況はどのようになっている?」
「はっ、国境警備隊には少なくない被害が出ておりますが、一旦そこで食い止める事に成功しておりますな。ローゼンフェルド家は私兵を向かせてただいま迎撃中ですが……」
「ふむ、こちらからも兵を向かわせるか?王都の周辺を警戒させている兵達を向かわせても良いが、相手も相当な規模なのだろう?」
国王とフルーヴブランシェ侯爵が話し込んでいる所に、1人の騎士が進言してきた。
「いえ、陛下、恐れながら報告させていただきます。既に近衛第一隊の隊長が、独断でローゼンフェルド領で戦闘を行っております」
「何? そんな事は聞いていないぞ、呼び戻せないのか?」
「国の存亡の時に王都に引きこもってもいられない、と……。大半があちらに向かっております」
騎士の襟にある略章を見ると近衛第二隊の所属だった。別の隊なので情報を受け取るのが遅れたのだろう。しかし肝心の第一隊から報告が無いのはどういう事だ。
とはいえ魔核兵器の破壊活動の混乱もまだ収まっておらず連絡が滞っているのかも知れない。越権行為ではあるが、この状況下ではむしろ幸運なのかも知れない。
「別にそれは向かわせても良かったのではないか?」
「いえ、それが、装備が妙に多すぎるのです。単なる王都近郊を警備するには重武装過ぎるのですよ。転移門まで手配しておりましたし。まるで戦争を予期していたかのようで」
そして、話題に登っていたローゼンフェルド領の高台にはロザリアの姿があった。いや、ロザリアは別に来る必要は無かったのだが。
王都で勝手な事をするのとは違う、自分の家の所領に帰るだけなら問題無かろうと、無茶苦茶な言い訳で強引に帰郷したのだ。
当然ロザリアを放って置けるはずもなく、リュドヴィックまでロザリアの側にいる。あとはいつものようにクレアとアデルだ。
「うっわー、本当に戦争やってますよ。こんな事してる場合じゃないんだけどなぁ」
クレアが嘆くように眼下ではエルガンディアとの戦闘が始まっていた。
この世界では戦争が無いわけではない、それでもこのグランロッシュ王国ではそれなりの平和が保たれており、隣国からの侵略というのはかなり久しぶりの事となる。
「でもあっちは魔法を使える人が少なそうよ?ぱぱーっと終わらせられないのかしら?」
「ロザリア……、あまり気を抜かないでくれよ、一応ここも戦場なんだからね?しかし、こうも簡単に戦端が開かれるなど、普通は戦争するならしばらく睨み合って、相手が攻めてくるのを見極めてからするものなんだけどねぇ……」
どうも危機感の薄いロザリアに、父親のローゼンフェルド侯爵は微妙な表情を浮かべている。その隣ではリュドヴィックも少し渋い顔だ。
「全くだ、できる事ならこの手でさっさと安全な所に連れ帰って監禁したいくらいだ」
「王太子様、お望みであればお手伝いいたしますが?」
「だからアデル!? どっちの味方なのよ!」
「お嬢様ですが、何か?」
「しかし、近衛第一隊は物凄い勢いでやって来たねぇ、まるでエルガンディアが来るのを知っていたようだ」
ローゼンフェルド侯爵は監禁とかその相手の父親の側で言う言葉じゃないよなぁ、冗談で言ってるだけだよなぁと思いつつ、話を逸らすように別の話題を振る。
「少々調べる必要があるかも知れないな、王都の騒ぎが予想以上に早く収拾された上に、それがクレア嬢の功績なものだから焦ったんだろうか」
リュドヴィックが言うように魔核兵器はクレアによって極めて迅速に鎮圧されてしまっている。本来であれば王都にとって喜ばしい事なので、近衛騎士団が慌ててローゼンフェルド領まで来る理由が無いのだ。
「だとしても、うちの兵を差し置いてというのもいささか面白くないのだがね。それに、どうもズルズルと戦を長引かせているように見えなくもない」
「ローゼンフェルド卿、向こうの戦力はどんなものなのだ?」
「はっきり言ってこちらが極めて有利としか言いようがありませんよ? 魔法使いの数も少ないですし、兵士共々練度が低すぎます。長引くはずがないのですよ。
しかし戦闘している地域がどうも気に入らない。近衛騎士団の連中、まるでこの領土を荒らさせる為に戦域を誘導しているフシも見受けられる」
「お父様!わざと戦争を長引かせている、って言うんですか!?何故そのような事を!」
「そんな気がする、というだけなのだよ。その証拠があれば好きにはさせないんだがね?普通の軍隊ならともかく、近衛兵なら勅命で動いているに等しい、簡単には手が出せないのだよ」
リュドヴィックと父親の会話の内容にロザリアが口を挟み、ローゼンフェルド侯爵は娘が少々語気を荒らげているのを宥めるように説明する。しかし、ロザリアは納得できない様子だった。
「そんな……、はっきり言って何の意味も無いじゃないではありませんか! 何なのですかこの戦争は!」
「嫌がらせ、その域を超えていない何かなんだろうがね、それでも田畑は荒れ、人は死ぬ、ろくでもないよこれは」
眼の前の戦場ではたしかに人が死んでいた。少ないが魔法が飛び交い、遠くの方では村が焼かれている。殺される人もいれば連れ去られる人もいるようだ。
無意味だろうと何だろうと人は死ぬ。国境近くに住み戦火に焼かれる人々は元々そのリスクはあったとはいえ、それは彼らの責任だと責めるわけにもいかない。
そこに住むしか無い人々もいるのだ、国境など国同士が勝手に土地を切り分けただけなのだ。
「お父様、ローゼンフェルド家の私兵は動かせないのですね?」
「ああ、下手をすると反逆行為と見なされかねないからね、彼らが退いてくれるか全滅するかでもしないと難しいよ」
「しかし、それはそれで後々の禍根にしかならないな……」
リュドヴィックが思わず呟いた。彼とて無用な犠牲を望んでいるわけでもない。
「それなら、私ではない誰かが、勝手に何かをするなら何の問題も無いわよね?」
「ロゼ……、また余計な事を考えていないか?」
「あら、”私”は何もしませんわよ?
「隊長! ローゼンフェルド家から援軍の申し出がありましたが、いかがいたしましょうか?」
「まだだ! くそっ! こんな早く王都が鎮まるなんて聞いていないぞ! せめてこちらの戦乱を我らだけで鎮圧せねば面目が立たぬわ!それよりも本隊はまだこちらに来ないのか!」
近衛騎士団第一隊の隊長は焦っていた。密約ではエルガンディア側が王都に何かを仕掛けると同時に、ローゼンフェルド領に攻め込んでくる予定だった。
本来はそれをスルーさせて王都手前まで辿り着かせて王都を騒乱に陥れるはずだった。
予想では小規模の部隊が王都でテロ活動をする程度のものと思っていた。今のエルガンディアの国力ではそんなものと見積もっていたのだが、来たのはベルゼルガだ。
あんな兵器があるなどとは聞いておらず、もしも王都にまで他にもそんなものが来たのではとんでもない事になると、慌てて様子を見に来たのだ。
しかし実際に国境沿いで起こっている戦闘は数こそそれなりなものの、実に小規模なものでしかなかった。
エルガンディア軍の戦力に対してローゼンフェルド領の私兵の戦力が有利過ぎて食い止められてしまっており、そのままでは追い返されてしまう状態だった。
あの兵器はエルガンディアのものではなかったのでは、という憶測も飛び交ったが、自分たちが応戦するという事でローゼンフェルドの私兵を引き下がらせた今ではもうそんな事は問題ではなかった。
こうなっては一刻も早く本隊と合流してエルガンディアを追い返し、何となれば攻め込まないと何も戦功を上げられない。
単に追い返しただけでは、ローゼンフェルド家の手柄を横取りした止まりなのだ。
「ええい何をしている!兵を北東に向かわせろ!」
と、もう少し時間稼ぎの為にあまり意味の無い方向に兵を向かわせようとした時、
突然近くの荒れ地に巨大な何かが雲の中から舞い降りて来た。漆黒の翼を広げたそれは、天使にも魔神にも見える。
真っ黒なグランダイオーだった。
次回、第278話 戦争なんか存在するのは、作り話の中だけで良いんです。
読んでいただいてありがとうございました。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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