第266話【”彼”と”彼女”の対話】
”彼”は今も飛び続けていた、魔力を求めて。それはもう本能と言ってよかった。自分自身で作ったものに自身の行動を左右されるとは皮肉なものだなと自嘲するが、
今はとにかく生きなければならなかった。魔力を補充しなければ生きられないのに、今もなお飛び続けている。
なぜ、自分は生きているのだろうか。『生きているからじゃない?どうして死なないの?死ねば楽になるよ?楽になろう?』
”彼”は一人ではなかった。正確には”彼”と身体を共有している”彼女”からの意識が流れ込んで来るのだ。
あの日、”狂戦士”が完成した時、”彼”は技術者としての成功に酔っていた。
名誉とかそんなものはどうでも良かった。技術的好奇心を満たす事ができて、しかもそれが成果として形になったのだから。
”狂戦士”。それは強大な戦闘力で戦場を支配する最強兵器として、エルガンディア国王の命令により開発された。
エルガンディア王国は国力が弱く、軍隊の貧弱さを補うべく国を挙げての建造だった。『そういう事するから国が弱いんじゃないの?』
本来なら国力の弱さは技術力の弱さに直結するようなものなのだが、国王から「これを使って何かを作れ」と見せられたのが『核』だった。
『核』は数百年前からエルガンディアに伝わっているもので、厳重な管理の元保管されていた。『もっと前からあるんだけどね』
最初に見た時は、これが何の役に立つのだろうと思った。どう見てもただの鉄の塊にしか見えなかったからだ 、だが、それは本物だった。
何百年も、『1000年だよ』ずっと休眠状態にあり、意思すらも失われていたはずだ。だがその機能は本物で、うまく活用すれば絶大な魔力が引き出せた。
これにより、魔力持ちに頼らずとも強力な魔法を行使できる。しかもそれは魔力持ち自身の魔力容量に頼る必要は無かった、蓄えた魔力を『核』と反応させる事でいくらでも増幅できるからだ。開発前の実験では数人分の魔力持ちによる魔法をも遥かに凌駕する威力の魔法を放てた。
だが何事にも欠点は付き物で、稼働の為の魔力消費が激しいという相反した欠点まで抱え込む事になったのだ。
それだけではなく、元々は強力な魔法を使えるような装置を作れ、との命令だけだったはずが、途中の実験がうまく行ったのがまずかった。
王家からあれもこれもと大量の仕様が追加されてしまい、それにつれて装置では無くなってしまい、兵器として歩行する兵器にまで巨大化してしまったのだ。
やれ魔法を放てるなら防げないのか、これだけの魔法を使えるなら空は飛べないのか、と、日に日に増える要求はとどまる所をしらなかった。まるでかの国の欲望のように。『変わってないねー』
だが”彼”はやり遂げた。それら全ての要求を満たした魔法兵器を完成させ、実現させたのだ。
完成した頃にはもう同僚は嫌気がさしたのか姿を消してしまっており、主要なメンバーは”彼”だけになっていた。『私もいたよ?』
いざ”狂戦士”が完成してお披露目の時に、王は誰か乗ってみろ、と周囲の家来に命令したが、その時にはこの兵器の特性が知れ渡っており、何故か皆嫌がって乗ろうとしなかったのだ。
仕方ないだろう、仕様通りに作ったので絶えず魔力を供給し続けないと、乗った人が魔力を根こそぎ吸い取られて死ぬだけなのに。『大問題だと思うよ?』
ではお前が乗れと、戦闘の訓練は受けていないと嫌がる”彼”を王は無理やり”狂戦士”に乗せてしまったのだ。
”彼”もこうなったら自分で確かめてみよう、と腹は決めたのだが、その時異変が起こった。『核』が話しかけてきたのだ。ありえない、1000年も前に意思など失われていたはずだ。
ありえない、これは何かの間違いだ、と周囲が騒ぐ中、”彼”は己の得た力に歓喜していた。なんという万能感、身体を駆け巡る無限とも思える魔法力の奔流。
”彼”は周囲の制止の声も振り切ってお披露目の会場から飛び立った。王都の空を”彼”が舞う姿を皆が見ただろう。
その時”彼”は叫んでいた、世界は自分のものだ、自由だと。”彼”は万能感に酔っていた。周囲が騒ぐ声も耳に入らなかった。
だが現実にはそうではなかった。『核』は”彼”の心に侵食し、というよりも『核』はこの兵器の頭脳でもあるので”彼”が兵器に取り込まれたと言って良かった。
そして、暴走が始まった。『核』は強烈な意志力で”私”を操り、ただ1つの願いを叶えようとしていた。『『逢いたい』』
私が気づいた時には既に国のあちこちを破壊していたので、軍からの反撃を回避する為に空高くを飛んでいた。
ああ、世界はこんなにも広かったのか、などという感傷などすぐに消えた。強烈な空腹感が襲ってきたのだ。食べたい。『食べたい』、食べたい、『食べたい』。
私はすぐさま国に取って返して食事をする事にした。幸い”食料”が蓄えられている所は覚えていた。私は貪るように”それ”を腹の中に収めた。別に殺すわけではない、死んでしまっては魔力なんて無くなるから。
ああ、たった1人だけでもこんなに腹が満たされる。だが、その幸せは長く続かなかった。あっという間に空腹になる、どんどん腹の中に収めないと。幸い”食料”はいくらでもある。
ある、あった、もう無くなった、もう無い。
私は慌てた、こんなはずではなかった。効率が悪すぎる。すぐさま原因を突き止めて改良を、という意思もすぐに空腹にぬりつぶされてしまった。ああ、乾く、『乾く』、乾く、『乾く』。
私は国のあちこちで食事の為に狩りを行った。とはいえ流血は私も望む所ではなかったので、静かに、『静かに』、静かに、『静かに』、行った。
だがそれも長くは続かない。軍が私を退治しにきたのだ。なぜだ。私は軍の為に、国の為に作られたのに。何故だ、『なぜだ』、なゼだ、『ナゼだ』。
この国ではもう食事すらままならなくなった。”食料”を取られるのを嫌がったのか、皆隠してしまうのだ。
仕方ない。国を離れよう、南へ南へ向かえばいくらでも食べ物はあるはずだ。
ああ、あれは、グランロッシュ王国の王城だな、聞きしに勝る壮麗さだ。なんて美しい、そして何故かここに大量の”食料”が集まっているのを感じる。食べよう、『食べよう』、狩りの時間ダ。
次回、第267話「ダンスホールは闘技場……?なわけ無いはずっス……」
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