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第267話「ダンスホールは闘技場……?なわけ無いはずっス……」


国王の号令とともに始まった新成人の舞踏会(デビュタント・ボール)は順調に進行していた。とはいえ国王夫妻への挨拶が終わった後は、全員でダンスを踊るだけなのだが。

新成人達はエスコートと共に予め決められている場所に移動していく。もちろんこの時に踊る場所ですらきっちりと格差が設けられてしまっている。

ロザリアとリュドヴィックのペアが踊るのは国王の目の前でホールの中心に位置しており、クレアやフェリクスペアが踊るのはそのすぐ横。そこから先程入場した順番の逆に外側へと同心円状に、木の年輪のように踊る場所が決められている。

これは現在の立ち位置を自覚させると共に、身分差や家格差を無視した行動で無用なトラブルを避ける為の処置だった。

この立ち位置は貴族の家格や勢力によって変動してゆくので、見る人が見れば今の貴族社会の力関係が一目瞭然で、内外にそれを広く知らしめる目的もあった。


「うう~、緊張するなぁ」

「大丈夫だよクレアさん、一曲だけなんだから。練習でもちゃんと踊れていたじゃないか」

フェリクスの言うように新成人の舞踏会(デビュタント・ボール)のダンスは1曲だけで終わる事になっていた。

普通、舞踏会では何曲も踊るものではあるが、こういう場で婚約者以外の相手と2曲続けて踊るというのは、場合によっては婚約破棄につながりかねない行為であり、実際にそういうトラブルが起こってしまった事がある。

いくら何でも王家主催の、しかも新成人となって最初の舞踏会でそういう事をやらかす原因を作るのはまずいという判断からだ。

そして、楽器の音が始まると共に一斉にダンスが始まった。


「(えーとえとえとえと!右足が前で左足がー!ぎゃー!ミスったー!)」

「落ち着いてクレアさん。僕が合わせるから、いつもの調子で踊って大丈夫だよ」

クレアは返事する余裕も無かった。学年度末のプロムに向けての練習でもダンスを叩き込まれてはいたが、はっきり言ってフェリクスについていくだけで精一杯なのだ。

もちろんフェリクスも的確にリードしてはくれるものの、周囲に山程人がいてのダンスはあまり経験がない。

練習でももちろん多数の生徒と共に踊りはしたのだが、お互いに気を遣ってぶつからないよう、邪魔をしないように注意はしている。

だがここは違う、少しでも国王や王家の目に留まるよう、少しでも良い場で踊るように、誰も彼もが必死で割り込んだり、場所取りをさりげなくさりげなく行っていた。


何しろチャンスは1曲しかない。この1曲だけの社交界デビューで目立たなければいけないのだ。

というわけで、王の目の前で踊るロザリアはノーマークとしても、その周辺の貴族子女達はバチバチに火花を散らせながら踊っているのだ。

さすがに場が場なので抑えめではあっても、これからの社交界ではそういう事は日常茶飯事なので、ある程度黙認されていた。

なので、さりげなく足を引っ掛けるのはまだかわいい方で、ダンスで移動する方向に割り込んできたり、格下の家の子女に視線でプレッシャーを与えて場所を横取りしたりとやりたい放題である。


それがクレアともなると、足元では全方位360°から足払いや蹴りがやって来るのだ。

向かってくる敵(?)もさるもので、重なりかけた瞬間に巧みに身体の影で、と、とにかくやりたい放題だった。

「(うおー! あぶねー! こいつらマジ何なん!? 全員チンピラか何かなの!?)」

フェリクスもこういう場面は慣れてはおらず、かといって今の場所をあまり外れるわけにもいかないので、クレアは全身全霊で足を避けつつ、ステップを間違わないように死に食らいついていた。

全員白いドレスで華やかに見えても、水面下では熾烈極まる争いが繰り広げられているのだ。


「(なんつーか、子どもの頃に見た、ベ◯ブ◯ードとか、ク◯ッ◯ュ◯アみたいな玩具バトルものみたいっスね……、つかこいつら、マジで貴族!? ヤ◯ザか何かでは!?)」

クレアは何となしに現状を男児向けの玩具バトルアニメみたいだと思っていたが、貴族がヤ◯ザかどうかというのは実はあまり違いはない。

どちらも自分が受け持つ場所から税金やみかじめ料などの金を徴収し、上へ納める事で組織に属する事を保証される点や、

自分の受け持つ範囲では独自の法があるので、外部からの介入が及びにくいというのは、ほぼ同じ構図なのだ。

しかも同業者や対抗組織からナメられたら終わりという意味では、はっきり言って両者の間に差は無い。自分の身は自分で守るしかない。

そしてクレアはこの戦場にパートナーとしてフェリクスを引き連れて乗り込んで来た異物に等しい。彼ら彼女からしたらクレアの方が侵略者なのだ。


「(あ、やべ、さすがにあからさま過ぎるのか、お姉さまがの機嫌悪くなってきた。)」

少々離れてしまったとはいえ、ロザリアは和やかに笑いながら踊ってはいるものの、いい加減付き合いの長いクレアは微妙な仕草の違いからロザリアの機嫌が物凄く悪くなっているのを感じていた。

かといって、いつかの行儀見習いで貴族令嬢達にブチ切れて締め上げた時の事を繰り返させるわけにもいかない。クレアはさてどうしたものかと思案しつつ踊り続けていた。


そして、新成人の舞踏会は毎年の事とはいえ、今年は次期王太子夫妻となる婚約者もいるという事から例年に無く水面下の争いが激しいので、国王夫妻もさすがに気づいている。

「えぐい事やってやがんなぁ。バレてないとでも思ってるのかね?それとも見せつけてるのか?」

「家名だの爵位だの勲章など与えても結局はあんなものぞ。あの子にはまだまだ苦難の道が待っておる。陛下もリュドヴィックと同じで、まだまだ甘いのだよ」

「ええー……」

国王は王妃クラウディアから厳し目のコメントを頂いて少々凹んでいた。

王妃は自分も結婚前にはあの場にいただけに、貴族令嬢達の足の引っ張り合いを目の当たりにしていたのだ。

この国の貴族の序列は魔力によるものが大きく、その子女達も魔法学園での成績で序列が決まってしまうが、まだ一年生の冬であればどうにかなると悪あがきしてしまうものなのだ。

ここでクレアの足を引っ張っておけばこの先の社交界で有利になる上、クレアの女爵という地位を今のうちに引きずり降ろせるという思惑が渦巻いていた。


さて、新興の女性貴族であるクレアに対する周囲の当たりが強いのは当然リュドヴィックやフェリクスも痛感していた。しかしそれは彼女を貴族に押し上げた形の2人にとって面白くないどころの話ではなかった。リュドヴィックにしてみればクレアの叙爵に関わっている自分に対して、公然と喧嘩を売っているようなものなのだが、フェリクスもまた、普段の穏やかな表情とは裏腹に密かにブチ切れていた。

「予想以上だね、周囲の反発はある程度覚悟していたけど、これ程とは思わなかった」

「ごめんなさいフェリクス先生、私の為に」

「”先生”ね……」

同時に、クレアの傍にいながら盾になれない自分のふがい無さと、クレアが自分を頼ってくれない上に、”先生”と距離を置いた言い方をするのにも、よくわからない苛立ちを覚えていたのだ。


「ねぇクレアさん、こんな下らない事にいつまでも付き合う必要、無いよね?」

「……はい?」

クレアは背筋が寒くなる。フェリクスの雰囲気が突然変わった上に、表情がいつもの温和な印象とは全く異なり、瞳の奥に酷薄なものを感じたからだ、彼もまた王族なのだ。


フェリクスはリュドヴィックに目線を送り、何事かをアイコンタクトで伝える。すると周囲が明らかに動揺を始める。

リュドヴィック・ロザリアのペアが位置を変えた事で、王の目の前の空間が不自然に空いたのだ。

そこはこの場で最も目立つ場所、ロザリア・リュドヴィックの2人がどういうわけかその場を譲ったとしか思えなかった。


自然、周囲のペアはそこに向かいたいと移動を始める。しかし何事もステップの都合があるのでそう簡単にもいかない。

しかも周囲からはそこに集まろうとするペアが殺到するので、国王からロザリアペアを見た手前側が妙にダマになっている状態になってしまった。

そうこうしているうちに、一番そこに近いフェリクス・クレアのペアが空いた位置に自然と流れ込むような流れになりそうになる。

あわてて周囲のペアはそうはさせまいと妨害しようとするが、タブーとなっている国王の前に出そうになってしまい慌ててそこでステップを止める。

当然周囲も簡単には対処できず、他のペアにぶつかったりステップを誤るペアが続出してしまった。


その隙にフェリクス・クレアのペアは、周囲のペアがこちらに集まってきた事で大きく開いている空間を通って一番外側へと移動した。自分達の今の立場など興味も無い、とでも言うかのように。

そこへ悪ノリをする王は手を挙げて楽隊に指示をする、曲のテンポを上げたのだ。

曲も最高潮に盛り上がる頃だったので良くある事ではあったのだが、これに慌てたのが先程のダマになっているペア達だ。

何しろ狭い、普通の半分以下のスペースしか無いのであってはステップをこなすので精一杯だ。いつの間にやらロザリア・リュドヴィックのペアは元の位置に戻っており、空いているスペースも無い。


対して、最も外側なので広い位置に移動したクリストフ・クレアのペアは普段は使わないくらい大きなステップ・ターンを駆使して縦横無尽に踊って見せていた。元々クレアは野山を走り回っていただけに、運動神経はとても良いのだ。

周囲の観客は目立つ位置で派手に踊って見せるクレアペアに大きな拍手を送る、それ以外のペアは完全に踊らされている状態だった。


「フェリクス先生! 楽しいですね! 踊るのって!」

「そうだね、でもクレアさん、いい加減僕のこと、名前で呼んでくれないかな?」

フェリクスは女性側の身体を引き寄せる動作の時を狙って、クレアにそっと話しかけた。

「……はいい!?」

「いや、僕の事をいつまでも先生って呼ぶのがね、なんだか寂しいなぁって」

そう言うとフェリクスはそっと顔を近づけて耳元で囁いた。

「僕、クレアさんに名前で呼んでもらいたいな、ほらほら、曲が終わってしまうよ?」

「え? え? ええええ……?」

「ああ曲が終わってしまう……、3,2,1」

「ふぇ、フェリクしゅ、せん、さま、さん!?」

「うん、まぁ今回はこれで良いか、はいフィニッシュだよ」

「はひいっ?」

よくよく考えれば曲が終わるまでにフェリクスの名前を呼ばなければならない事など無いのだが、勢いに押し切られたクレアはフェリクスの思うつぼだった。

曲が終わり、決めポーズと共にダンスを終えた2人に周囲から盛大な拍手が贈られる。



踊りきった満足感と土壇場のフェリクスの悪戯で高揚していたクレアは、呼吸を落ち着けながら、ふと周囲を見てみるとロザリアははるか遠くだった。

多くの貴族のペアに阻まれ、姿もよく見えない。対して、こちらは最も外側だけあって周囲にあまり人がいない。近くにいるのはフェリクスだけ、まるで今の身分制度での自分達と同じだった。

いつかロザリアはあんなに遠くに行ってしまうのだろうか、少なくともあと2年の間には確実にそれがやってくる。

「どうしたの?クレアさん」

「い、いえ……」

フェリクスはそっとクレアを抱く手に力を込めて抱き寄せる。自分の存在を誇示するかのように。

クレアもまた、思わずそれに身を任せるのだった、それこそが彼の狙いだとも知らずに。


『えー?突然リュドヴィック様のリードが変わったと思ったけど、これって2人が仕組んだってワケ?怖っ、ちょっとヤバない?』

ロザリアの近くでは多数のペアが居づらそうにしていた。彼ら彼女らは少々やり過ぎたのだ。リュドヴィックとクリストフはこの面々を誘導して、まとめて恥をかかせたのだった。


「お疲れ様、クレアさん。大変だったわね」

「いやー、ちょっと危なかったっスね。いえ、ですね。」

ダンスが終わって小休憩になったところで、ロザリアはクレアに労いの言葉をかけたが、どうもクレアは挙動不審になってしまう。

ちょっとからかってやろうかとロザリアが声をかけようとした時、突然、その場を衝撃が襲った。


「何事だ!」

「報告いたします!突然上空から何者かに襲われました!」


次回、第268話「狂戦士の襲撃」

読んでいただいてありがとうございました。

また、多数のブックマークと評価をありがとうございます。


基本的に月水金、夜の5時~6時頃で更新いたします。

いいね・感想や、ブクマ・評価などの

リアクションを取っていただけますと励みになります。

作中のギャル語・若者語は2015~2018年頃を想定しておりますが、

違和感などありましたらご指摘をどうぞお願いいたします。

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