第271話「私は承〇郎よりはディ〇様派っス!」
「ええー! ちょっと、痛ったー!」
とある貴族令嬢から突き飛ばされ、膝から崩れるように倒れたクレアはベルゼルガの前に放り出された、そこにベルゼルガの前脚のハサミが襲いかかる。
しかし、クレアはむしろこういう場面には慣れたものだった。即座に転がってベルゼルガのハサミから逃れる。
「痛いなぁもう。ああー、スカートシワになってる。大丈夫かなあこれ」
クレアを突き飛ばした貴族令嬢は自分も逃げようと扉の方に向かうが、既にそこは人でごった返しており、ドアも開かず逃げるどころではない。
「出しなさいよ! 邪魔よ!」
「私が先よ! 私を誰だと思っているの!」
「こんな時に家柄も何も関係ないわよ!」
「うわー、もうめちゃくちゃだなぁ」
修羅場に慣れているクレアの呑気さとは対照的に、逃げようとしている貴族子女達は出口に殺到して大混乱だった。
中には人の波に巻き込まれて転ぶ者、押し返される者もいて、もう完全に収拾がつかない状況だった。
「ちょっと! どうして魔法が使えないのよ!」
魔法を使える貴族令嬢の1人がベルゼルガに向けて魔法を放とうとして、発動しない事に混乱している。ここでようやく部屋の中にいた兵士が自分達の職務を思い出したのか皆の前に立って槍や剣を構えた。
「無駄だ! 城の中は魔法が使えなくなっている! 自分の身体から魔力を放出する系の魔法は使えん!」
そう言いながら兵士は槍を突き出すが、それはベルゼルガの硬い装甲に弾かれていた。剣を持った方の兵士はクレアを立たせようとしている。
この兵士達も魔力はあるのだろうが、現状魔法を使えないのでは危ないとクレアは判断した、この部屋の中で最強の戦闘能力を持つのは自分なのだから。
とはいえ自分も魔法が使えないのは少々困る。しかし、先程自分がベルゼルガの攻撃を避ける時には身体強化の魔法を使えていたはずだ。周囲には魔石灯の明かりも見える。
「あれ? 身体強化は使えましたけど魔石具とかもダメなんですか? 明かり点いてますけど」
「いや、それまで封じてしまうと色々と不便なのでそっちは使える。攻撃的なものはやはり無理だが」
兵士からそれを聞いたクレアはニヤリと攻撃的な笑みを浮かべ、それを見た兵士は背筋に寒い物が走った。
「ほうほうほう、なら大丈夫っスね。ちょっと下がっていて下さい」
クレアはドレスの隠しから何かを取り出すと手にはめながら前に出る。
「おい危ないぞ、下がれ!」
「いえ大丈夫っスよ。私こういうの慣れてますので。グランヴォルフ!」
クレアがそう叫ぶと傍に体長5mはあろうかという半透明で淡く光る、巨大で機械的な青い狼が現れた。
それはグランダイオーの右腕を構成するゴーレムでクレアが担当するグランビーストという事になっている。
しかし周囲からは悲鳴が上がる、それもそうだ、怪物がもう1体増えたようにしか見えない。
「ええー、これ格好いいと思うんだけどなぁ」
ベルゼルガは突然現れた自分に匹敵する大きさのグランヴォルフに戸惑っていたが、結局はこれも魔力の塊なので捕食すれば良いと前脚で襲いかかる。
しかしグランヴォルフの方はクレアの操作で機敏にそれを避ける。逆にその前脚に牙を立て、ベルゼルガの姿勢を崩させた。
「んー、硬いなぁ、噛み砕くのは無理かぁ。あ!っていうかこれ、反撃しちゃって大丈夫なんですよね?」
「い、いや構わんが、いや、その?」
一応とはいえ貴族令嬢に質問される事では無いので兵士は返答に困っていた。
「よっしゃぁー!ならちょっとはりきっちゃいますか!グランヴォルフ変形!右腕形態!」
兵士からの了解を取り付けたクレアは嬉々としてグランヴォルフに命し、グランヴォルフの身体が変形し、宙に浮いたグランダイオーの右腕だけの状態になる。
「噛んでもダメなら殴ってみよ!」
クレアが拳を突き出すのと同時に、右腕となっているグランヴォルフが砲弾のように飛んでベルゼルガを殴りつけた。鈍い衝撃音と共にベルゼルガの装甲が大きく凹む。さすがに効いたようで足元が若干ふらついている。
「お、効果あるみたいっスねー! んじゃ今度はグランユニコーン左腕形態で召喚! ついでにグランドラゴンも! 合体! グランダイオーハーフ!」
クレアの背後でグランビースト達が顕現し、合体してグランダイオーの上半身だけの状態になる。
腕組みするクレアと同様に腕組みしてクレアの背後に浮かび上がる半透明のその姿はまるでスタン〇だ。
グランダイオーは元々クレアの膨大な魔力によって生成されるモノなのでクレア単体の運用でも問題はない。その大きさは部屋の天井に届かんばかりの大きさどまりだが全高5m程はある。
「さぁて、第二ラウンドの開始っスね! 行け!」
クレアは問答無用とばかりにグランダイオーを殴りかからせた。周囲にすれば物凄く奇妙な光景だろう、巨大な透き通った幽霊みたいな何かが突然クレアの命令に従って怪物に殴りかかったのだから。
先程以上の威力にベルゼルガの上半身の装甲が大きく凹む、しかしそれは内側から膨らむようにして修復された。機械のようでいて生物のような事もできるようだ。
怒り狂ったベルゼルガは人型の腕を巨大化させて刃のように変形させた。それはもう1対のクモの腕のようだった、その腕とクモ部分の前脚1対のカニ爪のような腕の4本でグランダイオーに襲い掛かってくる。
しかしそれは思い切り空振りするだけだった、何しろグランダイオーが物質化しているのは拳部分だけなので。はっきり言ってずるい。
思い切り空振りして体勢の崩れた所にグランダイオーは反撃を加える。殴る、殴る、殴る、殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。
「あははははははははははははははははは!」
グランダイオーがベルゼルガをボコりまくる後ろで腕組みしたまま高笑いする白いドレス姿は、もはや聖女には見えない。こうなるとクレアは止まらない、グランダイオーが殴り終わるとベルゼルガの装甲はもうボコボコだった。だがそれでもまだ再生は始まっている。
「グランファング!グランホーン!」
グランダイオーの右拳の狼の頭の爪が巨大化して爪のようになり、左腕のユニコーン頭の角も大きく伸びる。
「さぁ、第三ラウンドっス!再生できないくらいズタズタになったらどうなるんスかね?」
クレアの表情がかなりヤバめになっている。いつぞやのように貌が闇に堕ち、赤々と光る眼がベルゼルガを睨みつける。さて、どちらが人類の敵だろうか。
クレアがベルゼルガを指さすと、襲いかかるグランダイオーは両手の爪と角でズタズタに引き裂き始めた。守ろうとするベルゼルガの両腕ごと。
さすがに耐え切れなくなったのか、ベルゼルガは入って来た壁の穴から城外へ逃げようとする。
「逃がしはしないっスよ! 追え! グランダイオー! そしてグランバード召喚!」
上半身だけのグランダイオーがベルゼルガを追うと、クレアの背後に鳥型ゴーレムのグランバードが出現してクレアの肩を掴む。そしてクレアまでもが飛んでいった。
恐る恐る後に残された室内の人々が城の外を見ると、追いついたグランダイオーの上半身がベルゼルガを殴り上げている所だった。
「広い所に出たのでようやく本気を出せるっスね! 召喚! グラントータス! そして形態変更! グランケツァルコアトル!」
クレアと並んで飛ぶ形で海亀型のゴーレムが出現した。すると上半身だけの状態だったグランダイオーから両腕が外れ、胴体部分は変形してドラゴンの状態へと変わる。
ドラゴンは後ろ足だけ折り畳み尻尾も畳むと、そこに甲羅を二つに折りたたんだグラントータスが尻尾のように合体し、更にその後ろに拳を収納した右腕と左腕が合体し、長大な尾となった。先端はユニコーンの頭になっている。
グランバードはドラゴンの頭上にクレアを投下するとドラゴンの背中に合体して翼のようになった。変形完了後のその姿は、名前の由来通りアステカ神話に出てくる羽毛の生えた蛇神そのものだった。
そしてドラゴンの頭部分ではスカートを風に翻させながらクレアがドヤ顔で腕組みをしてベルゼルガを睥睨している。もう一度言うが、どう見ても聖女には見えなかった。
次回、第272話「クレアさんばかりズルいー!ウチも混ざりたいんですけどー!」「ダメに決まっているでしょう」「そうだそうだ」
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