第273話「終わる命と終わらない戦い。そして新たなる憎しみの始まり」
「王都を騒がせ、街を焼く災厄の魔獣よ! 天が許しても我らが許さん!」
クレスの声で芝居がかった仕草と共に口上を述べるクレアに、そんな事知るかとばかりにベルゼルガが襲いかかってくる。
「フロントレッグブレード!並びにレッグバックブレード!」
クレアが叫ぶと、グランダイオーの脚を構成する亀の甲羅状のスネ部分から巨大な刃が飛び出し、同様にふくらはぎ部分からも刃が飛び出し、脚自体がまるで斧のようになった。
グランダイオーは逆にそれでベルゼルガを迎え討ち、まずは回し蹴りで二本の蟹爪状の前脚を切り落とした。
悲鳴のような声を出すベルゼルガに容赦なくグランダイオーは踵落としのように刃を振り下ろし、それはベルゼルガの人型上半身の肩口を大きく切り裂く。
だがベルゼルガも即座に人型の方の両腕を剣に変形させて斬りかかってくる。
「うぉっ危ねっ! レッグバズソー!」
クレアはベルゼルガに食い込んでいる脚の丸鋸を展開・回転させて暴れ回らせ、弾き飛ばすように人型上半身の片腕を根元から切り落とした。
内部は機械のような部品に混じって人の身体の一部が見え、その身体も負傷しているのか出血していた。
「げ、そこに人乗ってたの!? やだなー」
クレアがドン引いた声を漏らす中ベルゼルガの身体の修復が始まった。人の体が金属混じりの繊維のようなものでサイボーグかロボットのように修復され、それを覆うようにベルゼルガの外装も修復されてゆく。そして瞬く間に何事もなかったかのような元の形に再生された、まるで先ほどの損傷など無かったかのように。
「半端な攻撃じゃダメっぽいなぁ、リミッター解除! グランダイオー、バーストモード!」
クレアは戦闘時間が短くなるのを覚悟で魔力消費量を上げた。なお気合の問題なのでリミッターだのバーストだのはクレアが趣味で言っているだけだったりする。
それでもグランダイオーの全身はまさに爆発的に輝くものだからそれっぽく見えるので困ったものだ。
再生が終わったベルゼルガは怒りをぶつけるように巨大な剣を作り出してグランダイオーに向けて斬りかかって来る。
対するグランダイオー全身から刃を展開し、まずは脚の刃でベルゼルガの剣を受け止め、逆にそれを斬り砕いた。
返す刃でグランダイオーが左脚の斧で片手を切り落とす、再生をさせまいとクレアは一気にとどめを刺そうと追い打ちをかける。
「ブレード・フルバースト!」
グランダイオーの全身の刃が至近距離からベルゼルガに撃ち込まれた。いくつもの風穴を開けられたベルゼルガはそれでも身体が再生を始めるが、その速度は明らかに落ちていた。
「抜剣!ギガンテックグランブレード!」
グランダイオーがグランブレードを胸の前に構えると、先程放出した刃が戻ってきて合体し、巨大な剣となった。その全長はグランダイオーの身長程もある。
「えーと名前も知らないけどお前の悪行もこれまで! 天に変わりて成敗してくれる! お覚悟!」
何故か時代がかったセリフと共に、グランダイオーは巨大な剣を構えた。
下で見ている王都の人々もその頼もしい姿に歓声を上げていた。TV番組だったら確実に主題歌がバックに流れている。当然、操縦しているクレアのテンションも最高潮だ。
だが、相対するベルゼルガの方はというと、もはや魔力が尽きかけているのか戦うどころか回れ右をして逃げの一手に出た。
「「「えっ?」」」
おそらくその場の全員の頭に古典的な?マークが浮かんだだろう。大慌てでクレアは一撃を放った。
「ちょいちょいちょいちょーい!この場面で普通逃げる!? ドラゴンヘッドファイアー!」
追撃の為に放ったクレアの一撃はベルゼルガの下半身の背中部分をかすめ、脇腹を貫通していった。
機体に大きなダメージを受けたベルゼルガは、煙を吹上げながら王都の外へ墜落していった。郊外の荒れ地に落ちて大きな爆発が起こったのが見える。
敵は倒したようだが、どうにもしまらない。折角なのでクレアは手にしていた剣を何となく格好いい感じに構えて勝利を宣言するポーズを取る。見ていた王都の人々からも空気を読んだのかパチパチと控えめな拍手と歓声が上がった。微妙だ、戦いの終わりにしては微妙過ぎる空気だ。
クレアは確認しに行こうかとも思ったが、これ以上無闇に城から離れるわけにもいかないのと、眼下の被害に遭っている王都を放っても置けなかった。
「王都のみなさーん、今から救助に入りまーす!足元空けて下さーい!」
降下してくるグランダイオーに慌てて足元の人々は場所を空ける。今のグランダイオーは一人乗り用なので高さ15m程度であっても充分巨大だ。
グランダイオーは崩れていた建物に近づき、倒れている柱を退けようとそれに手をかけた。
「えっと、クレス、さんですよね?」
「はーい、ちょっとこれから降りる事はできないですけどそうですよー。あ、この柱を除けたら良いですか?」
「いやそっちは良いんだ、この壁除けて欲しいんだよ。人の力じゃちょっと無理だ」
男性が指さした先には木の柱に漆喰を塗り固めた建物の壁があった。壁の向こうにどうやら人が閉じ込められているらしい。
「あ、こっちですか。崩れそうで怖いな、ちょっと持ち上げますね」
家の壁とはいえグランダイオーにとってはちょっとした板を持ち上げるようなものだ。
「おお……! 生きてるぞ! おい! ケガしてる、早く運び出すんだ!」
「いやいや、治療なら僕が、はい、これでどうですか?」
クレアはこれでも治癒魔法の方が得意なので、グランダイオーを即席の杖代わりに媒体として使い、負傷者を魔法で治療していった。
「すまないクレスさん! こっちも頼む!」
「そっちも? 手を離せないので範囲治癒魔法かけちゃいますね。グランヒール!」
向かい側の家からも声をかけられ、面倒とばかりにクレアは周辺を一気に治療した。その範囲はかなり広く、オーバーキルどころかオーバーヒールだ。
その後もクレアは順番に救助・治療の為に移動して行く。だが、助けられない命もあった。
「これは、駄目だな」
「……ごめんなさい、僕がもっと早く来ていれば」
「いいんだ、あんたが全てを背負う事は無いぞ。そんなとんでもない物に乗っていたってできない事はあるもんだ」
クレアは足元の慰めの声に何も言わず、そっとグランダイオーを跪かせ、両手を組んで祈りをささげるのだった。それは現実離れした光景ではあったが何故か見る者の心を打った。
「すいません!次の所に行きます!」
王都近くの荒れ地に落下したベルゼルガはまだ生きていた。正確には上半身部分だけが接続を外れて這うように前進していた。
”彼”が下半身にある”核”の制御を外れて最後に求めたのはただ1つ。会いたかったただ1人の少女。
『ふ、ろー、ら』
誰だろう、もう顔も思い出せない、男だったろうか女だったろうか少年だったろうか少女だったろうか、もうそれもわからなくなっていた。あるのはただの名前だけ。
眼の前の茂みの向こうには教会があった、古びてはいるもののきちんと手入れがされて趣のある建物だ。
広場からは子どもたちの声が聞こえる、皆突然起こった爆発音に驚いて出て来たようだ。
その中の一人にベルゼルガの上半身だった者の目は一人の少女に釘付けになった。ああ、あの子だ。
ボロボロとベルゼルガだった外装が剥がれ始めて内部の『人だったもの』が露出する。“彼”はもはや機械や金属混じりの身体となってしまっていた。
「ふろー、ら」
少女を求めるように金属の腕を前に出す、残った上半身がずりずりと地を這う。だが、その腕を踏み潰す者がいた。
「ほう? 最後になってそれか? 今更人間みたいな事をするな、未練がましい」
ベルゼルガの上半身の前に現れたのはグリセルダだった。彼女は自分が感じたベルゼルガの中の『声』が気になってベルゼルガの墜落を追いかけてここまで来たのだ。
グリセルダはベルゼルガの上半身から人だったものを引きずり出し片手で持ち上げる。もう身体が再生する事も無かった。
同時にグリセルダは相手の身体を走査するが、今や人だった身体にわずかばかりの装甲がへばりついているだけだった。求めていたものがここには無いとわかると、それをぶら下げたまま下半身の所に転移する。
ベルゼルガの下半身は墜落や爆発の衝撃で大破していたが、中枢部分はかなり強固に作られているのか原型をとどめていた。
グリセルダは上半身の中身をその前に放り出すと質問を始める。
「お前に聞きたい事がある、『これ』は何だ?」
「ふ、ろー、ら」
それはもはや答えや思考ではなく、最後に残された思念の残滓のようなものなのだろう、もう答える能力も無くなっていた。
「ちっ、ならば自分の目で確認する、お前はそこで朽ち果てるがいい」
グリセルダは答えを諦めてベルゼルガの下半身を調べ始めた。中枢となる部分はすぐに見つかり、引きずり出すとそれは円筒状の金属部品だった。
頑強に作られているようだが鉄をも割く魔界人の触手の前には紙も同じで、外殻が切り落とされた。だが、その中身を見たグリセルダは絶句する。
その中身は鉄の機械などではなかった。透明な素材の容器に入っていたそれは、人の身体だった。しかし五体満足ではない。
両手両足を切り落とされ、下半身も無く、生きるのに最低限必要な臓器のみを残された状態で全身にチューブのようなものを取り付けられた少女だった。
淡く発光しているそれはまだ稼働しているのだろう、無惨な状態の少女を生かし続けていたようだ。
ゆっくりと、少女の目が開いてグリセルダと目が合う、『ねー、さま?』容器越しに、そのように口が動いたように見えた。
記憶が欠落しているグリセルダにその少女の顔は見覚えが無かった。だが、その少女は面差しがグリセルダと似すぎていた。白目は黒く、黒目が赤いという魔界人の特徴も。
「ゔぃ、あーるだ? ヴィアールダ!? ヴィアールダなのか!? アルダ! アルダ!」
だがグリセルダは思い出した、記憶ではなく魂で。ただ一人の妹、1000年前、攫われ、殺されたはずの自分の妹、まさか1000年間もこのような形で生かされ続けていたとは。封印されて1000年間眠っていたような自分とは違う、1000年の間、無理やり生かされ、力を利用され尽くしていた。
『ねー、さま、やっと、あえた』
残されていたのは残存思念か魂か、そう言うのがやっとだったのだろう。急速に装置から光が失われ、稼働が停止したようだ、同時に少女の肉体から生気が失われる。1000年の時間が一気に襲いかかったように、一瞬で少女は容器の中で塵となって消え果てた。
「あ、あ、あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああ!!」
慟哭、そう形容するしかなかった。グリセルダは半狂乱になって容器を揺さぶるが、もうその中には液体と、何かの沈殿物しか残っていない。
「これが、これがこの世界か!? 二度も私からアルダを……! イーラ!」
グリセルダが名を呼ぶと一瞬で黒い鎧の巨人が傍に現れて跪く。グリセルダはそれを一瞥もせず、無言でまだ動いているベルゼルガの上半身だった者の頭を踏み潰した。
「イーラ! これを食え! 喰らい尽くして力を我が物としろ!」
黒い巨人はベルゼルガの残骸を全てスライムが獲物を捕食するかのように喰らいつくす。そしてその機能を解析、奪い取り己が機能を上書きする。
新たなる核はイーラ自身の魔核石だった。まだ不完全ながら機能が安定したのを確認したグリセルダは、イーラの身体に腕を突き刺し身体の制御を奪い取った。
イーラの身体はずるりと溶け、グリセルダの身体にまとわりつくように巻き付く、そしてそれは黒光りする鎧状のドレスとなってグリセルダを包むのだ。
背中から禍々しい蝙蝠か竜のような翼を生やすと、大地そのものから魔力を吸収して己が力としていった。樹は一瞬で枯れ、空気そのものが腐り果て始める。
「もう奪われるのは終わりだ! この世界がいずれ消えようが知った事か、その前に全てを破壊してやる!」
そして自分から全てを奪ったこの世界に宣戦布告をした、まるで、魔王の誕生のように。
同じ頃、グランロッシュ城では騒ぎが起こっていた、ベルゼルガの襲撃から落ち着く間も無く別の報告が入ってきたのだ。それはロザリアの父、ローゼンフェルド侯爵によるものだった。
「陛下! 報告いたします! 配下からの情報によりますと、ローゼンフェルド領にエルガンディアの兵が多数侵攻して来ているとの事です!」
「やはり、ここだけでは済まなかったか。お前は急ぎ戻って領土防衛に努めろ!」
「ははっ! では御前を失礼させていただきます!」
グランロッシュ王国は魔法学園を有する大国なだけに、他国からの侵略行為は長く起こる事が無かった。ロザリアとてこの国が関わる戦争は書物での年表でしか知らない。
「戦争が、始まってしまうの?」
次回、新章第20章「悪役令嬢と魔王の転入(潜入)生」
第274話「転校生って、どうしていつも座るのが教室右奥から二番目の席になるのかしらね?」「(何の話なんだろう……)」
読んでいただいてありがとうございました。
基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。
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作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、
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