第270話「私は常々、城が最も頑丈というなら最前線に置くべきだと思っている」「この人の考え方色々過激なんですけど……」「合理的ではあるのですが……」
ベルゼルガの放ったレーザー光のような光線で王都は火の海になっている。城を背にそれを見るグリセルダは暗鬱な気分になっていた。
「いつもいつも真っ先に焼けるのは民草の住まいか、だったら今は城が耐えて見せろ!」
グリセルダは、しかし自分も身を守れなければ意味が無いと魔力抑制を緩め、自らにも無属性障壁を張った。今はベルゼルガの一撃で周囲が混乱しており、多少の魔力ならば気にされないはずだ。
ベルゼルガの方も、城を背に剣を構えるグリセルダをこの場で最も魔力がある敵とみなしたのか、いきなり細いレーザー光を何本も放ち、グリセルダの足を止めようとしてくる。
だが魔力が使える今のグリセルダはそれを機敏な動きで避けていた。外れたレーザー光は魔法の類なのか城を包む魔力障壁に当たり、弾けて消える。
狙い通りこの程度ならば城の障壁はしばらく問題無かろうとグリセルダは目の前の敵に集中する事にした。
後目に城の無事を確認したグリセルダは、今ならば人目につきにくいと剣に魔力を纏わせてベルゼルガに逆襲する。
魔力を纏わせた刃は振るわれるとその装甲に傷を付ける。関節を狙って突き刺せば筋繊維のようなものが断たれ、さすがのベルゼルガもそれは効果があるらしく後ろに下がって避けようとする。
させまいとグリセルダは踏み込み、その腹に一撃を食らわそうとした。
だが、その一撃はベルゼルガの下半身の手前の足が展開したカニの爪のような前脚で防がれた、そのまま剣と爪が撃ち合され、何度も切り結び合う。
その攻防、いやお互い攻撃しながら相手の攻撃を防いでいた。戦いにおいては振るわれる剣は盾と化すのだ。
互いに攻撃し合い続けるという膠着状態が続くかと思われたが、活動限界がどんどん減っていくベルゼルガはそれを良しとしなかったのか、先程と同様に攻撃しながら魔力を増幅すべく体内回路で加速を始めていた。それは複数の魔法を同時に使うよりも高度な事で、人間業ではない。
「こいつ!器用な事をするな!上半身と下半身の制御が別々なのか?」
グリセルダの方はいくら魔法が得意とはいえそこまで器用な事はできない。剣に魔力を纏わせた攻撃を放つ時にも一瞬の溜めが要るくらいだ。
睨み合うがベルゼルガはいつまで経っても魔力レーザーを放ってくる様子が無い。
グリセルダは相手が何を考えているのかわからないが、いつまでも相手に準備をさせておくわけには行かないと一気に踏み込んだ。
振るわれてきた蟹爪の一撃をかいくぐって跳躍し、人形の頭の方を落とせば動きが止まるかも知れないと剣を振るう。
だがそれはベルゼルガの思うつぼだった、無闇にジャンプしたに等しいグリセルダは空中で身動きが取れないも同じで、そのグリセルダをベルゼルガの腹から発射された魔力レーザーが襲う。
もはやなりふりかまっていられなくなったグリセルダは、魔力隠蔽を完全に解除して全力で障壁を発動して先程と同じようにレーザーを避けた。
ベルゼルガの放った魔力レーザーは城の障壁に当たり、今度は出力が大きかった為かその障壁を撃ち抜いて一部を崩壊させ、そのまま城の一部に直撃し、貫通した。
「城の中の連中には申し訳ないが今が好機なのでな!」
レーザーを耐えきったグリセルダは魔力による身体強化でベルゼルガの人型の上半身の所まで跳躍し、魔力を伴った剣を相手の首筋に突き立てた。
そして、単なる破壊ではなく、剣を通してベルゼルガの魔力回路に己の魔力を侵入させて全身を走査し、中枢部を探して魔力的に攻撃しようとする。
瞬時にグリセルダは先程感じたブラックボックス部を見つけ、そこに魔力を集中させて内部を破壊しようとした。
だが、グリセルダの魔力がそのブラックボックス部にほんのわずか侵入した時に違和感を感じた。『ネ……サマ……?』
虚を付かれたグリセルダの手が止まった瞬間、自己防衛の為か暴走か、ベルゼルガはグリセルダを振り払い、より多くの魔力を感じられる城内に向けて翅を広げて飛んでいった。
後に残されたグリセルダは呆然と自分の指先を見ていた。剣から伝わってきたのは明らかに何らかの意志だった。
「何だったんだ!?今のは……」
今の自分は記憶が欠けているので定かではないが懐かしい感覚、もう会えないと思っていた感覚。あれは、誰だ。
「申し上げます!城の障壁が破られました!危険ですので退避願います!」
「退避ならもうさせている!しかしあの障壁が破られたのか!?A級の魔法使いが数人がかりでも不可能なはずだ!」
ベルゼルガの攻撃が直撃した事で城内は騒然となっている。報告を受けた宰相のローゼンフェルド侯爵は信じられないと首を横に振った。
「ですが事実です!既に城門を超えて城に取り付いており、破壊しながらこちらの方に向かってきております!それと、城下の街にも火の手が上がっております!」
「何故こちらに来る、も何もないか、ここには年若い魔力持ちが山程いるものなぁ。城下の方はこちらからはすぐには手を出せん、現場判断で消化しろと伝えろ!」
兵士の報告に国王も危機感を持って指示を出していた。何しろ城を守らないといけないので城下に火の手が上がってもすぐには手がまわせず、また、城で火の手が上がるのは国威にも影響するので絶対に避けないといけない。国王もここまでの状況になるとは予想もしていなかっただけに苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「魔力を持たぬ者はかえって安全と見るべきでしょうな、分散させて避難させたのが良かったのか悪かったのか」
ローゼンフェルド侯爵が言うように良かったか悪かったかで言うならば、状況的には良かったのだろう。ベルゼルガが狙った獲物はただ一人なのだから。この国で最も魔力の保持量があり、年若い魔力持ち。クレアだった。
とある部屋で退避していた貴族令嬢達は、外の騒乱など知らないので口々に文句を言っていた。
「あーあ、せっかくの新成人の舞踏会がぶち壊しだわ」
「本当よね、」
この部屋に集められていたのは比較的高位の貴族令嬢が多かった。しかも魔力のある無しを問わず入れられていたので、中にはクレアとは魔法学園で同学年というわけでもない令嬢も混ざっている。なのでクレアとは面識が無いので見る目も自然冷ややかを通り越して敵意に満ちていた。
クレアは単なる平民上がりの貴族程度にしか思われておらず、女爵という爵位を持っていようが、まだそれは貴族社会の中ではランク付けがはっきりしないので単に貴族だという程度にしか思われていなかったのだ。
「(あー、何か久しぶりっスねぇ、こういうの)」
当のクレアは別に気にしてもいなかったが。が、面と向かって言われてはまた別問題なのだ。
「ちょっとあなた、”聖女”なんでしょう?ちょっと外行って何とかしてきなさいよ」
「いやー、そう、言われ、ましても?」
突然見ず知らずの貴族令嬢に何とかしろと言われても、クレアも同室なので状況がわからず、何をどうすればもわからないのだ。
その上に別に聖女と自称したわけでもなければ、聖女は便利屋でも何でも無い。だが相手はとにかく無償で何でもしてくれる便利な奴という程度の認識しか無かったので、反抗的な態度と受け取られたようだ。
クレアのこの態度は逆効果なのだ、先程の入場では最後から2番目という高待遇だった事からも、貴族社会では下手をすると王族の次くらいと認識されてもおかしくなかった。
貴族社会はいわば法が通用しないヤクザ社会と変わらない。ナメられたら負けなのだ。この場合のクレアは無言で相手を一発ひっぱたく等すればよかったのだ。
クレアの態度から「勝てる」と勝手に認識したその貴族令嬢は、より傘に来てクレアを責め立てようとする。この場もまた社交界の一端、魔力を持たないその令嬢はクレアを使って自分を誇示しようとしたのだった。
「だいたい、貴女聖女とか呼ばれているそうだけれど、本当にそんな力があるの?はっきり行ってそこいらの町娘にしか見えないんだけど?」
それは嘘だった。クレアは元々整った顔立ちな上に、今日は完璧に衣装も化粧も整えられている。が、表情やしぐさでどうしても威厳の無さというか、生来の人の良さとかが出てしまっていて、それを”弱さ”と受け取られていたのだ。
「いやー、ですから、王都では元々獄炎病って少なかったじゃないですか、私もあまりこちらには治療に来た事がありませんし」
「そんな事を言ってるんじゃないわよ、貴女本当は何の力も持っていないんじゃないの?」
貴族令嬢は調子づいてクレアに突っかかっているが、魔法学園でのクレアを知っている貴族令嬢達は真っ青になって部屋から逃げ出そうとして兵士に止められていた。
クレアは魔法学園でロザリアに負けず劣らず様々な事をやらかしてはいるのだが、学園外にはあまりそういう話は伝わっておらず、知らない事は恐ろしい事だとできるだけ離れようと遠巻きに見ている。
が、そういった会話もそれまでだった。突如部屋の石壁が破壊され、崩れる、そこに現れたのはベルゼルガだった。
「キャア――!」
誰が放った悲鳴かは定かではないが、それはもう問題では無かった。室内はたちまちにして混乱し、令嬢達はこの部屋から出ようと出口に殺到する。
運が悪かったのはクレアだった、元々窓際に立って「うおー、高けぇー、街の灯りが綺麗だなー」などと外を見物していたので最も窓に近い所に立っていたのだ。
「うわでか!なにこれ!」
クレアもまた、反射的に逃げようとしかけたが、振り返った先でそれを突き飛ばす者がいた。先程の令嬢だ。
クレアはベルゼルガの前に倒れるように投げ出され、そこにベルゼルガの前脚のハサミが襲いかかる。
次回、第271話「私は承〇郎よりはディ〇様派っス!」
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