第275話「魔王女の魔法学園体験入学」
グリセルダはとりあえず放課後まで授業を受けて時間を潰すしてやり過ごすしかない、と教室に入って生徒の中に混ざった。
とはいえ、いくら何でもクラスに突然自分が混ざると不審極まり無いだろう。何しろこの生徒たちが入学してからそれなりの時間が経っているはずだ。
とりあえず認識阻害の魔法を自分にかけて、所属クラス等の学園に対して登録した情報を相手に流し込み、自分の情報を自動で相手が認識するようにした。
これで多少の事は相手が勝手に勘違いする形になるのでごまかせる。
それだけでは足りないだろう、もしも授業の中で自分の情報を調べられでもしたらもっとややこしい事になる。
授業を受けてゆきながらも、今までの授業をおさらいしていくという詰め込みを行いながら自分の入学してからの成績等の偽情報を書き加えていった。
しかしそれは学園の魔力監視をかいくぐりながら偽情報を流し込みつつ、周囲の生徒に混ざって授業を受けるという繊細な作業を余儀なくされた。
とにかく目立たないように成績は中の上程度、家柄も子爵級と上過ぎず下過ぎずとした。それでも元王女であるグリセルダの感覚なので充分に立派過ぎる家柄にはなるのだが。
ついでに放課後も校内にいられるように在席している部活名を適当に書き込む、人数の少なめな部活が良いので、このクラスで一番数が少ない部活の名前を書き込んでおいた。
だがグリセルダをしてもその作業は困難どころではなかった。魔法学園の機構はグリセルダを嘆かせるほど厳重だったのだ。
一般の生徒には気づかれてはいないが、いくつものパラメーターを逐一収集、分析してリアルタイムで数値化しているのだ。
体力や魔力等の生命値、かしこさや魅力等の知性に関する値、力、素早さ等の戦闘力は良いとしても、
幸運とは一体どんなパラメーターなのだ、という値や、中には交友関係の好感度まである。
何故ここまでパラメーターが必要なのかというくらい情報を収集されていた。RPG混じりの乙女ゲーム世界なので。
「(つ、疲れる……。いくら何でも偽装しないといけない事が多すぎるだろう!)」
大急ぎで交友関係をでっち上げてクラス全員との好感度を設定してまわり、クラス全員の顔と名前を頭にたたき込んでいった。正直目の前の授業よりこっちの方が覚える事が多すぎる。
いっそ学園全てを破壊できたらどんなに楽な事か、しかし今の自分は御柱の下に自分の肉体を人質に取られているようなものだ。とにもかくにも放課後までの辛抱と思うしかなかった。
だが、ここで彼女が気づいていない事がある。たしかに学園の情報収集機構は精緻を極める。しかし実は学園側はその1/100も活用できていないのだ。いや、認識できていないでいた。
なにしろ学園中枢部は1000年から数百年前のもので、大襲来以前の高度な技術が生き残っているものなのだ。今のグランロッシュ国の人々が活用し切れる技術ではない。
しかしグリセルダは下手にそういう技術に詳しいのもあり、魔法学園側がそれら全てに目を通して活用していると誤解していたのだ。
そんなわけでかなり大変な作業を行っているのもあって授業にも中々身が入らない。おかげで実技の魔法もわざとではなく本当に失敗したりする。
「グリセルダさん、火の魔力を制御するにはとにかく心を落ち着ける事です。あなたは魔力量だけは優秀なのですから、そこの所をもっと修練してください」
「は、はい(ああああああああ全てを吹っ飛ばしたい!こいつらどころかこの学園自体を跡形も無く吹き飛ばせるのに!)」
魔法の授業では本来の実力ではなく、成績通りの術をつかってみせないといけない。はっきり言って下手を装うというのは手加減以上に難しいのだ。
おまけに、教師の態度も微妙に悪い。学園内は平等という建前になっていても、自分より家格が低い者に対しては対応がやや雑になる教師もいる。
グリセルダが王女だった頃は国民の戦闘に立って戦場へと趣き、兵士達とも分け隔てなく接する方だったのでそういった態度には我慢がならない方だ。
しかし今は騒ぎを起こして目立つわけにもいかない、グリセルダは歯がゆい思いをしながら授業を終えたのだった。
「つ、疲れた……、今日はもうこの辺にしておいて帰るか? 明日以降の行動はもう何の問題も無くなっただろうし」
放課後になった頃には疲れ果てていた、授業を受けながら今日までの約10カ月分の情報をごまかせるよう書き込み続けたのだから。
繰り返すが、魔法学園側はそんな事はあんまり気にしていない。グリセルダの独り相撲でしかないのを彼女が知る事が無いのは後か不幸か。
とはいえその頃には「じゃあね、ゼルダさん、また明日」「んー」等と、何の問題も無くクラスに溶け込めている。
むしろグリセルダの方がさんざん交友関係を考察しながら好感度を考えたので、クラスの生徒達に親近感を抱いてしまうという副作用まであった。
焦って事を進めては元も子もなくなると気持ちを切り替えて足早に家路を急ぐ事にした、とはいえ向かう先は学園外の適当な宿屋だが。
寮の部屋の中までは家具やら何やらの偽装が追い付かないのだ。様々な理由で学園外から通う生徒もいるのでその点については問題は無い。
「あら? ゼルダさん今日はもう帰るの? 部活は?」
「あー、いえ、どうしようかな、と思ってる。今日は何だか疲れた」
帰り際に女子生徒とすれ違ったが、今日は適当な理由を付けたので不審がられる事は無かった。そういえばクラスで唯一この生徒だけが所属していたので部活を設定していた事を思い出す。まぁ一日くらい良いだろうと思っていたのもそれまでだった。
「今日は魔法の授業もあったものねぇ。明日は休みだから今日くらいは部活でゆっくりと気分転換でもすれば?」
しまった、明日は休校なのか、生徒が少ないであろう明日潜入するのはややこしくなる。
それならば少しでも学校内に滞在する時間を増やせば機会も増えるかも知れない、どうせ日が暮れるのも早いのだかから、そう長時間にもなるまい。
と、グリセルダは後に「失敗だった。もうあのまま問答無用で魔法学園を破壊すべきだった」と後悔する決断をした。
「わかった、それでは今日は部活に顔を出すとしよう」
部室まではその生徒と行く事にした、わざわざ一人で行くなどと目立つ事をする事も無いだろう。
認識阻害魔法のおかげで、はっきり行って無言で口を閉じていても会話は成立するのだが、似た年頃の女性と話をした事はそういえば少なかった。
好きな本の話、最近読んだ本の話、王都で流行っている本の話。何だか本の話が多いな……と思っていると、部室に着いた。
規模の小さな部活ゆえに、校舎の端の方にある一室がそうだった。
扉には、『創作読書研究部』と書かれた妙に年季が入っている板が貼られていた。
次回、第276話「私の脳に意味不明な情報を流すんじゃなぁい!!!」
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