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第276話「私の脳によくわからん情報を流すんじゃなぁい!!」


グリセルダは、同行していたソニアという女生徒に続いて入室した。

部屋の中は部室とはいう割には広く、ゆったりとした空間が取られている。中央にテーブルが鎮座しており、10人程の女生徒が座っていた。

少人数の部活が良いと選んだものの、全校生徒数からしてこの人数は少なくないか?とグリセルダは訝しんだ。

「失礼します。皆様、ご機嫌よう」

「あらソニアさんご機嫌よう。ゼルダさんもようこそ」

「……皆様、ご機嫌よう」


グリセルダは何なんだ、この形式ばった集まりは、と思うしかなかった。全員妙に淑女(レディ)っぽさを前面に押し出しているのだ。

魔法学園では生徒の大半が貴族という事からもある程度のマナーは守られてはいた。

しかし学校内で貴族のマナーについてあれこれ言い合っていると余計な競争や足の引っ張り合いになりかねないと、ある程度マナーについてゆるくするようにとのお達しが出ていた。生徒側も足を伸ばせると受け入れているのでマナー合戦のようにはなっていない。

しかしこの場では違った。ティータイム用のテーブルにはきちんとした形式が守られてお茶の用意がされており、皆それぞれにマナーに沿って談笑している。


「(部活名からてっきり読書か何かの集まりと思ったが、よくわからない雰囲気だな。まぁ本を読むのに変わりは無いのだろうが)」

座ってみるとテーブルの上には何冊も本が置かれており、その中には自作なのか簡略化された装丁の冊子も混ざっている。

気づけば部室の壁には大きな本棚が置いており、かなりの蔵書のようだ。

しかしながら書き仕事をする為の机も並んでおり、その横には冊子が何冊も積まれたりしている。

まるで作家と製本所と本屋が混ざったような雰囲気にグリセルダは戸惑うのだった。


窓際に座っている3年生の女生徒は雰囲気から言っておそらく部長だろうか? 青みがかった長い黒髪に眼鏡という理知的な出で立ちだ。

その側には副部長なのか、2年生の女生徒が座っていた。こちらは柔らかそうな金髪が目立つ、快活な印象の美少女である。

「さて皆様、揃ったようですし、本日の部活を始めようと思うのですけれど」

部長のその一言で雑談をしていた周りの女生徒がすっと姿勢を正した。

グリセルダは、まぁ本を読んでお茶をして帰るくらいなら気楽なものだと思っていると、何故か冊子も配られてきた。

「本日はこれですわ、といっても以前のものの改訂版なのですが」

「まぁ……」

と、周囲からはため息が漏れるが、この部長は小説も書くのかとグリセルダは意外に思った。

簡単な装丁の冊子とはいえ、かなりのページ数なので書くだけでも大変だったからだ。

「先入観を持っていただきたくないので、私からの前置きは特にありませんわ。読んでいただいて感想をいただきたいのです」

てっきり周囲の本棚から好きな本でも選ぶのかと思ったのだが、まぁ暇つぶしなら何でもよかろうとグリセルダはそれを手にとって読み始めた。



内容はよくある恋愛ものっぽい始まりだった。架空の国の架空の王家の描写に、時は領土争いをめぐる戦乱の時代。

主人公はその国の王太子、青みがかった金髪に碧眼の美男子。国土防衛の為に前線に趣き自ら軍を指揮したりしていた。

快活な性格で人望もあるが、実は面倒くさがりで時々仕事もさぼる。

(かたわ)らに側近として付き従うのは低い身分からの叩き上げの真っ赤な髪に金色の瞳の青年だった。

冷静沈着で辛辣な性格で、主人公が様々な重圧から逃げ出そうとするのを容赦なく(いさ)め、ドS丸出しの言葉責めで主人公を凹ませまくっていた。

主人公は国に帰れば当然婚約者もおり、様々な政治的問題に巻き込まれたりもする。

しかし、戦乱の時代のはずなのに途中からそういった要素が薄れ、延々主人公とその側近だけで話が進んでいく。


グリセルダはやけに男性部分の話が多いな、婚約者どこ行った。こういうのは普通男女の恋愛だろうにと読み進めるが、次第に雰囲気が怪しくなってくる。

主人公は王太子という事もありいずれ王位を継ぐ為に厳しい教育を施され、本人もまたそれに応えようとするが性格的になかなか進まない、そこまではいい。

どう考えても主人公の次に出番が多いのが側近の青年だったのだ。

時に厳しく、時に厳しく、時に厳しく王子を言葉のナイフで突き刺すようなドSっぷりを発揮し、主人公は大いに凹まされる。

だがその行動は時に王太子の言動に乱され、ギャップ萌えとでもいうのか責めるポジションが何度も入れ替わる。

私は一体何を読まされているんだ……? とグリセルダが表紙を見てみると、タイトルは「氷と炎の主従」~増補改訂版~との事だった。

男同士の友情ものか? 別に嫌いではないが、と読み進めると、二人の関係はより親密なものとなっていく。


ふと気づくと、周りの女生徒からも息を吞むような雰囲気を感じる。何なんだこれは?と読み進めると、 とうとう二人の関係にも変化が現れた。

男同士の友情や信頼、主従の身分を超えたものから間に恋情が混ざるような展開に……。

いや、感情どうのというだけならまだいい。ついには身体を重ね始めた、男どうしで。

『ああ、もっとだ、俺の【自主規制】を【自主規制】で【自主規制】して【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】』

『ふふ、貴男という人は、【自主規制】をこんなに【自主規制】させて、私の【自主規制】【自主規制】【自主規制】?』

『やめろ、そんな事言うな。頼む、【自主規制】【自主規制】で【自主規制】【自主規制】ああ、【自主規制】【自主規制】【自主規制】!』

『望みのままに、我が主よ(マイロード)』『やめろ、そんな事言わないでくれ。お前は私の』

『いえ、なりませぬ。それだけは絶対に超えてはならぬのです。せめて私の心と身体を受け取ってください。これだけは貴男のものです―――』

やがて側近はその【自主規制】を王太子の【自主規制】に【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】【自主規制】



「ちょっと待てぇー!」

「あら、どうなさったの?ゼルダさん」

さすがにたまりかねたグリセルダは思わず叫んでしまった。部長からは心配そうに声をかけられるが、そもそもこれを書いた本人の脳内がどうなさっているのかという話だ。

「い、いや、こ、これ、いかがわしいにも程があるだろう! なんてものを読ませるんだ!」

「いかがわしい、ですか? 2人の愛の物語をいかがわしいと?」

グリセルダの言葉に、す、と部長の目が細まる。その威圧感は思わず気圧(けお)される程だった。

とはいえ自分の倫理観に反するものをいきなり読まされては黙ってはいられない。


「これがいかがわしくて何だと言うんだ!? 何が悲しくて男同士のくんずほぐれつを読まされなければならない! しかもこれ、かなりどぎついぞ!」

「少々、聞き捨てなりませんわね。こういった本では男女の(ねや)の事まで踏み込んだものは多く出回っておりますでしょう?

 たしかに教育に悪い、という指摘はあるでしょうが、それは子供に対して適切な監督ができない親の言い訳ですわ」

「い、いや、そうじゃなくてだな、男同士で」

「男同士だから何なのです。人と人が愛し合うのには性別なんて小さな問題なのです。むしろ性別を超えた愛こそが最も尊いと私は信じておりますわ!」

部長は熱弁を振るうが、そんな事を綺麗で澄みきった目で言われても困る。腐女子という概念の無いグリセルダは混乱してしどろもどろになっている。

しかし部長はそんなグリセルダの事はおかまいなしに自論を語り続ける。


「確かに不道徳だと言う人もおられます、ですがそれは婚姻前の男女が性的に結ばれる物語だって十分に不道徳なはず、男性同士の愛の物語にだけ悪し様に言われるのは間違っておりますわ!

 それに、性描写がどぎつい、というのは、互いの愛の深さを描写するためにも必要な事なのです。深く愛し合った結果を示す為にこれほどの描写は他には無いのですのよ」

「い、いや、しかしこれ結ばれてからも、後の方まで結構な頻度でやる事やってるんだが……? あとはひたすら男同士でイチャコラしてるだけなんだが?」

なんだかんだグリセルダは結構後の方まで読んでしまっていた。困った事に部長の小説はかなり読ませる文章なのだ。

「本来そこまで性描写は多くはなかったのですが、この間その2人のモデルとなる性徒様が、いえ、聖徒様が2人でダンスを踊っているのをお見かけしまして、少々暴走してしまいましたわ」

「(今のは生徒って言ったんだよな?何を言い直したんだ……?)」

そんな部長の語りは止まらず、そのたびにグリセルダがツッコミを入れて会話が成立するというおかしなやり取りを繰り広げていた。


周囲の女生徒達はその議論そっちのけで、どうやらこの小説の登場人物のモデルらしい生徒について語り始めた。

「本当に、あの2人の踊りはとても素晴らしゅうございましたわ……」

「まさか生きてあのような光景を見る事ができるとは、ああ、神に感謝を」

「本当に尊い方々でしたわ。もう1度あの踊りを見たいですわ……」


よくよく考えてみれば閉鎖的な魔法学園内とはいえ、男どうしで堂々と交際しているのはどうなのだ。部長の勢いに押されていたグリセルダが我に返る。

「ど、堂々と男同士で付き合っているのを公言しているというのか!?」

「いえいえ、そのお二人はきちんとした婚約者様どうしですわよ。生徒会長のリュドヴィック殿下と、侯爵令嬢のロザリア様ですわ。そのお二方をヒントに性別をちょっと変えさせていただきましたの」

「それ、ちょっとの変更と言うのか……?」

部長に説明されても意味がわからない。というか何してるんだこいつらとグリセルダは混乱のあまり、在校生をモデルにした挙げ句、わざわざ性別まで変えて欲望の赴くままにそういう本を書くのは、かなり悪質だろうというツッコミも思いつかなかった。


「良いですかゼルダさん、こういう性描写が多いのは、ここまで読んでくださった読者様への奉仕(サービス)なのですわ。様々な苦難を乗り越え、結ばれた先にそういうのが無いと読んだ気になりませんでしょう?」

「!?」

「それにゼルダ様は先程声を上げて叫ばんばかりに心を動かされた、それは間違い無い事でしょう? それは、感動というのです」

「??? そう言う? もの、なのか? いや? そう、なのかな?」

部長が語っている事は詭弁だ、どう考えても詭弁である。しかも精神的に強い衝撃を与えて心が揺れ動いた瞬間に、特定の思想を流し込むというのは悪質な洗脳行為に等しい。

これが魔法等を使ったものであればグリセルダは抵抗(レジスト)したであろうが、生憎と純粋な情熱のみでの誘惑だったので全く抵抗する事もできず、得体の知れない沼へと引きずり込まれていった。

結局、グリセルダはその日おすすめされたBL(ボーイズラブ)本をがっつりと読まされてしまい、自分の身体探しに行くことはできなかったのだった。何してるんだこの人。


次回、第277話「黒いグランダイオー」

読んでいただいてありがとうございました。

また、ブックマークをありがとうございます。


基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。

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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、

違和感などありましたらご指摘をどうぞお願いいたします。

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