第25話「リュドヴィック様、ガチギレ。やだこわい」
「ほほう? ならば、私なら、文句を言っても良いのだな?」
リュドヴィック様が、突然クリストフさんを連れて現れた。いやなんでこの場所がわかったのよ。
つくづく思うんだけどー、この世界の人って自分を一番アピれるように、その辺で出番が来るの待ってんの? タイミングが良すぎなんだけどー。
「クレア、と言ったな、私はこの国の王太子でリュドヴィック・グランロッシュ、言うまでも無く、ロザリアの裁定に異を唱える事が許される立場で、ロザリアの婚約者だ」
やだリュドヴィック様ったら珍しくガチギレ? 雰囲気がいつもと違い過ぎて怖いんですけど! なんか青白いオーラみたいなのが出てるんですけど! あと最後の要る? なんでそこアピるかな。
「は、はい、クレア、と申します、えっと、お会いできて光栄で
「黙れ、私個人としては、私の大切なロザリアを傷つける事態を引き起こしたお前を、裁判を待たずに、この手で処刑してやりたいと思っている事を思い知れ!」
「ひっ!? え? ……ええ!?」
「ちょっと! リュドヴィック様! いくら何でもあんまりです!」
クレアさんの挨拶に食い気味に怒鳴りつけたリュドヴィック様のあまりの剣幕に、クレアさんが怯えきった顔をするのを見ておれず、ウチは思わずクレアさんを抱き寄せてかばった。
いくら王族だろうと婚約ピだろうと彼ピだろうと、こんな事ウチの眼の前では許さんぞコラ。と、ほんの一瞬にらみ合う形になり、その場が静まり返る。
「しかし、私はロザリアの裁定を受け入れる、この件は一切を不問に付す、私は先ほど一言文句を言わせてもらった、これで終わりだ」
「趣味が悪いですわよ、リュドヴィック様」
ふ、とリュドヴィック様の殺気が抜けたので、ウチも周りの人も安心する、どういうつもりかは知らんけど、本当に趣味が悪いと思う。
「あなたを失ったかもしれない、と思ったんだぞ? その時の絶望がわかるか? それに、これで王家側も文句は無い、との言質を取らせたんだ、一言くらい言わせてもらっても良いだろう?」
リュドヴィック様がクレアさんを、もう用は済んだとばかりに押しのけてウチの手を取り、突然甘く語りかけてきた、あ、アカンやつだこれ、またいつものが始まる。クレアさんまで呆然とウチらの事見ちゃってるし……。
「無事で本当に良かった、もしもあなたを失う事があったなら、私がこの国そのものを消し飛ばす所だった。いや、世界でもいいな、あなたのいない世界なんてもう未練は無い、ああそれがいい、そうしよう。私達は永遠になれる」
だーかーらー! 手に取った指先に口づけながら、とんでもない事を言わないでもらえるー!? 目つきヤバいし! いやリュドヴィック様ってこんなヤンデレだったの!? やだ怖い、まぁちょっと嬉しいけど。
「はいリュドヴィック様、おバカな発言はその辺で、さんざん探し回りましたけど、無事なのが確認できたので安心したでしょう? 皆も見ておりますし、まだ事後処理は終わっておりません。さぁ戻りますよ」
クリストフさんナイス!さすがに恥ずかしいので逃げようとしてたら、クリストフさんがリュドヴィック様をウチからべりっと引き離してくれた。
「あ! 待ってくれ最後に1つだけ! クレア、お前、生まれはどこだ?」
そのままクリストフさんに引きずられそうになってたリュドヴィック様が戻って来たけど、突然何を聞いてんのこの人。
「……生まれ? ですか? どの領とか領主様が誰かは良く知りませんが、生まれ育ったのは、スプリングウインド村と言います。」
「そうか、では今よりお前をクレア・スプリングウインドと名乗る事を許す」
「え!? あの、家名をいただくなんて、そんなおこがましい」
何を思ったのか、リュドヴィック様はクレアに家名を与えた、えっちょっと待って、王家がそれを与える、という事は、貴族に準ずる立場になるようなもんじゃなかったかな?
「残念ながら、それは許さん、お前を今より、スプリングウインド村の村民全ての代表として、村の名を背負ってこの学園で学ぶ事を命じる、村の名に恥じぬよう、胸を張って学べ」
リュドヴィック様がポンとクレアさんの背中を叩き、スッと背筋を伸ばさせる、あ、心に何か一本筋が通されて、死んでた目に灯がともった、この子は今、”ヒロイン”になったんだ。
「そうだ、それでいい。ノブレスオブリージュ(貴族の義務)という言葉があるが、それは何も貴族だけの話ではないと私は思っている、
人は誰しも己が信じるものを背負って生きているのだ、王族は国を、貴族は家を、平民だとしても家族を、そしてお前は村を背負って立たねばならぬ、それを忘れるな」
「王太子様もさすがねぇ、自ら悪役をかって出るなんて」
リュドヴィック様がクリストフ様に連れていかれて、ようやく一息ついた頃、エレナ先生が、しみじみと漏らした。
「悪役? ですか? さっきの会話が、ですか?」
「そうよ、さっきの会話は、いわば略式の裁判だったのよ? 事故だったとはいえ、仮にも侯爵家の令嬢に命にかかわるケガをさせた、なんて本来大問題なのよねー」
だがウチはそれを受け入れたんだけど、というつもりでうなずいた。
「本来それで終わるんだけどね、でもクレアさんの心情的には? 事故なんだから仕方ない、あなたは何も悪くないと言われでも罪悪感は残る、いっそ誰か怒って欲しい、罰して欲しいと思うものじゃない?」
「あ、そう、です、ねぇ」
ウチは気を遣ったつもりでも、まだまだだったか。人間のココロって難しいね。
「だからこそ、王太子様は、最初あんな強い態度に出たわけなの、まぁ本音も入ってるだろうけれど。それが罰の代わりね。その上で、クレアさんに自ら家名を自ら与える事で、この子には王家の後ろ盾があるんだぞ、
と、今後のクレアさんに向かう批判を防いで、ついでに極めて希少な光の魔法属性の保持者を、国内の貴族とかが取り込もうとするのを、牽制する狙いもある、といった所かしら」
ウチがリュドヴィック様の剣幕に感情的になってしまったのも、もしかしたら、リュドヴィック様のペースに乗せられてしまっていたんだろうか? やっぱりリュドヴィック様は国を治める王族なんだよなぁ。ちょっと怖い。
ってゆーか、ウチの周りって、実は怖い人多すぎない?
「私、どうなるのでしょうか?」
「教職員の間でも揉めているわね、みんな何をどうやって教えたら良いんだー、って頭抱えてるわ。今、この学園とか王城の図書室まで行って、色々文献をひっくり返してる最中だそうよ?
ただ、今の状態でも上位四属性が全部使えるようだから、それの習得か、あるいは私のように治癒魔法を学ぶか、かしらね」
クレアさんの疑問にエレナ先生が答えてくれけど、先行きの不透明さに変わりは無く、クレアさんの顔はまだ不安そうだった。
けど、今、ウチがやらないといけない事は良くわかっている。
なにしろ、ウチはお腹が! へっている! お昼から大分経ってしまっているし! 本来なら午後のお茶をするくらいの時間だし!
「じゃあ、私は戻るわね、今、魔力測定をやり直してる所なんだけどね、一応立ち会って欲しいと言われてるのよ。あなた達2人の鑑定は終わっているから、寮の方に戻ってもらってかまわないわ。」
「はい、それでは私も、失礼させていただきますね」
「あ、ちょっと待って、クレアさん、あなた、お昼の食事はもう食べたの?」
「いえ……喉を通りそうに無かったので、まだです」
「駄目よ、きちんと食事は取らないと! アデルも食事がまだなら、3人でどこかに食べに行きましょう?」
「あら、だったらここの食堂に行くといいわ、私が案内するわよ」
よし、この際だ、クレアさんとちゃんと話してみよう。前世でもよく年下の子供の悩みを聞いてあげてたし、前世と今世を足したらウチは33才のオトナ女子だし!
……10代の人生2回を繰り返しても、結局10代のままな気もするけどー? ま、なんとかなるっしょー。
次回 第26話「いやお姉さまと呼ばれてもー? ちょっと、困るー、かも?」